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1章:異世界、湖、ラブ・ハプニング
九話 異世界、湖、ラブ・ハプニング
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初夏を思わせる森の中、湖の中で抱き合う男女の姿。
その腕は抱きしめるだけでなく、彼の手は次第に不埒な仕草で伊都へ触れてくる。
「や、だめ……」
震えながら、か細くも甘い響きをした声を上げ、伊都は彼の腕を胸元から剥がそうとした。
「何がだめ、なんだ」
彼は低く響きの良い声を耳元へ注ぎながら、その大きな手で伊都に触れる。
「だって……」
男に抗っていたのは、ほんの僅かの間。それが照れ隠しだと分かっているかのように、優しく拘束する腕は、決して乱暴に女を扱わない。
「これは夢、だもの……」
抱えた服は湖に落として、自ら胸へ押し付けるよう彼の腕を両手で抱え込んだまま、伊都は吐息のような声でそう、呟く。
男はクッと笑った。
「これが夢? だとしたら随分と楽しい夢だな。俺好みの、夢だ」
「ゆ……夢、じゃなきゃ、こんなのおかしいもの」
世間話に見せかけて、彼の得意な知識を教えて貰う。それだけの間柄。平凡なOLとやり手の営業。それだけの関係でしかない彼とは、現実には進展など望めない。
(私は、貴方が好きだけれど、貴方はそうではないでしょう、白銀さん)
「おかしい、か。そうか」
強引な手が伊都の逡巡を退けて進んでくる。
抗う素振りで大人しく腕の中に収まったままの女に、満足そうに笑う男の声。その声に、伊都はまた震える。
(嘘みたい。夢だから?)
普段の伊都は、性的なものを酷く忌避する。
だから、自分の体がこれほどに自然に男に沿う事を彼女は知らなかった。
(妄想の相手が貴方だから?)
人並みに恋をしたくとも、過去が邪魔して恋に至れないで過ごしてきた。
伊都は女性としての幸せを放棄しそうになっていた。静かに立ち枯れていくような、穏やかだが変わりのない日々。そこで見つけた恋の相手が、白銀だ。
それは想定外の恋だ。穏やかに過ぎていくだけの日々に挟まった刺激的な存在が、白銀だった。
(酷いことされてる筈なのに……離れがたいだなんて)
すっかりと準備が出来た身体を抱き締めた男は、伊都に貸していた片手を優しく振り解くと、彼女の身体を正面へ向けた。
引き締まった身体を見せつけられ、既にして一杯一杯の伊都は燃えるように頬を熱くした。
伊都は居た堪れなくなり、手持ち無沙汰な手で我が目を覆う。
彼はふっと笑った。両足を抱え込まれるようにして、身体が持ち上げられる。不安定さに怯えた伊都は彼の首に縋り付いた。
頬に柔らかく触れるのは、彼の唇だろうか。耳元に落とされた声は掠れて甘く、彼の興奮を思わせる。
「あんたは本当にいい匂いがする……どうせなら、味見させろ」
卑猥極まる言葉なのに、いつかはそれに似た言葉に傷付けられもしたのに。
伊都は彼に求められて、確かに喜んでいた。
くらくらとする頭を頷かせた彼女は、ぼんやりと思う。
(彼なら、いいけど。でもこんな所で、なんて……ちょっと、いやだな)
……おそらくはそれが、最後に考えていた事だった。
何せ、色々とショックな事が多すぎてそろそろ処理が追いつかなくなった伊都は、そのまま気絶してしまったようなのだ。
その腕は抱きしめるだけでなく、彼の手は次第に不埒な仕草で伊都へ触れてくる。
「や、だめ……」
震えながら、か細くも甘い響きをした声を上げ、伊都は彼の腕を胸元から剥がそうとした。
「何がだめ、なんだ」
彼は低く響きの良い声を耳元へ注ぎながら、その大きな手で伊都に触れる。
「だって……」
男に抗っていたのは、ほんの僅かの間。それが照れ隠しだと分かっているかのように、優しく拘束する腕は、決して乱暴に女を扱わない。
「これは夢、だもの……」
抱えた服は湖に落として、自ら胸へ押し付けるよう彼の腕を両手で抱え込んだまま、伊都は吐息のような声でそう、呟く。
男はクッと笑った。
「これが夢? だとしたら随分と楽しい夢だな。俺好みの、夢だ」
「ゆ……夢、じゃなきゃ、こんなのおかしいもの」
世間話に見せかけて、彼の得意な知識を教えて貰う。それだけの間柄。平凡なOLとやり手の営業。それだけの関係でしかない彼とは、現実には進展など望めない。
(私は、貴方が好きだけれど、貴方はそうではないでしょう、白銀さん)
「おかしい、か。そうか」
強引な手が伊都の逡巡を退けて進んでくる。
抗う素振りで大人しく腕の中に収まったままの女に、満足そうに笑う男の声。その声に、伊都はまた震える。
(嘘みたい。夢だから?)
普段の伊都は、性的なものを酷く忌避する。
だから、自分の体がこれほどに自然に男に沿う事を彼女は知らなかった。
(妄想の相手が貴方だから?)
人並みに恋をしたくとも、過去が邪魔して恋に至れないで過ごしてきた。
伊都は女性としての幸せを放棄しそうになっていた。静かに立ち枯れていくような、穏やかだが変わりのない日々。そこで見つけた恋の相手が、白銀だ。
それは想定外の恋だ。穏やかに過ぎていくだけの日々に挟まった刺激的な存在が、白銀だった。
(酷いことされてる筈なのに……離れがたいだなんて)
すっかりと準備が出来た身体を抱き締めた男は、伊都に貸していた片手を優しく振り解くと、彼女の身体を正面へ向けた。
引き締まった身体を見せつけられ、既にして一杯一杯の伊都は燃えるように頬を熱くした。
伊都は居た堪れなくなり、手持ち無沙汰な手で我が目を覆う。
彼はふっと笑った。両足を抱え込まれるようにして、身体が持ち上げられる。不安定さに怯えた伊都は彼の首に縋り付いた。
頬に柔らかく触れるのは、彼の唇だろうか。耳元に落とされた声は掠れて甘く、彼の興奮を思わせる。
「あんたは本当にいい匂いがする……どうせなら、味見させろ」
卑猥極まる言葉なのに、いつかはそれに似た言葉に傷付けられもしたのに。
伊都は彼に求められて、確かに喜んでいた。
くらくらとする頭を頷かせた彼女は、ぼんやりと思う。
(彼なら、いいけど。でもこんな所で、なんて……ちょっと、いやだな)
……おそらくはそれが、最後に考えていた事だった。
何せ、色々とショックな事が多すぎてそろそろ処理が追いつかなくなった伊都は、そのまま気絶してしまったようなのだ。
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