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五章 毎日、毎日、貴方を好きになる。

二十七話 編み物魔女は、贈り物を編む(3)

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(しかも、二人目の指導は私には荷が重いわ……)
 一人目は朗らかにのんびりとした五十近い女性で、もう一人は少しばかりきつめの性格の、三十代前半の女性だ。
 この、二人目がなかなかに面倒な御仁で……。
(自分に自信があるのはいいわ。でも、自分のスキルを駆使したいからって突然表計算ソフトのフォーマットを捨てて自分の作ったフォーマットに変えるなんて、ちょっと異常よね。奈々がたまたま以前のフォーマットを持ってたからいいものの……昔のデータが全て利用不可にされるところだったわ。なんて恐ろしい)
 贈り物を編む手を止めて、伊都はがっくりとうなだれた。

 オフィスソフトのマスターやら、情報処理の資格など、二人目の事務員候補はさまざまな資格を持つとても優秀な人なのだが。
(私が出来ないのはその通りだからいいんだけど、サキさんが作った環境を壊して過去のデータをまるごと捨ててまで、技術を誇られても困るのよね……)
 どうも、その技術力を鼻にかけているところがあり、改善だ、最新環境だなどと言って自己流にアレンジしたがるから困っている。

 人と仲良くなりやすい性質の奈々が聞き出したところに拠れば、その御仁、前の会社で上司とトラブルを起こして辞めたという話だ。上層部から直接辞職を求められたというから、一体どんな不祥事を起こしたものだか。
 まあつまり、懲罰解雇であり脛に傷持つ厄介さんの可能性が大なのは確かだ。
(私は雇用側じゃないから、何とも言えないけど……あの人を残していくのは正直不安だわ)
 ここにきて、折角ムード良く進んでいた引継作業が困難になってきた為、負わなくてもいい心労が嵩んでいる。


 その翌日。今日も朝に顔を出した白銀を会社へ送り出した後、伊都は三十分早く事務所へ着いた。
 案の定、今日も自分のスキルを発揮しようとする新入社員に悩まされる。
(──ああ、やっぱり)
 が、完全に下に見られている伊都が関わると余計に面倒な事になる為、大人しく奈々と葉山にトラブル収拾を願い、彼女と「お話」 して貰う。
 コミュニケーション能力が抜群に高く気が強い奈々、理論的で破綻のない話術と元ソムリエならではか、感情的な人をさらりといなすのが上手い葉山。この二人のタッグは、正直言って白銀ですら口先の戦いで互角になれるだけの能力を持つ。
 飴と鞭、アグレッシブとクール。自信家の新人はいつもそうして、二人の話術に丸め込まれて騒動を終える。

 心労を抱えてようやく昼食の時間に。
 会社へも編みかけの贈り物を持ち込み、昼休みには早々におにぎり弁当を食べきって続きをやる。
「あらあ、伊都ちゃん編み物上手ねぇ」
「有り難うございます」

 個性的な新入社員にまた問題を抱えつつある会社で、昼間にパートさんと集まるプレハブ小屋は唯一の憩いの場だ。
 自称「出来る女」 である新人も流石に古株のパートとやり合う気はないようで、ここには踏み込まない。
 ブログやニットサンプルなどの事も、ここでは忘れて二十分程を編み物に費やす。

(うん、やっぱり……誰かに向けて編み物をするって楽しい)
 伊都はするすると調子よく編んでいく。
 伊都にとって編み物とは、大事な人を暖めるものだ。
 それは実用される事が前提であり、贅沢品や装飾品ににカテゴライズされるものとは考えていない。
 だからこそ、素材は値段よりも機能面を優先する。それがきちんと目的通りの働きをする事こそを重視した物作りこそがポリシーだ。

(サキさんは潜在顧客を持ってるから勿体ない、なんて言うけれど……私は身の回りの人が暖かく過ごしてくれる事の方が、大事だわ)
 対象が定まっていればいる程、その人への気持ちが強ければ強い程、伊都の気分は上がる。

 まあつまり、伊都は白銀への贈り物を編む今が、一番楽しいのだった。

(うん、そうだわ、やっぱり原点に立ち返って正解ね)

 秋も深まるその時期に、伊都はようやくその境地にたどり着いた。

(私はやっぱり、愛する人への贈り物を、編み続けていたいわ)
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