7 / 220
1章:異世界、湖、ラブ・ハプニング
七話: 異世界、誘惑? 受けつけません。
しおりを挟む
「……な、何だったの今の」
いい匂い、だとか。褒められたにしてはちょっと色気を臭わせる物言いをされ、湖の中に置き去りにされた伊都は、羞恥に震えていた。
「この夢、熊といい狼といい、おかしいわ」
いやらしい目をして肌を舐めるあの熊の事を思い出し、伊都は本格的に自分の妄想が変に壊れた方向に向かっているのではないかと考える。
「私、欲求不満なの? その癖出てくるものは動物相手なんて、男嫌いが変な風にねじ曲がってるのかしら」
八つ当たりのように手のひらで水面を叩きながら、だとしたら重度だわ、と自分に呆れる。
ここ五年程、全く男っ気なしに生きてきた伊都は自分が軽度の男性不信であることを自覚している。
その理由は、学生時代、あのセクハラ熊に似た男に酷い目に遭わされたが故であるのだが。
社会人となってここ数年。平凡な女なりに言い寄られた事もあるが、そういう誘いに全く気が向かないで一人で生きてきた。
側に寄られるのが嫌で、それが若い男となったら同じ空間に居るのすら割と苦痛だ。到底、通勤電車など無理で。結果、夢を捨て、田舎で暮らしているという状況である。
「やっぱりストレスのせいかしら……ここのところ仕事が忙しいし、それでなくとも……」
とある人の端正な顔を思い浮かべ、伊都はぎゅっと唇を噛む。
「迷惑、いっぱい掛けているし……」
絵本の世界でも何故か色々と大変な思いをしているが、現実は現実で、なかなかに厳しい。
「せめて夢の中では楽しみたいのに、なかなか上手くいかないわね」
きらきらと陽光を受けて光る湖の水を掬いながら、暗い表情で伊都は呟く。
「……っと、いけない、随分ぼうっとしちゃった。あの仔達も心配するだろうし、早く済ませないと」
もうこれだけ濡れてしまったのだしと思い切り、伊都は濡れた服を脱いで肌着だけになり沐浴することにする。
水はひんやりとしているが、震える程でもない。むしろ気持ちいいぐらいの冷たさだ。
シャツのボタンは熊のせいで千切れ飛び、スキニーパンツは地を這いずった為にあちこち泥だらけ。周りに獣しかいなかった為に気にしていなかったが、思えば酷い格好だ。
「そういえば手のひらも地味に痛いわ。あ、傷が付いちゃってるし、しっかり洗わないと。よし、ついでだし、この服も洗っちゃおう」
この際だとじゃぶじゃぶ揉み洗いしていたら。
ばしゃん。
対岸の辺りから大きな水音がした。慌てて、そちらを振り向く。
そこにはあの、 伊都を食らおうとした凶悪な熊から助けてくれた絵本のヒーローそっくりな大きな銀の狼がいた。
「ジルバーだ……」
狼はまた、呼ばれたのを気付いたかのようにこちらを見る。青い瞳が、日差しに透けて綺麗だ。
「生きてたんだ、良かった……」
伊都はホッとして微笑む。
とはいえ、己よりも大きいような巨体の狼は怖いので、遠目に眺めるだけにする。
それにしても、綺麗な狼だ。青みがかった銀色の毛並みは光を弾いて輝いている。
洗濯する手を止めしみじみ見つめていたら。
「視線が、合った気が」
まさか。そそくさと観察をやめて洗濯に戻る。手元のシャツは、まだ茶色い泥の跡が残っていて、いささかうんざりした気持ちになった。
「この服しか着るものはないのだから、さっさと汚れを落とさないと」
人間には毛皮なんてないのだから、裸でいたら風邪を引いてしまう。目下の問題に取り組むべく、伊都はせっせと手を動かす。
洗濯に夢中になり、伊都の頭から狼の事が抜け落ちた頃。
ぱしゃん。
また水音がした。今度はさっきよりも小さな。
長居して心配した狼でも引き返してでも来たのかと振り向けば。
「白銀、さん……?」
先ほど大きな狼のいた所に、銀髪に薄い色の瞳の。けれどどう見ても伊都の好きな人が裸で湖に浸かっているのが見えた。
いい匂い、だとか。褒められたにしてはちょっと色気を臭わせる物言いをされ、湖の中に置き去りにされた伊都は、羞恥に震えていた。
「この夢、熊といい狼といい、おかしいわ」
いやらしい目をして肌を舐めるあの熊の事を思い出し、伊都は本格的に自分の妄想が変に壊れた方向に向かっているのではないかと考える。
「私、欲求不満なの? その癖出てくるものは動物相手なんて、男嫌いが変な風にねじ曲がってるのかしら」
八つ当たりのように手のひらで水面を叩きながら、だとしたら重度だわ、と自分に呆れる。
ここ五年程、全く男っ気なしに生きてきた伊都は自分が軽度の男性不信であることを自覚している。
その理由は、学生時代、あのセクハラ熊に似た男に酷い目に遭わされたが故であるのだが。
社会人となってここ数年。平凡な女なりに言い寄られた事もあるが、そういう誘いに全く気が向かないで一人で生きてきた。
側に寄られるのが嫌で、それが若い男となったら同じ空間に居るのすら割と苦痛だ。到底、通勤電車など無理で。結果、夢を捨て、田舎で暮らしているという状況である。
