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三章 現実、月曜日。冷たい場所に閉じ込められました。
3ーex. 幸福な夢と、予兆と。(2)
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のろのろした歩みでも、前庭を砂利で敷き詰めただけの駐車場は狭く、あっという間に車に着いてしまう。
彼は溜息を吐き、営業車のドアを開ける。助手席に革鞄を置くとシートベルトを締め、ハンドルを握るが、どうにも発進させる気にならない。
(あの工場長、酷く貶していたな。あれが、彼女を悩ませる原因か。……いっそ闇討ちでもしてやりたいところだが)
根が凶暴な彼らしくそんな事を考えた時の事である。
エンジンを掛けた途端、胸ポケットの中のスマホが振動した。
それはイグニッションボタンを押して、営業車を出そうとした所だった。
胸元の振動に彼は冷静にエンジンを切り、ブレーキとシフトレバーの位置を確認したのち、ポケットからスマホを出して画面を見つめる。
そこには、新規メッセージが一件と表示されている。
(誰からだ?)
メッセージアプリをタップすれば、つい最近、IDを交換したばかりの漬け物屋の事務員からメッセージが届いていた。
(確か、彼女の友人の……)
なな、と平仮名ネームの事務員は、猫のアイコンで語りかけてきている。
『工場長がすごい剣幕で伊都を強引に連れ出してしまいました。もしかして、殴られちゃうかも! まだ二人は敷地内にいると思います。白銀さん、伊都を助けて下さい‼︎』
その内容を見て、彼は顔色を変え、ファブレットとICレコーダーをポケットに無造作に突っ込むと、車から急いで出たのだった。
……そして現在、冷蔵室の中。
(間に合って本当に良かった。もし、彼女が傷つけられていたら……)
確実に己の凶暴性が表に出て、凡そ、禄でもない結果になっていただろう。
(まあ、こんな所に押し込められた時点で、救出は失敗した訳だが)
だが、何時にも増して彼女が近い。この寒い中だからこそ、彼女と存分に近付ける権利を得ているのだというのも事実だ。
「白銀さん、本当に寒くないですか?」
「大丈夫ですよ、織部さん。それより、指先が赤くなって……貴女こそ寒くないですか」
「白銀さんにジャケットをお借りしていますから、平気です」
指先だけちょんと出た、大きすぎるサイズの上着。それが自分の物だと思えば所有欲が擽られて、どうにも堪らない気持ちになる。
白銀さん、白銀さん。
そう呼び掛けられて微笑まれる度に、彼女への愛しさは増す。
まるで夢の中のようだ。くるくると変わる表情に、交わされる自然な言葉にどうしようもなく嬉しさを覚える。
(後は、まあ……あの人が野次馬根性を発揮して、助けに出てくれたらいいのだが)
尻ポケットのスマホを軽く確かめて、彼は彼女へ向き合った。
いつものぎこちない笑顔でなく、本物の笑顔がそこには、浮かんでいた。
彼は溜息を吐き、営業車のドアを開ける。助手席に革鞄を置くとシートベルトを締め、ハンドルを握るが、どうにも発進させる気にならない。
(あの工場長、酷く貶していたな。あれが、彼女を悩ませる原因か。……いっそ闇討ちでもしてやりたいところだが)
根が凶暴な彼らしくそんな事を考えた時の事である。
エンジンを掛けた途端、胸ポケットの中のスマホが振動した。
それはイグニッションボタンを押して、営業車を出そうとした所だった。
胸元の振動に彼は冷静にエンジンを切り、ブレーキとシフトレバーの位置を確認したのち、ポケットからスマホを出して画面を見つめる。
そこには、新規メッセージが一件と表示されている。
(誰からだ?)
メッセージアプリをタップすれば、つい最近、IDを交換したばかりの漬け物屋の事務員からメッセージが届いていた。
(確か、彼女の友人の……)
なな、と平仮名ネームの事務員は、猫のアイコンで語りかけてきている。
『工場長がすごい剣幕で伊都を強引に連れ出してしまいました。もしかして、殴られちゃうかも! まだ二人は敷地内にいると思います。白銀さん、伊都を助けて下さい‼︎』
その内容を見て、彼は顔色を変え、ファブレットとICレコーダーをポケットに無造作に突っ込むと、車から急いで出たのだった。
……そして現在、冷蔵室の中。
(間に合って本当に良かった。もし、彼女が傷つけられていたら……)
確実に己の凶暴性が表に出て、凡そ、禄でもない結果になっていただろう。
(まあ、こんな所に押し込められた時点で、救出は失敗した訳だが)
だが、何時にも増して彼女が近い。この寒い中だからこそ、彼女と存分に近付ける権利を得ているのだというのも事実だ。
「白銀さん、本当に寒くないですか?」
「大丈夫ですよ、織部さん。それより、指先が赤くなって……貴女こそ寒くないですか」
「白銀さんにジャケットをお借りしていますから、平気です」
指先だけちょんと出た、大きすぎるサイズの上着。それが自分の物だと思えば所有欲が擽られて、どうにも堪らない気持ちになる。
白銀さん、白銀さん。
そう呼び掛けられて微笑まれる度に、彼女への愛しさは増す。
まるで夢の中のようだ。くるくると変わる表情に、交わされる自然な言葉にどうしようもなく嬉しさを覚える。
(後は、まあ……あの人が野次馬根性を発揮して、助けに出てくれたらいいのだが)
尻ポケットのスマホを軽く確かめて、彼は彼女へ向き合った。
いつものぎこちない笑顔でなく、本物の笑顔がそこには、浮かんでいた。
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