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婚約破棄されました。

16 姫巫女は幼馴染の襲来に驚く

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 バタバタと廊下が騒がしくなり、扉が乱暴に開かれる。

「フレイア、兄上に婚約を破棄されたと聞いたが、大丈夫なのか!?」
「フレイア、俺はお前の味方だからな」
「フレイア、貴女が気を落としていらっしゃると聞いて……」

 避暑地でヒロインに恋して、十四歳の頃からだから足掛け何年かしら……王城ですれ違う時など折々に、暴言を吐いて下さった方々がやって来た。

「あら、随分珍しい方がいらっしゃったこと。わたくしの事をなど王太子様より以前に早々に見限って「次期王太子妃」 を熱愛されていた方々が、今更どうなさったのです? わたくしの事を愛する方と比べ冷血で、可愛くなく、中身がない女だと仰って、嫌っていらしたではないですか」

 彼等には散々に暴言を受けた記憶があるから、部屋になど入れたくない。
 なので、彼等を出迎えるように見せかけて扉の方へ向かい、うっすらと笑みを浮かべて礼をする私。
 言葉の端々に棘があるのは、彼等との関係上仕方ないことよね。

 彼らは「うっ」 と声を詰まらせた。

「いや、あのなフレイア……ハア、それを言われると何とも痛いんだが、あの時の私はどうにかしてたんだ、許してくれ。何だかな、その美しい顔を見ると途端に罵らねばならない気がしてきて、何時も酷い事を怒鳴り散らしていた。全く、あの時の私を自分でも殴りつけてやりたいよ」
 忸怩たる顔で乱暴に頭を掻いているのは、第三王子ダーヴィド。所謂乙女ゲーのメインキャラね。王太子とよく似た金髪碧眼の美青年で、彼よりもやや筋肉質で長身。十四の頃は病弱だったが、その後、冒険王子と言われる程に健康になった脳みそ筋肉さん。
 性格は単純明快、どこまでも真っ直ぐと突き進む猪突猛進型であり、ある意味純真な人ね。

 あ、元のゲームが血なまぐさい男男した戦記ものRPGだったからか、基本的に攻略対象は皆、騎士候補な筋肉さん達なのよ。まあ、見苦しい程に筋肉太りしていなく、バランス良い感じで留まっているのは幸いかしら。

「フレイア嬢、それはだな、実は深い訳があって……なんつーか、そうだな、こう、あん時のオレはこう、グワーッて頭が沸いてたんだよ。酒に酔ったみたいにな、いつもグラグラしてて、自分でも制御効かなくってさ……まあ、言い訳にしかならんか。本当に済まん」
 次に、わたわたと剣だこのある大きな手を動かしているのが騎士爵家次男ガブリエル。茶に近い赤髪に赤褐色の瞳、凜々しく男くさい顔のロマンチストな筋肉さんで、花畑で花冠とか編んじゃうオトメンである。

「い、いえ僕は、本気でそんな事を思っていた訳ではなくて……。何でしょう? 当時の僕は、そう言えと何かに命令されていたような気がするのです。いや実際、そんな者は誰もいやないのだから謝罪するしかないのですが。しかし、貴女に当たればそれは解消されスッキリするものだから、軟弱な僕は貴女を罵るしか出来なかった。……酷い、ものですよね」
 続いては、片眼鏡の位置を直すように眼鏡に手をやる、男爵家四男エーリッキ。彼は話しながらしきりに首を傾げている。銀髪に水色の瞳、整った女性的な細面の、やや知的な細身の筋肉さん。本人は文官志望だが剣技に優れる人で、初級魔法は全部マスターしているらしいわ。将来は魔法戦士にでもなるのかしらね。

 ……考えてみれば、こうして話し合うのって数年ぶりね。

 上から、乙女ゲーの攻略対象である身体の弱かった第三王子と、その友人の男爵家子息、騎士爵子息。……あら、奇しくも基本の攻略対象が全員これで揃っちゃったわ。他にも一年に一人ぐらいずつ追加キャラはいたんだけど、まあその人達は、ヴィラン側だったり貴族でなかったりで、私と直接に関わりない人達なのよね。

 流石に王子を廊下に立たせている訳にもいかないので、私は彼等を促して。応接室に向かう事にした。

 応接室は、豪華ながらもクリーム色と柔らかな白木の色で纏められ、落ち着いた雰囲気になっている。壁に配された絵画は自領の湖や緑の丘が描かれていて、なかなかのものなのよ。
 我が家は近親に王族が加わってる為、王都の邸にも白に近い色や、白自体を使ってもいい事になっているの。私なんて、内々とはいえ生まれた時から嫁入りするのが決まっていたから、ずっと準王族扱いで、自室の家具は白と決まっていたものだったしね。まあ、それも今日で終わりなんですけども。
 ……考えて見ると、自分の部屋の家具も売り払わないといけないのかしらねぇ。

 なーんて、ボルドー色のソファでぼんやり考えている間も、応接間には何とも言えない緊張感が漂ってる。
 一応傷物とはいえこれでも未婚の娘ですから、侍女に付き添われ、メイドを数人ほど部屋に配しておき、お客様に対応させている。
 彼女はらはテキパキと香り高いお茶を淹れ、お砂糖たっぷりな高級茶菓子……私の趣味で、貴族の象徴であるブリオッシュでなく、健康効果も見込めるナッツ入りスコーンの蜜掛けだとか、男子なら好きそうかと野菜多めなサンドイッチなどを彼等の前にもりもりと置いている訳だけど。
 私はスコーンをちまちまちと摘みつつ、ソファセットで形ばかりもおもてなししているのだが、何だか彼等はさっきから口を開いては閉じてと、そわそわしながらも言葉を発さない。

