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四章 冷たい部屋からの救出
十二話 その夢は、繋がっている(3)
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そんな経験を何度もしている伊都だから、何故だろうと不思議そうな顔で首を傾げる。そこで、サキは腕を組んで首を振り、はあと溜息を吐いた。
「それって親父みたいじゃない。商店街にいい顔したくて他人に押し付ける親父と、あたしが友人にいい顔したくてイトちゃんに編んでって押しつけるのは同じ。ただのあたしの都合なのよ。そうでしょ?」
そんなの真っ平だし、と顔をしかめサキは言う。
ただ、伊都が作るものは人が欲しがるものだ。それを世に出さないのも勿体ない。それならば売り物にしちゃったらいいのでは? とも常々思っていたらしい。
そこで、今回の企画を思いついた時に、真っ先に売店に置こうと考えたのが伊都のニット作品であったと。
「欲しいって人がいるなら、素材代と手間賃取って売っちゃえばいいのよ。イトちゃんには潜在的顧客がいるんだからさ」
あたしとしては成功する自信があるのよと、何故かサキが胸を張る。
「……その、私のは、趣味のものなので」
求めてくれる気持ちはうれしいが、伊都は一度夢を捨てている。そんな自分が作るものを売っていいのかと思うと、どうにも煮え切らない言葉が出る。
「ああ、別に押しつける訳じゃないの。これはただのあたしの願望だから、イトちゃんが嫌なら嫌でいいの。そこは間違えないでね?」
「はい」
さっきの言葉からして、サキは伊都に仕事を押しつけたくて言っている訳ではない事は分かる。
なので、しっかりと頷く。
「ただ、暇な時にお小遣い稼ぎ程度の気分で、店に置いてみたらどうかな……ってね」
だって、と彼女は続けた。
「イトちゃんはちゃんと心地のいいものを作れる、すてきな手があるんだもの。あたしなんて旦那にって編んだマフラーひとつさえ完成した試しがないのよ? 毎年やって見るかと思っていざ編み始めるとさ、穴ぼこだらけのガッタガタでさ。途中でやになって解いちゃうのよ。いつもあたしばかりイトちゃんのあったかいので包まれてて、勿体ないなぁって思ってたの」
貴女の手は魔法の手よ、と優しく手を握るサキに、伊都は心に火を灯す。
「イトちゃん、あなたの作品をね、もっと他にも紹介したいなって、ただそう思うの」
「そうだよっ! 私も、伊都が学生の頃作ってくれた帽子とマフラーと手袋のセット、寒い国に行くとき必ず持ってくんだからっ!」
伊都の腕に抱き付くようにして、奈々までそこに加わってくる。
「あら、そんなに伊都さんのニットっていいものなんですか? そんな素敵なら、お店に並んだら購入しようかしら」
貴女の最初のお客になってもいい? と、優しい笑みを浮かべた葉山がそこに加わる。
……伊都は、自分が輪に加わったとその時感じた。
(受け身でいるから、自信がないから皆にこうして気遣わせてしまうんだ)
自分の弱さが、彼女らの気遣いを引き出してしまったと思えば悔しく、しかし優しさを貰えた事は嬉しい。
伊都は頷き、自らの意志を示す。
「私……もし任せて頂けるなら、そのお仕事をしたいです。勿論、葉山さんがお客さん一号ですよ」
テーブルを挟んだ場所では、白銀が目を細め優しく微笑んでいる。あんなに怖かった筈の松永も、今は何だか面白げにこちらを見ているではないか。
皆が笑って喜ぶのを見て、伊都は思い出す。
(そうだ、大事な人の為にその身体を暖めるもの。私の原点の仕事が出来るなら、お受けしよう)
それがきっと、伊都の心が再び芯を持った瞬間だった。
「それって親父みたいじゃない。商店街にいい顔したくて他人に押し付ける親父と、あたしが友人にいい顔したくてイトちゃんに編んでって押しつけるのは同じ。ただのあたしの都合なのよ。そうでしょ?」
そんなの真っ平だし、と顔をしかめサキは言う。
ただ、伊都が作るものは人が欲しがるものだ。それを世に出さないのも勿体ない。それならば売り物にしちゃったらいいのでは? とも常々思っていたらしい。
そこで、今回の企画を思いついた時に、真っ先に売店に置こうと考えたのが伊都のニット作品であったと。
「欲しいって人がいるなら、素材代と手間賃取って売っちゃえばいいのよ。イトちゃんには潜在的顧客がいるんだからさ」
あたしとしては成功する自信があるのよと、何故かサキが胸を張る。
「……その、私のは、趣味のものなので」
求めてくれる気持ちはうれしいが、伊都は一度夢を捨てている。そんな自分が作るものを売っていいのかと思うと、どうにも煮え切らない言葉が出る。
「ああ、別に押しつける訳じゃないの。これはただのあたしの願望だから、イトちゃんが嫌なら嫌でいいの。そこは間違えないでね?」
「はい」
さっきの言葉からして、サキは伊都に仕事を押しつけたくて言っている訳ではない事は分かる。
なので、しっかりと頷く。
「ただ、暇な時にお小遣い稼ぎ程度の気分で、店に置いてみたらどうかな……ってね」
だって、と彼女は続けた。
「イトちゃんはちゃんと心地のいいものを作れる、すてきな手があるんだもの。あたしなんて旦那にって編んだマフラーひとつさえ完成した試しがないのよ? 毎年やって見るかと思っていざ編み始めるとさ、穴ぼこだらけのガッタガタでさ。途中でやになって解いちゃうのよ。いつもあたしばかりイトちゃんのあったかいので包まれてて、勿体ないなぁって思ってたの」
貴女の手は魔法の手よ、と優しく手を握るサキに、伊都は心に火を灯す。
「イトちゃん、あなたの作品をね、もっと他にも紹介したいなって、ただそう思うの」
「そうだよっ! 私も、伊都が学生の頃作ってくれた帽子とマフラーと手袋のセット、寒い国に行くとき必ず持ってくんだからっ!」
伊都の腕に抱き付くようにして、奈々までそこに加わってくる。
「あら、そんなに伊都さんのニットっていいものなんですか? そんな素敵なら、お店に並んだら購入しようかしら」
貴女の最初のお客になってもいい? と、優しい笑みを浮かべた葉山がそこに加わる。
……伊都は、自分が輪に加わったとその時感じた。
(受け身でいるから、自信がないから皆にこうして気遣わせてしまうんだ)
自分の弱さが、彼女らの気遣いを引き出してしまったと思えば悔しく、しかし優しさを貰えた事は嬉しい。
伊都は頷き、自らの意志を示す。
「私……もし任せて頂けるなら、そのお仕事をしたいです。勿論、葉山さんがお客さん一号ですよ」
テーブルを挟んだ場所では、白銀が目を細め優しく微笑んでいる。あんなに怖かった筈の松永も、今は何だか面白げにこちらを見ているではないか。
皆が笑って喜ぶのを見て、伊都は思い出す。
(そうだ、大事な人の為にその身体を暖めるもの。私の原点の仕事が出来るなら、お受けしよう)
それがきっと、伊都の心が再び芯を持った瞬間だった。
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