貧弱の英雄

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
1,012 / 1,110
嵐の前の静けさ

第991話 魔物使いの脅威

しおりを挟む
(何だ、こいつら!?ただの鼠じゃない!!)


獣人族の優れた生存本能でガロは路地裏に集まった鼠達の正体がただの動物ではなく、魔獣の類だと一瞬で見抜く。ゴンザレスの方も自分達を取り囲むように現れた鼠の大群に動揺を隠せず、その一方で女性は笑みを浮かべた。


「……助けてくれようとしたのはありがたいんだけど、貴方達のせいで作戦が台無しだわ」
「何だと……」
「何を言っている?」
「あの二人はね、私が誘き寄せようとしたよ」


初めて女性が口を開いた事にガロとゴンザレスは驚き、しかも女性に絡んでいた二人組の男が彼女が誘き寄せたという言葉に動揺を隠せない。

女性の周りにだけは鼠型の魔獣は集まらず、その代わりに彼女は腕を伸ばすと先ほどガロが殺した鼠と同じ種の鼠が現れた。それを見たガロは嫌な予感を浮かべ、女性の正体を問い質す。


「てめえっ……何者だ!?」
「今から死ぬ貴方達に応える必要はないわ」
「何だと!?」
「ガロ、動くな!!」


ガロが女性の言葉を聞いて双剣に手を伸ばすと、ゴンザレスが注意を行う。ガロは足元に視線を向けると、既に鼠型の魔獣は迫っていた。この時にガロは路地裏に集まった魔獣の正体が「灰鼠《ラット》」と呼ばれる種の魔獣だと思い出す。


(こいつら灰鼠か!?だがどうしてこんな所に……)


灰鼠は基本的に下水道などの場所に生息する種であり、滅多に地上に姿を出る事はない。灰鼠は普通の鼠よりは好戦的だが、それでも人間のような自分達よりも大きな存在に襲い掛かる事は滅多にない。

この場に集まった灰鼠の数は数百匹を数え、これだけの魔獣が一度に現れたのは偶然ではない。ガロは即座に女性の正体が「魔物使い」だと知り、そして魔物使いに関する事件も彼はマホから聞いていた。


(老師がゴノの街で魔物使いが操る魔物が街を襲ったとか言っていたが……まさか、こいつか!?いや、だけど有り得るのかそんな事……)


ゴノの街を襲撃した犯人が既に王都に居たのかとガロは考えたが、彼女がゴノを襲撃した犯人と同一犯という証拠はない。もしかしたら何も関係ない別の犯罪者という可能性もあるが、この時にガロは先ほど倒した白色の鼠を思い出す。


(そういえばさっき倒した鼠……身体に紋様みたいなのが刻まれていたな。あれは確か……鞭か!?)


ガロの優れた動体視力は男達に襲い掛かった鼠に刻まれていた紋様を視認しており、マホからゴノを襲った犯人は「鞭の紋様」を魔物に刻んでいたという話を思い出す。そして先ほど倒した鼠も同じ紋様が刻まれていた事から、ガロはゴノの襲撃をした黒幕と遭遇した事を知る。


「まさかお前……ゴノを襲った魔物使いか!?」
「っ……!?」
「何だと!?じゃあ、こいつがマホ魔導士の言っていた……」


ガロの言葉に女性は初めて動揺した様子を浮かべ、ゴンザレスもガロの言葉を聞いて驚いた表情を浮かべる。しかし、この二人の反応はまずかった。

女性の正体は「アン」であり、彼女はガロとゴンザレスの事をただのお人好しの冒険者だとしか認識していなかったが、自分がゴノを襲撃した魔物使いである事を見抜き、更に魔導士のマホの名前を出した事を知って二人が王国関係者だと気付く。そして正体を知られた以上はこの二人を生かして帰すわけにはいかなくなった。


