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1章:異世界、湖、ラブ・ハプニング

11話 ??? 土曜日、いつもの木の下で(2)

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 五玉セットで包装されたレース糸の一玉を取り出し、目印代わりに派手な赤のバンダナに包んでミニトートの下に沈めていた、手作りの不格好なフェルトの道具入れから、細めのかぎ針を引き抜く。
 ペンのように持てる持ち手の太いそれはお気に入りで、慣れた指先は糸端を引き出すとさっと作り目を編んだ。

 静かな夏の境内、古びたベンチの上で、伊都は最初の段を編み出す。

「……ルル・リ・ルル・ランラ。貴方のそのキズは友を助けたあかし。それは負けオオカミの弱さではなく、勇者のあかし。ルル・リ・ルル・ランラ。私は友へ贈り物を編もう」

 小さく口ずさむのは文芸誌の絵本の特集で書き下ろされた、絵本の魔女が友に贈ったというネッカチーフを編む時の、魔法の呪文。
 描き下ろしのイラストは編み物をする魔女と寄り添うジルバー。伊都の持つ葉書の別バージョンで、背景が季節違いのものになっている。
 本屋の限定の季節は春。雑誌のそれは夏。表情も少しだけ違っているように見えた。

 その後、人気俳優が主催する小劇団が、ジルバーの絵本を題材にミュージカル調の舞台に仕立てた時に、この呪文は歌になった。
 当然ながら絵本のファンである伊都は舞台に通う。
 舞台のクライマックス、泣き虫魔女がジルバーへの贈り物を編みながら歌うシーンをそっくり、覚えてしまう程度に。
 ブレイク寸前の看板女優である可愛い女の子が歌ったそれは、以降伊都のお気に入りになり、編み物の時に欠かせないものとなっている。

「……その傷を飾るこれはネッカチーフ。ルル・リ・ルル・ランラ。間違えないで、胸を張って。私の友よ、貴方は私の勇者さまなのだから」

 小さく歌いながら、調子よく針は動く。
 本来、貰い手のない物を作るのは、伊都のポリシーに反するけれど。

「思いついちゃったんだもの、しょうがないよね」

 口に出して、そういえば何度目だろうかと思った。

「恋って、不思議ね」

 気弱だけど頑固なところのある伊都が、自ら意思を曲げる事は少ない。仕事の都合で仕方ないと諦める事はあっても、自分のポリシーは貫くタイプだ。
 例えば編み物についてなら、早くに結婚した友人がベビー用品の無心をしてきた時は、無用なしこりとなることを嫌い材料費を負担させた。
 親友とも思える友達であってもそうだ。欲しいと言われない限りには、作らないし奢らない。誕生日プレゼントなら、そもそもプロでもない趣味の編み物など贈る時でないと避ける。そこは大変にはっきりしていた。

 なのにそんな伊都が、こんなにも簡単に意思を曲げてしまう。

「贈れないものを、それでも編んで、幸せな気持ちになっちゃう。恋って、本当に不思議」

 そうして、伊都はご神木の木陰、優しい葉擦れの音を聞きながら……。
 贈る当てもない、贈り物を編み始めた。
 自らの思いも乗せた、銀糸のネッカチーフを。

 けれど、日頃の疲れからか、暖かな初夏の日差しにか、いつしかうとうと微睡んで……。


 目覚めたところは、深い森。巨大な熊が、伊都のすぐ側で涎を垂らしていたのだ。

◆◆◆

(そうそう……今日はそんな風にのんびりと過ごしてた筈で……)

 ふっと眠りから覚めると、そこは暖かな場所。
 伊都はとても心地のいい場所で眠っていたようだ。

(ここ、どこ……?)


「まだ朝には早い。もう少し寝ていろ」
「うん……」
 暖かくて滑らかな、心地いい物にすり寄れば、それは眠たげな声でそう呟いた。
 安心する匂いと、低く響く声と。それを構成するものは伊都にとってとても素敵なものだったから、今にも寝こけそうな頭で呟きにぼんやりと頷く。
(どこか……分からないけれど、とても安心する)
「おやすみなさい……さん」
「ああ、お休み伊都」

 ぎゅっと抱き寄せる逞しい腕に抱かれ、伊都はまた夢の中へと滑り込む。

 ……この場所ならば、何も心配せずゆっくりと眠れる気がした。
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