貧弱の英雄

カタナヅキ

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王国の闇

第767話 テンの異変

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「うぐぅっ!?」
「えっ!?きゅ、急にどうした!?」
「テン、大丈夫か!?」


ビャクに乗り込もうとした途端、テンは呻き声を漏らして倒れ込み、慌てて他の者が駆け出す。この時に真っ先に駆けつけたのはモモであり、すぐに彼女はテンの顔を見て悲鳴を上げた。


「わああっ!?テンさんが死んじゃった!?」
「えええっ!?」
「う、嘘でしょうっ!?」


慌ててリーナも駆けつけ、テンの様子を伺うと彼女は白目を剥いた状態で意識を失っており、一見すると本当に死んでいるように見えた。だが、すぐに胸元に耳を押し当てると心臓の鼓動を確認する。


「だ、大丈夫……多分、魔力切れを起こして意識を失ったと思うよ」
「えっ、本当に?」
「そうか、そういえばさっきヒナを救う時に強化術を使ってたな……」


リーナの言葉を聞いて他の者も安心するが、モモは思い出したようにイーシャンから渡された薬瓶を取り出す。その中には回復薬や魔力回復薬を素材にして作られた仙薬が入っており、それを皆に告げる。


「皆!!ナイ君の知り合いのお医者さんからいっぱい薬を貰って来たよ!!これを飲めばすぐに元気になるよ!!」
「ほ、本当か?」
「それは助かるね……」
「モモ、リーナちゃん!!良かった、無事だったのね!!」
「あ、ヒナちゃん!!ヒナちゃんも大丈夫!?」


全員がモモから仙薬を受け取ると、この時にヒナも建物から降りて駆けつけ、再会を喜び合う。しかし、状況は好転していない。

思いもよらぬシャドウの襲撃を受けたヒナ達はすぐに白猫亭で治療を受けている他の聖女騎士団の団員の治療も行い、この時に気絶したテンは彼女の部屋のベッドに横たわらせる。強化術の反動でしばらくは目を覚まさないと思われ、その間は年長者であるエルマが指揮を執る事になった。


「仕方ありませんね……テンの代わりに私が騎士団の指揮を執ります。いいですね?」
「ああ、私は文句はない」
「ええっ!?ルナじゃ駄目なのか!?」
「「「駄目だ」」」


ルナだけはエルマが指揮を執る事に不満を抱くが、他の団員は即座に彼女が指揮を執る事に反対する。ルナではまともな指揮を執れない事は明白のため、当然の判断だった。

まずは現状把握として白猫亭を取り囲んでいた警備兵を撃退する事には成功した。しかし、いずれ今度は王都に滞在する軍隊が駆けつけてくると思われ、悠長に休んでいる暇はない。

一刻も早く他の味方になりそうな勢力と合流する必要があるが、この時にモモは闘技場の方にナイ達が向かった事を伝え、闘技場にてドリスとリンが匿われている可能性が高い事も伝える。


「闘技場にナイ君達が向かった!?」
「うん、アルト君がもしも他の味方が捕まっているとしたら闘技場が怪しいって……」
「なるほど、確かにあそこなら今の状況なら誰も近付こうとしないだろうしね……魔物が管理する場所を避難場所に選ばれるはずがない」
「なら、私達も闘技場へ向かいますか?」
「待って!!その前に私の話を聞いて下さい!!」


ナイ達が向かった闘技場へ聖女騎士団は向かおうかとした時、ここでヒナが口を挟む。彼女はシャドウに襲われる前、シノビと接触して彼から渡された羊皮紙の内容思い出す。

肝心の羊皮紙に関してはシャドウに襲われた時にどうやら奪われてしまったが、羊皮紙を開いた時に内容は確認しており、彼女は王都の地図を開くと、指で現在リノ王女とマホが匿われている場所を示す。


「この場所にリノ王女とマホ魔導士がいると書かれていました!!間違いないです!!」
「この教会は……前にイゾウが現れた所か!?」
「前にネズミさんとテンさんが待ち合わせてしていた場所!?」
「こんな所に隠れていたのか……」


リノとマホが隠れている場所を知り、すぐに迎えに行く必要があった。だが、彼女達の傍にはゴウカが待機しているはずであり、今の所はゴウカの真意が掴めず、仮に騎士団が向かっても二人を渡すとは思えない。