「どうやらただの冒険者じゃないみたいね……わるいけど、ここで死んでもらうわ」
「何だと……ふざけた事を言いやがって!!」
「もう逃がさんぞ!!」


ガロとゴンザレスはアンが魔物使いだと知ると怒気を滲ませ、彼女のせいで多くの人間が傷ついた。そして二人が敬愛する老師がマホの放った魔物のせいで危うく大変な目に遭った事は知っており、二人も彼女を逃がすつもりはなかった。

灰鼠に囲まれているとはいえ、ガロとゴンザレスもアンを捕まえられる距離に存在する。ここで彼女を何としても捕まえるため、ガロは双剣を抜く。


「ここでてめえはお終いだ!!」
「やってみなさい……お前達!!」
『キィイイイッ!!』


数百匹の灰鼠が目元を怪しく光り輝かせてガロとゴンザレスに同時に飛び掛かり、二人は武器を構えて灰鼠達の相手をした――





――それから数分後、裏路地は大量の灰鼠の死体によって血塗れとなり、残っていたのは全身に噛み傷を負ったガロとゴンザレスだけだった。アンは既に逃走し、二人は後を追いかける事もできず、どうにか裏路地を抜け出す。


「はあっ、はあっ……くそがっ……」
「くっ……ガロ、大丈夫か?」
「お前の方こそ……くっ、頭が……」


二人とも血を流しすぎたせいで上手く身体に力が入らず、それでもここで倒れるわけには行かなかった。二人は裏路地を抜け出すと、偶然にも白猫亭の看板を発見した。


「ここは……そうだ、確かが暮らしている宿屋だな」
「うっ……」
「おい、ゴンザレス!!しっかりしろ……くそっ!!」


ガロは最後の力を振り絞り、白猫亭の扉を叩く。そして彼等に気付いたエリナが合われてヒナとクロエに報告して現在に至る。


「ま、魔物使いがこの王都に!?」
「ああ、そうだ……20代後半の女で、赤色の髪の毛をしていた」
「女……」


ヒナはガロとゴンザレスから魔物使いの情報を聞かされ、ここで彼女はテンから聞いていた情報を思い出す。バートンを聖女騎士団が捕縛した際、彼には娘が存在した。そして娘が生きているならば今頃は20代後半ぐらいのはずだった。

髪の毛の色に関しては聞いていないが、状況的に考えてもガロとゴンザレスが見つけた女性がゴノを襲った魔物使いである事は確定している。すぐにヒナはこの情報を他の人間に共有するため、まだ疲れている二人には悪いが羊皮紙とペンを用意して女性の姿を描いてもらう。


「その人の顔を描く事はできる?」
「ちょっとヒナちゃん、その前にこの二人を早く治療しないと……」
「大事な事なの!!お願いだから頑張って!!」
「……分かった」


クロエは二人を一刻も早く薬師の元に連れていくべきだと告げたが、魔物使いの正体を知っているのはこの二人だけであり、この情報を他の人間にも急いで知らせる必要があった。ガロは渡された羊皮紙にペンで似顔絵を書き込み、やがて書き終わると彼女に渡す。


「こんな顔をしていた……」
「これが……!?」
「へえ、上手く書けてますね」
「へっ……こういうのは得意なんだよ」


ガロが描いた似顔絵はアンの特徴を上手に捉えており、エリナは感心したように褒める。しかし、似顔絵を見た瞬間にヒナは顔色を青ざめ、彼女は咄嗟に上の階に続く階段を見上げる。


「に、逃げないと……」
「えっ?」
「ヒナちゃん、急にどうしたの?」
「いいから早く!!全員、外に出て!!」
「ど、どうしたんだ急に?」
「おい、この女の事を知っているのか!?」


ヒナは全員を急かして外に逃げ出そうとすると、ガロが彼女の肩を掴んでアンの事を知っているのかと問い質す。そんな彼の言葉にヒナは顔色を青ざめて上の階を指差す。


「だってこの人、うちに泊まっているお客さんなのよ!!」
「な、何だと!?」
「この宿屋にあの女が……!?」
「あっ……お、思い出したわ。確かにこの人、見た覚えがあるわ!!」
「ええええっ!?」


