貧弱の英雄

カタナヅキ

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嵐の前の静けさ

第1006話 託された魔剣

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「ハマーンさんが……死んだ!?」
「私も手を尽くしましたが残念ながら……」
「そんな……」


飛行船の医療室にてナイはイリアからハマーンが亡くなった事を知らされ、ベッドの上に横たわったハマーンを見て動揺を隠せない。その姿はまるで眠っているようにしか見えないが、彼の周りには弟子たちが集まって泣いていた。


「親方……親方ぁっ……」
「師匠……」
「畜生、どうしてこんな……」
「ハマーンさん……」


泣きじゃくる弟子達の姿を見てナイは本当にハマーンが死んだのだと悟り、無意識に涙を流す。それを見て部屋の中に居たガオウは暗い表情を浮かべながらもナイに伝える。


「いくぞ、坊主……こっちだ」
「えっ?」
「爺さんが死ぬ前にお前のために用意した物がある。付いてこい……早くしろ!!」


ナイはガオウの言葉に戸惑いながらも医療室を後にすると、船内のハマーンの工房へ辿り着く。ハマーンの工房には人はおらず、机の上には二つの大剣が置かれていた。


「これは……」
「お前の武器だ。爺さんはお前のために最後に仕上げてくれたんだよ」


机の上に置かれたのはナイの「旋斧」と「岩砕剣」だったが、二つとも完璧に磨き上げられていた。試しにナイが持ち上げると今まで以上に手元に馴染む。

旋斧と岩砕剣を手にしたナイはハマーンが死ぬ前に完璧に仕事を終えた事を知り、それを知ると大粒の涙を流す。死ぬ前に自分のために仕事を完璧にやり遂げた彼の鍛冶師としての誇りを感じ取り、ナイは死んだ彼のためにもこの二つの大剣を手放さない事を誓う。


(ハマーンさん、ありがとうございました)


背中に大剣を背負ったナイは無意識に拳を握りしめ、そんな彼の様子をガオウは見届けると、無意識にガオウは窓の外を眺める。


(爺さん……あんたの事は忘れないぜ、一生な)


ガオウにとってハマーンは友人であり、同時に自分を指導してくれた冒険者としての先輩でもあり、そして親がいない彼にとっては父親のような存在でもあった。

ハマーンの死は多くの人間が悲しむだろうが、それでもガオウだけは知っていた。彼は死ぬときまで鍛冶師として生きて満足して死んでいったのだ。自分の望む通りに生きる事ができたのならばこれ以上に幸せな事はない。


(あばよ、爺さん)


ナイに武器を託した後、ガオウはその場を立ち去った。残されたナイはハマーンの工房でぼんやりと立ち尽くし、死んでしまったハマーンの事を思い返す。

長い付き合いだとはいえないが、ハマーンはナイにとっては最高の鍛冶師だった。彼に仕事の手伝いを頼まれる事も多く、何処となくアルと似ていた事からナイも彼に親近感を抱いていた。


「ハマーンさん……ありがとうございました」


これまで世話になった事を思い出したナイは感謝の言葉を告げ、彼の工房を後にしようとした。しかし、この時にナイの背中に背負っていた旋斧が僅かに反応する。


「えっ……?」


旋斧が震えたような気がしたナイは振り返ると、そこには倉庫という表札が嵌め込まれた扉が存在した。ハマーンの工房には別室に繋がる扉が存在し、倉庫として利用していた。

嫌な予感を覚えたナイは倉庫の扉を開くと、大量の素材が保管された棚が並べられていた。棚は飛行船が浮上しても揺れたり倒れたりしないように固定されており、その内の一つは魔石の類を保管されている。

その棚はガラス戸が嵌め込まれているが、そのガラス戸を開いて中に侵入しようとする生物を発見した。その生物はかつてナイも見かけた「白色」の毛皮で覆われた鼠であり、数匹の鼠が魔石が収められた棚に入り込もうとしていた。


「なっ!?」
「キィイイッ!?」
「キィイッ!!」
「キキィッ!!」


鼠達はナイが入ってきた事に気付くと、棚の中に存在した魔石にしがみつき、鋭い前歯で嚙り付く。その光景を見てナイは顔色を青ざめ、棚の中には大量の火属性の魔石とマグマゴーレムの核が保管されていた。


(まずい!!)


恐らくは工房で仕事を行う時に利用する火属性の魔石を保管している棚に鼠が入り込み、魔石に嚙り付いて破壊を試みている。もしも魔石が一つでも破壊されれば爆発を引き起こし、他の魔石も誘爆を引き起こしてとんでもない事態になる。

魔石が破壊される前にナイは鼠達を始末しようとするが、鼠達はガラス戸が嵌め込まれた棚の中に入っており、刺剣の類を投げ込んでもガラス戸に阻まれてしまう。急いでナイは鼠達を棚から追い出そうと駆け出すが、既に鼠の一匹が魔石に罅が入る程に嚙り付いていた。


「キィイイイッ!!」
「くそぉっ!!」


鼠の刃物の如く鋭い前歯によって魔石に亀裂が走り、その亀裂の隙間から赤色の光が零れ落ちる。間もなく魔石が爆発する事を察したナイは背中の旋斧に手を伸ばす。


「うおおおおっ!!」
「「「キィイッ……!?」」」


魔石が光り輝いた瞬間、ナイは反射的に旋斧を抜いて棚に目掛けて刃を振り下ろしていた。その行為に棚の中に鼠達は驚くが、彼が刃を振り下ろすよりも先に魔石が爆発を引き起こす。

魔石が爆発した瞬間に棚の中に収められていた他の魔石も巻き込まれ、誘爆を引き起こす。棚の中には先日に倒したマグマゴーレムの核が含まれ、もしも全ての魔石が爆発したらその威力は飛行船を吹き飛ばしかねない程の爆炎が襲い掛かる。



――しかし、その爆発を止めたのはナイの振り下ろした旋斧だった。魔石が収められた棚が爆発した瞬間、ナイは既に旋斧の能力で爆炎を吸収する。



旋斧は魔力を喰らう能力があり、魔石が破壊された事で発生した爆炎の正体は「火属性の魔力」である。旋斧は爆炎を全て吸収すると刀身が赤く染まり、更に旋斧に嵌め込まれた黒水晶にも魔力が蓄積された。

一瞬にして飛行船を破壊しかねない程の威力を誇る爆炎を旋斧は吸い込み、その光景を目にしたナイは唖然とした。旋斧が一度に吸収できる魔力量は限られているはずだが、鍛え上げられた旋斧は以前よりも魔力を吸収する能力が強化され、更に余分な魔力は黒水晶が吸い上げてしまった。


「……信じられない、これが旋斧の本当の力なのか?」


ハマーンは死ぬ前に旋斧の能力を最大限に引き出し、鍛え直された旋斧を手にしたナイは身体が震えてしまう。彼の死ぬ前の置き土産にナイは感動を覚えるが、その一方で棚の中に入り込んでいた鼠を探す。


「そうだ、あの鼠達は!?」


ナイは棚を確認すると爆発した際に棚は壊れてしまい、中に入っていた鼠達は爆炎に巻き込まれて跡形も残さず死んでいた。幸いにも他の棚はナイの旋斧が爆炎を吸収した事で難を免れたが、それでもナイが旋斧を持っていなければ今頃は飛行船は爆破していたかもしれない。


「何だったんだ、この鼠達は……」


鼠が魔石の収められた棚の中に入り込み、その魔石を破壊しようとした行為にナイは背筋が凍る。もしも自分がいなければ今頃は飛行船が大破していた事を考えると、鼠達の行動に肝を冷やす。

先日から不審な挙動を行う鼠が船内に潜んでいる事はナイも知っていたが、今回の一件は明らかに異常だった。鼠達は自らの命を危険に晒すかもしれないのに魔石に嚙り付き、爆発を引き起こそうとした。これらの事から鼠達の正体は野生の鼠ではないと思い、ナイはある事を思い出す。


「魔物使い……か」


今回の出来事も例の魔物使いの仕業かと考え、ナイは棚の残骸を掻き分けて鼠の死骸を探す。そして奇跡的に原型を保ったままの死骸を発見し、その死骸に刻まれた「鞭の紋様」を確認した――






――同時刻、王都では住民に外出禁止令が命じられ、大勢の兵士と騎士達が忙しなく街中を巡回していた。先日に起きた白猫亭の事件以来、王都の軍隊は「魔物使いのアン」の行方を探す。

白猫亭にてアンの正体が判明し、彼女の似顔絵が街中に張り出され、懸賞金も掛けられた。先日に起きたゴノの襲撃事件、そして今回の白猫亭で起きた「ブラックゴーレム」の騒動、最後に聖女騎士団の古参の騎士であるレイラが殺された事で国王はアンを犯罪者として指名手配を行う。


「レイラの仇だ、必ず見つけ出すぞ!!」
「絶対に許さん……私達の手で必ず始末する!!」
「許さない……絶対に許さないっす!!」


聖女騎士団はレイラの仇を打つために躍起になって王都中を駆け巡り、アンの行方を探す。レイラを慕う者は特に怒りを抑えきれず、血眼になってアンを探していた。

しかし、いくら探してもアンの姿は見当たらず、似顔絵を張り出して住民達にも情報を集めるが、彼女の行方を追う手がかりは一向に見つからない。それでも聖女騎士団は捜索を止めず、彼女を探し続ける。



「――馬鹿な奴等ね、そんな事で私を見つけられると思っているのかしら」



そんな騎士団の姿を高い場所から見下ろす人物が存在した。その人物の正体こそアンであり、彼女は未だに王都に残っていた。彼女が王都から離れずに逃げなかった理由、それはまだ王都に彼女は用事があるからだった。

本来ならばアンは王都から早々に立ち去って身を潜める必要があるが、彼女は王都を発つ前にどうしても調べなければならない事があった。それは王国が隠している秘密であり、その秘密を探るためには彼女は王都を離れられない。

アンは王城の方角に視線を向け、今が絶好の機会だった。どうしてアンがわざわざ城下町で騒ぎを起こしてきたのか、そして討伐隊がグマグ火山に出向くまで大人しく待ち続けていたのか、全てはこの日のためである。


(王都の戦力の大半はグマグ火山に向かい、厄介な騎士団は城下町の見回りに人員を割いている。今が忍び込む好機ね)


城下町でアンが騒ぎを起こした理由、それは王城の警備が薄くなる機会を伺うためであり、今こそが最も王城に忍び込むには都合がいい状態だった――
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