上 下
207 / 220
八章 彼女が彼と、住む理由。

二十九話 繋いだ縁と、彼女の一歩(2)

しおりを挟む
「リッコ……」
 伊都は彼女のメッセージを読みながら、相棒とも言える彼女の言葉に目が潤むのを感じていた。
 独特の言い回しであるが、これは彼女なりの伊都への励ましであるのだろう。
 誰が恨み、伊都を傷つけようが、リッコは伊都と伊都の編み物を必要としていると。 

『伊都を大事にするのは、自分の右腕を守る事と同義だ。リッコというモデルの世界観を一番共有しているのは、伊都だと知れ。うっかり者の右腕の保護は婚約者の白銀氏に頼むが、彼も仕事で忙しいだろう』
 さらりと、彼女もまた白銀との同棲を認めるような文面を入れてくる。
『ということで、これからは外に出かける時には送迎役を用意するので、今後はそいつに送って貰うように』
 そんな大袈裟な、と、続いた文面に目を丸くしていると。
『……あ、男嫌いの伊都に合わせ、ちゃんと女性にしておく。大袈裟だとか必要ないとか言って自分に差し戻ししないように。これは社会不適合者の社会復帰ボランティアだから』
 と、続けられる。

「……それは、いったい誰を送ってくるというつもりなの? ボランティアって。何だか怖いのだけど」
 励ましと共に送られたのは、ひどいおまけ付きであった。



「お待たせしました……」
 結局、色々な人に返事をするのに時間を掛けた為、伊都が部屋から戻ったのは、一時間程経った時のことだった。

「随分と長電話だったわねぇ、誰からだったの?」
「奈々からよ。今は北欧にいるんですって」
「あら、また海外なの? あの子も本当に好きねぇ。あっちこっち忙しい人だわ」
「ふふ、そうね」
 母に答えながらドアを閉め、食卓に向かうと、そろそろおやつの時間になったのか、テーブルの上におせんべいや飴などが置かれていた。
 伊都は椅子に座るついでに、飴をひとつ取る。

 白銀は微笑みを湛えたまま、そんな親子の事を眺めている。

 現実の彼は相変わらずだ。美しく整っていて存在感も強いのに、こんな時は控えめに背景にもなれる人。
(そんな風に優しく見守ってくれるから……好きになったのよね)
 彼の本質は苛烈で暴力的で、伊都に受け入れられるようなものではない。
 なのにこうして空気のように静かな存在になれるのは、どうしてだろうか。
(それも彼の一面だから、よ。白銀さんは、白銀さん自身が言うほど、身勝手でもないし強引でもない)
 ……本当は同棲だって強引に進めたいだろうに、伊都が整理が付くまで待っていてくれるつもりなのだろう。

 伊都は飴の包みを解いて、口の中に入れた。
 昔なつかしいニッキ飴。甘みと、苦みと、刺激と。口内に広がる独特の味は、どこか懐かしさを感じさせる。

(私は白銀さんの何処が好きなの? 優しいところだけ? ……違うわ)
 あの夢の巣穴の中で見せた本質を、伊都は決して嫌ってはいない。

 静けさが苦手なのか、伊都の実家は誰が見るともなく、居間のテレビは付けっぱなしだ。
 バラエティ番組の賑やかな笑いが響く中、隣に優しい視線を受けつつ、他愛ない話をしながら、伊都はまるで世間話の続きのように、その言葉を言った。

「ところで、白銀さん」
「はい?」
「同棲となると私の着替えとか、少しは持って行かないといけませんよね。今から運びますか?」
 伊都の言葉に、彼は虚を突かれたように目を見張った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...