3 / 220
1章:異世界、湖、ラブ・ハプニング
三話: 異世界、ヒーローは銀狼。
しおりを挟む
絵本の悪役にそっくりな巨大な焦げ茶の熊を前に、伊都は死を覚悟し、目を瞑った。
そこに、銀色が走った。
ドンッ!!
巨体と巨体がぶつかり合うすさまじい衝突音が響き、ゴロゴロと焦げ茶と銀色の巨体が地面を転がった。
「な、なに、なんなの……」
胸元を掠る生臭い呼気が遠ざかったのに気づいておそるおそる目を開ければ、焦げ茶と銀色の巨体が地面で揉み合っている。
それは恐ろしい光景のはずだった。だが、伊都は視線をそらせる事が出来ない。
熊を抑えるもう一方、銀色の巨体には何故か奇妙な既視感を覚えたのだ。
「……ジルバー?」
青みがかった、銀色のオオカミ。それは……伊都の大好きな絵本のヒーローにそっくりだった。
銀色の獣は、まるで名を呼ばれた事に気づいたかのように、伊都に理知的な光を灯した瞳を向け、その鼻面をふいと他所に向けた。
見ればそちらには、銀色の獣にそっくりなミニチュアの狼がいるではないか。
それは青い瞳をまんまるにして、フリフリと尻尾を振って、こちらに来いとばかりに伊都を誘っている。
その愛らしさにつられ、恐怖に砕けた腰のまま、這い寄るようにして伊都は仔狼の側までそろそろと移動。
その背後では、戦いが続いていた。
伊都は未だ混乱の最中にあった。
己の身に起こった全てがおかしく、現実から遠い。
なのに土の匂いも柔い皮膚を痛めつける地面の痛みも全てがリアルだ。
「本当に、なんなのっ……」
だから、泥だらけで地を這いながら泣き言を口に出すぐらいしか出来ない。
ほんの数メートルを時間を掛けて移動しきったら、ひょいと大型の仔犬サイズのずんぐりむっくりした仔犬が、伊都のシャツの襟首を噛んで引き寄せた。
「きゃあっ!?」
思わぬ強さに、伊都は小さく悲鳴をあげて地面を転がる。
そこは柔らかい下草の生えた木々の隙間。仔狼は、くりくりした目を伊都に向けて、腰砕けの伊都が無様に転がる様をキョトンと見ている。
「ねえちゃん、おいらについてこい。んっ、何だ走れねぇのか?」
キャンっと高い声を上げ、おそらくは笑った仔狼。
驚くことに、仔狼の口から可愛らしいソプラノボイスが飛び出た。
「こ、仔狼が喋った……」
「仔狼じゃねぇ、おいらにはギャンって格好いい名前があらあっ! しょうがねぇなぁ、にいちゃんの背にでも乗せて貰うか」
彼がキャンキャンと、可愛い鳴き声を上げると、木々の隙間から大きな銀色の影が現れた。
仔狼の声に釣られるよう出てきたのは、大型の成犬サイズの狼で、それはこちらに尻を向け、ぺたりと草むらに座り込むと、背に乗るようにと視線を向けてくる。
「い、いいの……?」
おそるおそる、若い狼に声を掛けると、それは口を開く。
「あんたをあの焦げ熊から兄ちゃんが庇った。庇護されてる奴は、仲間だ。俺らはそれに従う」
若い狼はもまた、当たり前のように少年めいたアルトボイスを響かせ喋った。
伊都はいよいよ、これは夢だと確信した。
(寝て起きたら知らない森。女性に性的虐待を加える熊に、喋る狼。何もかも、ファンタジー過ぎるもの)
夢ならばいっそ楽しんでしまえ。
ええい、ままよと、伊都はその背に乗った。予想より硬い狼の被毛が彼女の手の平を擽る。
「飛ばすぞ、しっかり掴まってろ」
若い狼はまるで伊都の重さを感じて いないかのように腰を上げ、軽快な動きで走り出した。
「にいちゃん、大きいにいちゃんでも、あの焦げ熊はそんなに押さえてられねぇぞっ、急げ急げっ」
キャンキャンと可愛らしい声が急かすのを、うんざりしたようにグルルと喉を鳴らしてスピードを上げる若い狼。
まるで童話か何かの、登場人物にでもなったかのようだ。
伊都は自身の状況についていけないながらも、愛らしい喋る狼の登場に、胸を躍らせていた。
銀色の狼、焦げ茶の熊。大好きな絵本の世界に紛れ込んだと思えば、命拾いした今ならこの奇想天外な状況も楽しめる気がしてくる。
それは置いてきぼりの現実に対する強がりでもあったけれど。
若狼の背に乗った伊都は、激しく揺れる動きに翻弄されながらも被毛をしっかりと掴み締め、転がるように前を走る小さな狼の愛らしい姿に目を細めながら、後ろに流れていく景色を眺めていた。
そこに、銀色が走った。
ドンッ!!