クロエもヒナに言われて思い出し、ここ最近はこの宿屋に泊まっている客だと思い出す。彼女が訪れたのは丁度ナイがで帰還した日からであり、白猫亭に宿泊している客だった。

金払いがいい客なのでヒナもクロエも顔を覚えており、二人は上の階に彼女の部屋がある事を思い出した。客は夜に外に出向く時は裏口を利用するため、恐らくアンが戻ってきていたとしてもヒナ達は気付いてはいない。


「あ、あの女がこの宿に……くそっ、今度こそ捕まえてやる」
「馬鹿を言わないで!!そんな怪我で何ができるの!?」
「しぃ~……声がでかいっす。気付かれたらどうするんですか?」


言い争いを始めるガロとヒナにエリナが慌てて口元を塞ぎ、もしも上の階にアンがいるのならば絶対に気付かれてはならない。

アンがこの宿に宿泊しているのであれば一刻も早く他の人間に伝える必要があり、まずは怪我のせいで碌に動けないガロとゴンザレスは当てにできない。エリナも一人だけではアンを確実に確保できる自信はなく、そもそもこの宿には一般人も数多く泊まっている。

一番厄介な事態はアンが宿屋の客を人質に取る事であり、迂闊な真似はできない。しかし、彼女がこの宿屋に宿泊しているのであれば放置はできず、急いで聖女騎士団に報告する必要があった。


「どうにかランファンさん達に報告しないと……」
「エリナちゃん、どうにか出来ないの?」
「いや、あたしは援護専門なので……」
「面白そうな話をしてるわね、私も混ぜて貰ってもいいかしら?」


上の階から声が響き、その声を聞いた途端に全員の顔色が変わる。恐る恐るヒナは階段を振り返ると、そこには上の階から見下ろすアンの姿があった。彼女は段差を椅子代わりに利用して座っており、その肩には白色の鼠を乗せていた。

既にアンがヒナ達の行動に気付いていたらしく、そもそも彼女は宿屋に戻る途中で例の二人組の男に襲われた。まさかガロとゴンザレスがこの宿屋に知り合いがいるとは思いもしなかったが、アンにとっては都合が良かった。


「まさかこんなにも早く再会できるなんてね……私の顔を知られた以上、生かして帰すわけには行かないわ」
「く、くそ女がっ……」
「言葉遣いは気を付けなさい。私がその気になればこの建物に宿泊している客全員を殺す事もできるのよ」
「や、止めなさい!!」


アンの言葉にヒナは顔色を青ざめ、自分の想像する限りの最悪な状況に陥ってしまった。こんな時に限って頼りになるテンやナイは王都を離れており、この状況を覆せる策は思いつかない。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

物語のようにはいかない

わらびもち
恋愛
 転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。  そう、言われる方ではなく『言う』方。  しかも言ってしまってから一年は経過している。  そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。  え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?  いや、そもそも修復可能なの?   発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?  せめて失言『前』に転生していればよかったのに!  自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。  夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。

かわいそうな旦那様‥

みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。 そんなテオに、リリアはある提案をしました。 「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」 テオはその提案を承諾しました。 そんな二人の結婚生活は‥‥。 ※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。 ※小説家になろうにも投稿中 ※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m

少年売買契約

眠りん
BL
 殺人現場を目撃した事により、誘拐されて闇市場で売られてしまった少年。  闇オークションで買われた先で「お前は道具だ」と言われてから自我をなくし、道具なのだと自分に言い聞かせた。  性の道具となり、人としての尊厳を奪われた少年に救いの手を差し伸べるのは──。 表紙:右京 梓様 ※胸糞要素がありますがハッピーエンドです。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

処理中です...