 うーんこれでは、いつまで経っても帰って貰えそうにないなぁ。私としてはご飯食べて早めに寝て、明日は聖域への帰還準備をしたいのに。

 仕方なく、私は話の口火を切った。

「ほほ、今更傷物のわたくしに媚びなくとも、王城には皆様の愛した王太子妃殿下がいらっしゃるのではなくて? 別にわたくしは婚約破棄程度で王家へ謀反など企てませんから、放って置いて貰えませんかしら」

 しかし、下町にも大人気の庶民派王子様、王家の大事な看板である第三王子まで駆り出されるだなんて、王家は余程聖樹教と事を構えたくないのね。
 王太子と同じく、年周りが近いからと、昔からよく王家の三人の王子様達とは話していたけれど、情に絆して怒りをおさめたい、というところなのかしら。

 けれどちょっと人選が悪いわね。私、ここ数年は全く彼等と話もしてないし、顔を合わせれば罵倒されるし、彼等にすっかり嫌われてるんですけど。
 それに、既に時遅し。
 私はもう、友人兼師匠に今日の事を全てまるっと話してしまったし。

 婚約破棄程度ならまだしも、流石に、大事な樹のお母様……世界樹を馬鹿にされた上、王太子の愛人に直接暴力を振るわれた以上、聖樹教神官として黙っているのは無理だったもの。

「フレイア、心にもない事を言わなくてもよい」
 困ったように眉を下げて、第三王子が言う。
「兄上に謂れもない中傷を受けて傷付いているのだろう? 全く、フレイアの性格ならば婚約者である兄上が一番知っているだろうに。低位貴族へ虐めなど馬鹿げた事をフレイアがする訳がない。俺が言ったところで気休めにもならないが、兄上が済まない」
 少しだけ若い王太子似の華やかな顔がくしゃりと歪む。

 あら、そこにフォローが入るとは思わなかったわ。確かに、私がヒロイン虐めをしてるなんて言われてちょっとカチンと来てはいたのよ。
 でもねえ。逆に言うと婚約前に愛人なんて作ってるだらしのない男性の場合は、愛人を排除するのは貴族の務めのような気もするのよね……自分では手を出さないにしろ、それは決して貴族として間違った事ではないから。

「それに、聖域でのお勤めの間に、愛人を囲うという行動もいただけない。本当にあの真面目な兄上はどうなさったんだろうと、私も困惑しているんだ。ああ、いや、これはこっちの事か。そうじゃなくて、もし兄上にぶつけたい不満や怒りなどの気持ちがあるなら、私が必ず届けるから言って欲しい。胸に仕舞わず、ここで吐き出してしまうといい」
 真剣な顔で、彼は私に言う。怒りを吐き出せと。

 相変わらずこの人は繊細で優しい性質なのね。ヒロインに振られて傷付いているのは自分もでしょうに、こうして私を気遣えるんだから、流石は乙女ゲーのメインヒーローだけあるわ。そう、感心したわ。

「まあ、ダーヴィド様ったら。「冷血女」 なわたくしはこの通り、妃殿下を虐めた女で、ええと、後、何でしたかしら。姫巫女を騙る悪者だそうでしてよ。そんな危険な女に優しい言葉を掛けてはいけないのではないのかしら」
 と、ヒロインに熱を上げている時に言われた事をチクリと返す。
 すると、ダーヴィドはビクリと肩を揺らし、次いで目を丸くした。

 残念。私、これでもちょっと気が立っているのよ。

「おいおい、そりゃ誰の言葉だ? どこの世界に、世界樹の枝持ちの偽姫巫女が居るんだよ。世界樹の枝は賜った本人以外は触る事も出来ない秘宝級のアイテムだってのに。ひでぇジョークもあったもんだぜ」
 そう、ガブリエルがあきれたように言うけれど、それって貴方の友人の王子にザックリ刺さるわよ。
 ヒロインにめろめろだった時に、似たような事をダーヴィドも言っていたもの。
『お前に聖杖など似合わない、似合うのはあの純粋なピュアリアだ』 とね。本当に顔だけでなく良く似た兄弟だわ。まあ、ダーヴィドは流石に偽物とまでは言わなかったけど。

「そうですよ。術者なら誰もが欲しい物ですが、あれは人を選ぶ代物だ。それを持っていてすら姫巫女の偽物と言われては、国教たる聖樹教を貶めるものではないですか。もし、そのような事を言われたとしても、貴女は聖枝持ちなのですから、胸を張れば良いのです」
 私を慰めるよう水色の瞳を細め、優しく微笑むエーリッキ。

 皆、私をいたわるかのように私に慰めの言葉を言うわ。

 ……あらあら、どうしたことかしら。何の気の迷い?
 私は眉を顰める。
 ヒロインが四月馬鹿ルートに入ったからって、今更、旧友を思い出したかのように、こちらにいい顔しても微妙なんですけれど。

「私を偽物と仰ったのは、王太子殿下ですわ」
「は?」
「んな馬鹿な」
「そんな、おかしな話はありえません……殿下は、偽巫女姫擁立を企てただけではなかったのですか」
 皆は呆然とした顔をする。

「そのような訳で、わたくしは只今傷心ですの。放っておいて下さる。お帰りはあちらよ」
 扇を広げて扉を顎で示し、つんと言えば、何故か彼らは傷ついたような表情をした。


 皆が悲しげにこちらを見、私はそれを顎で促す。いかにも気まずい空気が漂ったその時の事だ。

「やあやあ、我が愛しのフレイア。随分とひどい目に遭ったそうだね?」

 場違いに、ばーんと応接室の扉を開け、明るい声で私を呼ぶ美青年が現れたのは。
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