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プロローグ 《魔術師と弟子》

第24話 怪我を負った魔物

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――村を去ってから数日の時が経ち、レノは山の中にある洞窟で過ごしていた。外は雨が降っており、洞窟の中でレノは雨が止むまで手帳を読む。


「う~ん、爺ちゃんは本当に色々なことを思いつくな」


タケルの手帳にはこれまでレノが覚えた「形状変化」「硬魔」「柔魔」「強化」の四つの技術を応用した戦闘術がいくつも書かれているが、その中にはレノの魔力量では再現は難しい術も何個かあった。

現時点でレノが習得したのは「魔装」であり、他に再現できそうなのは硬魔と柔魔を応用した攻撃法だった。こちらは硬魔と柔魔の技術を今以上に磨かなければ再現は難しそうであり、旅の途中でもレノは今まで覚えた魔操術の訓練を欠かさない。


「こうか?それともこうか?う~ん、難しいな……ん?」


洞窟の中で魔操術の練習をしていると、こちらに近付いてくる生物の魔力を感知する。練習を中断してレノは山の中で拾った棒切れを手にした。


「猪か熊か……それとも魔物か?」


接近してくる魔力の大きさからレノは動物ではないと悟り、村で習得した「魔装」を発動して棒切れの先端に魔力の刃を作り出す。魔力で「槍」に変形させた棒切れを構えると、雨の中から現れたのは見覚えのある魔獣だった。


「フゴッ、フゴッ……」
「ボア!?この山にも潜んでたのか!!」


姿を現わしたのは魔獣《ボア》であり、即座にレノは戦闘態勢に入った。だが、ボアの子供は既に怪我をしており、背中に大きな傷跡を負った状態で洞窟の中に倒れ込む。


「フゴォッ……」
「な、何だこいつ……怪我してるのか?」


自分の目の前で倒れたボアにレノは戸惑い、警戒しながら近付くと既に意識を失っていた。背中の傷を確認すると巨大な獣の爪で切り裂かれた様な跡が残っており、それを見てレノは愕然とした。


(なんだこの傷跡!?まさかボアを追い詰めるほどの化物がこの山に潜んでいるのか!?)


ボアの強さはレノが身を以て体験しており、岩を粉々に破壊するほどの突進力を誇るボアが簡単にやられるとは思えない。しかし、現実にレノの目の前には致命傷を受けたボアが倒れている。

タケルの話では魔物は血晶が無事な場合、普通の動物なら致命傷の傷でも簡単に死ぬことはない。しかし、洞窟に駆けつけたボアは既に衰弱状態であり、このまま放置すればいくら魔物でも死ぬと思われた。


(……苦しそうだな。もう楽にしてやるか?)


このまま放っておいても死にそうだが、苦し気な表情を浮かべるボアに対してレノは槍を構えた。だが、止めを刺そうとした瞬間にボアが鳴き声を漏らす。


「フゴォッ……」
「何だよ……そんな目で見るなよ」


まるでレノに助けを求めるようにボアは鳴き声を上げ、そんなボアに対してレノはやりづらさを覚えた。山で暮らしていた時は狩猟も経験しているので獲物を仕留めるのは初めてではない。だが、自分を見つめて来るボアの瞳を見てレノは槍を下ろす。


「くそっ……勝手に死んでろ!!」


止めを刺さずにレノは洞窟の奥へと引っ込み、雨が降り止むまでは休むことにした――





――雨が止むとレノは外に出向き、洞窟を去る前にボアの様子を伺う。ボアは怪我を負った状態のまま眠っており、洞窟に訪れた時よりも弱っていた。


「フゴォオッ……」
「死にかけだな……まあ、どうでもいいか」


ボアを仕留める絶好の機会だとは理解しているが、レノは弱っているボアを見てどうしても手を出せなかった。今ここで殺せば血晶と美味しい肉を食べられると分かっていながらもレノは止めをどうしても刺せない。

一人で弱っているボアを見てレノは今の自分と姿を重ね、このボアも一人で生きているのだと考えると殺す気が失せた。レノは傷跡を確認し、ため息を吐きながらある物を取り出す。


「動くなよ」
「フゴッ……!?」
「大丈夫だ、ただの薬草だよ」


山を渡り歩いている途中にレノは数種類の薬草を手に入れていた。山で暮らしていた時にタケルから色々な野草の知識を教えてもらい、怪我の治療に役立つ薬草も習っていた。魔物にも利くのかは分からないが、レノは傷跡に粉末状に磨り潰した薬草を張り付け、大きな葉っぱを張り付けて止血を行う。


