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17章:女神の薬師はダンジョンへ

209.七色鳥と迫る敵影

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いよいよ距離にして数キロほどと近づいてから、先導役であった七色鳥を失ったからか、迷路の魔法に掛かった村潰しは、ぐるぐると大木の周りを回ってみたかと思えば来た道を戻りと、明らかな足踏みを始めた。
「最初は何かと思ってたけど、普通はこうなる魔法なんだよね。うーん、本当にこの子、斥候役として凄い子だったんだね」
ぽちの頭の上で遊ぶ小さな鳥に目をやると、パステル調の可愛らしいふわふわはまあるい目を瞬かせて首を傾げた。
アレックスさんもその姿を見たのか、ふと笑って見せる。
「だなぁ。この感じだと、明日の朝ぐらいまで掛かるんじゃないか? この迷路を抜ける為の一番重要な存在を乱用し、疲労で潰すなんてとんだ指揮官だ。自らの戦力も把握していないとは……」

森の迷路は、入り組んだ通路で対象を惑わすだけでなく、森の地形すら時間によって変わる、なかなかに攻略が難しいタイプの迷路だ。
魔法を作った者は迷路は総当たりでないと許さないとでも思ったのか、ついでに飛行型のモンスターが上空で指示出来ないように上部には魔法の壁が標準装備で付いてるし、ここまで殆ど失速しないで敵が来れたのは本当に奇跡みたいなもので。
「……幸運の鳥の言い伝えは、ひょっとしたら昔、迷路で途方に暮れる人を出口まで導いたからかも知れないね」
「かもな。しかし、随分と恐ろしい魔法だな……もう一刻も同じような場所で留まってるぞ? 下手したら森で迷って飢え死になんて事もあるんじゃないか」
「一応、村潰し以外の森の侵入者は数刻も迷ったら外に向かうようにしてるし、その程度なら浅い場所で留まるだろうから大丈夫じゃないかな」
「へえ、そうなのか」

なんて話をしつつ、ぽちの兄弟に間借りしているキャンプ地をいつでも離れられるよう現状復帰に勤めて、ある程度片付いたところで酒飲みさんチームを呼び戻し、作戦会議となった。
あ、お夕飯を早めに済ませてからね。

「クーン、お前が見たところ、敵の契約獣の殆どが森のモンスターに置き換わっているので間違いないか?」
アレックスさんの言葉に、斥候のクーンさんが頷く。
「うん。殆ど小型か中型だけど、この森で見るモンスターばかりになっていたよ。トライホーンにカーバンクルなんかの、この森の固有のモンスターがいたから間違いないと思う。とはいえ、戦いが続いたせいか随分と数は減っていたねぇ。それまでは数で押していたのが、今は少数精鋭に生まれ変わった感じかな。数は、二十体ほど」
彼は斥候という職業柄か特別目が良いらしくて、敵の陣営のことをよく観察していたようだ。
「そうか……そいつは手強いな」
クーンさんの報告に、アレックスさんは左手で顎を擦るような仕草をしつつ唸る。きっと森の中で幾度か遭遇したモンスター達を想像しているんだろう。酒飲みさん達の表情も固い。
「となると……こちらも戦力の出し惜しみは出来ないな。この森の中型はCメジャー相当だ。ベル、ぽちを通してシルバーウルフ達に協力を求められないか?」

私はその時皆が相談に集中出来るよう、ハーブティーを淹れていた。ハーブはリラックス出来るカモミールに、記憶力を高めるというローズマリーを加えたものだ。
丁度蒸らし終わったところなので、カップにお茶を注ぎながらうーんと考え込む。
「え? うーん、どうなんだろう。彼らは私の契約獣ってわけじゃないし、戦うところまで付き合ってくれるかどうかは分からないな。一応聞いてみるね」
冷めないうちにお茶を配ってから、私は皆の注目が降り注ぐ中、お耳をピンと立てて警備中とばかりに張り切っているぽちに聞いてみる。
「ねえぽち、兄弟達に戦闘のお手伝いを頼む事って出来る? これから、この子の元の飼い主が、森の強いモンスターを連れてくるっていうんだけど」
すっかりと止まり木状態のぽちをもふもふと労わる。
「グルゥ?」
この危険な森に、この小さな鳥を置いていった奴? と視線を上に向けたぽち。その頭の上には、相変わらずまんまるな小鳥が留まっている。
そうだと頷くと、ぽちは不機嫌そうに唸りつつ、ウロウロしはじめた。難しそうな顔で考え込んでいるな……。
ぽちの頭の上にいた七色鳥は、今度は私の腕へと飛んできて、ご機嫌にピルルと鳴き出した。何だろう、それにしても懐こい子だなぁと、私はその小さな頭を撫でる。

男性陣はハーブティーを飲みつつ、事の成り行きを見守るようだった。

そこで、作戦会議中のテーブルから質問が飛んできた。
「ああ、そういえばそいつ、村潰しのとこの鳥だろう、何でガキに懐いてんだ?」
「さあ? とりあえずいい子にしてるので好きにさせてます。この子は偵察能力がずば抜けてますけど、特に攻撃する力もないみたいだから、森に置いとくのは可哀想かなと思って」
正直、私に聞かれてもどうしてかは分からないんだよなぁ。
「可哀想って、それは敵の契約獣だぞ?」
酒飲みさんは渋い顔をする。
「それは分かってますけど……」

