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二章:塔の姫、新しき出会いと共に

十六話:塔の姫、お姫様口調を指摘される

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馬車の旅も慣れてきた頃、アレハンドラ達を乗せた旅芸人一座の馬車は次の興行場所に着いた。

市壁を越える際、衛士による簡単な確認こそあったものの、旅の一座という属性のせいか意外とすんなりと入る事が出来る。

「……意外です。もっと厳しい審査があるものかとかと思っていました」
「あはは、あたし達みたいな流れの芸人はさ、町に閉じこもる人達の娯楽の提供の為、ってことで結構優遇されてるんだ。まあ、どこの領主も、不満が爆発して襲い掛かられたくはないってことだね」

アレハンドラの驚きの声に、サーリハはからりと笑って答える。

「と、そろそろあたしも馬車から降りて宣伝しなきゃなー。あ、衣装に着替えるからハビエルはあっち向いて」
「えっ……わ、分かった」

サーリハの言葉に、未だ療養中のハビエルは寝転がった姿勢で慌ててそっぽを向く。
彼は年頃の娘の着替えの間、衣擦れの音をごまかすよう元気に声を上げる。
彼自身、女主人に仕えていたのである程度は慣れているのだが、それはそれとして羞恥心は存在するのだ……。

「……へえ、ハビエルって弓が得意なんだ」
「うん。タダで泊まらせて貰うのもなーって、前に渡したあのイノシシとか、ボクが狩ったやつだよ」
「なら、怪我が治ったら馬車とか興行中の警備に加わったらどう? 道中に獲物も取れれば旅費が減るかも!」
「へえ、そりゃいいね。っと、そういえばアレハンドラ」
「何でしょう?」

衣装に着替えるサーリハの前で目隠しのつもりか立ち塞がっていたアレハンドラは、従兄弟の呼びかけに彼の後ろ頭を眺めながら首を傾げる。
ちなみに、旅の間に懐いた少女が、何かの遊びと勘違いしてアレハンドラの横で胸を張って立っているのだが、そこはご愛嬌だ。

「そういや、前の町であんな事があって殆ど買い物とか出来なかったしさ、冒険者ギルドでいろいろ売ってきて欲しいんだ。君が見つけた薬草類とかもそろそろ痛みそうだし」

雑談の流れから、そういえばとギルドカードを渡されて、代理で道中拾ってきたものを売ってきてと言われるアレハンドラ。
肉などの日持ちしないものは車代として渡しているが、毛皮や薬草の類は前の町で未清算のまま持ち越してしまっているそうだ。

「手持ちの小銭とか少ないからさ。ここで少し現金に換えときたいんだよね。アレハンドラ、冒険者ギルドへのお使い、行ってくれる?」

高級使用人としてアレハンドラに仕えているハビエルは、アレハンドラの母である子爵夫人より給金も支払われており、狩りなどせずとも一座に渡す旅費程度なら一括で支払えるだけの余裕はある。
しかしこの先、今回のように稼ぎ頭であるハビエルが病気などで倒れてしまったら、王都行きが頓挫する可能性があった。
今は多少の危険があっても、アレハンドラの社会性を高める必要があったのだ。

「まあ、ハビエ……お兄様に頼られるなんて嬉しいです。場所さえ教えて頂ければ参りますね。ところで、冒険者ギルドは何処にあるのでしょうか」

そんなハビエルの内心も知らず、明るい声で承諾するアレハンドラ。

「……女だけだと流石に危ないな。オレは今日は舞台の予定もないし、彼女の護衛に着こう」

そこで、ワゴンの隅で黙ってナイフの手入れをしていたサーリハの兄が口を開いた。

「あ、悪いけどディヤーブ、お願い出来る? そろそろ動かないととは思うんだけど、まだ満足に弓も引けないからさ」

年齢も近く、互いに趣味兼実利でやっている狩猟の話が盛り上がり、意気投合したハビエルと鷹使いの青年は。
ディヤーブ。

「ハビエルはまだ本調子じゃないようだしな。まあ、この町に停まってる間に背中の方も少しは良くなるだろ。今日はゆっくりしておけ」
「うん、そう言って貰えると助かるよ」
「だ、そうだ。アレハンドラ、行くぞ」
「あ、はい」

