貧弱の英雄

カタナヅキ

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最終章

第1025話 氷華と炎華の行方

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「へえ、これがクラーケンか……凄く大きいんですね」
「それにしてもなんでこんな場所にクラーケンがいるとは驚きですね。本当なら海に生息する生き物なんですけど……川を遡ってここまで来たのか、あるいは人間が連れてきて湖に解き放ったのかもしれません」
『むむうっ……まさか俺が武器を取りに行く間に倒されるとは、ちょっとつまらんぞ!!』
『うぷっ……気持ち悪い』
「だ、大丈夫ですか?」


ゴウカはクラーケンが現れた時に部屋に武器を忘れてしまい、取りに戻る間にクラーケンの討伐は終わっていた。マリンの方は船酔いで船の中で休んでいたので戦う事ができず、クラーケンとの戦闘にも参加できなかった。

ナイとリーナは狩猟に出向いていたのでクラーケンに気付けなかったが、その代わりに二人は食料を調達した後に森のなかで発見した倒木の話を伝える。その話を聞いた時に真っ先に反応したのはテンだった。


「大木が切り倒されていた!?それは本当かい?」
「この森もですか……」
「どうなってるんだ、いったい!?」


テン達は森の中で大木が切り倒されているという話を聞いて驚き、実は彼女達はアンを追う際中に山や森を通り過ぎる際、必ずと言っていいほど切り倒された樹木を確認しているという。

彼女達は見つけた倒木もナイ達が発見した物と同じく、鋭利な刃物で一撃で切り倒されていた。恐らくは大木の大きさから考えても相当な長さを誇るらしく、もしかしたらナイやゴウカのようなリーチの長い大剣型の魔剣の類かもしれない。仮に魔剣ではなくても魔法金属製で作り上げられた武器でもなければ、大木を一撃で切り倒すなどできるはずがない。


(どうしてあの大木は噛み砕かれていたんだろう……まさか、あの大木を斬り倒したのはアンの仕業?でも、そんな事がありえるのかな……)


聖女騎士団はアンを追跡する際中に倒木を発見し、もしも大木を切り倒している人間の正体がアンだった場合、彼女は魔物使いだけではなく剣士としての一流の腕を持ち合わせている事になる。しかし、アンが大木を斬り倒せる程の腕を持つとは思えない。

実際にアンを目撃したアリシアによれば彼女は一流の武人とは到底思わず、アリシアとレイラが追いつめた時は本当に焦っている様子だった。しかし、レイラはそんな彼女を追いかけて逆に殺されてしまった。レイラを殺した人物がアンなのかは分からないが、少なくとも彼女の死の原因にアンが関わっている事は間違いない。


(レイラさん……双剣の使い方を良く教えてくれたな)


聖女騎士団のレイラは先代団長のジャンヌと同じく「双剣」の使い手であり、実はナイも彼女から双剣の基礎を教わってたりもする。ナイは旋斧と岩砕剣を同時に使って戦う事もあり、彼女から二刀流の戦法を教わっている。大剣と長剣の違いはあれど、レイラはナイにとっても剣の師匠の一人でもあった。


(双剣か……そういえば亡くなった王妃様も炎華と氷華の使い手だったんだっけ?)


この国の王妃であるジャンヌは既に亡くなったが、彼女は氷華と炎華と呼ばれる二つの魔剣の使い手であり、その強さは当時は「王国最強の女剣士」とまで言われていた。若かりし頃のテンや他の聖女騎士団の面子も敵わないほどである。

当時から大将軍を務めていた「ロラン」そして最強の冒険者として謳われていた「リョフ」この二名を含めて当時の王国では誰が一番強いのかとよく話題になっていたとナイはテンから聞かされた事がある。


『ロラン大将軍やリョフの野郎は強かったのは認めるけど、やっぱり一番凄いのは王妃様だね。あの人はなにしろ二つの魔剣を操れるぐらいだからね』
『それならナイ君とどっちがつよいのかな~?』
『そんなの……王妃様に決まってるだろ。ナイが強いのは認めるけど、王妃様にはまだまだ敵わないね』


前に酔っ払ったテンが王妃の話をしてくれた事があり、彼女にとって王妃は実の親以上に大切な存在だった。彼女が死んだ今でもその気持ちに変わりはなく、聖女騎士団が一度解散した理由も、自分が王妃の代役など務まるはずがないという思いから断ったほどである。

ジャンヌはナイと同じく二つの魔剣の使い手であるが、彼女の場合は相反する属性同士の魔剣を完璧に使いこなしていた。冷気を司る氷華と火炎を司る炎華を完璧に使いこなし、彼女は数多の強敵を屠って最強の戦士の称号を得たという。


(氷華と炎華か……あれ、そういえば今は何処にあるんだっけ?)


グマグ火山に出向く前に魔導士のマホは氷華と炎華の継承者を探すために行動していたはずだが、その肝心のマホは現在は倒れて意識が戻らず、氷華と炎華の行方はナイも知らない。

普通に考えれば二つの魔剣は王国に帰されたはずだが、もしかしたらマホの弟子達の誰かが預かっているのかもしれない。その辺の話を聞いてみようかとナイはガロとゴンザレスを探す。


「ガロ君とゴンザレス君は何処にいるか知ってる?」
「え?ああ、それなら二人とも船の中よ。多分、医療室で眠っているんじゃないかしら?」
「眠ってる?」
「あの二人、実は昼間に湖に落ちて身体を冷やして体調を崩したの。だから今は眠っているんじゃないかしら」
「あの二人なら薬の効果でぐっすりと眠ってますよ。しばらくの間は起きないんじゃないですかね」
「そうなんだ……」


ナイはガロとゴンザレスに炎華と氷華の事を尋ねようと思ったが、その肝心の二人は昼間の騒動が原因で風邪を引いたらしく、今は医療室で安静しているらしい。イリアによれば二人とも症状は軽く、明日には完治するらしい。


「あの二人に用事があったんですか?」
「いや、別に大した事じゃないから……」
「お、おい!!これはなんだい!?」


会話の際中にテンの怒声が響き、何事かと全員が視線を向けると、彼女は調理中のクラーケンの頭部を見て焦った表情を浮かべていた。


「どうかしたのテンさん?」
「おっ、遂にテンも食べる気になったのか」
「違う!!そうじゃない、ここを良く見な!!」
「見ろって……何を?」


テンの言葉に他の者たちは不思議に思いながらも彼女の指差した方向に視線を向けると、全員が顔色を変えた。テンが指差したのはクラーケンの頭部であり、頭部をよくよく確認すると「鞭の紋様」が刻まれえていたのだ。

この鞭の紋様を扱う人間はしかおらず、このクラーケンは魔物使いのアンの契約紋が刻まれていた。それを知ったテンは怒りと困惑が混ざった表情を浮かべ、ルナとモモが手にしていた触手を掴んで噛み千切る。


「畜生!!あいつ、こんな場所にまで魔物を……」
「こ、これはいったいどういう事ですの!?」
「何故、魔物使いの契約紋が……」
「……罠、か?」


クラーケンの頭部に全員が集まり、紋様を確認すると全員が動揺を隠せない。何故、アンが契約した魔物が湖の中に潜んでいたのか、その答えは簡単に予想できた。


「どうやら思っていた以上に敵はやり手だったようですね……恐らく、アンはこの湖に飛行船が降りる事を予期してクラーケンを配置させていたんです」
「そんな馬鹿な!?どうして飛行船がここに降りる事を分かったんだい!?」
「いや……有り得ない話じゃない」


皆の話を聞いていたアルトは顔色を青くさせ、彼は湖の方に視線を向ける。実を言えばこの湖に飛行船が訪れる事は初めてではなく、過去に何度かこの湖に立ち寄った事がある事を話す。


「この湖は飛行船で移動する時、何度か立ち寄った事があるんだ。皆も覚えているんじゃないのか?」
「そういえばここ、確かに前に着た時も……」
「この湖の周辺は魔物は少なく、飛行船が襲われる危険性が低い。だからこそ近くを通った時はこの場所に船を停めて整備していたんだ」
「でも、どうしてそんな事をアンが知っているんだい!?情報が漏れたのかい!?」
「恐らくは報告書のせいだろう」


テンの言葉にシノビが会話に割り込み、冷静に推理を行う。


「書庫に保管されていた資料の中にはかつてイチノやアチイ砂漠に赴いた時の飛行船の順路の記録も残されていた。アンはそれを確認し、我々が飛行船を利用した場合に備えて罠を配置していた」
「そ、そんな物があったのかい!?」
「それが事実だとしたら、これから向かう先にも罠が仕掛けられているかもしれない。しかし、まさかクラーケンまで従えさせているとは……どうやら僕らはとんでもない化物を相手にしているのかもしれない」


クラーケンを従えて湖に事前に配置させていたアンにナイ達は冷や汗を流し、本来は海で暮らす生物を湖にまで移動させて配置させたアンの行動力に驚かされる。

もしもクラーケンを退治する事ができなかったら飛行船は今頃は湖に沈み、ナイ達はアンを追いかける手段を失う。今回は偶々乗り越える事はできたが、今後もこのような罠が張り巡らされていた場合、決して油断はできない。


「……一先ずはこれまでムサシに向かうまでの経路を見直す必要がある。この飛行船は湖や川にしか着水できない、だから次からは水棲の魔物の対抗策を用意しなければ……」
「そういう事なら私の出番ですね。魔物が近付けられないように細工でも施しますか」
「頼りにしているよ」


アルトとイリアはすぐに船に戻り、他の者たちも食事を切り上げて黙々と船の中へ戻る。先ほどまでは楽しく食事を味わっていたが、クラーケンが操られていた事が判明して魔物使いのアンがどれほど恐ろしい存在なのか改めて思い知らされる。


(罠、か……)


ナイは湖に視線を向け、これから飛行船が訪れる場所は罠の警戒を行わなければならず、不安を募らせていると彼の足元に近付く影があった。


「ぷるぷるっ!!」
「うわっ、プルミン?急にどうしたの?」
「ぷるぷるぷ~る!!」
「……?」


突然に現れたプルミンは何かを伝えるように身体を震わせるが、ナイはその彼の行動の意図が分からず、首を傾げる事しかできなかった――
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