それよりも、今は別の事が気に掛かっている事があるんだよね。
「……幾ら敵の下に降ったとはいえ、森の子達を倒すのは嫌だなぁ」
私としては出来れば傷付けずに森に住む子達を解放したいものだけれど……攻撃命令を受けたら、戦わざる得ないよね。
ああ、気が重い。

「それなら、奪い返せばいいんじゃないか」
私の呟きに、ボソボソとした小さな声で一番若手の弓持ちの青年が答えた。多分、年齢は同じくらいなんだろう若者は、何故か俯きがちに言葉を漏らす。
「ええっと、貴方はラウさん、でしたっけ。奪い返すとは?」
私が問い返すと、彼は困ったように視線を逸らしてから呟くように言う。
「おれ、親類にテイマーが居るから少し知ってるけど、基本的にテイマーの契約っていうのは子供の頃に親元から離して躾けるか、力づくで屈服させるか、の二つなんだろう?」
「ええ、そのようですね」
「なら、これだけの戦力もあるんだし、殺さない程度に力づくで屈服させればいいんじゃないの……」
ラウさんの言葉に目から鱗が落ちるような気分になった。
「そっか。そうですね。倒すのではなく、村潰しから奪い返すつもりでやればいいんだ」

傷つくのは嫌だけど、人を殺してまで希少な生き物をコレクションして回る凶悪犯の下に置いておくより絶対にいい。
それはきっと私の独善で、最良とは言えない選択だろうけど。それでも犯罪者の手中に彼らを置いておくなんて事は出来ない。

私は笑顔を浮かべてラウさんにお礼を言った。
「ラウさん、相談に乗って頂きありがとうございます。とは言っても、私は拠点防御するだけですけど」
すると何だか、彼は驚いたような顔をして肩口に散らばったの髪払うと、表情を隠すように俯いて、ボソボソと呟くように返す。
「え? 別に礼を言われるようなことでは……いやまあ……頑張ってよ」
ラウさん、今まで話した事ないけどいい人だなぁ。今度、お菓子かおやつでも差し入れよう。

なんて話してる間に、ぽちの方の考えもまとまったようだ。
ぽちは自分の側に兄弟を呼び寄せると、青い瞳を光らせて決意を込めて一つ鳴く。
「わんっ」
それはいつもと変わらないようで、けれど兄弟達には伝わるものがあったみたいで。
ぽちとよく似た兄弟達は、声を揃えて答えたんだ。元気にひと吠え。
「わんっ」
それで、決まりだったみたい。
ぽちは私に「狩場を荒らす奴らを、兄弟も許さないってー」 と、いつもののんきな感じで教えてくれた。
「そうなの、ぽちと兄弟が揃って手伝ってくれるなら、すごく心強いな」
うん、ぽちは強いし、彼らはあの狼のお母さんの子供達だ。彼らが揃うなら、村潰しが強力なモンスターを引き連れてきても、きっと問題ないね。

◆◆◆

ボス部屋……とでも言おうか、シルバーウルフ兄弟達の巣に現れたのは、私達が準備を整えてから一晩経った後だった。
それはまだ、朝の日差しが木々の隙間から僅かに漏れるぐらいの早朝のこと。

時間はたっぷりとあったから、私達は交代で見張りを立てつつ仮眠し、早めのご飯を済ませて、借り物の通信魔道具やテント類もすっかり片付けてから意気軒昂と戦いに臨む事となった。
一応私が指揮役ということで今回は作戦を進めてきた訳だけれど、戦闘経験の薄い者が指揮を取ってもいい結果になるとは思えなかったので、ここで指揮をアレックスさんに委任した。
まあ、餅は餅屋というやつだね。

陣形はこうだ。
戦場は迷路の魔法で凹の字型に木々を密集させた場所。
そこに、前衛として偵察で同伴していたシルバーウルフを側に置き、酒飲みさんチームの大剣使いフリッツさんと盾持ちのコースさんが務める。
中衛として槍使いヘリーさん、ナイフ使いの斥候クーンさんが付き、フリーのシルバーウルフ達が間を埋める。
後衛には弓使いのラウさんが陣取った。
私はいつでもぽちに跨がれるように戦闘用の服に着替え、ラウさんと一緒に後方に。敵はぽちと私が狙っている訳だから、この位置は当然かな。
指揮官のアレックスさんはというと、意外にも後衛寄りの中衛に居る。何故かと聞けば、リーチは魔力を乗せた剣技を使える彼にとって余り意味がなく、全体を俯瞰しカバーに入る為にはここがいいんだという事だ。流石は二刀剣術に魔法も使える器用な魔法騎士様、頼もしいばかりだね。

そうして陣形を整え終わった頃には、隠す気もなさそうな敵の騒々しい足音が聴こえてきた。

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