貧弱の英雄

カタナヅキ

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嵐の前の静けさ

第961話 旋斧VS真紅

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フィルとガオウがほんの少しだけ打ち解けあった頃、ナイは走り込みの訓練を終えると今度はドリスと実戦訓練を行う。二人は城壁の外に出ると、騎士団に囲まれる中でお互いの武器を向け合う。


「遠慮は無用ですわ!!全力で来てください、ナイさん!!」
「あ、はい……分かりました」


ドリスは魔槍「真紅」を構えると、ナイは旋斧を両手で握りしめて構える。彼女との戦いでは岩砕剣では不利と判断し、ここは旋斧だけで戦う事を決める。

両者が武器を構えると周囲で見守る騎士達は冷や汗を流し、どちらが動くのかと緊張感が漂う。そして先に仕掛けたのはドリスからだった。


「先手は頂きますわ!!」
「くっ!?」


ナイに目掛けてドリスは一直線に駆け出すと、魔槍の柄の部分からロケット噴射の如く火属性の魔力を噴出させてナイの元へ向かう。

ドリスの真紅は火属性の魔力を利用して「爆炎」を生み出す事ができるが、ヒイロの「烈火」と違って彼女の槍は柄の部分からも爆炎を放出できる。それを利用してドリスは瞬間的に加速して攻撃を繰り出せる。


「せいりゃあああっ!!」
「くっ……来い!!」


剛力の技能を発動させたナイは全身の筋力を強化させて旋斧を構える。反魔の盾を利用すれば正面からの攻撃を跳ね返す事もできるのだが、今の彼は理由があって反魔の盾を所有していない。

旋斧を盾代わりにしてナイはドリスの繰り出した真紅を受け止めると、数歩ほど後退るが吹き飛ばされる事もなく耐え凌ぐ。ドリスは自分の攻撃を正面から受けて耐え抜いたナイに驚くが、そんな彼女にナイは旋斧を逆に押し返す。


「でやぁっ!!」
「くぅっ!?」
「そ、そんな馬鹿なっ!?」
「ドリス様の爆槍を受け切っただと!?」
「有り得ない!!」


ドリスは槍を弾かれて後退すると、彼女を見守っていた騎士達は驚愕の声を上げる。その一方でナイは隙を見せたドリスに旋斧を振りかざすが、寸前で嫌な予感がしてナイは追撃を止めた。


「爆裂!!」
「うわぁっ!?」


攻撃を仕掛けようとしたナイに対してドリスは咄嗟に真紅を振り払い、この時に彼女は刃先から爆炎を放つ。もしもナイが不用意に近付いていたら爆炎の餌食となっていたかもしれず、慌てて二人とも距離を取る。


「はあっ、はあっ……まさか私の爆槍を受けるなんて、流石にやりますわね」
「こ、こっちも驚かされました……」
「ですが、私には奥の手がありますわ!!」


距離を取るとドリスは真紅を両手で掴み、地面に向けて刃先を突き刺す。その行為にナイは疑問を抱くが、彼女は周囲の騎士達に注意する。


「貴方達!!巻き込まれたくなかったら離れなてくださいましっ!!」
「ましっ!?」
「ま、まずい!!」
「避けろぉっ!!」


ドリスの命令を聞いた途端に周囲の騎士達は顔色を変えて離れると、ナイも只事ではないと思って咄嗟に岩砕剣も抜く。ドリスは地面に真紅の刃先を突き刺した状態で気合の込めた声を上げる。


「爆砕!!」
「うわぁっ!?」
「ひいいっ!?」
「伏せろぉっ!?」


地面に突き刺した状態でドリスは爆炎を生み出すと、地面を爆発させて土砂を吹き飛ばし、周囲に熱した砂や石が飛び散る。反射的にナイは二つの大剣を重ね合わせて盾代わりに利用する事で跳んでくる砂利を防ぐ。

爆発した箇所から煙が発生してドリスの姿は見えなくなくなり、ナイが完全に体勢を整える前にドリスは煙を振り払って出現した。


「これで終わりですわ!!」
「くっ!?」


煙の中から現れたドリスはナイが体勢を整える前に彼に真紅を突き出し、この時に彼女は先ほどのように加速は行わず、その代わりに刃先がナイの元に届いた瞬間に爆炎を生み出すつもりだった。

ドリスの真紅は爆炎は一か所しか噴き出せない弱点があり、刃の先端と柄から同時に爆炎を生み出す事ができない。だから相手に爆炎を喰らわせるためには自らの力だけで接近せねばならない。


(まずい!!どうにかしないと……)


迫りくるドリスに対してナイは攻撃を受けるか、あるいは回避するか判断に迷う。瞬間加速を発動させて逃げる事も考えたが、それだとドリスが爆炎で加速して追撃を行う可能性が高い。ナイの瞬間加速とドリスの爆槍は後者の方が勝る。退いても勝機を見出せないと判断したナイは一か八か「迎撃」の技能を発動させる。


「だあああっ!!」
「なっ!?」


技能を発動した瞬間、地面に突き刺さった旋斧を引き抜くと、ドリスの繰り出した真紅に目掛けて振り下ろす。真紅に旋斧の刃が触れた瞬間に刃先から爆炎が生じたが、その爆炎を旋斧が吸い上げる。旋斧の外部から魔力を取り込む能力を利用して真紅から放たれる火属性の魔力を吸い上げ、彼女の攻撃を受け止める。


