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八章 彼女が彼と、住む理由。

三十四話 安らげるのは、その隣。(3)

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 傷のせいか薬のせいか、早々に眠くなってしまった伊都は、マンションの地下の駐車スペースに車を置き、ホテルなどで見られる、カードキーの認証付エレベーターで部屋まで向かったところでダウン。
 ひとまずソファに寝かしつけられた。
 薬を飲む必要があるので、夜はパン粥を作り食べ、薬を飲んでからがひと騒動。
 最初こそキングサイズの大きなベッドで横になるのを恐縮し、ソファに寝ようとした伊都だが、『一緒に寝るのが嫌ならそちらに俺が寝る。俺を怪我人をまともに寝かせない鬼畜にさせるつもりか?』 と家主に言われ断念。

 ……そして、現在に至る。

 伊都はネギを刻み、小鍋で味噌を溶きながら物思いに耽る。
(まあ、彼に勝てないのはいつもの事ですけれどね)
 結局一緒のベッドで寝て、しかも夢を見ないほどぐっすり眠ってしまったのだから、単純すぎる自分に伊都は呆れる。
(まあ、私の考えすぎる性格がいけないのだしね……)
 豆腐を切って味噌汁の具に入れながら、冷凍していた鮭をレンジに掛け、パックの白米を茶碗に盛り、今日の朝ご飯とする。

「……お母さんが多めにくれたご飯があって助かったかも」
 当然ながら、外食ばかりの白銀の家には電気炊飯器も白米もない。米は最悪鍋やフライパンで炊けばいいが、肝心のお米がない事には、基本的に日本食派である伊都は堪えられない。
 とりあえず、この家での初めての買い物は、白米で決まりだなと伊都は思った。

 不機嫌なままの彼と朝食を終えて。
 白銀が出勤の支度をし始めた頃、インターホンから来客を知らせるベルが鳴った。
「……誰だ、こんな時間に」
 訝しがる白銀が応答すると、インターホンの液晶画面に見知らぬ人物が写し出される。
「……誰だ?」
 緊張をはらんだ彼の声に、思わず伊都が振り向く。
『あっ、どうも! おはようっス! リッコ姉に送迎係に任命されました元ニートの秋葉っす、あけてくださーい』
 すると、インターホン越し、妙に明るい女性の声が響いた。

 送迎係。伊都はその言葉でリッコとの会話を思い出した。
「あっ、忘れてたわ……! そういえばリッコがそんな事を」
「何?」
 昨日のもやもやが晴れたと伊都はすっきりした心地だが、白銀にとっては寝耳に水だろう。彼は鋭い目をこちらに向けた。
『おーい、聞こえてますー?』
 そんな中も、のんきな声がインターホンから響いている。
「ごめんなさい。昨日、メッセージで人を送るだとか、そんな事を言っていたのだけれど、色々あって忘れていたのよね……っあいたた」
「薬が切れたか。早く薬飲んで横になっていろ」
「ええ、そうするわ……」
「身体が辛いか? 運んでいく」
 謝罪の途中、伊都が痛みを訴えだした事で白銀の不機嫌は解け、いつもの調子で心配し始めた。

『ちょ、ちょっと守衛さんの目が厳しいんで本当に開けてくださいよ、秋葉は不審者じゃないですよ!? リッコ姉に本当に言いつかって来たんですってばねえ、あーけーて』
 そんな仲のいい二人に忘れ去られた訪問者は、インターホン越しに空しくも声を上げていたのだった。
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