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二章:塔の姫、新しき出会いと共に

十七話:塔の姫、冒険者ギルドに入る。

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「早速ですが素材を引き取って頂きますね」
「ああ」

スイングドアを開けると、どこか見た事のあるような内装の冒険者ギルドがあった。
アレハンドラが冒険者ギルドに顔を出すと、年頃の女性が珍しい冒険者ギルドでは、囃子立てるような口笛と下品な誘いの声が上がる。
だが、ぴったりと横に付いたディヤーブの狼のような灰青の瞳に睨みつけられると、揃って口を閉じ、そそくさと視線を外した。

「おい、誰だアイツ、おっかねえ」
「お前、鷹使いも知らないか? B級テイマーのディヤーブだ」
「えっ、鷹使い? 鷹使いって、あの神出鬼没の大物狩りジャイアントキラーか? 何だ、この町に来ていたのか」

そんな風に酒場で囁かれているのも素知らぬふりで、ディヤーブはアレハンドラを素材引き取りカウンターへと促す。
肝心のアレハンドラと言えば、どこか上の空だ。
目的地までゆっくりとであるが歩いているし、現実が見えていない訳ではないだろうが……良家の娘が物憂げな顔をして歩いているという、悪だくみした人間が餌にしそうな薄幸の美人の雰囲気を漂わせているあたり、ディヤーブはどうにも気が気でない。

「……こりゃ、ハビエルは毎日気が抜けないだろうな……若干ご都合の良すぎる出会いだが、早めに拾っておいて正解だったぜ」

と、ディヤーブが呟くのも仕方がない程、危うい雰囲気をアレハンドラは漂わせていた。

それでもそんなに大きくない店内のこと。アレハンドラは引き取りカウンターに辿り着く。
そこには十四、五才程の年若い少年が立っていた。

「いらっしゃいませ。ご用件をどうぞ」

少年の元気な挨拶にハッと顔を上げたアレハンドラは、慌てた様子で腰の革製ベルトポーチからハビエルに渡されたギルドカードを取り出す。

「……こちら、兄のカードなのですけれど、現在負傷中で動けないもので。代理でわたく……私が素材を売りに参りました」
「なるほど。ではカードを預かりますね。素材はどのような物になるのでしょう」

羊皮紙に羽ペンでメモを書きつけつつ、少年はアレハンドラを促す。

「あ、はい。シカやイノシシ等の毛皮が五頭分と、薬草や木の実などになります」

そう言って腰のポーチから次々と素材を出すアレハンドラに、少年が焦り出す。

「あ、ちょっと、ちょっと待って下さい。割と凄い量だった。メモが追いつかないので、順番にお願い出来ます?」
「あら、はい。では一枚ずつお渡しします」

少年は巻かれた毛皮を一枚ずつ広げて、状態を確認しつつメモを書いている。
それを律儀に待っているアレハンドラに、カウンター裏で働いているギルド職員達が何とも言えない笑みを浮かべていた。

「はい、まずは毛皮五頭分です。これは良質な毛皮ですね、評価に少し乗せておきますね。ただ、これだけの量となると昇級に関係するので困るんですが……まだ、薬草などもあるんでしょ?」
「はい」

アレハンドラの頷きに、少年はメモを見ながら困ったように頭を掻く。

「ハビエルさんは随分と丁寧な仕事をする方のようだから、多分これで、C級昇格に足りちゃうと思います。カード裏にも所属ギルドの方のメモで、昇級目前って書いてありますし。でも本人がいないとなると、ギルドの方が困るっていうか……昇級試験の事もありますし」

何でも、C級昇格の為には、試験官を伴ってダンジョンでの実地試験が必要となるという。

「あら……では、どうしましょう」

……まさか、枯れかけとはいえ自らも地元のダンジョンに通っていたとは言えず、アレハンドラは曖昧な笑みを浮かべた。

「ええと、お嬢さん。あなたはギルドカード持っていないんですか? そっちで受け取った方が実績作りにもなりますし、薬草の類いならばまあ、低ランクでも受け取り可能だしで、そっちの方がいいと思いますけど」
「では、そうします。これまでの分は兄の分として換金お願いしますね」
「あ、はい」

