102 / 220
五章 毎日、毎日、貴方を好きになる。
二十七話 編み物魔女は、贈り物を編む(3)
しおりを挟む
(しかも、二人目の指導は私には荷が重いわ……)
一人目は朗らかにのんびりとした五十近い女性で、もう一人は少しばかりきつめの性格の、三十代前半の女性だ。
この、二人目がなかなかに面倒な御仁で……。
(自分に自信があるのはいいわ。でも、自分のスキルを駆使したいからって突然表計算ソフトのフォーマットを捨てて自分の作ったフォーマットに変えるなんて、ちょっと異常よね。奈々がたまたま以前のフォーマットを持ってたからいいものの……昔のデータが全て利用不可にされるところだったわ。なんて恐ろしい)
贈り物を編む手を止めて、伊都はがっくりとうなだれた。
オフィスソフトのマスターやら、情報処理の資格など、二人目の事務員候補はさまざまな資格を持つとても優秀な人なのだが。
(私が出来ないのはその通りだからいいんだけど、サキさんが作った環境を壊して過去のデータをまるごと捨ててまで、技術を誇られても困るのよね……)
どうも、その技術力を鼻にかけているところがあり、改善だ、最新環境だなどと言って自己流にアレンジしたがるから困っている。
人と仲良くなりやすい性質の奈々が聞き出したところに拠れば、その御仁、前の会社で上司とトラブルを起こして辞めたという話だ。上層部から直接辞職を求められたというから、一体どんな不祥事を起こしたものだか。
まあつまり、懲罰解雇であり脛に傷持つ厄介さんの可能性が大なのは確かだ。
(私は雇用側じゃないから、何とも言えないけど……あの人を残していくのは正直不安だわ)
ここにきて、折角ムード良く進んでいた引継作業が困難になってきた為、負わなくてもいい心労が嵩んでいる。
その翌日。今日も朝に顔を出した白銀を会社へ送り出した後、伊都は三十分早く事務所へ着いた。
案の定、今日も自分のスキルを発揮しようとする新入社員に悩まされる。
(──ああ、やっぱり)
が、完全に下に見られている伊都が関わると余計に面倒な事になる為、大人しく奈々と葉山にトラブル収拾を願い、彼女と「お話」 して貰う。
コミュニケーション能力が抜群に高く気が強い奈々、理論的で破綻のない話術と元ソムリエならではか、感情的な人をさらりといなすのが上手い葉山。この二人のタッグは、正直言って白銀ですら口先の戦いで互角になれるだけの能力を持つ。
飴と鞭、アグレッシブとクール。自信家の新人はいつもそうして、二人の話術に丸め込まれて騒動を終える。
心労を抱えてようやく昼食の時間に。
会社へも編みかけの贈り物を持ち込み、昼休みには早々におにぎり弁当を食べきって続きをやる。
「あらあ、伊都ちゃん編み物上手ねぇ」
「有り難うございます」
個性的な新入社員にまた問題を抱えつつある会社で、昼間にパートさんと集まるプレハブ小屋は唯一の憩いの場だ。
自称「出来る女」 である新人も流石に古株のパートとやり合う気はないようで、ここには踏み込まない。
ブログやニットサンプルなどの事も、ここでは忘れて二十分程を編み物に費やす。
(うん、やっぱり……誰かに向けて編み物をするって楽しい)
伊都はするすると調子よく編んでいく。
伊都にとって編み物とは、大事な人を暖めるものだ。
それは実用される事が前提であり、贅沢品や装飾品ににカテゴライズされるものとは考えていない。
だからこそ、素材は値段よりも機能面を優先する。それがきちんと目的通りの働きをする事こそを重視した物作りこそがポリシーだ。
(サキさんは潜在顧客を持ってるから勿体ない、なんて言うけれど……私は身の回りの人が暖かく過ごしてくれる事の方が、大事だわ)
対象が定まっていればいる程、その人への気持ちが強ければ強い程、伊都の気分は上がる。
まあつまり、伊都は白銀への贈り物を編む今が、一番楽しいのだった。
(うん、そうだわ、やっぱり原点に立ち返って正解ね)
秋も深まるその時期に、伊都はようやくその境地にたどり着いた。
(私はやっぱり、愛する人への贈り物を、編み続けていたいわ)
一人目は朗らかにのんびりとした五十近い女性で、もう一人は少しばかりきつめの性格の、三十代前半の女性だ。
この、二人目がなかなかに面倒な御仁で……。
(自分に自信があるのはいいわ。でも、自分のスキルを駆使したいからって突然表計算ソフトのフォーマットを捨てて自分の作ったフォーマットに変えるなんて、ちょっと異常よね。奈々がたまたま以前のフォーマットを持ってたからいいものの……昔のデータが全て利用不可にされるところだったわ。なんて恐ろしい)
贈り物を編む手を止めて、伊都はがっくりとうなだれた。
オフィスソフトのマスターやら、情報処理の資格など、二人目の事務員候補はさまざまな資格を持つとても優秀な人なのだが。
(私が出来ないのはその通りだからいいんだけど、サキさんが作った環境を壊して過去のデータをまるごと捨ててまで、技術を誇られても困るのよね……)
