貧弱の英雄

カタナヅキ

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嵐の前の静けさ

第999話 シノビの覚悟

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「ドリス、リン!!あんたら、こいつがここまででかくなるのをどうして止めなかったんだい!?」
「ち、違います!!こいつは私達が倒して得た核を吸収して大きくなったわけじゃありません」
「合体したんだ!!私達が倒し損ねたマグマゴーレムがいきなり集まってこんな姿に……」
「合体!?合体したのか!?」
「なんであんたは目元をキラキラさせてるんだい!?」


リンの合体という言葉にルナは瞳を煌かせるが、テンの言う通りに今は一刻も早く、この目の前の「炎の大巨人」をなんとかしなければならなかった。

幸いというべきか、の狙いは飛行船ではなく、自分の仲間を何匹も破壊したドリスとリンに狙いを定め、炎を纏った拳を振り下ろす。


『ゴガァアアアッ!!』
「ま、まずいですわ!?」
「死ぬ気で避けろっ!!」


ドリスとリンは二手に分かれて回避行動に移るが、二人に目掛けて振り下ろされた拳は地面にめり込み、雨で濡れた土砂を一瞬にして乾き果てる。その破壊力と熱気に他の者は気圧され、ロランでさえも迂闊に近づけずにいた。


「ぐっ……何という熱量だ、熱耐性の装備がなければ近付けん!!」
「くそっ、慌てて飛び出したせいでそんなもん、持ってきてないよ!!」
「あ、熱いのは駄目だ……テン、後は頼む」
「あんたね、少しは役立ちな!?」


ルナは巨大ゴーレムの放つ熱気に当てられて当てて距離を取り、テンの後ろに隠れてしまう。そんな彼女にテンは怒鳴り散らすが、この時に意外な人物が前に出た。


「御二人とも助太刀します!!」
「ヒイロ!?あんた、そんな装備……」
「大丈夫です、私は昔から暑いの平気ですから!!」


ヒイロだけは魔剣「烈火」を片手にドリスとリンの元に向かい、火属性の適性が高い彼女は普通の人間よりも熱に対する耐性を持ち合わせていた。彼女と同じく火属性の適性があるドリスも熱気に耐えて指示を出す。


「リンさん、きついようなら下がってなさい!!ここは私とヒイロさんで十分ですわ!!」
「え、偉そうに言うな……お前達の魔剣と魔槍で奴に勝てるはずがないだろう!!」


リンの言う通りに火属性の魔法剣や魔法槍ではマグマゴーレムとは相性が悪く、ドリスの場合は爆炎でゴーレムの外殻を破壊する事もできるが、今回の相手は巨体過ぎて彼女の魔槍「真紅」の火力では破壊する事は難しい。

ヒイロの魔剣「烈火」も全身が炎に包まれている巨大ゴーレムには通じず、せめて炎を纏っていなければ他の者も攻撃に参加する事ができたが、巨大ゴーレムを包み込む炎を消す手段を持ち合わせているのはこの場には一人しかいない。


「マホ魔導士!!貴女の魔法で何とかできないのか!?」
「…………」


ロランが飛行船の甲板に移動したマホに声をかけると、彼女は無言のまま巨大ゴーレムを見つめる。その姿を見てロランは彼女でも難しいかと思ったが、マホは覚悟を決めたように杖を構えた。


「儂の広域魔法でこやつを吹き飛ばす!!そのために時間を稼いでくれ!!」
「老師!?いけません、広域魔法をここで使えばまた……!!」
「大丈夫じゃ、それにここで使わなければこの船が燃やされてしまう……他に方法はない」


マホの言葉に彼女の傍に控えていたエルマは反対したが、マホの言う通りにここで炎の巨人を食い止めなければ飛行船は全焼させられる危険性もある。

国内に二機しか存在しない飛行船を失うのは何としても避けねばならず、マホは胸元を抑えながら自分の身体が持つ事を祈って準備を始める。そんな彼女の姿を見てロランは全員に時間を稼ぐように促す。


「マホ魔導士が広域魔法の準備を整えるまで時間を稼げ!!無理に倒す必要はない、注意を引いて船から遠ざけろ!!」
「よし、行くぞ!!」
「ぼ、僕も!!」
「ちっ……囮役に良い思い出はないんだけどよ!!」


ロランの言葉を聞いて遠距離攻撃が行えるリンが真っ先に駆け出し、その後にフィルも続く。ガオウもぼやきながらも後ろに続くと、他の騎士達も巨大ゴーレムを船から遠ざけるために攻撃を開始した。


「こっちだ、デカブツ!!」
『ゴアッ……!?』
「やああっ!!」
「おら、こっちだこっちだ!!」


リンは巨大ゴーレムの顔面に目掛けて風属性の魔力を利用して斬撃を飛ばし、頭部に攻撃を受けた巨大ゴーレムはリンに顔を剥ける。そこにフィルが鎖の魔剣を伸ばして胴体を斬りつけ、その後ろでガオウが拾った石を放り込んで小馬鹿にするように手拍子を行う。


「ゴーレムさん、こちら!!手の鳴る方に!!」
「おら、こっちだこっちだ!!」
「ヒイロ、おしりぺんぺんして挑発して」
「なんでですか!?自分でしてください!!」
『ゴアアアアッ!!』


それぞれが別々脳方法で巨大ゴーレムを怒りを仰ぎ、飛行船から離すために誘導する。巨大ゴーレムはその挑発に乗って移動を開始し、少しずつではあるが飛行船から距離を取った。

飛行船の近くで広域魔法を発動させると飛行船が巻き込まれかねず、マホは皆が時間を稼ぐ間に魔力を集中させた。しかし、思うように上手く魔力が練れずに彼女は口元を抑える。


(くっ……魔力が練れん、後遺症のせいか)


マホは長期間シャドウの「呪詛」に侵されていた。そのせいでシャドウが死んだが今でも魔力を上手く制御する事ができず、広域魔法の発動には時間が掛かる。

この調子では五分どころかそれ以上の時間を費やさねばならず、それまでの間に討伐隊が巨大ゴーレムの相手をしなければならない。しかし、巨大ゴーレムに有効的な攻撃を行える者はリーナしかおらず、そのリーナはナイの元から離れられない。


「エルマよ、お主も援護に集中しろ。儂の事は気にするな……」
「は、はい!!」


エルマはマホの護衛のために彼女の傍に離れなかったが、マホの指示を受けて彼女は弓矢を抱えて地上へ降り立つ。その間にマホは魔力を練る事に集中したが、不意に彼女は何処からか視線を感じた。


(誰かに見られている……?)


マホは周囲を見渡したが特に人影はなく、最初は気のせいかと思ったが確かに何処からか視線を感じる。何処から見られているのか分からず、視線を気にしながらだと集中力が乱れて余計に魔力が練れない。


(いったい誰じゃ?何を考えて……いや、気にしている場合ではない)


相手が何者であろうと関係なく、マホが今やるべき事は広域魔法を発動するための魔力を練る事だった。だが、そんな彼女の様子を密かに眺める存在が居た――




――船内ではバッシュはリノと共に外へ出向こうとしたが、それを足止めしていたのはシノビだった。彼は二人が外に出ないように立ち塞がり、そんな彼に対してバッシュは険しい表情を浮かべていた。


「そこを退け!!」
「なりません……貴方達をここから先に通す事はできませぬ」
「シノビ、どうして……」
「貴方達はこの国を背負う方々……ここで死なせるわけにはいきませぬ」


シノビは二人を通すつもりはなく、ここで二人を行かせれば巨大ゴーレムに殺される可能性もあった。もしも二人が殺されればこの王国にどれほどの悪影響を与えるのかを説く。


「バッシュ王子、貴方は国王様の後継者です。どうかご自愛下さい」
「ふざけるな!!我が部下が命を賭けて戦っているというのに黙って見ていろというのか!?」
「忠誠を誓った主君のために命を賭けるのは当然の事、貴方に従った者達も貴方のために戦う事に不満を抱く者はりませぬ。それは私も同じです」
「シノビ……」
「何と言われようと御二人をここから先に通すつもりはありません」


バッシュとリノが戦線に参加したとしても状況は変わるとは思えず、二人に恨まれる事になったとしてもシノビは先に行かせるつもりはなかった。彼はリノに視線を向け、何があろうとを死なせるわけにはいかなかった。


「どうしても通りたいのであれば俺を殺してください。但し、その時は俺もただでは死にません」
「……良い度胸だ」
「兄上!?お辞め下さい!!」


防魔の盾を構えたバッシュをリノは慌てて止めようとするが、そんな彼女とシノビを見て、ここでバッシュを傷つければリノを悲しませる事は理解していた。それでも彼は部下だけを危険に晒して自分が安全な場所で待機するなど我慢ならない。

将来この国を背負う人間として育てられたバッシュも自分の立場はよく理解している。彼が死ねば妹や弟に国を背負うという重荷を負わせ、他の者たちにも迷惑を掛けてしまう。しかし、自分と共にここまで戦ってきた騎士団の人間達はバッシュにとってはただの仲間ではなく、この国を支える大切な同志だった。そんな彼等を見捨てるわけには行かず、バッシュはシノビに言いつける。


「……シノビ、妹の事を任せたぞ」
「何をっ……!?」
「兄上?」


思いもよらぬ命令にシノビは唖然とするが、そんな彼に対してバッシュはリノの肩を掴み、シノビに差し出す。彼の行為にリノもシノビも驚くが、バッシュは二人に対して告げた。


「お前達の結婚を認める。父上も説得しよう」
「あ、兄上!?」
「いったい何を言って……!?」
「シノビ、お前の目的は和国の領地の返還だったな。それならばリノと結婚し、お前を王族として迎え入れる。そうすれば俺が王位を継承した後、お前にあの領地を託す事を約束しよう」
「俺が王族に……!?」


思いもよらぬバッシュの言葉にシノビは動揺し、リノの方も頬を赤らめて彼に身体を預ける。そんな二人に対してバッシュは少し気に入らなそうな表情を浮かべるが、シノビに問い質す。


「これは取引だ。このまま俺達を行かせればお前は自分の目的を果たせる。愛する女とも結婚できる……それでも邪魔をするというのか?」
「そ、それは……」
「兄上、急に何を……」
「さあ、決めろ。お前の答えを聞かせろ」
「…………」


シノビはバッシュの言葉に咄嗟に言い返す事ができず、迷った末に彼は黙ってリノを押し返す。その行為にリノもバッシュも驚くが、彼は苦悶の表情を浮かべながら答えた。


「……行かせられません!!例え、どんな事を言われようと御二人を危険に晒すような真似はできません」


苦し気な表情を浮かべながらもシノビは言葉を絞り出す。
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