上 下
168 / 220
SP(息抜きサブストーリー集)

SP2 その狼は、ただ愛を欲しがる。(3)

しおりを挟む
 若い狼が見る魔女は、いつでも忙しそうだ。
 多くの時間は編み物。時には備蓄の為の、ドライフルーツやジャム作り。時には染色仕事。
 ぱたぱたと、くるくると、彼女は巣穴の中を歩き回る。

「なあ魔女、今日は何するんだ?」
「そうね、今日はね……」
 時間も手間も掛かるものばかりなのに、いつでも彼女は楽しそうだ。
 そして、その足下には幼い仔らがいる。
「へえ、これいい色だね」
「あら、ありがと」
 彼女は淡い色に染まった毛糸を手に笑っていた。

(なんだよ、その顔)
 若い狼は今日もまた、勝手に彼女が所有物のつもりで、ムッとする。彼女の可愛らしい笑顔が、彼でなく仔狼らに向けられているから嫉妬しているのだ。
 
 魔女は腰をかがめ、仔狼らに今回はとても良く染まったのだと、話している。
「これは機織りに頼まれたのよ。これから渡しに行くところ」
「へえー。じゃあボクがお使いに行こうか?」
「あら、いいの? お手伝い助かるわ。じゃあリュック用意しましょうか」
「わーい、お使いだぁ」
 仔ども達はころころと転がり、働く彼女の足下ではしゃいで回る。
 甘え掛かる仔狼を彼女は叱らない。そこもまた、彼の怒りのポイントだ。

(俺は構わないくせに、そいつらばっかり構って)
 だから今日もまた、若い狼は苦言を呈す。
「甘やかすのやめろって言ってるだろ」
 さっと歩み寄って俺を構えと身体を押しつけるも、なぜかふいと魔女は距離を取っては、彼の言葉を「はいはい」 と聞き流す。

 だから、彼の口から出るのは彼女を貶すような事ばかりになるのだ。
「何度言わせるんだ。群れの序列に関わるんだから手を出すな」
「な……?」
 若い狼の本気の怒りに、彼女は顔色をなくした。ぐるると唸って、怯える彼女に更に続けて。
「群れのリーダーに囲われてるからって、群れの序列を乱すなら容赦しないぞ」
 歯を剥きだし怒れば、彼女はどんどんと距離を取り。
「……気をつけるわ」
 仔狼らの中心で困惑と怯えの混じった複雑な顔をする。

 その顔には笑顔はない。若い狼が欲しい、あの暖かな目をした優しい表情は、なくて。

「ごめんなさい。群れのリーダーのパートナーに相応しくないから、怒っているのよね」
(違う、本当は)
 そんな顔を見たい訳ではない。けれどこんな時すら仔狼ばかり可愛がるから、彼の喉はぐるると不機嫌な音を立てる。

「いつも、貴方を怒らせてばかりね。本当に申し訳ないわ」
(くそっ……)
 謝らせたい訳じゃない。悲しげな表情で曇らせたい訳でもない。
(そうじゃないっ)
 だが、欲しいものが与えられず苛立ちばかりが募る彼の喉から出るのは威嚇の唸り声だ。
「私は狼ではないし、ひ弱で獲物も狩れないから、不満なのよね、それは分かっているのだけれど……」
 肩を落とし、暗い顔をする彼女を見ていられない。
(俺にも笑えよ、莫迦)
 若い狼は己のもたらした結果をまた見ぬふりと、ぷいと横を向いて「そうかよ」 そうふてくされて呟いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

貴妃エレーナ

無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」 後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。 「急に、どうされたのですか?」 「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」 「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」 そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。 どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。 けれど、もう安心してほしい。 私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。 だから… 「陛下…!大変です、内乱が…」 え…? ーーーーーーーーーーーーー ここは、どこ? さっきまで内乱が… 「エレーナ?」 陛下…? でも若いわ。 バッと自分の顔を触る。 するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。 懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...