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第22話 天才の弱点

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「どうしてリーナはここに居るの?俺たちは赤毛熊から逃げてきたからこんな場所まで来たけど、リーナは違うでしょ?」
「え、えっとね……笑わないと約束してくれる?」
「な、何だよ。どういう意味だ?」
「聞かせて」


神妙な表情を浮かべるリーナに全員が緊張すると、彼女は恥ずかしそうに頭を掻きながら理由を教えてくれた。


「狩りに夢中で元来た道を忘れちゃって、森の中を迷ってたら人の足跡を発見したから、その後を追いかけてきたらここへ来ちゃった」
「ま、迷った!?」
「あ、そういえば……リーナは方向音痴だったね」
「そうなの?」


天才であるリーナの弱点は勉強以外にも一つあり、それは極度の方向音痴だった。訓練校に最初に入学した時も彼女はよく迷子になっていた。

早朝の訓練の際、城壁を走り回る練習の時もリーナは皆とは逆方向に走っていた事もある。それほどまでに彼女の方向音痴はひどく、一か月ほど経ってからようやく道を覚えて迷わなくなった。大分前の話なのでレイト達も忘れていたが、この方向音痴のせいでリーナは普段から苦労しているらしい。


「他の冒険者の子と一緒なら道に迷う事もないんだけど、皆を先に行かせちゃったから僕一人で森の中で迷子になっちゃって、だから他の人を探して足跡を辿ってきたんだよ。そうしたらレイト達が襲われてたから助けに入ったの」
「ええっ……僕達を探してたわけじゃないのか」
「でも、リーナの方向音痴のお陰で助かったね」
「ぐっじょぶ」


理由はどうであれ、リーナのお陰でレイト達は命が助かったのは事実であり、彼女には感謝した。お礼も兼ねてレイトは森の外まで連れていくことにした。


「じゃあ、森の外まで俺達が連れて行くよ」
「本当に!?」
「ちょ、ちょっと待てよ!!僕も道を覚えている自信ないけど……」
「大丈夫、赤毛熊の足跡を辿っていけば餌箱が置かれている場所まで戻れるし、そこまで行けば俺が外まで案内できるよ」
「レイト達、行っちゃうの?」


コトミンはレイト達が去る事に寂しそうな表情を浮かべ、もしも別れたらまた会える保証はない。今回の再会も奇跡に等しく、次も会える保証などない。


「コトミンも良かったら俺達と一緒に行かない?一人で旅するより、誰かと一緒の方が楽しいと思うけど……」
「ありがとう。でも、私は人魚だから陸上はあんまり長く活動できない」
「そういえば授業で習ったな。確か人魚族は定期的に水分を補給しないと干からびて死ぬとか……」
「そう、干物になる」
「そ、その例えはどうかな……」


人魚族は陸上での生活は適応できず、彼女達は水場がある場所でしか生きられない。それを知ってレイトはコトミンを連れていけないと悟り、別れる前にお礼を告げた。


「ならここでお別れだね。コトミン、もしもまた会えたらもっと美味しい魚を食べさせるからね」
「分かった。約束の指切り」
「うん、いいよ」


手を差し出してきたコトミンにレイトは自分の手も伸ばすと、彼女はその手を掴んでレイトを引き寄せ、彼の頬に口づけした。


「ちゅっ」
「わっ!?」
「わわっ!?キ、キスしちゃった!?」
「だ、大胆な奴だな」
「男の子ならこっちの方が嬉しがるとお母さんから教わった。レイト、またね」


頬に口づけした後、コトミンはレイトに抱き着いて別れを惜しむ。この時にレイトはコトミンの柔らかな身体の感触に頬を赤く染め、女の子とここまで接近する事はなかった。


(次に会った時は口にしてあげる)
(っ……!?)


小声でコトミンは語りかけると、レイトの元を離れて元気良く手を振りながら川の中に飛び込む。あっという間に消えてなくなり、残されたレイトは頬に手を伸ばす――





――コトミンと別れた後、レイト達は赤毛熊の足跡を辿って餌箱が設置された場所に辿り着く。ここまでくればレイトは森の外に繋がる道を覚えているので簡単に脱出できるが、ここで問題が起きた。


「し、しまったぁっ!?」
「うわっ!?び、びっくりした!!」
「急にどうしたの!?」
「ぼ、僕は素材見つけてない!!」


赤毛熊に襲われて忘れていたが、ダインは自分の分の素材をまだ調達していなかった。レイトとリーナはオークを倒して死骸の一部を回収しているが、ダインは未だにオークの素材を入手していない。今回の試験はオークの討伐であり、それを証明する物を持ち帰らなければ不合格となる。


