貧弱の英雄

カタナヅキ

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砂漠の脅威

第948話 土鯨戦

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――翌日、テランの宣言通りに巨人族の兵士は山岳地帯にて地属性の魔石を掘り起こして帰ってきた。巨人国軍はイリアの要求通りに100を超える地属性の魔石の確保に成功し、早速だが土鯨を引き寄せるための罠の準備を行う。

地属性の魔石を一か所に集めて土鯨を引き寄せ、巨人国軍の砂船艦隊と王国軍の飛行船が姿を現した土鯨に攻撃を食らわせる。この作戦で重要なのは土鯨が地中に逃げられないようするため、巨人国軍の軍船は「捕鯨砲」を利用する。

捕鯨砲とは本来は海で鯨を捕まえるための船の兵器だが、巨人国軍の軍船には特別製の捕鯨砲が設置され、これを利用して土鯨が地中に逃げられないように固定する。土鯨が地上に出現すれば総攻撃を仕掛け、一気に始末するという作戦だった。


「今回の作戦、上手くいくかな……」
「それは試してみないと分からないね。だけど、これ以上の作戦はないと僕は思うよ」


捕鯨を引き寄せる場所として選ばれたのは街から遠く離れた場所であり、そこに地属性の魔石を袋詰めした状態で放置する。軍船は袋詰めした魔石の周囲に配置させ、土鯨が現れた瞬間に捕鯨砲を撃ち込む準備を行う。

飛行船は軍船よりも罠に近い場所に待機させ、土鯨が現れた瞬間に浮上する。最終的には飛行船に搭載されている「魔導大砲」で止めを刺す算段だった。


「俺達は土鯨の奴が現れるまでここで待機という事か……それまではこの暑い中、ずっと待機しなきゃならないわけか」
「ううっ……ちょっときついかも」
「我慢するしかありませんわ……」


飛行船を動かすのはハマーンと彼の弟子達であり、魔導大砲を撃ち込む役目はイリアが行う。他の討伐隊の面子は巨人国の軍船に乗り込み、土鯨が現れる機会を待つ。


「アルトも飛行船に居た方が安全だよ?」
「土鯨を間近で見たいんだ。伝説の魔物を見る機会なんて滅多にないからね」
「こ、こんな時まで研究ですか……」
「呆れた奴だ……」


非戦闘員であるはずのアルトもナイ達と共に軍船に乗り込み、彼は土鯨がどのような生物なのかを見極めるために地上に残った。そんな彼にヒイロは呆れ、実の兄のバッシュでさえも呆れてしまう。

作戦の準備が整ってから既に一時間は経過しているが、今の所は土鯨が現れる様子はない。しかし、地属性の魔石100個分も集めれば必ず土鯨は勘付くはずだとイリアは断言する。


『土鯨は必ず現れます。いくら警戒心を高めていたとしても、土鯨にしても久々の上等な餌ですからね。必ず魔石を奪いに姿を現しますよ』
『でも、魔石を喰われたら土鯨も強くならないの?』
『大丈夫です。魔石を喰われないように細工はしていますよ』


罠に用意した100個分の魔石を土鯨にみすみすと渡すつもりはなく、イリアはもしも土鯨が現れる前兆を確認したら魔石を回収する罠も仕掛ける。


『今回集めた魔石の使い道は土鯨を引き寄せるためだけではありません、土鯨に損傷を与えるために利用しますよ』
『利用?どうやって?』
『いいですか、まずは袋に紐を繋げて……』


イリアの告げた作戦を最初に聞かされた時はナイ達は唖然としたが、他に良い方法も追いつかないので彼女の作戦に乗る事にした。土鯨が現れる時は必ずや大地が振動し、地面が盛り上がるらしいのでナイ達は注意深く砂漠の様子を伺う。



――それからしばらく経つと、遂に砂漠に振動が走った。軍船で待機していた者達は土鯨が現れたのかと臨戦態勢に入ると、北の方角から大量の砂煙が舞い上がる。



「ど、土鯨だ!!」
「土鯨が出現したぞ!!」
「罠の方向に進んでいる!!」
「よし、飛行船に合図を出せ!!」


軍船から土鯨と思われる砂煙を確認した兵士は飛行船に合図を出すため、巨大な銅鑼を鳴らす。銅鑼の音を聞いた瞬間に飛行船に乗り込んでいた船員が異変に気付き、即座に操縦席のハマーンは飛行船を浮上させた。


「お頭、合図です!!」
「よし、来た!!準備はいいな娘っ子!?」
『問題ありません!!』


伝声管を通してハマーンは魔導大砲の発射準備を行うイリアに準備を確認すると、彼は急遽飛行船を浮上させる。すると飛行船の船首に取り付けられた縄が引っ張り上げられ、地属性の魔石が大量に詰められた袋が引き上げられる。

事前に地属性の魔石が入った袋には飛行船の船首に取り付けた縄が取り付けられ、飛行船が浮上すると同時に袋も浮き上がる。この方法で土鯨が地属性の魔石の入った袋に噛みつく前に空へ運ぼうとしたが、想定よりも土鯨の移動速度が速過ぎた。


「お、お頭!!砂煙がもうあんな場所まで!!」
「くっ……早く浮上せんか!!」


飛行船は浮上を開始しているが、このままでは飛行船が安全圏の高度まで上がる前に土鯨が追いついてしまう。ハマーンは浮上を急かすが、遂に土鯨は地中から姿を現す。




――ウォオオオオオオッ!!