「やっぱりストレスのせいかしら……ここのところ仕事が忙しいし、それでなくとも……」
とある人の端正な顔を思い浮かべ、伊都はぎゅっと唇を噛む。
「迷惑、いっぱい掛けているし……」
絵本の世界でも何故か色々と大変な思いをしているが、現実は現実で、なかなかに厳しい。
「せめて夢の中では楽しみたいのに、なかなか上手くいかないわね」
きらきらと陽光を受けて光る湖の水を掬いながら、暗い表情で伊都は呟く。
「……っと、いけない、随分ぼうっとしちゃった。あの仔達も心配するだろうし、早く済ませないと」
もうこれだけ濡れてしまったのだしと思い切り、伊都は濡れた服を脱いで肌着だけになり沐浴することにする。
水はひんやりとしているが、震える程でもない。むしろ気持ちいいぐらいの冷たさだ。
シャツのボタンは熊のせいで千切れ飛び、スキニーパンツは地を這いずった為にあちこち泥だらけ。周りに獣しかいなかった為に気にしていなかったが、思えば酷い格好だ。
「そういえば手のひらも地味に痛いわ。あ、傷が付いちゃってるし、しっかり洗わないと。よし、ついでだし、この服も洗っちゃおう」
この際だとじゃぶじゃぶ揉み洗いしていたら。
ばしゃん。
対岸の辺りから大きな水音がした。慌てて、そちらを振り向く。
そこにはあの、 伊都を食らおうとした凶悪な熊から助けてくれた絵本のヒーローそっくりな大きな銀の狼がいた。
「ジルバーだ……」
狼はまた、呼ばれたのを気付いたかのようにこちらを見る。青い瞳が、日差しに透けて綺麗だ。
「生きてたんだ、良かった……」
伊都はホッとして微笑む。
とはいえ、己よりも大きいような巨体の狼は怖いので、遠目に眺めるだけにする。
それにしても、綺麗な狼だ。青みがかった銀色の毛並みは光を弾いて輝いている。
洗濯する手を止めしみじみ見つめていたら。
「視線が、合った気が」
まさか。そそくさと観察をやめて洗濯に戻る。手元のシャツは、まだ茶色い泥の跡が残っていて、いささかうんざりした気持ちになった。
「この服しか着るものはないのだから、さっさと汚れを落とさないと」
人間には毛皮なんてないのだから、裸でいたら風邪を引いてしまう。目下の問題に取り組むべく、伊都はせっせと手を動かす。
洗濯に夢中になり、伊都の頭から狼の事が抜け落ちた頃。
ぱしゃん。
また水音がした。今度はさっきよりも小さな。
長居して心配した狼でも引き返してでも来たのかと振り向けば。
「白銀、さん……?」
先ほど大きな狼のいた所に、銀髪に薄い色の瞳の。けれどどう見ても伊都の好きな人が裸で湖に浸かっているのが見えた。
0
お気に入りに追加
77
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
王妃さまは断罪劇に異議を唱える
土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。
そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。
彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。
王族の結婚とは。
王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。
王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。
ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。
貴妃エレーナ
無味無臭(不定期更新)
恋愛
「君は、私のことを恨んでいるか?」
後宮で暮らして数十年の月日が流れたある日のこと。国王ローレンスから突然そう聞かれた貴妃エレーナは戸惑ったように答えた。
「急に、どうされたのですか?」
「…分かるだろう、はぐらかさないでくれ。」
「恨んでなどいませんよ。あれは遠い昔のことですから。」
そう言われて、私は今まで蓋をしていた記憶を辿った。
どうやら彼は、若かりし頃に私とあの人の仲を引き裂いてしまったことを今も悔やんでいるらしい。
けれど、もう安心してほしい。
私は既に、今世ではあの人と縁がなかったんだと諦めている。
だから…
「陛下…!大変です、内乱が…」
え…?
ーーーーーーーーーーーーー
ここは、どこ?
さっきまで内乱が…
「エレーナ?」
陛下…?
でも若いわ。
バッと自分の顔を触る。
するとそこにはハリもあってモチモチとした、まるで若い頃の私の肌があった。
懐かしい空間と若い肌…まさか私、昔の時代に戻ったの?!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる