貧弱の英雄

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
1,086 / 1,110
最終章

第1067話 炎華と氷華の使い手

しおりを挟む
――アルトの考えた作戦を他の者に伝えた所、大勢の人間が驚愕した。特にロランは彼の話を聞かされた時点で反対し、そんな作戦を実行すればの命が危うい。


「いけません!!王子、考え直してください!!」
「駄目だ、この作戦が確実なんだ。それに討伐隊の指揮は任せていると言っても、僕は仮にも王族だ。最終決定権は僕にあるはずだ」
「王子!!」
「この作戦を遂行するためには飛行船を運転できる僕以外にはあり得ない……大丈夫だ、僕も死ぬつもりはない。ちゃんと考えているよ」
「ならば我々も王子の傍に……」
「君達の誰かが僕の代わりに飛行船を運転できるのかい?残念だが一緒に居ても足手まといだ」


飛行船の修復は既に完了し、そして飛行船をこの世で運転できる人物はもうアルトしかいない。アルトの考えた作戦は飛行船を利用してダイダラボッチを追い詰める内容だった。

ロランはアルトを危険な目に遭わせる事に反対したが、アルトも覚悟を抱いてここへ来たことを告げる。アルト以外に飛行船を運転できる人間がいない以上、彼は自分がやり遂げるべきだと伝える。


「今まで僕は大して役に立たなかったからね。せめて最後ぐらいは手伝わせてくれ」
「何を言っておられるのですか!!アルト王子のお陰で我々はここまで……」
「大丈夫、僕だって死ぬつもりはない。だが、もしもの場合は……ダイダラボッチだけは道連れにするさ」
「王子!!」
「ロラン、これは王子としての命令だ。君は王族に逆らうつもりか?」
「それは……」


アルトの言葉にロランは言い返す事はできず、黙って彼の前に跪く。前にも似たような経験があり、あの時はロランは父親であるシン宰相と共にこの国に反旗を翻すか、あるいは王族に忠誠を誓う大将軍として任を全うするべきか悩んでいた。

ロランが王族を裏切らずにこの国を守るために父親と対峙する切っ掛けを作ったのはアルトだった。ロランはアルトの事を今までは軽視していたが、それでも命を賭けて自分を止めに来た時点で彼の中に「王の器」を感じ取る。


(もしもバッシュ王子やリノ王女よりも早く生まれていれば……)


アルトの中に人の上に立つ王としての器を感じ取ったロランは、アルトの決意を汲んで彼の言う通りに従う――





――同時刻、飛行船の倉庫には意外な組み合わせの二人が立っていた。その正体は冒険者の「ガロ」と白狼騎士団団長を務める「ヒイロ」だった。二人はこうして一緒に行動するのは初めての事であり、彼と彼女の前には木箱が置かれていた。


「ま、まさか本当にあるなんて……」
「やっぱりな……この船に乗った時から違和感を感じていたんだ」


二人の前に存在するのは「氷華」と「炎華」が入った木箱であり、この二つの魔剣は王都で保管されていると思われたが、実は飛行船内にで保管されていた。どうしてこの二つの魔剣が飛行船内に収められていたのかと言うと、それは今は意識を失っているマホの指示である。

マホは倒れる前に氷華と炎華に関しては王都で封じるのではなく、万が一の場合に備えて飛行船の倉庫に隠しておくようにエルマに指示を出す。前に氷華と炎華の新しい継承者を選別しようとした時、誰もが二つの魔剣に選ばれる事はなかった。

しかし、かつて氷華と炎華を一度だけ使った人間が船の中に二人存在した。それはマホの弟子のガロと、火竜との戦闘で一時的に炎華を手にしたヒイロだった。二人はかつて魔剣に触れた影響か、この二つの魔剣の存在を感じ取り、この場所に至る。


「氷華と炎華がここにあるなんて……どうして黙っていたんでしょうか」
「さあな……あんたは知ってたのか?」
「……大分前にな」


ガロは振り返るとそこにはシノビが立っており、実は二人に氷華と炎華の存在を教えたのはシノビだった。どうして彼が二つの魔剣の所在を知っていたのかと言うと、実は飛行船に乗り込んだ時に彼は船内を調べて魔剣の居場所を特定していた。

シノビがこの二人に魔剣を教えたのは二人の様子を察し、魔剣の存在に薄々と気づいている事を見抜く。かつてシノビはマホと会った時、彼女からある任務と伝言を託されていた。


『シノビよ、儂はもう長くはない。だからお主に頼みたい事がある、この儂の代わりに氷華と炎華の新しい主を探してくれぬか?』
『何故、そんな事を俺に……』
『お主なら何となくだが任せられると思ってな……強いて言うのならば儂の直感じゃ』


マホは珍しく魔導士らしからぬ物言いでシノビに後の事を託し、そしてシノビは旅の間に他の人間の観察を行い、炎華と氷華の存在に気付いている人間を探す。マホの直感は正しく、普通の人間よりも観察力に優れているシノビは遂に氷華と炎華の存在に勘付いた二人を発見する。


