貧弱の英雄

カタナヅキ

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番外編 獣人国の刺客

第874話 16才の誕生日

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――王都の事件が解決してからしばらく経過した頃、ナイは16才の誕生日を迎えた。彼の誕生日を祝うためだけに白猫亭に大勢の人間が押し除け、盛大な宴が行われた。


「ナイ君、誕生日を祝って……乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」


モモの号令の元、地下の酒場に集まった人間達が祝杯を挙げる。今日の白猫亭はナイの貸し切りであり、一般客の出入りを禁じて誕生会に呼んだ人間だけが出入りを許されている。

ナイの誕生日に参加した人間の中にはモモとヒナとリーナは当然として、他にもヒイロやミイナ、更にはアルトやシノビやクノ、他にも王国騎士団に所属する者達の姿もあった。ドリスやリン、他にもリンダやテンやルナの姿も有り、ナイの知り合いの殆どが集まっていた。


「ついにあんたも16才かい……それならこれからはガキ扱いは控えようかね」
「そんな……別に今まで通りでいいですよ」
「お~ご馳走がいっぱいだな!!これ、作ったのはテンか?クロネか?」


テンは杯ではなく酒瓶を片手にナイに祝いの言葉を告げ、その横ではルナが机の上に並べられたご馳走を見て目を輝かせていた。ちなみに今回の料理はクロネが作っており、彼女は厨房の方で忙しく働いている。


「ナイ殿、誕生日おめでとうでござる」
「ありがとう、クノ。最近は姿を見なかったけど、来てくれたんだね」
「白面に所属していた暗殺者達の指導のため、拙者も兄者も今は色々と忙しくて会う暇がなかったのでござる」


クノは今回は珍しく忍者装束ではなく、和国の着物を身に付けていた。こちらではあまり見慣れない服装なのでナイは物珍しげに見つめると、クノは恥ずかしそうな表情を浮かべた。


「へえっ……それ、和国の服なんですか?」
「あ、あまり見ないでほしいでござる。拙者もこういう服を着るのは久しぶりで恥ずかしいでござる」
「へえ、こいつが着物かい。噂には聞いた事があるけど、変わった格好だね」
「我々からすればそちらの格好の方が変わっているがな……無暗に肌を晒す様な服装は我々の国にはない」
「何だい、それは……あたし達の服装に文句あるのかい」


テンの言葉を聞いてシノビが反論すると、確かに和国の人間と比べたら王国の人間の女性は肌の露出が多い服装の人間が多かった。これは文化の違いのために仕方がない事だが、その言葉を聞いてテンは不満そうな表情を浮かべる。

尤も祝いの席で喧嘩をするほど非常識な人間はおらず、シノビはナイに向き合うと彼には色々と世話になった事を思い出し、祝いの品を差し出す。


「……受け取ってくれ、クノと共に作った物だ」
「えっ……これは?」
「それは拙者達の国に伝わる和菓子でござる。材料を揃えるのに苦労したでござるが、どうにか作り出す事ができたでござる」
「へえっ……これが和国のお菓子なんですか?」


シノビとクノが渡したのは「おはぎ」であり、この国では材料を用意するのはかなり苦労させられたが、二人は事前にナイが甘い物が好きだと聞いてこれを用意した。

本当はもっとちゃんとした祝いの品を渡すべきかと思ったが、二人とも今は白面に所属していた暗殺者の指導で色々と忙しく、クノが和菓子を作るのが得意という事でこの国には存在しないお菓子を与えた。ナイは有難く受け取り、この場で食そうとした時に違和感を抱く。


「…………」
「ん、どうしたんだい?」
「食わないのか?なら、ルナが貰うぞ」
「え、いや、食べるよ」


ナイはおはぎを口に咥えようとした途端、昔に似たような物を食べたような記憶が蘇る。但し、その記憶はアルに拾われる前の記憶であり、彼が捨てられる前に誰かが赤ん坊のナイにおはぎを与えようとしていた記憶だった。



『――ごめんなさい、私達を許して』
『あうっ……』


赤ん坊のナイを誰かが抱いており、その人物の手にはおはぎが握られていた。彼女は小さくちぎったおはぎをナイの口元に運んでくれた。

自分を抱いている人物の顔はナイは思い出す事はできず、赤ん坊の頃の記憶なので曖昧だった。しかし、声音から察するに女性である事は確かであり、その後の記憶はナイにはない。



(今のは……記憶?)