凄まじい咆哮を放ちながら遂に土鯨が姿を現し、飛行船や軍船に乗り込んでいる者達は土鯨を遂に視認した。あまりにも規格外な大きさに誰もが目を奪われ、その一瞬の隙を突いて土鯨は飛行船に吊り下げられた地属性の魔石に喰らいつこうとした。


「ひいいっ!?お、お頭ぁっ!!」
「ちぃっ……噴射機を動かせ!!」


このままでは土鯨に地属性の魔石が入った袋どころか、飛行船まで喰いつかれてしまう。弟子達は悲鳴を上げるが、咄嗟にハマーンは飛行船の後部の噴射機を発動させた。

噴射機から火属性の魔力が放出され、飛行船が急加速した事で土鯨の口元から逃れ、どうにか飛行船を飲み込もうとしていた土鯨から逃れる事に成功した。そして船に糸で括り付けていた袋も食われずに済む。


「オアアアアッ……!?」
『今だ!!撃てぇっ!!』


土鯨が飛行船の攻撃に失敗した瞬間、正気を取り戻した巨人国軍の兵士達は土鯨に向けて捕鯨砲を発射させた。四方八方から巨大な銛が発射され、土鯨の肉体に突き刺さる。


「ウオオオオッ――!?」
『全弾命中……うわぁっ!?』


土鯨を取り囲むように配置されていた軍船から発射された捕鯨砲は全て的中するが、この時に攻撃を受けた土鯨は地中に潜り込もうとする。すると10隻の軍船が土鯨に引き寄せられ、慌てて各船は土鯨に引きずり込まれないように船を作動させた。


「い、いかん!!引き込まれるぞ!?」
「船を動かせ、奴を逆に引きずり出すんだ!!」
「よし、あいつが動けない内に俺達も行くぞ!!」


捕鯨砲によって軍船と土鯨は巨大銛と鎖で繋がり、ここから先は軍船は土鯨が逃げられないように引き寄せる必要がある。そのため、軍船から攻撃を仕掛ける事はできず、あとは地上に固定した土鯨を巨人国軍と王国軍の討伐隊の出番だった。


「全軍……」
「突撃ぃっ!!」
「「「うおおおおおっ!!」」」


バッシュとテランの号令の元、巨人国軍と王国軍の兵士と騎士達が砂漠を駆け抜けて土鯨へと接近する。巨人国軍の兵士の戦闘はライトンが駆け抜け、討伐隊の先頭はリザードマンに乗り込んだナイとリーナが駆け抜ける。


「よし、行くぞぉっ!!」
「援護は任せて!!」
「シャアアッ!!」


ナイとリーナを乗せたリザードマンは真っ先に土鯨の元に駆けつけると、ここで二人はリザードマンの背中から飛び上がって土鯨に向けて攻撃を放つ。

旋斧と岩砕剣を構えるナイに対してリーナは蒼月の能力を発動させ、既に氷の刃を纏わせていた。二人は土鯨の全身を覆い込む岩石の外殻に向けて各々の武器を振り下ろす。


「だああっ!!」
「やああっ!!」
「オアッ……!?」


激しい金属音が砂漠に鳴り響き、二人の攻撃を受けた際に土鯨の動きは一瞬だけ止まった。しかし、攻撃を仕掛けたナイとリーナは土鯨の外殻の硬さに衝撃の表情を浮かべる。


(か、硬い!?ゴーレムキングの外殻よりも硬い!?)
(普通のゴーレムなら僕の蒼月の一撃を受ければ砕けるはずなのに……全然効いてない!?)


ナイの剛力を発動させた攻撃も、リーナの蒼月による氷の刃を受けても土鯨の外殻はびくともせず、せいぜい表面に掠り傷を負わせる程度の損傷しか与えられなかった。

土鯨の全身を覆い包む外殻はゴーレム種と同じように土砂や岩石を練り上げて作られた物のはずだが、ナイの腕力でも破壊はできず、本来であれば弱点であるはずの水や氷結による攻撃さえも受け付けない。仮に相手がゴーレムならば水で湿らせたり、あるいは氷漬けにすれば外殻の硬度が落ちるはずだが、リーナの蒼月の攻撃を受けても影響は全くない。



――土鯨の全身を包み込む外殻はゴーレムと同じく、土砂や岩石を練り固めた代物である。しかし、普通のゴーレムとの違いはだった。土鯨は数百年も生き続ける魔物であり、数百年の時を費やして築かれた外殻はゴーレムキングをも上回る頑強さと耐久力を誇る。



リーナの蒼月が生み出す氷の水分だけでは土鯨の外殻を溶かす事はできず、仮に土鯨を倒す場合は雨を降らせるか、あるいは湖などに落とすしかない。そうすれば時間は掛かるだろうが全身の外殻が溶け始めて本体が露わになる。

しかし、アチイ砂漠では滅多に雨は降らず、近くにオアシスもない。そのためにナイ達は土鯨を倒すとしたら水に頼らずに戦うしかない。


「ウオオオオッ!!」
「うわっ!?」
「くっ……まずい!?」


ナイとリーナの攻撃を受けて硬直していた土鯨だったが、再び動き出すと地中に潜り込もうとする。先に撃ち込まれた捕鯨砲は貫通力に特化した武器だったのでどうにか土鯨の外殻を貫く事には成功したが、それでも先端部が食い込んだだけで本体までには届いていない。

このままでは土鯨は捕鯨砲の銛を引き抜いて地面の中に逃げてしまうため、どうにかナイ達は攻撃して土鯨の注意を引く必要がある。だが、ナイやリーナの攻撃が通じない時点で他の者たちの攻撃もほぼ通用しないのは確定していた。
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