ディヤーブの言葉にアレハンドラが一歩を踏み出そうとすると、隣に張り付いていた少女が不満の声を上げる。

「アーねえが行くならアタシもー」
「こらちび。遊びに行く訳じゃないからな」
「ディー兄のいじわるー」
「後で遊んでやるから、な」

頭をぽんぽんと撫でられると、すぐに機嫌を直す妹である。

移動式リビングと言えなくもない一家の馬車から降りて、アレハンドラ達は賑やかな町を歩き出す。
今日のそれぞれの装いは、アレハンドラは仕立てはいいが装飾性が少ない、質素な黄色のドレス、ディヤーブは鮮やかな緑色のガウンを羽織り、長丈のワンピースに腰紐を締め、シャルワールというゆったりしたズボンを履いている。
良家の育ちと一見して分かる女性と、異国の風貌の男性。関係性の気になる見目の良い二人に振り返る人が多いが、そもそも常日頃から注目される事の多い二人は、そんな視線を気にせずに大通りを歩いていく。

「あの、そういえばテントを張るだとか、舞踊の小道具をお出しするだとか、皆様のお手伝いをしなくて良かったのでしょうか」

一座達が馬車を留めた広場の一角を気にし、ちらちらと振り返るアレハンドラ。その言葉にディヤーブは肩を竦める。

「あんたらは代金も払ってる立派なお客さんなんだから気にするな。それよりも気になっていたんだが、あんたのその言葉遣い」
「はい、何でしょうか?」
「いいとこのお嬢さん丸出しだ。もう少しくだけた感じにならないか?」

ディヤーブの言葉にアレハンドラは困ったように眉根を寄せた。

「……わたくし」
「私の、だ」
「私の言葉って、そんなに良家の生まれのように聞こえますか?」

優雅に首を傾げるアレハンドラの姿は儚げで大層庇護欲を誘うが、ディヤーブは冷ややかな程にバッサリと切って捨てる。

「聞こえるな。見た目や所作もそうだが、どうにもこうにも、あんたは貴族のお姫様にしか見えん」
「…………そう、ですか」

的を射た指摘に「はい、実際に姫と呼ばれていました」 とは答えられず、アレハンドラは言葉にきゅうしてしまう。

「うちの妹程とは言わんが、もう少しばかりくだけた感じに話した方がオレらの中ではウケがいいと思うぞ。先は長いから、な」
「はい……そうですね」

きっとこの指摘は、彼なりの親切心からなのだろう。
客引きの声が響く賑やかな大通りを歩きながら、アレハンドラはディヤーブの指摘を心の中でゆっくりと繰り返し、その意味を己に問う。
……それはつまり、このままだと旅費を稼ぐにしてもアレハンドラがお姫様気分のままでは、世俗より浮いてしまうのだ、ということだ。

アレハンドラは心して耳をそば立てる。
町を歩く人の声、昼下がりの市場から聞こえる女性達の明け透けな会話。雑踏に響くそれぞれの声は、確かにアレハンドラの言葉からはどこか遠く聞こえる。

「ああ、確かに違います。声の調子も、大きさも、何もかも」

そんな事にすら気づけない程に、彼女は長い間孤独を飼ってしまっていた。
瑞々しい感性を養う十代の大事な四年間を、閉ざされた塔の中で過ごした少女はそこでようやく己の物知らずに気づいたのだ。

「わたくし……私は」

急激にアレハンドラは不安になってきた。
己の騎士と別れ、頼みの綱である従兄弟は暴漢の攻撃に動けない。
頼れるのは己だけなのだという事実に打ちのめされたアレハンドラの歩みは鈍ってしまう。

それを横で見ていたディヤーブは溜息を吐き、アレハンドラに促す。

「おい、考えるのは後にしたらいい。肝心のお使いがまだだろう。ほら、ギルドは目の前だ、頑張れ」

ディヤーブの指摘にハッと顔を上げるアレハンドラ。
そう、目的の場所は、すぐ目の前に見えていたのだ。
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