どうも、その技術力を鼻にかけているところがあり、改善だ、最新環境だなどと言って自己流にアレンジしたがるから困っている。
人と仲良くなりやすい性質の奈々が聞き出したところに拠れば、その御仁、前の会社で上司とトラブルを起こして辞めたという話だ。上層部から直接辞職を求められたというから、一体どんな不祥事を起こしたものだか。
まあつまり、懲罰解雇であり脛に傷持つ厄介さんの可能性が大なのは確かだ。
(私は雇用側じゃないから、何とも言えないけど……あの人を残していくのは正直不安だわ)
ここにきて、折角ムード良く進んでいた引継作業が困難になってきた為、負わなくてもいい心労が嵩んでいる。
その翌日。今日も朝に顔を出した白銀を会社へ送り出した後、伊都は三十分早く事務所へ着いた。
案の定、今日も自分のスキルを発揮しようとする新入社員に悩まされる。
(──ああ、やっぱり)
が、完全に下に見られている伊都が関わると余計に面倒な事になる為、大人しく奈々と葉山にトラブル収拾を願い、彼女と「お話」 して貰う。
コミュニケーション能力が抜群に高く気が強い奈々、理論的で破綻のない話術と元ソムリエならではか、感情的な人をさらりといなすのが上手い葉山。この二人のタッグは、正直言って白銀ですら口先の戦いで互角になれるだけの能力を持つ。
飴と鞭、アグレッシブとクール。自信家の新人はいつもそうして、二人の話術に丸め込まれて騒動を終える。
心労を抱えてようやく昼食の時間に。
会社へも編みかけの贈り物を持ち込み、昼休みには早々におにぎり弁当を食べきって続きをやる。
「あらあ、伊都ちゃん編み物上手ねぇ」
「有り難うございます」
個性的な新入社員にまた問題を抱えつつある会社で、昼間にパートさんと集まるプレハブ小屋は唯一の憩いの場だ。
自称「出来る女」 である新人も流石に古株のパートとやり合う気はないようで、ここには踏み込まない。
ブログやニットサンプルなどの事も、ここでは忘れて二十分程を編み物に費やす。
(うん、やっぱり……誰かに向けて編み物をするって楽しい)
伊都はするすると調子よく編んでいく。
伊都にとって編み物とは、大事な人を暖めるものだ。
それは実用される事が前提であり、贅沢品や装飾品ににカテゴライズされるものとは考えていない。
だからこそ、素材は値段よりも機能面を優先する。それがきちんと目的通りの働きをする事こそを重視した物作りこそがポリシーだ。
(サキさんは潜在顧客を持ってるから勿体ない、なんて言うけれど……私は身の回りの人が暖かく過ごしてくれる事の方が、大事だわ)
対象が定まっていればいる程、その人への気持ちが強ければ強い程、伊都の気分は上がる。
まあつまり、伊都は白銀への贈り物を編む今が、一番楽しいのだった。
(うん、そうだわ、やっぱり原点に立ち返って正解ね)
秋も深まるその時期に、伊都はようやくその境地にたどり着いた。
(私はやっぱり、愛する人への贈り物を、編み続けていたいわ)
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
【完結済】二度も婚約破棄されてしまった私は美麗公爵様のお屋敷で働くことになりました
鳴宮野々花
恋愛
二度も婚約破棄された。それもどちらも同じ女性に相手を奪われて─────
一度ならず二度までも婚約を破棄された自分は社交界の腫れ物扱い。もう自分にまともな結婚相手は見つからないだろうと思った子爵令嬢のロゼッタは、何かしら手に職をつけ一人で生きていこうと決意する。
そんな中侍女として働くことになった公爵家には、美麗な容姿に冷たい態度の若き公爵と、病弱な美しい妹がいた。ロゼッタはその妹オリビアの侍女として働くうちに、かつて自分の婚約者を二度も奪った令嬢、エーベルに再会することとなる。
その後、望めないと思っていた幸せをようやく手にしようとしたロゼッタのことを、またも邪魔するエーベル。なぜこんなにも執拗に自分の幸せを踏みにじろうとしてくるのか…………
※作者独自の架空の世界のお話です。現代社会とは結婚に対する価値観や感覚がまるっきり違いますが、どうぞご理解の上広い心でお読みくださいませ。
※この作品は小説家になろうにも投稿しています。
お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し
gari
ファンタジー
突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。
知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。
正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。
過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。
一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。
