貧弱の英雄

カタナヅキ

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番外編 獣人国の刺客

第896話 人造ゴーレム討伐隊

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「聖女騎士団からは何人ぐらい借りれますか?」
「そうだね……人造ゴーレムが相手となるとそれ相応の実力を持つ奴じゃないと役に立たないだろうからね。だからエリナを貸してやれるよ」
「エリナさん?」
「おい、エリナ!!こっちに来な!!」
「え!?あたし、またなんかやっちゃいました!?」


走り込みを行う新人団員の指導をしていたのはテンだけではなく、他にも数名の王国騎士が参加していた。その中にはナイの顔見知りのエリナも参加しており、彼女は弓の名手で聖女騎士団では一番の弓の使い手だった。


「ナイ、こいつの事は知っているね?生意気にも最近になって正式に王国騎士に昇格したエリナだよ」
「あ、どうも……」
「ナイの兄貴!?久しぶりですね、どうしてここに?」
「やかましいんだよ、あんたは……悪いね、こいつはあんたのファンなんだよ」


エリナはナイが居る事を知ると慌てふためき、その様子を見てテンは呆れた表情を浮かべる。顔を合わせるのは初めてではないのだが、エリナはナイを前にすると興奮を抑えきれない。

貧弱の英雄として有名になる前からエリナは彼を尊敬しており、顔を合わせるだけで緊張した様子で上手く話せない。そんな彼女の背中を叩きながらテンは人造ゴーレムの討伐隊にエリナを加える事を勧める。


「エルマを抜きすればうちの騎士団の中でも一番目の弓の使い手だからね。連れて行けば色々と役に立つよ」
「ええっ!?それってどういう意味ですか!?」
「言葉通りの意味だよ。ルナの代わりにあんたがこいつの仕事を手伝ってきな」
「あの……ルナさんに何かあったんですか?」


いきなりナイの仕事を手伝うように促されたエリナは戸惑うが、そんな彼女に対してナイはルナの身に何かあったのかと不思議に思って尋ねる。するとテンは頭を掻きながらルナが仕事を手伝える状況ではない事を伝えた。


「ルナの奴はおたふく風邪を引いて今は寝込んでるんだよ」
「おたふく風邪!?それって子供がなる病気じゃ……」
「たまに大人でもおたふく風邪になるらしいんだよ。それで今のあいつは人前に出せるような状態じゃないんだ。本人はずっと部屋の中に閉じ込められて不満そうだけどね、今朝も外に出せと暴れて大変……」
「テン!!大変だ、ルナの奴が目を覚まして部屋の中で暴れているぞ!!」
「たくっ、言った傍からまたかい!?悪いけど話はここまでだ、そこのエリナは好きに使っていいからね!!」


慌てた様子で宿舎からランファンがテンに声をかけると、彼女は面倒くさそうな表情を浮かべてルナを取り押さえるために宿舎に戻る事にした。取り残されたナイとエリナは顔を見合わせ、とりあえずはナイはエリナに握手を求める。


「えっと……これからしばらくの間、よろしくね?」
「は、はあっ……わ、分かりました!!本当はよく分かりませんけど、ナイの兄貴の役に立つのなら頑張るっす!!」
「うん、ありがとう……それと兄貴というのは辞めてくれる?」
「じゃあ、お兄ちゃんでいいですか?それとも兄《あに》さん?」
「……もう好きに呼んでいいよ」


ナイはエリナと握手すると彼女は興奮した様子で握りしめ、とりあえずはヒイロとミイナとエリナの同行の許可を得たナイはアルトの元に戻る事にした――





――その日の晩、ナイは白猫亭にて準備を行う。迷宮都市に向かうのは明日に決め、移動手段は勿論ビャクに協力してもらう。

白狼種であるビャクの脚力ならば全員を狼車(馬車)に乗せて移動しても迷宮都市まで三日程で目的地に辿り着けるはずだった。どれくらいの期間を迷宮都市で過ごすのかは不明だが、入念に準備する必要がある。


「旋斧と岩砕剣と反魔の盾は当然として……後は刺剣と魔法腕輪も忘れないようにしないと」


普段から身に付けているとはいえ、念のためにナイは装備の確認を行う。ちなみに前の事件で壊れたミスリルの鎖帷子もちゃんと修理してもらっている。


「よし、これでいいかな……ん?何だっけ、この笛?」


ナイは荷物の中に小さな笛がある事に気付き、かなり前にクノから受け取った「犬笛」である事を思い出す。

この犬笛を吹けばシノビとクノが相棒としている黒狼種の「クロ」と「コク」を呼び寄せる事ができた。ちなみにこの犬笛は特殊な素材で構成され、普通の犬には聞こえないが魔獣種だけが反応する。


「そういえば最近は使ってなかったな……今度会ったら返しておこうかな?」


ナイが困った時はこの犬笛を吹いて自分達に助けを求めてくれと言われて貰った品物だが、現在のシノビとクノは「黒面」の組織を纏める立場なので忙しく、軽々に呼び出せる相手ではない。