「助かるかどうかはお前次第だ。せいぜい頑張れよ」
「フゴォッ……」
「……はあ、何してんだろうな俺」


魔物は人を襲う危険な生物だとタケルから嫌というほど教わったにも関わらず、その魔物を治療してしまったことにレノはため息を吐く。もしもレノが助けたボアが人を襲った場合、その責任はレノのせいになる。それでもレノは放っておくことができなかった。


「じゃあな、怪我が治るまで大人しく寝てろよ」
「フゴゴッ……」
「うわ、もう寝てる……呑気な奴だな」


前に遭遇したボアと比べてレノが治療したボアは警戒心が薄く、治療を終えた瞬間に安心したように寝入った。レノはそんなボアを見て呆れてしまい、さっさと山を下りる事にした――





――山の中を歩いている時もレノは警戒を怠らず、常に周囲に目を配りながら先に進む。ボアを致命傷に与えた存在が山の中に潜んでいる可能性が高く、決して油断せずに山道を歩む。


「……妙に静かだな」


山の中は異様な静けさが漂い、動物の姿が全く見えなかった。嫌な予感を抱きながらもレノは歩いていると、後方から足音を耳にした。


「何だ!?」


遠くの方から何かが近付いていることに気付いたレノは魔装を発動させ、手にしていた棒切れを「槍」へと変化させた。戦闘態勢に入ったレノは足音の主を待ち構えると、現れたのは先ほど治療したボアだった。


「フゴォオオオッ!!」
「なっ!?お前……俺を追ってきたのか!?」


治療を施してからそれほど時が立っていないというのにボアは元気よく駆け回り、その姿を見てレノは警戒心を高めた。折角治療してやったのに自分を殺しにやってきたのかと憤る。


「この野郎!!恩を仇で返す気ならこっちも容赦しないぞ!!」
「フゴォオオッ!!」


全速力で向かってくるボアに対して槍を構えたレノだが、流石にボアを相手に正面から挑むのは無謀であり、最初はボアの突進を避けようとした。

ボアが迫ってきたところを跳躍して頭上を跳び越え、怪我を負った背中に槍を突き刺す作戦を立てる。だが、レノが強化を発動する前に足元を滑らせてしまう。


「うわっ!?し、しまった!?」


先ほどまで雨が降っていたせいで地面がぬかるんでおり、跳躍を行う前に転んでしまう。そんなレノに目掛けてボアは一気に距離を詰める。


「フゴォッ!!」
「くそっ!?」


回避は間に合わないと判断したレノは全身を魔力で包み込み、ボアの突進に備えて防御しようとした。だが、ボアは直前で急停止してレノの前に立ち止まる。そして鼻息を荒くしながらレノの前で屈みこむ。


「フゴッ、フゴッ……」
「……な、何だ?襲わないのか?」
「フゴォッ?」


いきなり自分の前で立ち止まったボアにレノは戸惑うが、ボアは背中を見せつける。先ほどレノが張り付けた薬草の粉を擦りつけた葉っぱが張り付いたままであり、それを取って欲しいのかレノに擦り寄る。


「フゴゴッ……」
「な、何だよ?剥がして欲しいのか?」
「フゴォッ!!」


レノの言葉を肯定する様にボアは鼻息を鳴らすと、何が何だか訳が分からないがレノは葉っぱを引き剥がす。すると傷口が塞がっており、完璧に治っていた。魔物の再生能力にレノは驚かされるが、全ての葉っぱを引き剥がすとボアは嬉しそうに鳴き声を上げた。


「フゴォオオッ!!」
「お前、まさか俺にこれを剥がして貰いたいから追いかけてきたのか?」
「フゴォッ!!」
「……呆れた奴だ」


ボアが追いかけてきた理由が自分の命を狙って来たわけではないと知ってレノは安堵するが、そんな彼にボアは背中を向けて鼻息を鳴らす。


「フゴッ、フゴッ!!」
「何だ?もしかして背中に乗せてくれるのか?」
「フゴォッ!!」


いきなり背中を向けてきたボアにレノは戸惑うが、早く乗れとばかりにボアは身体を押し付け、仕方なくレノは背中に乗り込む。
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