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七章 間章 目を覚ませば、そこは見慣れた。
7ーex.間章 銀狼は奔走す(7)
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「まあ流石にもうこの時間だからねぇ。悪いけど俺の方でフォロー出来そうな所は進めさせて貰ったよ」
「いえ、助かりました。流石は松永さんですね、ほぼ進行通りに進んでいる。若造の私ではこうすんなり行きません」
「またまたぁ。こんな規模、大手では山と回してたんでしょ? 煽てたところで缶コーヒーぐらいしか奢らないよぉ」
へらへらと笑いながら、松永はポケットから懐炉代わりにしていたらしい冷めはじめたショート缶のコーヒーを出す。
それを有り難く頂戴し、断りを入れると白銀はコーヒーを流し込んだ。
松永はと言えば、今日も派手な柄のネクタイをうざったそうに緩めており、夜になって肌寒く感じたか、春用の薄手のコートを肩に羽織ってから、また軽い口調で話しかけてくる。
「まあ後は、よくある感じだねぇ。前座のAが前の仕事押しててリハ出来なそう、とか、三番目で予定されてるグループのギターの調子が悪いらしいから替えが届くまで後ろにズラすとか、五番目の着る予定の衣装が汚れてて替えが必要になったとか、そんなものさ」
自らも缶コーヒーを開けながら、そう続ける松永の機嫌はいい。
部下に誉められた事は悪く思っていないようで、いつもは油断ならない光を浮かべている目も、今は楽しげに細められている。
不気味な程に機嫌のいい上司へと礼を言って、白銀は伝達内容を皮カバー付きの小サイズのロディアに書き付ける。
単語を線上に乗せ、次の単語へと繋げる、樹形図のような書き方はマインドマップと言われる思考法だ。使用はとても簡単で、長い文章を綴る必要ががない辺りが彼は気に入っている。
関連づけられた単語から、上司の話を思い浮かべつつ整理し、のちにデジタルの手帳へ転記し、重要なものにはリマインダを掛けるのが彼の手帳術という感じである。
「なるほど、確かによくある話ですね。では、ギリギリまで調整してみましょう」
ライブは生き物、とは誰が言ったものか。
何度やっても、すんなりとはいかない。だがそれが面白い。
彼は彼なりに、イベントという大きな生き物に関わる事を楽しんでいた。
イベントも当日となると、更に動きがあわただしくなる。
白銀は深夜、仮眠室で軽く仮眠を取る為に横になった。
別にマンションへ戻っても誰も怒らないのだが、動き始めた会場を見ると落ち着かなくなってしまって。
開始の時間まで現場に張り付くのは、もはや癖のようなものである。
……その夜、夢で会った彼女はとても元気そうだった。
己に襲い掛かった衝撃的な現実の事は、突然の事であったからか知らぬ様子で、無邪気に彼の懐へ潜り込み寝言のような口調で話していた。その事実にほっとする。
それを心の励みとし、早朝に目を覚ました彼は、イベントの残りの調整を済ませた。
「いえ、助かりました。流石は松永さんですね、ほぼ進行通りに進んでいる。若造の私ではこうすんなり行きません」
「またまたぁ。こんな規模、大手では山と回してたんでしょ? 煽てたところで缶コーヒーぐらいしか奢らないよぉ」
へらへらと笑いながら、松永はポケットから懐炉代わりにしていたらしい冷めはじめたショート缶のコーヒーを出す。
それを有り難く頂戴し、断りを入れると白銀はコーヒーを流し込んだ。
松永はと言えば、今日も派手な柄のネクタイをうざったそうに緩めており、夜になって肌寒く感じたか、春用の薄手のコートを肩に羽織ってから、また軽い口調で話しかけてくる。
「まあ後は、よくある感じだねぇ。前座のAが前の仕事押しててリハ出来なそう、とか、三番目で予定されてるグループのギターの調子が悪いらしいから替えが届くまで後ろにズラすとか、五番目の着る予定の衣装が汚れてて替えが必要になったとか、そんなものさ」
自らも缶コーヒーを開けながら、そう続ける松永の機嫌はいい。
部下に誉められた事は悪く思っていないようで、いつもは油断ならない光を浮かべている目も、今は楽しげに細められている。
不気味な程に機嫌のいい上司へと礼を言って、白銀は伝達内容を皮カバー付きの小サイズのロディアに書き付ける。
単語を線上に乗せ、次の単語へと繋げる、樹形図のような書き方はマインドマップと言われる思考法だ。使用はとても簡単で、長い文章を綴る必要ががない辺りが彼は気に入っている。
関連づけられた単語から、上司の話を思い浮かべつつ整理し、のちにデジタルの手帳へ転記し、重要なものにはリマインダを掛けるのが彼の手帳術という感じである。
「なるほど、確かによくある話ですね。では、ギリギリまで調整してみましょう」
ライブは生き物、とは誰が言ったものか。
何度やっても、すんなりとはいかない。だがそれが面白い。
彼は彼なりに、イベントという大きな生き物に関わる事を楽しんでいた。
イベントも当日となると、更に動きがあわただしくなる。
白銀は深夜、仮眠室で軽く仮眠を取る為に横になった。
別にマンションへ戻っても誰も怒らないのだが、動き始めた会場を見ると落ち着かなくなってしまって。
開始の時間まで現場に張り付くのは、もはや癖のようなものである。
……その夜、夢で会った彼女はとても元気そうだった。
己に襲い掛かった衝撃的な現実の事は、突然の事であったからか知らぬ様子で、無邪気に彼の懐へ潜り込み寝言のような口調で話していた。その事実にほっとする。
それを心の励みとし、早朝に目を覚ました彼は、イベントの残りの調整を済ませた。
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