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14章:楽しい? 王都観光です

176.幕間:一つの終わりと新たな提案(下)

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ベル殿を娶らないか。

突然の言葉に、詩人は目を丸くして、次いで瞳を瞬かせた。いつもはふてぶてしいまでに美しい顔を笑顔で飾っているの弟の意外な表情に、兄は吹き出す。

「な、何ですか殿下。冗談でしたらいきなり驚かさないで下さい」
「いや、其方の珍しい顔に笑っただけで、企み自体は本気だ。このままだと、どうもアレックスを地上から引き上げられないような気がしてな……」
「それで、妹のように可愛がっているベルさんを私に娶らせる、という訳ですか」
弟の言葉に兄は頷く。
「ああ。我の側近の誰かに、とも考えたが、あれらは我の意に従うが為に、表面上は和合の道を取り地上人への対応も改善されつつあるが、実際は不満を抱いている。和合派ですら、そうなのだから全く我の道は険しいものだな」
第一王子は苦笑し、少し冷めた茶を飲むとふうと息を吐いて、ソファの背に凭れ掛かった。
「あれらに、もしベル殿を添わせたら、確実に粗雑に扱うのが目に見えている。……それに、楽園の貴族の矜持の高さを考えれば、妻として遇する筈もなく……」
「妾として陰に置いて、その能力のみ搾取するだろう、と。それではアレックスは納得しないでしょうね」
「ああ、身内に甘いあれの事だ、我との友好もそれで切れてしまいかねん。それ以上に、あれの貴族嫌いが益々深刻となるのがおちだ」
そこで詩人は俯いた。長い睫毛を伏せ、ぽつりと呟く。
「そう、ですね。アレックスは、学生時代よりずっと貴族に煮え湯を飲まされてきましたから……」

十歳の頃より成人するまでの五年間。
彼は貴族だらけの魔法学校で、地上人嫌いの貴族子女らの理不尽な暴力と戦い続けていたのだ。
それは、成人して後に宮廷魔術師となっても続いた。

「時に死を間近に感じる程に……な。つくづく、楽園の貴族というものは度し難い」
貴族の長である王族が言うその言葉は、王子の豪華な私室に重く響く。


そこで王子はがらりと表情を変え、なにかを思い出したかのように手を打った。
「そうだ、それよりも先ほどの返事を聞いていなかったな」
「な、なんの事でしょうか」
王子の言葉に、詩人はびくりと身を震わせる。
「ベル殿を娶らんか、という事だ。実際、其方は彼女をどう思う?」
ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべた王子の言葉に、詩人は困ったように眉を下げる。
「どう、と言われましても」
「嫌いか」
「嫌いではありません。むしろ好感を持っておりますよ……人としてですが」
どうにも歯切れの悪い言葉に、王子は更に笑みを深めた。こいつは何かあるぞと自分の勘が囁いたのだ。
「ほう? では何処に好感を抱いた?」
ゆえに、深掘りする。
「そうですね……誰に対しても態度を変えないところ、でしょうか。私は詩人として顔を売りすぎた為か、どうも面倒な輩に出会いがちですが、彼女はとてもさっぱりとしている」
「ふうん」
ニヤニヤとした兄の顔に、弟は些かムッとして「何ですか?」 と拗ねる。それに兄は「何でもないさ」 と笑う。
腹違いではあるが、この二人はとても気が合う仲が良い兄弟なのだ。

「なら、何も問題はないではないか」
「問題は、ありますよ」
「何がだ?」
「……個人的にアレックスとの繋ぎとなればと、この一ヶ月ばかりあちこちに連れ出して彼女の好意を誘ってみましたが、観光案内の感謝はあれど、好感らしきものは全く見受けられませんでした。おそらく、今の私は彼女にとってただの知人以上のものではありません」
プライドが傷ついたか、そっぽを向いて手応えなしの報告をする弟の横顔に、兄は大いに驚いた。
「何と、其方の好意に靡かぬとは。それはまた手強い相手だな」

詩人はこれでなかなか女性に人気のある男だ。容姿端麗にして美しい声を持つ人気絶頂の吟遊詩人だけあって、歌劇の男性歌手や王宮勤めの魔術師と並んでよくもてる。
彼もそれを自認していて、第一王子の為に貴族の女子に近づき、好感に緩む口から様々なものを引き出してきた。

そんな名うての男が、まさかあのような素朴な少女に一ヶ月も振り回されていたとは……。
王子は思わずベルという少女に感心してしまった。

「ふむ。俄然興味が出てきたな」
「では、殿下が妾にでもなさいますか? 殿下の妾であれば、あるいはアレックスも納得するかも知れません」
王子は詩人の言葉に首を振った。
「いや、それは勿体ない」
「勿体ない、とは」
「ベル殿はあの煩型の医長にも認められた若手の薬師にして、膨大な魔力を操る優れた魔術師だ。一体何処に眠っていたかと呆れる程に希少な存在だ。アレックスだけでなく、ああいった優れた才能が眠っているのだから、つくづく地上とは油断ならない」
「彼女は、魔術師なのですか? てっきり多少の魔力の練れるだけの、優秀な薬師であるのかと……」
「同年代であるというのに我も其方も顔を見た事がないという事は、魔法学校には通っていまいし、 攻撃魔法は使えぬかも知れぬ。だが、十フット以上離れた他者をも巻き込む程の魔力膜を張れる者を、我は魔術師でないなどと思えぬのだ」

王子はあの時を思い出す。
ベルとアレックスが侯爵令嬢に攻撃にあった際、王子は森の中で別の場所に居た。
伝令の声に慌てて木々の合間を抜けアレックスらと合流したものの、丁度魔法攻撃の最中に遭遇して、あわや魔法に撃たれるという時にそれは起こった。

……清々しい花の香りのような、母に抱かれる時の絶対の安堵のような。そんな優しい魔力に王子は抱かれ、そして魔法は彼の前でたしかに弾かれたのだ。
「確かに我は、彼女の力に守られた」

感じ入るかのようにしみじみと言う王子に、詩人は俄に信じがたいと忙しく目を瞬かせる。

「……あの、やはり殿下が妾にされては? その様子では彼女が余程気に入られたのでしょう」
「出来るならばしたいがなあ、それでは日陰に置いてしまうではないか。だが、其方が娶れば我の義妹になろう? ならば可愛がる理由も出来る」
「はあ……」
詩人は王子の言葉に微妙な顔で頷くしかない。
「この数十年、この島からも一気に魔法使いが減った。魔力的に優秀な者は我が王家に迎え入れたい、しかし、我では妾にしか出来ぬ。全く難しい事だな」
「それは確かに」

「だからこそ、だ。王族はアレックスも、ベル殿も見逃せん。アレックスも、いつか召し抱える予定であったのに、一度は呪いを受けて離さざる得なかった。今度こそ、逃しはしない」

その日、誰を娶るの娶らないのという寝ぼけた内容で、仲のいい兄弟は夜更けまで内緒話を繰り広げたのだった。





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