「マホ魔導士がここにいれば、お前達にその魔剣を託しただろう」
「おい、ちょっと待てよ……忘れたのか?俺達はこの魔剣を使いこなせないんだぞ?」
「そ、そうですよ!!確かに私達はこの魔剣を使った事はありますが、前に選別したときは失敗しています!!」


ガロもヒイロはかつて氷華と炎華を使用した経験はあるが、その後に行われた「選別の儀式」の際は二人とも氷華と炎華を使いこなす事はできなかった。しかし、シノビはそれでも二人だけが飛行船に乗り合わせた者達の中で魔剣を感じ取った事から、二人が魔剣の継承者の可能性が高い事を話す。


「俺はずっとお前達を見てきた。この船に乗った時からお前達の行動は把握している、お前達だけが船に乗った時から落ち着かない様子だった。今もそうだろう?お前達にはその二つの魔剣の存在を感じているはずだ」
「そ、それは……」
「てめえ、さらりととんでもない事を言いやがって……」
「船に乗り合わせた人物の中でお前達だけが魔剣に気付いた。これは偶然ではない、仮に俺が明かさなくてもお前達ならばいずれこの場所に魔剣がある事を見抜けたはずだ」


シノビの言葉にガロもヒイロも否定はできず、何となくではあるが彼の言う通りに二人とも魔剣が飛行船内に隠されている事は気付いていた。それでも魔剣を感じ取ったからといって魔剣を使いこなせるかどうかは別の話である。

氷華と炎華は王国が管理する魔剣の中でも最も危険な代物だった。大抵の魔剣は適性がない人間が触れると拒否反応を引き起こすが、この二つの魔剣の場合は能力を使用すると強制的に魔力を吸収し、周囲に大惨事を引き起こす。

この二つの魔剣を扱えたのはたった一人しかおらず、今は亡き王妃しかいない。彼女以外にこの二つの魔剣の使い手は現れるわけはないとテンは言っていたが、それでもシノビはマホの依頼通りにこの二人に魔剣を託す。


「その魔剣を使うかどうかはお前達次第だ……よく考えるんだな」
「お、おい!!待ちやがれ!!」
「いきなりそんな事を言われても……」
「言っておくが時間はない、夜までにその二つの魔剣を使うかどうか決めろ……俺はもう行くぞ」


魔剣を一方的に託されたガロとヒイロは戸惑うが、シノビは役目を果たした以上はこれ以上に関わるつもりはない。シノビが動いたのはあくまでもマホの依頼を果たすためであり、彼もダイダラボッチを倒すために準備を急ぐ。

取り残されたガロとヒイロはお互いに顔を合わせ、二人は自分達の魔剣を手にする。氷華と炎華を手にした二人は黙り込み、本当に自分達のこの魔剣を使いこなせるのかと不安を抱く。


「老師……荷が重すぎるぜ」
「私のような凡人が王妃様の魔剣を使うなんて……」


流石のガロも氷華を手にしただけで冷や汗が止まらず、この魔剣の恐ろしさは彼はよく理解していた。一方でヒイロの方も亡き王妃の代わりに自分が炎華を使いこなすなど到底無理だと思うが、迷っている時間はない。

もう間もなく夜を迎えようとしており、既に作戦の準備は進められている。二人は覚悟を決めたように腰に魔剣を差し、この時に他の人間に気付かれて騒ぎを起こさないように魔剣の正体が気づかれないように細工を施す。


「ちっ……お互いに大変な役目を任されたな」
「そうですね……でも、何だか嬉しそうですね」
「ああ?そんなわけないだろ」


ヒイロの言葉にガロはしかめっ面を浮かべるが、その割には犬耳と尻尾が揺れていた。ガロはシノビの言葉を思い返し、自分が氷華の継承者の可能性が高いという言葉に嬉しく思う。

この氷華は元々はマホが管理していた物であり、マホは継承者を探していた。そして彼女の弟子の自分が氷華の継承に成功した場合、ガロはマホの期待に応えられるような気がして悪い気分ではない。


(ちっ……分かったよ、老師。あんたの代わりに俺が戦ってやるよ)


この場にはいないマホの代わりにガロは氷華で戦う事を決意し、彼はヒイロと共に倉庫を後にした。もう間もなく時刻は夕方を迎えようとしていた――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

物語のようにはいかない

わらびもち
恋愛
 転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。  そう、言われる方ではなく『言う』方。  しかも言ってしまってから一年は経過している。  そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。  え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?  いや、そもそも修復可能なの?   発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?  せめて失言『前』に転生していればよかったのに!  自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。  夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。

かわいそうな旦那様‥

みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。 そんなテオに、リリアはある提案をしました。 「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」 テオはその提案を承諾しました。 そんな二人の結婚生活は‥‥。 ※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。 ※小説家になろうにも投稿中 ※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m

少年売買契約

眠りん
BL
 殺人現場を目撃した事により、誘拐されて闇市場で売られてしまった少年。  闇オークションで買われた先で「お前は道具だ」と言われてから自我をなくし、道具なのだと自分に言い聞かせた。  性の道具となり、人としての尊厳を奪われた少年に救いの手を差し伸べるのは──。 表紙:右京 梓様 ※胸糞要素がありますがハッピーエンドです。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

処理中です...