少年の言葉に、即断即決。
本人の素直さからか、それとも道中の思い悩みが原因か。受付カウンターへと歩き出すアレハンドラを慌ててディヤーブが追う。

「おい待て、動くなら声を掛けてくれ」
「はい」

ディヤーブの声に、じっと、ディヤーブが辿り着くまで足を止めて待っているアレハンドラである。

「素直過ぎるのも何だかな……で? 本気で冒険者になるのか」
「はい。貴方の言う通り、私は世間知らず過ぎると思いますので、世俗を学ぶ為にも冒険者になろうかと考えました」

会話しつつも、受付カウンターにたどり着いたアレハンドラは「冒険者の登録をお願いします」 と受付嬢へ声を掛ける。
余談を挟ませない強引さに、ディヤーブは止める事を諦め静観を決める事にした。

受付嬢に渡された登録書に、アレハンドラは羽ペンで迷うことなく書きつけていく。
出身地……クエヴァ領。
年齢……十七才。
性別……女。
職能等……植物の研究。
名前……。

名前の欄で少しだけ迷ったアレハンドラは、そこにヒセラと書き込んだ。

「お祖母様……私に勇気を下さいませんか」

それは彼女のミドルネームでもあり、遠いお空の上からやって来た、敬愛する祖母の名でもある。
今は勇気が欲しかった。自分だけでこの厳しい大地に立てる、その自信が。

「これでお願いします」
「はい。すぐに仮登録の木札を作成しますね。酒場で飲み物でも頼んで待っていて下さい」

にこやかに受付嬢が登録書を引き取って答える。

「お待たせしました。木札はすぐ出来るそうです」

背後を振り返ったアレハンドラを待っていたのは、同行人の呆れ顔だった。

「はあ……別に、旅の間に追々覚えればいいだろうが。何でそう急ぐ?」

ディヤーブの呆れは尤もだ。だが、アレハンドラにも理由がある。

「私はこの旅の途中、大事な人を自分の我が儘で手放しました。その上、お兄様が倒れて、けれど彼を支える力を持っている訳ではありません。私は何も出来ない。何も出来ないを、克服したいんです」

ぎゅっと両手を握り締める。真っ直ぐとディヤーブを見つめる焦がした飴色の瞳には切実さがあった。それを見ると、ディヤーブは諦めたように溜息を吐き、その華奢な背を優しく押して酒場のカウンターへと導いた。

「分かった。もう何も言わない。それよりアレハンドラ」
「ヒセラ、と呼んで下さい。冒険者としての登録名です」

冒険者の登録名は意外にも適当だ。皆、勝手に仇名などを登録するものなので、ディヤーブは詳しくは聞かなかった。

「ああそう。じゃあヒセラ」
「はい、何でしょうか」
「今後、冒険者として外に出る時はうちのちび達を連れて行きな。あいつらはオレが簡単な格闘術も仕込んでるし、何よりもあんたよりは世俗に詳しい」

酒場カウンターで果実で薄めたエールをディヤーブに奢られたアレハンドラ……改めヒセラは、手近な椅子に座ると渋々と頷いた。

「……はい」

旅の間に懐いた彼の弟妹は、十一才と十才の年子だ。彼らは丁度冒険者として登録時期になるということで、ついでに世俗で揉まれてこいという判断だそうだ。

「ああ、後はその服だな。いい加減大店のお嬢さんって感じのその服はやめな。身の危険が増すだけだ」
「はい。では帰りに布を買って行きます。市場に寄っても構いませんか?」
「ああ。靴は……何でそこだけちゃんとしてるんだよ」

同じテーブルに着いたディヤーブが足元を見て呟く。

「兄と……大事な方が揃えて下さいましたので。怪我をしないようにと」
「そうか」

少し傷が付いた旅用の頑丈なブーツは、心配性なアレハンドラの騎士……元、がつくが……が選んだものだった。
それを見てかすかに微笑んだヒセラは、冒険者の先輩らしいディヤーブに話をせがむ。

「他に、気をつけるべき事はありますか?」
「そうだな……服装以外だと何があるかな。そうだ、最下級のEランクは町の中で仕事が完結する、とかか。Dでようやく壁の外。そういう意味では、しばらくは安全だな。それから……」

そうして木札が出来上がるまで、勉強熱心な後輩冒険者に、ディヤーブは冒険者としての注意を色々と教える事になったのだった。
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