貧弱の英雄

カタナヅキ

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最終章

第1029話 威圧

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「……以前と比べて森の雰囲気が変わったでござるな」
「ああ、前に着た時よりも魔物の気配が増えている」
「そうなんですか?」


シノビ一族の里へ向かう途中、案内役のシノビとクノは森の雰囲気が変わった事に気付く。二人は何度か里帰りした事があるが、最後に里に戻った時と比べて魔物の数が増えている事に気付く。

この地方は一時期ゴブリンが大量に集まり、ゴブリンキングの軍勢が結成されていた。その影響でゴブリン以外の魔物は数を減らしていたが、数か月前にゴブリンキングが討伐されて軍勢も一層されたため、ゴブリン以外の魔物が数を増やしていた。


「グルルルッ……!!」
「ビャク、落ち着いて……大丈夫だから」
「ぷるぷるっ……」


魔物であるビャクとプルミンも森の中に潜む多数の気配を感じ取り、落ち着かない様子だった。ナイは二匹を宥めていると不意に先頭を歩いていたシノビが武器を抜く。


「待て!!気を付けろ、敵だ!!」
「例の魔物使いでござるか!?」
「いや……魔物だ」


シノビの言葉を聞いて他の者も武器を構えると、討伐隊の前方からコボルトの集団が姿を現す。その数は十匹は存在し、討伐隊を遮るように待ち構える。


「「「ガァアアアッ!!」」」
「こいつら……亜種でござる!?しかもこんなにたくさん!?」
「油断するな!!こいつらの動きは素早い、隙を見せるな!!」


討伐隊の前に姿を現したのはコボルトの亜種の「群れ」であり、普通ならばあり得ぬ事態が起きていた。魔物の亜種は突然変異でしか生まれる事はなく、滅多に巡り合える存在ではない。それにも関わらずにナイ達の前に亜種の群れが現れた。

コボルト亜種を見てナイはイチノで危うく殺されかけた事を思い出し、そういう意味ではナイにとっては嫌な思い出のある敵だった。コボルト亜種は討伐隊に対して涎を垂らし、今にも襲い掛からない雰囲気だった。


「「「グルルルッ!!」」」
「どうやら拙者達を餌だと思っている様子でござるな」
「ちっ、面倒な……」
「全員、戦闘態勢!!」
「待って!!」


ロランが討伐隊の面子に指示を与えようとしたが、その前にナイが前に出た。彼の行動に全員が驚くが、プルミンを頭に乗せたビャクも続く。


「ナイ殿!?危ないでござるよ!!」
「大丈夫……平気だから」
「グルルルッ……!!」


白狼種のビャクが前に出るとコボルト亜種たちは流石にたじろぎ、同じ狼種でもコボルトと白狼種では大きな差がある。白狼種の迫力を間近に味わったコボルト亜種は恐れを抱き、それを見逃さずにナイはとある技能を発動する。


(これを使う時が来たか……)


前に出たナイは白狼種のビャクの迫力に怯えているコボルト亜種の群れと向かい合い、大きく息を吸い込む。そして目を見開くと大音量で叫ぶ。



――失せろっ!!



森の中にナイの声が響き渡り、その直後に彼から凄まじい「威圧感」が放たれ、それを間近で受けたコボルト亜種は恐怖を抱く。コボルト亜種だけではなく、周囲の木々に止まっていた鳥たちも慌てて逃げ出し、小動物や虫でさえも離れていく。

あまりのナイの迫力に討伐隊の面子すらも背筋が凍り付き、彼の迫力をまともに受けたコボルト亜種の群れは情けない悲鳴を上げて逃げ出す。


「ギャインッ!?」
「ガアアッ!?」
「ギャンッ!?」


コボルト亜種はナイに恐れをなして逃げ出し、その様子を見届けたナイは額の汗を拭い、上手く追い払えた事に安心する。


「ふうっ……やっぱり、この技能は好きになれそうにないな」
「な、何をしたんだ?」
「す、凄い!!あのコボルト亜種が逃げ出したでござる!?」
「今のはまさか……威圧か?」


ナイの一声でコボルト亜種どころか他の野生動物も逃げ出したのを確認し、全員が動揺を隠せなかった。そしてロランはナイの行為を見てすぐに「威圧」という言葉が思いつく。



――威圧とは心眼と同じくとして認識され、文字通りに威圧感を放つ能力である。威圧を受けた敵は、使用した人間と実力差が大きく離れた相手ならばまともに戦う事もできずに身体が勝手に反応して逃げ出してしまう。



かつてはナイを追い詰めた事があるコボルト亜種だが、今のナイにとっては戦うに値しない敵であり、彼の一声で逃げ出してしまう。恐らくは二度と現れる事はなく、無駄な戦闘を避けて先に進む事ができた。

威圧の技能はナイがこの半年の間に覚えた能力であり、これまでは使う機会はなかったが、今回は先を急ぐので無駄な戦闘を極力避けるためにナイは使用した。


「ははっ……本当にこの坊主は毎回驚かされるな」
『ふははっ!!中々の威圧だったぞ!!今度また狼共が現れたら俺もやってみるか!!』
『耳が痛い……』
「さ、流石はナイ君……僕も身体が震えちゃった」