父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!
地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……
ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!
どうする? どうなる? 召喚勇者。
※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。
チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜
タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》
【書籍化進行中!】
コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。
早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。
そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、ガソリン補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。
道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…
大嫌いな双子の妹と転生したら、悪役令嬢に仕立て上げられました。
美杉。節約令嬢、書籍化進行中
ファンタジー
家族は私には興味がなかった。
いつでも愛されるのは双子の妹だけ。
同じ顔・同じ声。それでも私は愛してもらえない。
唯一の味方だったくまの人形はあの子の手によって……。
そんな中、私は異世界へと転移した。
やっと自分らしく生きられると思ったのに、まさか妹も一緒に転移していたなんて。
そして妹に濡れ衣を着せられて悪役令嬢に。
そんな中、くまの人形と再会を果たし――
異世界転生×悪役令嬢×ざまぁ
しかしその根本にあるものはまったく違う、二人の姉妹の人間模様。
そこに王弟殿下と次期宰相の恋模様も重なり、物語は加速していく。
異世界を満喫します~愛し子は最強の幼女
かなかな
ファンタジー
異世界に突然やって来たんだけど…私これからどうなるの〜〜!?
もふもふに妖精に…神まで!?
しかも、愛し子‼︎
これは異世界に突然やってきた幼女の話
ゆっくりやってきますー
ソフィアと6人の番人 〜コンダルク物語〜
M u U
ファンタジー
中央の男は言う。
「同じ所で、同じ人が出会い、恋に落ちる。そんな流れはもう飽きた!たまには違う事も良かろう。道理を外れない事、それ以外は面白ければ許す。」と。送り出された6人の番人。年齢、性別、容姿を変え、物語の登場人物に関わっていく。創造主からの【ギフト】と【課題】を抱え、今日も扉をくぐる。
ノアスフォード領にあるホスウェイト伯爵家。魔法に特化したこの家の1人娘ソフィアは、少々特殊な幼少期を過ごしたが、ある日森の中で1羽のフクロウと出会い運命が変わる。
フィンシェイズ魔法学院という舞台で、いろいろな人と出会い、交流し、奮闘していく。そんなソフィアの奮闘記と、6人の番人との交流を紡いだ
物語【コンダルク】ロマンスファンタジー。
転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~
ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉
攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。
私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。
美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~!
【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避
【2章】王国発展・vs.ヒロイン
【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。
※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。
※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差)
ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/
Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/
※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる