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嵐の前の静けさ
第993話 ドゴンVSアン
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――思いもよらぬ訪問者に誰もが呆気に取られ、アンでさえも宿屋に入り込んできた「ドゴン」を見て目を丸くする。彼女はこれまでに様々な魔物と出会ってきたが、こんな姿形をした存在は見た事がない。
ゴーレム種と非常に似通っているが、全身が岩石や溶岩や煉瓦ではなく、青色の金属で構成されたゴーレムなど見た事がない。当たり前と言えば当たり前の話であり、ドゴンはただのゴーレムではなく、遥か昔に人の手で作り出された「人造ゴーレム」である。
(な、何なのよこいつ!?)
始めて見る人造ゴーレムにアンは愕然とするが、他の者たちは違った。人造ゴーレムのドゴンはこの王都では有名な存在であり、城下町の住民ならば誰もが知っている。しかし、最近に王都に訪れたばかりのアンはドゴンの存在を知らなかった。
(この子は確かアルト王子の……という事は!?)
ドゴンが宿屋に入り込んだのを見てアルトの仕業だとヒナはいち早く気付き、彼女はエリナに顔を向けた。エリナはドゴンを見て唖然としていたが、そんな彼女にヒナは声をかける。
「エリナちゃん、撃って!!」
「えっ!?」
「早くっ!!」
エリナはヒナの言葉に驚いたが、すぐに彼女は階段を見上げてアンに視線を向けた。アンもヒナの言葉を聞いて目を見開き、慌てて指を鳴らそうとした。しかし、その前にエリナが弓矢を構えて矢を放つ。
「させないっす!!」
「うあっ!?」
アンが指を鳴らす前にエリナは矢を放つと、彼女の右手の甲を矢が貫き、アンは悲鳴を上げて右手を抑える。これで彼女は右手で指を鳴らす事ができず、その隙を逃さずにエリナは次の矢を構えようとしたが、隠し武器である弓矢は1本分しか矢を持ち合わせていなかった。
右手が封じられたアンは痛みを堪えながらも左手で指を鳴らそうとしたが、この時に宿屋の出入口に入ってきたドゴンが目を輝かせ、アンが左手を鳴らす前に声を張り上げる。
「ドゴォオオオンッ!!」
「うあっ!?」
「ひいいっ!?」
「み、耳がぁっ!?」
ドゴンが叫んだ瞬間、あまりの声量に全員が咄嗟に耳を閉じた。その声は建物中に響き渡り、白猫亭だけではなく周辺の家の人間も目を覚ます。
「な、何だ今の声は!?」
「ど、何処からだ!?」
「うわっ、白猫亭の扉が壊れているぞ!?」
「大丈夫ですか!?」
白猫亭に目を覚ました街の住民が駆けつけ、彼等は宿屋の異変に気付いて驚いた声を上げる。一方でアンの方はドゴンの大声で耳が遠くなり、同時に各部屋に待機させていた鼠達が逃げ出した事を知る。
(しまった!!今の馬鹿でかい声で鼠共が……!?)
アンの支配下にあった鼠達は部屋の中で待機していたが、先ほどのドゴンの声を聞いて驚いて逃げ出してしまった。鼠型の魔獣は臆病で強い音を聞いただけで逃げ出してしまう。
最初のドゴンの鳴き声で宿屋で宿泊していた客も目を覚まし、部屋の中にいる魔獣に気付いたはずだった。力が弱い鼠方の魔獣では眠っている相手の寝首を搔かなければ相手を殺す事はできず、アンが人質にしていた人間達は解放された。
「くそっ!!」
「おっと、何処へ行く気だ?」
「うわっ!?」
上の階に逃げ出そうとしたアンだったが、何者かが彼女の背後に周り、彼女の首を掴んで持ち上げた。その人物は眼帯をした女剣士であり、その隣にはレイピアを手にした女性も立っていた。
「残念だったな、もうお前に逃げ場はない」
「観念しなさい」
「がはぁっ!?」
「レイラさん!!アリシアさんまで……」
「うえっ!?せ、先輩達まで何時の間に来てたんですか!?」
聖女騎士団に所属するレイラとアリシアがアンを拘束し、彼女達を見たヒナとエリナは驚く。レイラはアンの首元を締め付けながら状況説明を行う。
「見回りの途中、ドゴンを連れて散歩していたアルト王子とさっき会ってな。そして路地裏で大量の鼠の死骸と、白猫亭にまで続く血痕を発見した」
「路地裏?血痕?」
「それって俺達の……」
レイラの話によると聖女騎士団が夜の街の見回り中、彼女達はアルトと偶然に遭遇した。アルトはドゴンの散歩で偶々街の外に出向いていたらしく、聖女騎士団と合流したのは偶然だった。
アルトと遭遇した後、聖女騎士団は路地裏にて大量の鼠の死骸を発見した。この鼠の死骸はガロとゴンザレスが倒した魔獣の死骸であり、二人は路地裏から抜け出した時に酷い怪我を負った。しかし、そのお陰で二人の身体から流れる血痕を辿ってアルト達は白猫亭に辿り着く。
白猫亭に続いている血痕を確認してアルトは只事ではないと判断し、表向きは平然な態度を保ちながら白猫亭にいるはずのヒナを呼び出す。そして彼女が不自然に普通な態度を貫き、自分の事を「さん付け」して呼んでいる事にアルトは異常事態が発生している事に勘付いた。
「やあ、君が今回の事件の黒幕のようだね。初めまして、僕はこの国の王子のアルトだ」
「っ……!?」
「アルト王子!!」
アルトが姿を現すとアンは首を絞められた状態でも睨みつけ、ヒナはいつも通りに彼に「王子」と付けて名前を呼んだ。そんな彼女にアルトは笑みを浮かべ、改めてレイラに拘束されたアンと向き合う。
「さあ、観念するんだ。君の負けだよ」
「ぐぅっ……」
「皆さん!!そいつが例の噂の魔物使いっす!!」
「魔物使いだと!?」
「まさか、ゴノを襲ったというあの!?」
エリナの言葉に事情を知らない者達は驚き、アルトもまさか王都で起きた殺人事件の犯人が魔物使いだとは思っていなかった。しかし、正体が知られたにも関わらずにアンは首を絞められながらも笑みを浮かべた。
「ふふっ……ひさし、ぶりね……」
「久しぶりだと?いったい何を言っている?」
「昔、貴女達に助けられた、事がある……」
「何を言って……いや、待て。まさか、バートンの娘か!?」
「アリシア!?どういう事だ!?」
アンの言葉にアリシアは驚いた表情を浮かべ、彼女の言葉に全員が視線を向けると、レイラはアンを確認して昔の事を思い出す。バートンを捕縛した時、たった一人だけ生き残った女の子の事を皆に語る。
レイラはバートンを捕縛した時に現場には居合わせなかったが、彼を王都へ移送された際にアンを王都の孤児院に送り届けたのは彼女だった。その少女の顔とアンの顔が重なり、後に彼女が孤児院から消えたという話を聞いた。
「まさか、貴女が……!?」
「お察しの通り、私はあの男の娘よ」
「何だと……うあっ!?」
「レイラ!?」
アンの首を掴んでいたレイラが悲鳴を上げ、何事かと全員が視線を向けると彼女の腕には白色の鼠が噛みついていた。この鼠は最初からアンの傍に控え、レイラがアンに拘束した時も彼女の服の中に隠れていた。
自由を得たアンは矢が突き刺さっていない方の手を口元に寄せ、親指と人差し指を咥えた状態で口笛を吹く。その行動を見て全員が警戒するが、アルトが彼女に告げる。
「無駄だ!!魔物を呼び寄せようと考えているのなら僕のドゴンが相手になるぞ!!」
「ドゴォオオオンッ!!」
ドゴンはアルトに名前を言われると再び大声量の鳴き声を上げ、その声を聞いた者達は耳を塞ぐ。仮にアンが再び鼠型の魔獣を集めようとしてもドゴンが居る限り、魔獣達は怯えて彼女の元に近寄れない。
口笛を吹くのを止めたアンは冷や汗を流し、もう彼女に逃げ場はなかった。レイラもアリシアも相手の正体がゴノを襲撃した魔物使いであり、そしてあのバートンの娘ならば見逃すつもりはない。
「大人しく拘束しろ。抵抗する様ならここで斬る!!」
「さあ、両手を上げなさい」
「…………」
レイラとアリシアの言葉にアンは無言のまま周囲を見渡し、下の階にはアルトとドゴンと弓を手にしたエリナが待ち構え、二階はレイラとアリシアがいるために逃げ場はない。
窓から逃げ出すという手もあるが、下手に逃げようとすればレイラとアリシアは容赦なく斬りかかるだろう。エリナも何時でも矢を放てる準備を整えており、《自力》では脱出は不可能な状況だった。
「どうやら私の負けの様ね……」
「大人しく投降する気になったのかい?」
「いいえ、違うわ。負けといったのは……無傷で逃げ切る事はできないという意味よ」
「何だと?」
アンは懐に手を伸ばすと、その行為に全員が身構える。しかし、予想に反して彼女が取り出したのはパイプだった。パイプを取り出したアンはそれを眺め、アルトの方に投げ渡す。
「父の遺品よ、あげるわ」
「何?」
「アルト王子!!それに触れちゃ駄目っす!!」
投げ渡されたパイプをアルトが受け取ろうとした時、エリナが慌てて空中に浮かんだパイプを矢で弾く。するとパイプから煙が噴き出し、建物内に充満していく。
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
「な、何だこれは……!?」
「しまった……魔道具か!?」
アンが取り出したパイプはただのパイプではなく、内部に粉塵と風属性の魔石の類が仕込まれ、強い衝撃を受けると大量の煙を噴き出す。そのせいでアルト達は視界を封じられ、一瞬ではあるが隙が生じる。
煙が発生した瞬間に窓が割れる音と、建物全体に振動が走った。煙のせいで何が起きているのか分からないが、この時にドゴンの悲鳴が上がる。
「ドゴンッ!?」
「ウオオオオッ!!」
「な、何だっ!?」
煙の中からドゴンの他にゴーレムらしき鳴き声が響き渡り、凄まじい衝撃音が発生してドゴンの巨体が建物から押し出される。建物の前に集まっていた住民達は悲鳴を上げて逃げ出すと、今度は煙を振り払って漆黒のゴーレムが出現した。
――グツグ火山にてナイが倒した「新種ゴーレム」と同種のゴーレムが姿を現し、どうやら地中に潜んでいたらしく、先ほどのアンの口笛は地中に隠れていたブラックゴーレムを呼び出したらしい。
ドゴンを殴り飛ばしたブラックゴーレムは全身の土を振り払い、改めてドゴンと向き合う。ドゴンも自分を殴り飛ばしたブラックゴーレムを睨みつけ、戦闘を開始した。
ゴーレム種と非常に似通っているが、全身が岩石や溶岩や煉瓦ではなく、青色の金属で構成されたゴーレムなど見た事がない。当たり前と言えば当たり前の話であり、ドゴンはただのゴーレムではなく、遥か昔に人の手で作り出された「人造ゴーレム」である。
(な、何なのよこいつ!?)
始めて見る人造ゴーレムにアンは愕然とするが、他の者たちは違った。人造ゴーレムのドゴンはこの王都では有名な存在であり、城下町の住民ならば誰もが知っている。しかし、最近に王都に訪れたばかりのアンはドゴンの存在を知らなかった。
(この子は確かアルト王子の……という事は!?)
ドゴンが宿屋に入り込んだのを見てアルトの仕業だとヒナはいち早く気付き、彼女はエリナに顔を向けた。エリナはドゴンを見て唖然としていたが、そんな彼女にヒナは声をかける。
「エリナちゃん、撃って!!」
「えっ!?」
「早くっ!!」
エリナはヒナの言葉に驚いたが、すぐに彼女は階段を見上げてアンに視線を向けた。アンもヒナの言葉を聞いて目を見開き、慌てて指を鳴らそうとした。しかし、その前にエリナが弓矢を構えて矢を放つ。
「させないっす!!」
「うあっ!?」
アンが指を鳴らす前にエリナは矢を放つと、彼女の右手の甲を矢が貫き、アンは悲鳴を上げて右手を抑える。これで彼女は右手で指を鳴らす事ができず、その隙を逃さずにエリナは次の矢を構えようとしたが、隠し武器である弓矢は1本分しか矢を持ち合わせていなかった。
右手が封じられたアンは痛みを堪えながらも左手で指を鳴らそうとしたが、この時に宿屋の出入口に入ってきたドゴンが目を輝かせ、アンが左手を鳴らす前に声を張り上げる。
「ドゴォオオオンッ!!」
「うあっ!?」
「ひいいっ!?」
「み、耳がぁっ!?」
ドゴンが叫んだ瞬間、あまりの声量に全員が咄嗟に耳を閉じた。その声は建物中に響き渡り、白猫亭だけではなく周辺の家の人間も目を覚ます。
「な、何だ今の声は!?」
「ど、何処からだ!?」
「うわっ、白猫亭の扉が壊れているぞ!?」
「大丈夫ですか!?」
白猫亭に目を覚ました街の住民が駆けつけ、彼等は宿屋の異変に気付いて驚いた声を上げる。一方でアンの方はドゴンの大声で耳が遠くなり、同時に各部屋に待機させていた鼠達が逃げ出した事を知る。
(しまった!!今の馬鹿でかい声で鼠共が……!?)
アンの支配下にあった鼠達は部屋の中で待機していたが、先ほどのドゴンの声を聞いて驚いて逃げ出してしまった。鼠型の魔獣は臆病で強い音を聞いただけで逃げ出してしまう。
最初のドゴンの鳴き声で宿屋で宿泊していた客も目を覚まし、部屋の中にいる魔獣に気付いたはずだった。力が弱い鼠方の魔獣では眠っている相手の寝首を搔かなければ相手を殺す事はできず、アンが人質にしていた人間達は解放された。
「くそっ!!」
「おっと、何処へ行く気だ?」
「うわっ!?」
上の階に逃げ出そうとしたアンだったが、何者かが彼女の背後に周り、彼女の首を掴んで持ち上げた。その人物は眼帯をした女剣士であり、その隣にはレイピアを手にした女性も立っていた。
「残念だったな、もうお前に逃げ場はない」
「観念しなさい」
「がはぁっ!?」
「レイラさん!!アリシアさんまで……」
「うえっ!?せ、先輩達まで何時の間に来てたんですか!?」
聖女騎士団に所属するレイラとアリシアがアンを拘束し、彼女達を見たヒナとエリナは驚く。レイラはアンの首元を締め付けながら状況説明を行う。
「見回りの途中、ドゴンを連れて散歩していたアルト王子とさっき会ってな。そして路地裏で大量の鼠の死骸と、白猫亭にまで続く血痕を発見した」
「路地裏?血痕?」
「それって俺達の……」
レイラの話によると聖女騎士団が夜の街の見回り中、彼女達はアルトと偶然に遭遇した。アルトはドゴンの散歩で偶々街の外に出向いていたらしく、聖女騎士団と合流したのは偶然だった。
アルトと遭遇した後、聖女騎士団は路地裏にて大量の鼠の死骸を発見した。この鼠の死骸はガロとゴンザレスが倒した魔獣の死骸であり、二人は路地裏から抜け出した時に酷い怪我を負った。しかし、そのお陰で二人の身体から流れる血痕を辿ってアルト達は白猫亭に辿り着く。
白猫亭に続いている血痕を確認してアルトは只事ではないと判断し、表向きは平然な態度を保ちながら白猫亭にいるはずのヒナを呼び出す。そして彼女が不自然に普通な態度を貫き、自分の事を「さん付け」して呼んでいる事にアルトは異常事態が発生している事に勘付いた。
「やあ、君が今回の事件の黒幕のようだね。初めまして、僕はこの国の王子のアルトだ」
「っ……!?」
「アルト王子!!」
アルトが姿を現すとアンは首を絞められた状態でも睨みつけ、ヒナはいつも通りに彼に「王子」と付けて名前を呼んだ。そんな彼女にアルトは笑みを浮かべ、改めてレイラに拘束されたアンと向き合う。
「さあ、観念するんだ。君の負けだよ」
「ぐぅっ……」
「皆さん!!そいつが例の噂の魔物使いっす!!」
「魔物使いだと!?」
「まさか、ゴノを襲ったというあの!?」
エリナの言葉に事情を知らない者達は驚き、アルトもまさか王都で起きた殺人事件の犯人が魔物使いだとは思っていなかった。しかし、正体が知られたにも関わらずにアンは首を絞められながらも笑みを浮かべた。
「ふふっ……ひさし、ぶりね……」
「久しぶりだと?いったい何を言っている?」
「昔、貴女達に助けられた、事がある……」
「何を言って……いや、待て。まさか、バートンの娘か!?」
「アリシア!?どういう事だ!?」
アンの言葉にアリシアは驚いた表情を浮かべ、彼女の言葉に全員が視線を向けると、レイラはアンを確認して昔の事を思い出す。バートンを捕縛した時、たった一人だけ生き残った女の子の事を皆に語る。
レイラはバートンを捕縛した時に現場には居合わせなかったが、彼を王都へ移送された際にアンを王都の孤児院に送り届けたのは彼女だった。その少女の顔とアンの顔が重なり、後に彼女が孤児院から消えたという話を聞いた。
「まさか、貴女が……!?」
「お察しの通り、私はあの男の娘よ」
「何だと……うあっ!?」
「レイラ!?」
アンの首を掴んでいたレイラが悲鳴を上げ、何事かと全員が視線を向けると彼女の腕には白色の鼠が噛みついていた。この鼠は最初からアンの傍に控え、レイラがアンに拘束した時も彼女の服の中に隠れていた。
自由を得たアンは矢が突き刺さっていない方の手を口元に寄せ、親指と人差し指を咥えた状態で口笛を吹く。その行動を見て全員が警戒するが、アルトが彼女に告げる。
「無駄だ!!魔物を呼び寄せようと考えているのなら僕のドゴンが相手になるぞ!!」
「ドゴォオオオンッ!!」
ドゴンはアルトに名前を言われると再び大声量の鳴き声を上げ、その声を聞いた者達は耳を塞ぐ。仮にアンが再び鼠型の魔獣を集めようとしてもドゴンが居る限り、魔獣達は怯えて彼女の元に近寄れない。
口笛を吹くのを止めたアンは冷や汗を流し、もう彼女に逃げ場はなかった。レイラもアリシアも相手の正体がゴノを襲撃した魔物使いであり、そしてあのバートンの娘ならば見逃すつもりはない。
「大人しく拘束しろ。抵抗する様ならここで斬る!!」
「さあ、両手を上げなさい」
「…………」
レイラとアリシアの言葉にアンは無言のまま周囲を見渡し、下の階にはアルトとドゴンと弓を手にしたエリナが待ち構え、二階はレイラとアリシアがいるために逃げ場はない。
窓から逃げ出すという手もあるが、下手に逃げようとすればレイラとアリシアは容赦なく斬りかかるだろう。エリナも何時でも矢を放てる準備を整えており、《自力》では脱出は不可能な状況だった。
「どうやら私の負けの様ね……」
「大人しく投降する気になったのかい?」
「いいえ、違うわ。負けといったのは……無傷で逃げ切る事はできないという意味よ」
「何だと?」
アンは懐に手を伸ばすと、その行為に全員が身構える。しかし、予想に反して彼女が取り出したのはパイプだった。パイプを取り出したアンはそれを眺め、アルトの方に投げ渡す。
「父の遺品よ、あげるわ」
「何?」
「アルト王子!!それに触れちゃ駄目っす!!」
投げ渡されたパイプをアルトが受け取ろうとした時、エリナが慌てて空中に浮かんだパイプを矢で弾く。するとパイプから煙が噴き出し、建物内に充満していく。
「うわっ!?」
「きゃあっ!?」
「な、何だこれは……!?」
「しまった……魔道具か!?」
アンが取り出したパイプはただのパイプではなく、内部に粉塵と風属性の魔石の類が仕込まれ、強い衝撃を受けると大量の煙を噴き出す。そのせいでアルト達は視界を封じられ、一瞬ではあるが隙が生じる。
煙が発生した瞬間に窓が割れる音と、建物全体に振動が走った。煙のせいで何が起きているのか分からないが、この時にドゴンの悲鳴が上がる。
「ドゴンッ!?」
「ウオオオオッ!!」
「な、何だっ!?」
煙の中からドゴンの他にゴーレムらしき鳴き声が響き渡り、凄まじい衝撃音が発生してドゴンの巨体が建物から押し出される。建物の前に集まっていた住民達は悲鳴を上げて逃げ出すと、今度は煙を振り払って漆黒のゴーレムが出現した。
――グツグ火山にてナイが倒した「新種ゴーレム」と同種のゴーレムが姿を現し、どうやら地中に潜んでいたらしく、先ほどのアンの口笛は地中に隠れていたブラックゴーレムを呼び出したらしい。
ドゴンを殴り飛ばしたブラックゴーレムは全身の土を振り払い、改めてドゴンと向き合う。ドゴンも自分を殴り飛ばしたブラックゴーレムを睨みつけ、戦闘を開始した。
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