ナイは赤ん坊の頃の記憶が蘇り、驚いた風におはぎを覗き込む。この時の彼の行動に他の者達は不思議に思うが、そんな彼の元にモモとリーナが駆けつける。


「あっ!!ナイ君、それ何!?もしかしてお菓子!?」
「え、お菓子?ナイ君、お菓子好きだったの?」
「おお、モモ殿にリーナ殿。久しぶりでござるな、拙者の作ったおはぎに興味があるなら食べていいでござるよ。いっぱい作って来たでござる」
「わあ、やったぁっ!!」
「皆、和国のお菓子が食べられるよ!!」
「和国のお菓子!?それは珍しいですわね!!」
「ほう……それは食べてみたいな」


女性陣が珍しいお菓子に引き寄せられ、ナイの元に押し寄せてきた事で結局はナイは赤ん坊の記憶をゆっくりと思い出す事はできず、今日は祝いの席なので昔の事は忘れて楽しむ事にした――





「――ううっ、あのナイがこんなにたくさんの友達ができるとはな……」
「そうじゃな、この光景をアルにみせてやりたかったが……」


ナイの誕生日を祝う場にはドルトンとイーシャンも参加しており、二人ともナイの誕生日が近いという事で王都に滞在していた。二人がここへ訪れた理由はヨウの予知夢を聞いてナイの身に危険が訪れると聞いて心配したのだが、もうしばらく経ったらイチノへ戻る予定だった。

現在のイチノも王都と同様に復興中であり、ゴブリンの軍勢が攻め寄せてきた事で街は半壊状態だった。それでも少しずつ街の住民が戻り始め、元の街並みに戻りつつある。イーシャンは優秀な医者であり、ドルトンは街一番の商人であるため、復興の際にはどちらも頼りになる人材である。

ヨウの予知夢ではナイは漆黒の剣士に殺されかける未来が見えたそうだが、その未来は誤りでナイは漆黒の剣士の殺される事はなく、見事に運命を受け入れながらも生き延びた。これで彼等が心配する事はなにもなく、明日にはイチノへ戻るつもりだった。


「イーシャンよ、お主は無理に戻る必要はないぞ。ここにはお主の友人がおるのだろう?それならばここに残ってナイを見守ったらどうじゃ」
「へっ……馬鹿を言うな、俺がいなくなれば誰がお前の面倒を見るんだ。その義足を調整できるのは俺だけだぞ。それに……もうあいつはガキじゃない、俺達の面倒を見る必要もないだろう」
「ふっ……それもそうじゃのう」


イーシャンの言葉にドルトンは頷き、立派に成長を果たしたナイに自分達は必要ないと考えた。だからこそ二人は明近いうちにイチノへ向けて出立するつもりだが、ここでアルトが二人に話しかけてきた。


「どうも、御二人とも……ナイ君の保護者様ですね」
「ん?お前は……い、いや!!王子様!?」
「これはこれは……アルト王子、我々に何か御用ですかな」


アルトを見たイーシャンは慌てて跪き、ドルトンは頭を下げる。二人の態度を見てアルトは苦笑し、堅苦しい事を嫌う彼は二人に顔を上げる様に促す。


「今日の宴は無礼講だ、だからそんなかしこまった態度を取る必要はないよ」
「で、ですが王子様を相手にそんな……」
「気にしないでくれ。それよりも御二人に聞きたいことがあるんだが……」
「何でしょうか?」


ドルトンとイーシャンはアルトに話しかけられて緊張気味に彼の次の言葉を待つ。仮にも一国の王子が一般人である自分達に何を尋ねるつもりなのかと身構えると、アルトは離れた場所で他の人間と談笑するナイを見ながら二人に質問する。


「ナイ君から話は聞いているが、彼は赤ん坊の頃に森の中に捨てられていたと聞いている。なら、彼の育て親は実の両親を探したりはしなかったのか聞きたくてね」
「あ、ああ……その話ですか」
「ふむ……」


ナイの実の両親の話を尋ねられるとイーシャンとドルトンは困った表情を浮かべ、正直に言えば彼等二人もナイの両親に関して気になってはいたが、アルが存命の時はその手の話題には触れてこなかった。

理由としてはアルは魔物が巣食う森の中に赤ん坊のナイを捨て、しかも誰にも拾わないようにという置手紙まで残して逃げた彼の両親に憤慨していた。アルは手紙をその場で引きちぎり、赤ん坊のナイを拾い上げて自分の暮らす村まで連れて行った。


「儂等もナイの本当の両親の事は気になりましたが、彼の育て親のアルは両親の事は一切探そうとせず、我々がナイの事を知ったのは彼が育ってから数年も経過していたので調べようがなかったのです」
「あるによるとたしかナイは捨てられたとき、手紙が残されていたようですけど……その手紙はアルは捨てたと言ってました。だから手がかりになりそうな物はもう……」
「そうか……」


ナイが捨てられてから既に15年以上経過しており、しかも両親に繋がりそうな唯一の手掛かりはアルによって捨てられてしまった。なので普通に考えればもうナイの両親に繋がるような手がかりは残っていないように思われるが、ここでアルトは気になったのはナイが「黒髪」だった。


(黒髪の人間はこの国でも珍しい……という事はナイ君は和国に暮らしていた人間の系譜なのは間違いない。そしてナイ君が暮らしていた村はシノビ君とクノ君が暮らしていた里と山をいくつか隔てた場所にある。これは……偶然なのか?)


黒髪の人間は王国内でも滅多に存在せず、しかもナイが発見されたのは辺境の地であり、元々は和国の旧領地だった場所である。その場所には和国の子孫が築き上げた忍者の里が存在し、シノビとクノもそこの出身である。

他にも気になる点は魔物が巣食う森の中でわざわざナイを捨てた事であり、彼の両親はわざわざ魔物と遭遇するような危険な場所に赴いてまで彼を捨てた事にアルトは引っかかりを覚えた。
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