今度二人と会う機会があったら返す事を決めてナイは犬笛をしまうと、部屋がノックされてモモの声が響く。


「ナイく~ん、ご飯持って来たよ~」
「あ、ありがとう」


部屋の扉を開けるとモモがわざわざナイの部屋まで食事を運んできてくれたらしく、ナイはすぐに机の上を整理して彼女が持って来た食事を置く。


「えへへ、今日のご飯は私が作ったんだ。ナイ君の口に合うといいけど……」
「へえ、そうなんだ。それは楽しみだな」


白猫亭の食事は普段はクロネが作っているのだが、最近はモモも料理する事が多くなった。テンが経営した時はヒナとモモしか従業員しかいなかったが、改築後はクロネを加えて他にも新しい従業員を増やした。

今では白猫亭はこの王都一番の人気の宿屋でもあり、その一室をナイはほぼ無料で貸し切っている。ナイはお金を宿泊料を払うと毎回言っているのだが、この国の英雄にお金を受け取るわけには行かないという事で現在の経営者のヒナは拒否している。



――尤も白猫亭の人気の理由は英雄であるナイも白猫亭を贔屓しているという噂を流し、その話を聞きつけた観光客が興味を抱いて泊まりに来る事が多かった。ナイが家を借りずに宿屋に泊まり続ける事で白猫亭は繁盛に繋がっている面もある。その事を知らないのは本人だけだった。



モモは机の上に食事を並べると、部屋のベッドの上に座る。かなり疲れた様子で腕を伸ばす。


「う~ん……」
「モモ、疲れてるの?」
「うん、最近はちょっと忙しくて……あ、でもナイ君が何処かに連れて行ってくれたら元気になるかも~」
「そう?なら、今度また商業区にでも行く?」
「え!?本当に!?」


ナイがモモの話を聞いて商業区に一緒に出掛ける事を提案すると、モモは疲れが吹き飛んだかのような表情を浮かべ、嬉しそうにナイに詰め寄る。この時に一段と大きくなった胸をナイに押し付ける。


(うっ……またモモの胸、大きくなってる気がする)


胸を押し当てられたナイはモモの成長を実感し、最初に会った時から彼女の胸は大きかったが、さらに最近は女性らしい身体つきに成長していた。しかも告白した時からモモはナイとのスキンシップが多く、彼女なりにナイにアプローチを掛けていた。

モモがナイに告白してから大分時は経過しているが、二人の関係は恋人のようなそうでもないような間柄だった。ナイとしてはモモの好意に気付いているし、彼女の事を好きかと聞かれれば間違いなく好きだと言える。しかし、実はモモ以外にナイに好意を伝えた人間がいる。


(リーナはどうしてるんだろう……無事だと良いけど)


ナイはリーナの事を思い出し、彼女が迷宮都市に向かったと聞いた時から少し心配だった。実は彼女も少し前にナイに告白しており、返事もまだしていない。



『ぼ、僕は……ナイ君の事が大好きなんだ!!』
『えっ……?』



ある日、ナイはリーナに呼び出されて彼女から告白された。リーナはこの時にナイに花束まで用意しており、告白というよりはまるでプロボーズを申し込むような勢いだった。

ナイはいきなりリーナに告白されて戸惑うが、リーナ本人は真剣に彼を愛している事を伝えて交際を申し込む。しかし、既にナイはモモからの告白されて未だにはっきりと返事していなかった。


『ナイ君……その、僕と付き合ってほしい。駄目かな?』
『いや……』
『僕、ナイ君の事が本当に好きだから……それだけは伝えたくて、だから返事は今すぐにしなくていいよ』


リーナは告白の返答はすぐには求めず、それ以降は二人はあまり顔を合わせる事はなかった。リーナはナイの事を好いているが、彼がはっきりとした答えを出す事に怖がり、あまり顔を合わせなくなった。だからこそナイもちゃんとした返事を帰せぬままに時が過ぎる。


(……ちゃんと返事をしないとな)


ナイはリーナに対して自分の気持ちを伝える覚悟はできており、迷宮都市にいるはずのリーナの事を想う。そんなナイの顔を見てモモは何かを勘付いたのか頬を膨らませながら彼に抱きつく。


「ナイ君、別の女の子の事を考えたでしょ」
「えっ!?」
「もう、私がいるのに他の女の子の事を考えるなんて……そんな悪いナイ君はこうしてやる!!こちょこちょこちょっ!!」
「わあっ!?ちょ、脇は駄目だって……あはははっ!!」


モモはナイの脇を攻めて無理やりに笑わせ、二人はベッドの上に倒れ込む。この時に不可抗力で二人は身体を密着してしまい、お互いの顔を覗き込む。


「「あっ……」」


二人はベッドの上で顔を合わせ、やがてモモは緊張した様子で目を閉じると唇を突き出す。その態度を見てナイはモモが求める行動に気付き、ナイは喉を鳴らして彼女の顔に顔を近づけようとした瞬間、部屋の扉が開け開かれる。


「ナイ君!!大変よ!!」
「きゃあっ!?」
「うわっ!?」


部屋の扉を開いたのはヒナであり、彼女は慌てた様子で部屋の中に飛び込む。そんな彼女に気付いたナイとモモは慌てて起き上がると、ヒナはそんな二人を見て自分がまずい状況に割り込んだのかと焦る。
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