「まずいって!!このまま外に出たら僕は不合格になる!!なあ、二人ともオークを仕留めるの手伝ってくれよ!!」
「そういわれても……」
「僕は別にいいよ。急いでるわけじゃないし、あと一体ぐらいなら手伝うよ」


ダインは必死にレイトの足元に縋り付き、オークの討伐の協力を求めた。リーナは快く受け入れたが、レイトは困ってしまう。


(正直、さっさと帰って休みたいけど……ここで断ると一生恨まれそうだな)


赤毛熊から逃げる際にレイトはダインに助けられたのも事実であり、彼のために手伝ってやることにした。


「分かったよ。手を貸すから離れなよ」
「おおっ、流石は親友!!この恩は忘れないからな、一か月ぐらい!!」
「短っ!?」
「じゃあ、何処から探す?」


オークの捜索を行うにも試験が開始してから大分時間が経過しており、相当な数のオークが冒険者に仕留められたのは間違いない。この場所の餌箱は赤毛熊が食い散らかしたのでオークが現れる可能性は低い。

まだ破壊されていない餌箱を見つけてオークが誘き寄せられるのを待ち構えるのが無難だが、問題なのは餌箱がどこに設置されているかだった。レイトが知る限りではこの場所以外に心当たりはなく、二人に他の餌箱の心当たりがないか聞いてみる。


「二人は他の冒険者とオークを狩ってたんだよね。それなら他の餌箱の位置は知らないの?」
「えっと……僕は何処をどう移動したのかよく覚えてない」
「僕も他の奴らに置いて行かれて必死にレイトを探してたから道はあんまり……」
「そ、そう」


二人の返答にレイトは困り果て、今回の試験は時間制限がないとはいえ、あまりに長居するのはまずい。夜を迎えると夜行性の魔物が活発的になるため、できれば日が落ちる前に森を抜け出しておきたい。


「ダインは本当に覚えてないの?」
「う~ん……あっちの方向から来たと思うけど」
「違うよ、こっちでしょ?」


ダインは記憶を掘り起こしながら自分が来たと思われる方向を指さす。だが、何故かリーナは別の方向を指さし、彼女は足元を示す。


「ほら、これがダイン君の足跡でしょ?きっとこっちから来たんだよ」
「あ、本当だ!!」
「でも、よく見つけたな」
「えへへ、狩猟をする時は獲物の足跡を追いかける事も多かったからね」
「観察眼に優れてるわけか」
「それなのに方向音痴なんだよな……」
「そ、それは言わないでよ!!」


リーナが見つけたダインの足跡を辿り、彼が他の冒険者と狩場にしていた餌箱が設置されている場所に向かう――





――ダインが他の冒険者と共にオークを狩っていた場所は大分離れた場所に存在し、そこには多数のオークの死骸が放置されていた。頭の部分だけが切り取られて放置されており、その光景を見てリーナは眉をしかめた。


「ちょっと待って、仕留めた獲物を放置したまま帰っちゃったの!?死骸はちゃんと処理しないと駄目だよ!!」
「うわっ!?そ、それはわかってるけど……」
「死骸を放置すると他の魔物をおびき寄せる可能性があるから、だよね」


魔物を討伐した際、死骸を放置するのは得策ではない。理由としては死骸の臭いに釣られて他の生物が訪れる可能性が高く、特にオークのような肥え太った魔物の場合は多数の獲物をおびき寄せる危険性がある。

卒業試験の時のレイト達でさえも仕留めたゴブリンの死骸は放置せず、一か所に集めて焼却した。冒険者ならば火を灯す道具を常備し、魔物の死骸を放置するような真似はしてはならないと訓練校で習っていた。


「ぼ、僕だって最初は始末しようといったんだけど、他の奴等がさっさと戻るからどうしようもなかったんだよ!!こんな場所に一人で残ったらいつ襲われるか分からないし……」
「だからって……」
「待って!!」


ダインが死骸を放置して離れていた事にリーナは不満げな表情を浮かべるが、この場合はレイトはダインが間違っているとは思えなかった。


「リーナはダインの戦い方を知らないでしょ?影魔法は発動中は自分も動けないんだ。それに影魔法は攻撃には向いてないし、もしも複数の魔物に襲われたら対処はできない。その代わりに支援は抜群に上手いし、他の人間と組むことで真価を発揮できるんだ」
「そ、その通りだよ!!僕一人じゃゴブリンにすら敵わないんだぞ!?」
「そ、それは自慢して良い事じゃないと思うけど……分かったよ。でも、用事を終えたら死骸は処分するからね?」


リーナは完全には納得していないが、ダインだけではどうすることもできない状況だったとは理解し、彼の用事が終われば死骸を処分する事にした
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