巨体と巨体がぶつかり合うすさまじい衝突音が響き、ゴロゴロと焦げ茶と銀色の巨体が地面を転がった。
「な、なに、なんなの……」
胸元を掠る生臭い呼気が遠ざかったのに気づいておそるおそる目を開ければ、焦げ茶と銀色の巨体が地面で揉み合っている。
それは恐ろしい光景のはずだった。だが、伊都は視線をそらせる事が出来ない。
熊を抑えるもう一方、銀色の巨体には何故か奇妙な既視感を覚えたのだ。
「……ジルバー?」
青みがかった、銀色のオオカミ。それは……伊都の大好きな絵本のヒーローにそっくりだった。
銀色の獣は、まるで名を呼ばれた事に気づいたかのように、伊都に理知的な光を灯した瞳を向け、その鼻面をふいと他所に向けた。
見ればそちらには、銀色の獣にそっくりなミニチュアの狼がいるではないか。
それは青い瞳をまんまるにして、フリフリと尻尾を振って、こちらに来いとばかりに伊都を誘っている。
その愛らしさにつられ、恐怖に砕けた腰のまま、這い寄るようにして伊都は仔狼の側までそろそろと移動。
その背後では、戦いが続いていた。
伊都は未だ混乱の最中にあった。
己の身に起こった全てがおかしく、現実から遠い。
なのに土の匂いも柔い皮膚を痛めつける地面の痛みも全てがリアルだ。
「本当に、なんなのっ……」
だから、泥だらけで地を這いながら泣き言を口に出すぐらいしか出来ない。
ほんの数メートルを時間を掛けて移動しきったら、ひょいと大型の仔犬サイズのずんぐりむっくりした仔犬が、伊都のシャツの襟首を噛んで引き寄せた。
「きゃあっ!?」
思わぬ強さに、伊都は小さく悲鳴をあげて地面を転がる。
そこは柔らかい下草の生えた木々の隙間。仔狼は、くりくりした目を伊都に向けて、腰砕けの伊都が無様に転がる様をキョトンと見ている。
「ねえちゃん、おいらについてこい。んっ、何だ走れねぇのか?」
キャンっと高い声を上げ、おそらくは笑った仔狼。
驚くことに、仔狼の口から可愛らしいソプラノボイスが飛び出た。
「こ、仔狼が喋った……」
「仔狼じゃねぇ、おいらにはギャンって格好いい名前があらあっ! しょうがねぇなぁ、にいちゃんの背にでも乗せて貰うか」
彼がキャンキャンと、可愛い鳴き声を上げると、木々の隙間から大きな銀色の影が現れた。
仔狼の声に釣られるよう出てきたのは、大型の成犬サイズの狼で、それはこちらに尻を向け、ぺたりと草むらに座り込むと、背に乗るようにと視線を向けてくる。
「い、いいの……?」
おそるおそる、若い狼に声を掛けると、それは口を開く。
「あんたをあの焦げ熊から兄ちゃんが庇った。庇護されてる奴は、仲間だ。俺らはそれに従う」
若い狼はもまた、当たり前のように少年めいたアルトボイスを響かせ喋った。
伊都はいよいよ、これは夢だと確信した。
(寝て起きたら知らない森。女性に性的虐待を加える熊に、喋る狼。何もかも、ファンタジー過ぎるもの)
夢ならばいっそ楽しんでしまえ。
ええい、ままよと、伊都はその背に乗った。予想より硬い狼の被毛が彼女の手の平を擽る。
「飛ばすぞ、しっかり掴まってろ」
若い狼はまるで伊都の重さを感じて いないかのように腰を上げ、軽快な動きで走り出した。
「にいちゃん、大きいにいちゃんでも、あの焦げ熊はそんなに押さえてられねぇぞっ、急げ急げっ」
キャンキャンと可愛らしい声が急かすのを、うんざりしたようにグルルと喉を鳴らしてスピードを上げる若い狼。
まるで童話か何かの、登場人物にでもなったかのようだ。
伊都は自身の状況についていけないながらも、愛らしい喋る狼の登場に、胸を躍らせていた。
銀色の狼、焦げ茶の熊。大好きな絵本の世界に紛れ込んだと思えば、命拾いした今ならこの奇想天外な状況も楽しめる気がしてくる。
それは置いてきぼりの現実に対する強がりでもあったけれど。
若狼の背に乗った伊都は、激しく揺れる動きに翻弄されながらも被毛をしっかりと掴み締め、転がるように前を走る小さな狼の愛らしい姿に目を細めながら、後ろに流れていく景色を眺めていた。
0
お気に入りに追加
76
あなたにおすすめの小説
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
女官になるはずだった妃
夜空 筒
恋愛
女官になる。
そう聞いていたはずなのに。
あれよあれよという間に、着飾られた私は自国の皇帝の妃の一人になっていた。
しかし、皇帝のお迎えもなく
「忙しいから、もう後宮に入っていいよ」
そんなノリの言葉を彼の側近から賜って後宮入りした私。
秘書省監のならびに本の虫である父を持つ、そんな私も無類の読書好き。
朝議が始まる早朝に、私は父が働く文徳楼に通っている。
そこで好きな著者の本を借りては、殿舎に籠る毎日。
皇帝のお渡りもないし、既に皇后に一番近い妃もいる。
縁付くには程遠い私が、ある日を境に平穏だった日常を壊される羽目になる。
誰とも褥を共にしない皇帝と、女官になるつもりで入ってきた本の虫妃の話。
更新はまばらですが、完結させたいとは思っています。
多分…
あなたが望んだ、ただそれだけ
cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。
国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。
カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。
王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。
失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。
公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。
逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。
心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。
※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。
※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる