上 下
55 / 220
四章 冷たい部屋からの救出

六話 夢を語る前に、現実を語れ(2)

しおりを挟む
 松永は身体を仰け反らせ、ガタッと椅子を鳴らすと立ち上がった。
「うっわー。お兄さんとーっても楽しい話がしたいなぁ‼︎ うん、そうすべき!」
 乾杯! などとふざけて見せる男に、奈々は猫が威嚇するように前のめりで睨みつけて言った。
「ていうか、いい加減部外者の人帰れっ」
 葉山に至ってはクールに切り捨てる。
「そうですね。白銀さんの上司の方もお食事が済まれたようですし、事件に関しても、閉じこめの件の証言者になって頂ければそれで結構です。この後は身内の席となりますので、代車サービスをお呼びしますわ、お気をつけてお帰り下さい」

 何を白銀に言われたか、嗜虐性をあっという間に引っ込めた男は、そんな女性達に、拗ねたような表情を浮かべた。
「えー、君達今日の功労者に酷くない?」
 そこには、サディストな松永の影も形もなく。

 伊都は彼の言葉に、怯えつつも納得せざる得ない。
(私、だけじゃない。サキさんだって苦しいのに、前を向いてるのに、それが出来ないのは私が弱いから)
 背をさする奈々の優しい手。皆の労りの目。興味深げにこちらを見るサディスト男の顔は怖いけれど。
(五年前と違う。誰もがあの人の言うことだけを信じて暴行に怯えて逃げる私をあの人に捧げようとしたあの時とは)
 恋人と思っていた男に手ひどく痛めつけられ、傷付き倒れた後に、遣り手婆の如く暴力男の下へ伊都を送り込み強姦を共謀した、偽物の友人など、ここには居ない。
 裏切りなんてここには無い。

「そう、ですね」
 伊都は泣きそうな顔で無理矢理に笑った。
(私自身が、信じなきゃ。皆の手をきちんと握り返さなきゃいけないのよ)
「楽しい話、したいです、私も」
 伊都は、無理矢理、微笑んだ。それは泣き笑いのような儚い笑みではあったけれど。

「お酒は飲めないけど……でも、皆と、楽しく笑って過ごしたいです」


 とはいえ、田舎のよくある話で、各自車で来ている。代車を頼む予定の松永以外は、サングリア風グレープジュースのソーダ割で乾杯する。
 果実の旨味が滲み出たそれは身体に染みるように美味い。
 後は各自ナッツや小皿料理タパスなど、おつまみを頼んで口に入れながらちびちびとやる。

「今ねぇ、少し考えている事があるの」
 一行の盛り上げ役は決まってサキだ。
「何ですか? 気になる!」
 それをより盛り上げようと高い声ではしゃいで見せるのは奈々。
 二人は伊都を挟み、息の合ったコンビの風格で場を華やがせる。

「それはねぇ……」
 そこで出てきたのは、ピンクの表紙も鮮やかなモレスキン手帳だ。
 モレスキンと言えば、ピカソやゴッホといった世界的画家らも愛用したと言われるハードカバーのノートブックだ。バリバリのキャリアウーマンでありながら、物語や美しいものを愛するロマンティストでもあるサキには、とても似合いの手帳と言えるだろう。
 サキが手帳を開くと、女性らしい丸い文字と、手書きイラストや写真などが、カラフルに紙面を埋めている。

「……故郷ティエラナタル改造計画」
 伊都はぽつりと、左ページ上部に大きく描かれたそのタイトルを読み上げた。

「この店の、改造計画ですか」
 白銀も興味深そうに、そのピンクの手帳を眺めていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結済】二度も婚約破棄されてしまった私は美麗公爵様のお屋敷で働くことになりました

鳴宮野々花
恋愛
 二度も婚約破棄された。それもどちらも同じ女性に相手を奪われて─────  一度ならず二度までも婚約を破棄された自分は社交界の腫れ物扱い。もう自分にまともな結婚相手は見つからないだろうと思った子爵令嬢のロゼッタは、何かしら手に職をつけ一人で生きていこうと決意する。  そんな中侍女として働くことになった公爵家には、美麗な容姿に冷たい態度の若き公爵と、病弱な美しい妹がいた。ロゼッタはその妹オリビアの侍女として働くうちに、かつて自分の婚約者を二度も奪った令嬢、エーベルに再会することとなる。  その後、望めないと思っていた幸せをようやく手にしようとしたロゼッタのことを、またも邪魔するエーベル。なぜこんなにも執拗に自分の幸せを踏みにじろうとしてくるのか………… ※作者独自の架空の世界のお話です。現代社会とは結婚に対する価値観や感覚がまるっきり違いますが、どうぞご理解の上広い心でお読みくださいませ。 ※この作品は小説家になろうにも投稿しています。  

お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

目立ちたくない召喚勇者の、スローライフな(こっそり)恩返し

gari
ファンタジー
 突然、異世界の村に転移したカズキは、村長父娘に保護された。  知らない間に脳内に寄生していた自称大魔法使いから、自分が召喚勇者であることを知るが、庶民の彼は勇者として生きるつもりはない。  正体がバレないようギルドには登録せず一般人としてひっそり生活を始めたら、固有スキル『蚊奪取』で得た規格外の能力と(この世界の)常識に疎い行動で逆に目立ったり、村長の娘と徐々に親しくなったり。  過疎化に悩む村の窮状を知り、恩返しのために温泉を開発すると見事大当たり! でも、その弊害で恩人父娘が窮地に陥ってしまう。  一方、とある国では、召喚した勇者(カズキ)の捜索が密かに行われていた。  父娘と村を守るため、武闘大会に出場しよう!  地域限定土産の開発や冒険者ギルドの誘致等々、召喚勇者の村おこしは、従魔や息子(?)や役人や騎士や冒険者も加わり順調に進んでいたが……  ついに、居場所が特定されて大ピンチ!!  どうする? どうなる? 召喚勇者。  ※ 基本は主人公視点。時折、第三者視点が入ります。  

チートなキャンピングカーで旅する異世界徒然紀行〜もふもふと愉快な仲間を添えて〜

タジリユウ
ファンタジー
《第4回次世代ファンタジーカップ 面白スキル賞》 【書籍化進行中!】 コツコツとお金を貯めて念願のキャンピングカーを手に入れた主人公。 早速キャンピングカーで初めてのキャンプをしたのだが、次の日目が覚めるとそこは異世界であった。 そしていつの間にかキャンピングカーにはナビゲーション機能、自動修復機能、ガソリン補給機能など様々な機能を拡張できるようになっていた。 道中で出会ったもふもふの魔物やちょっと残念なエルフを仲間に加えて、キャンピングカーで異世界をのんびりと旅したいのだが…

大嫌いな双子の妹と転生したら、悪役令嬢に仕立て上げられました。

美杉。節約令嬢、書籍化進行中
ファンタジー
 家族は私には興味がなかった。  いつでも愛されるのは双子の妹だけ。  同じ顔・同じ声。それでも私は愛してもらえない。  唯一の味方だったくまの人形はあの子の手によって……。  そんな中、私は異世界へと転移した。  やっと自分らしく生きられると思ったのに、まさか妹も一緒に転移していたなんて。  そして妹に濡れ衣を着せられて悪役令嬢に。  そんな中、くまの人形と再会を果たし――  異世界転生×悪役令嬢×ざまぁ  しかしその根本にあるものはまったく違う、二人の姉妹の人間模様。  そこに王弟殿下と次期宰相の恋模様も重なり、物語は加速していく。

異世界を満喫します~愛し子は最強の幼女

かなかな
ファンタジー
異世界に突然やって来たんだけど…私これからどうなるの〜〜!? もふもふに妖精に…神まで!? しかも、愛し子‼︎ これは異世界に突然やってきた幼女の話 ゆっくりやってきますー

ソフィアと6人の番人 〜コンダルク物語〜

M u U
ファンタジー
中央の男は言う。 「同じ所で、同じ人が出会い、恋に落ちる。そんな流れはもう飽きた!たまには違う事も良かろう。道理を外れない事、それ以外は面白ければ許す。」と。送り出された6人の番人。年齢、性別、容姿を変え、物語の登場人物に関わっていく。創造主からの【ギフト】と【課題】を抱え、今日も扉をくぐる。  ノアスフォード領にあるホスウェイト伯爵家。魔法に特化したこの家の1人娘ソフィアは、少々特殊な幼少期を過ごしたが、ある日森の中で1羽のフクロウと出会い運命が変わる。  フィンシェイズ魔法学院という舞台で、いろいろな人と出会い、交流し、奮闘していく。そんなソフィアの奮闘記と、6人の番人との交流を紡いだ 物語【コンダルク】ロマンスファンタジー。

転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~

ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉ 攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。 私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。 美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~! 【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避 【2章】王国発展・vs.ヒロイン 【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。 ※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。 ※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差) ブログ https://tenseioujo.blogspot.com/ Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/ ※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。

処理中です...