黄金級冒険者達でさえもナイの威圧に身体が反応し、ゴウカ以外の者達は震えが止まるのに時間が掛かった。それは王国騎士達も同じであり、ロランを除く者達もナイの威圧を浴びて身体がまともに動けない。


「くっ……」
「リンさん、腕が震えてますわよ……それでも銀狼騎士団の副団長ですの?」
「そういうお前こそ全身が震えているぞ」
「そ、そんな事はありませんわ!!これは武者震いですわ!!」


リンとドリスもナイの威圧を受けて身体が反応し、王国騎士団の副団長である二人でさえもナイの威圧に身体が反応してしまう。ちなみに討伐隊の面子の中で影響を大きく受けたのはプルミンだった。


「ぷるるるっ……」
「うわっ!?プルミンが凄く震えてる!!ごめんね、そんなに怖かった!?」
「ウォンッ(落ち着け)」


ビャクがプルミンを落ち着かせようと舐めると、プルミンはくすぐったそうな表情を浮かべ、身体の震えを止まらせた。ナイはプルミンの頭を撫でて謝る。


「ごめんね、次からは使う時は気を付けるからね」
「ぷるんっ(そうして)」
「……よし、これで邪魔者はいなくなったな。しばらくは安心して進めるだろう」


ナイの威圧のお陰で周辺から感じていた魔物の気配が消えてなくなり、森に隠れていた魔物はナイの威圧を受けて逃げ出してしまった。討伐隊はその後は一度も襲撃を受ける事はなく、目的地であるシノビ一族が管理していた里へ向かう――





――シノビ一族の隠れ里は十数年前に魔物に滅ぼされ、今は誰一人として住んでいない。故郷へ戻ってきたシノビとクノだが、クノの場合はここで暮らしていた時期は短く、あまり思い入れはない。


「前に着た時と変わってないでござるな」
「……ああ」


シノビはクノの言葉に頷き、自分達が離れた後も誰も人間が来なかった事を確認する。そもそもここは辺境の地であり、しかも魔物が暮らす森の中に存在する廃村に仏ならば人が訪れるはずがない。

ナイが暮らしていた村には定期的に商人《ドルトン》が訪れていた。しかし、シノビ一族の隠れ里は完全な自給自足で王国の人間の手を借りずに暮らしていた。理由としてはこの隠れ里は王国に秘匿で造り出した里であり、本来ならば王国領地に勝手に里を作った事は許される事ではなかった。


「まさかこのような場所に人が暮らす村があったとは……」
「一応は聞きますけど、王国に税金を払っていましたの?」
「いや……この里の事を知っている王国の人間はいなかった」
「つまり、勝手に村を作って住んでいたという事か……まあ、この状況では今更責めるのも酷か」


本来であれば王国領地内の街や村は国に対して税金を支払う義務があり、ナイが暮らしていた村でさえも支払いが行われていた。尤もナイの村では金を稼ぐのも困難なため、税金の代わりに農作物の一部を引き渡していた。


「シノビ、お前の目的はとしてこの地方の領地の管理を任せてほしい……と、私は陛下から聞いている」
「はっ……その通りでございます」
「仮にムサシの領地をお前に与えた場合、これまで未払いだった税金を支払ってもらう事になるぞ」
「なんとっ!?」
「当然の話だ。ここはお前達の祖国だったとしても、国はもう滅びて現在は王国の領地として認められている。お前達は勝手に我が領地に住み着き、村を作った事に変わりはない」


ロランの言葉にシノビは拳を握りしめ、内心では悔しく思う。確かにロランの言葉は正論で和国が滅びた時にムサシは王国の領地となった。これは和国の民の多くが王国に受け入れる際、彼等を受け入れる代わりに今後は和国の領地は王国が管理する事を認めたからである。

最初の頃は和国の人間は王国に国を売り渡す様な真似はしたくないと反発したが、故郷を魔物に滅ぼされた和国の人間に他の選択肢はなく、王国は和国の領地を吸収合併した。その後は王国の人間は和国の人間を受け入れ、彼等に不自由のない生活を与えた。

国が滅びた後は和国の人間の多くが国を取り戻そうとしていたが、長らく王国の生活に慣れてくるとその気持ちも薄れ、豊かな王国の生活に順応してしまう。それでも和国に戻りたいという人間が集まり、王国の人間に内密で里を築いた。それがシノビ一族の先祖である。


「シノビ、お前達の先祖がどんな思いでこの村を築いたのかは理解できる。国が滅びても誇りを失わず、国を再建させるために頑張ってきたのだろう。だが、私は王国の人間としてお前達の行為を見逃すわけにはいかぬ」
「はっ……」
「しかし、お前はまだムサシ地方の管理を任される立場ではない。だから今はこの里を作った責任を取る必要はない……それに責任の取り方は色々とあるからな」
「それはどういう意味で……」
「……リノ王女様に相応しい男になれ」
「はっ……!?」


ロランの思いもよらぬ言葉にシノビは唖然とするが、そんな彼に対してロランは笑みを浮かべ、他の者たちも含み笑いを浮かべる。実を言えばシノビとリノは隠しているつもりだが、割と大勢の人間に二人の関係は知られていた。
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