「そんなっ!?」
「まだまだっ!!」


旋斧で真紅の攻撃を防いだナイは今度は反対の腕で岩砕剣を掴み、そのまま引き抜くのではなく、力ずくで刃を地面に押し込む。すると地面に亀裂が生じてドリスの足場が崩れてしまう。


「うきゃっ!?」
「でりゃあっ!!」


足元の地面が崩れた事でドリスは変わった悲鳴を上げて尻餅をついてしまい、その隙にナイは真紅を弾き飛ばして彼女の首筋に旋斧の刃を構える。ドリスは唖然とした表情でナイを見上げ、一方でナイの方は額に汗を流しながらもドリスに語り掛けた。


「勝負有り、ですよね」
「……え、ええ、流石にこの状態ではどうしようもありませんわね」
「そ、そんな……」
「ドリス副団長が負けた!?」
「こ、これが英雄の実力なのか!!」


二人の周囲で見学していた騎士達は信じられない表情を浮かべ、彼等はあの状況でナイがドリスに逆転するなど思いもしなかった。実際の所、ナイも一瞬だけ敗北を覚悟したが、上手く「迎撃」の技能が発動してくれて命拾いした。

迎撃の技能はナイが反撃の意思がある時にだけ発動し、頭で考えて動くのではなく、身体の方が相手の攻撃に反応して動く。最近はナイを追い詰める相手もいなくなったので迎撃を発動する機会も少なくなったが、今回は使わなければ負けていたかもしれない。


(危なかった……もう少しで大火傷を負う所だった)


旋斧の性質を利用して真紅の放つ爆炎を吸収していなければ今頃はナイは火達磨と化しており、その場合は為す術もなく敗北していた。正に紙一重の勝利だと言えるが、ドリスの方は残念そうな表情を浮かべる。


「ふうっ、この方法ならナイさんの意表を突けると思ったのに……」
「いや、本当に死ぬかと思いました」
「ご謙遜を……掠り傷一つも負っていないのにそう言われても悔しいだけですわ」


ドリスの言う通りにナイの肉体は彼女の攻撃を一度も受けておらず、特に怪我は負っていない。改めてドリスはナイがもう自分の手には届かぬ相手だと判断し、悔しく思いながらも素直に敗北を認めた。


「今回は私の完敗ですわ。でも、次は勝って見せますわ」
「ど、どうも……」
「さあ、訓練はここまでにしましょう。ほら、立ち上がりなさい!!」


二人は握手を行うとドリスは身体を伏せている騎士達に声をかけ、彼等は慌てて立ち上がると整列する。今日の訓練はこれで終わりであり、全員が街へ戻ろうとした時に城門の方から馬に乗った兵士が駆けつけてきた。


「お、王国騎士様!!大変です!!」
「貴方は……確か、この街の警備隊長の?」


馬に乗って駆けつけてきたのはこの街を守護する警備隊長である事が発覚し、慌てた様子で駆けてきた彼を見てナイ達は不思議に思う。

警備隊長はドリスの前に到着すると馬を降りて跪き、余程急いでいたのか随分と息を荒げていた。何事か起きたのかとドリスが尋ねる前に彼は報告を行った。


「グ、グツグ火山に暮らす鍛冶師達が街に押し寄せています!!」
「グツグ火山?」
「鍛冶師って……まさか、あの時の?」


警備隊長の報告を受けてナイとドリスは驚いた表情を浮かべ、少し前に二人ともグツグ火山の鍛冶師達と顔を合わせている。飛行船の燃料を確保するためにグツグ火山の麓に存在する鍛冶師の村に飛行船が下りた際、村に暮らす全員がドワーフの鍛冶師だった事を思い出す。


「グツグ火山の鍛冶師達がどうしてこの街に?」
「そ、それが……彼等の話によるとグツグ火山に生息するマグマゴーレムが村まで押し寄せて避難してきたようです」
「やっぱり……あの時の王子の忠告を聞き入れていれば良かったのに」


飛行船が飛び立つ前、ナイ達はグツグ火山の異変に気付いて村に暮らすドワーフ達に一刻も早く避難するように促した。王子は飛行船で村人達を近くの街まで避難させる事も伝えたが、ドワーフ達はその提案を聞き入れずに村に残る。

彼等は村を離れるとグツグ火山の資源を独り占めする事ができないという理由で残ったが、結局は飛行船が離れた後に村まで魔物が襲い掛かり、地力で街まで避難する事になったらしい。そして彼等が避難先に選んだのがゴノの街らしく、今はナイ達が存在する場所とは反対側の城門に押し寄せている事が発覚した。


「彼等は自分達を受け入れるように申し込み、領主様もお認めになられました。しかし、彼等の話を聞くところによるとグツグ火山の方で大きな異変が起きたそうです」
「それは分かってますわ、マグマゴーレムの事ですわね」
「いえ、それが……実は彼等が村から避難した日にが火山の火口に落ちたようです」
「隕石?」


警備隊長の話を聞いてナイとドリスは呆気に取られ、彼はグツグ火山の鍛冶師から聞いた情報を事細かに伝える――
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