「ここにゴウカがいる場合、どうする?」
「どうするも何も……悔しいが、奴には我々では勝てない」
「テンが目を覚ましたとしても……」
「何だ皆!?一回負けただけで諦めるのか!?ルナは行くぞ、あんな奴にもう負けるもんか!!」
「き、気持ちは分かるけど……」


聖女騎士団はゴウカに敗北しており、仙薬で傷を治したといっても勝てる保証はない。むしろ返り討ちにされるのは目に見えていた。

ゴウカに勝る存在など国内を探したとしてもいるかどうか分からず、下手をしたら彼一人で聖女騎士団は今度こそ壊滅させられるかもしれない。しかし、リノを放置する事は出来ず、エルマとしてもマホがそこにいるのならば放ってはおけない。


「作戦を立てましょう、それしか方法は有りません」


エルマの言葉に全員が覚悟を決めた表情で頷き、ゴウカに対抗するための作戦会議を行う――





――同時刻、王都の医療室に戻ったイシは椅子に座り込んで思い悩む。そんな彼の元に小生意気な弟子が訪れた。


「どうも、やっぱりここいましたか」
「……お前か、何の用だ?」
「いえ、ちょっと薬の素材が切れかかりましてね。ここにあるのを分けて欲しいと思って……」
「勝手にしろ」


イシの元に現れたのは木箱を抱えたイリアであり、彼女がここに訪れる事は滅多になかった。一応はこの二人の関係は師弟なのだが、既にイシはイリアに自分が教える事は何もないと判断しており、彼女は魔導士であると同時に優秀な薬師でもある。

王国専属の医師であるイシよりも今ではイリアの方が薬学に精通しており、彼女は遠慮せずに医療室に保管されている薬品を手にすると、その場で薬の調合を開始する。そんな彼女を見てイシは呆れた声を出す。


「おい、まさかここで調合を始めるつもりか?自分の研究室に戻ってやればいいだろうが」
「そうしたいのはやまやまですが、その時間も惜しいんです。特急で作らないといけませんからね」
「たくっ……」
「そういう貴方の方こそ真面目に仕事をしたらどうですか?偶には以外の薬も作るのも悪くありませんよ」
「うるせえよ……」


イシが普段から仕事を真面目に行わないのは理由があり、実を言えば白面が使用する毒物の類の製作者は彼だった。白面が任務の前に服用する毒薬を作り出したのは若かりし頃のイシであり、彼の父親も医者でシンとは古い付き合いだった。

父親から医者としての知識と技術を学んだイシはシンの勧めで父親と同じく王国の専属医師となった。しかし、これらの役職は所詮はシンから与えられたものでしかなく、シンにとって都合の良い存在だったからこそイシは王城の医師になれたに過ぎない。

子供の頃からイシは父親に憧れ、一人前の医者になるために頑張ってきた。しかし、実際には尊敬していた父親はシンに命じられて人の命をもてあそぶ毒薬を作り続け、最終的には心を病んでしまった。


『親父、しっかりしろ!!死ぬんじゃない!!』
『……すまない、本当にすまない……許してくれ』


死ぬときまでイシの父親は自分の毒薬で死んでしまった人間達に許しを請い、息子の彼の言葉さえも届かなかった。そのせいか父親の哀れな死を見てイシは完全に医者として人々を救うという熱意を失い、真面目に仕事に取り組めなくなった。

父親の事は尊敬していただけに彼がシンに言われて人の命を奪う毒薬を作っていた事は衝撃だった。だが、父親は許しを乞う姿を見て彼の苦しみは理解できた。しかし、今ではその父親の代わりに自分がシンの言いなりになって毒薬を作る事にイシはいたたまれない気持ちを抱く。


「そういえばクーノの白面の拠点が潰されたそうですけど、一時的に毒を抑える薬の方の生成は大丈夫なんですか?」
「……ああ、問題ない。くそっ……はもう完成しているのに何時まであんなもんを作り出させるつもりだ」


イシは苛立ちを抑えきれずに机を叩き、実を言えば白面が服用する毒薬の完璧な解毒薬は当の昔に完成させていた。しかし、白面を管理するためにはこの解毒薬の存在は秘密にされ、彼はあくまでも毒を一時的に抑える薬の生成しか許されていない。

解毒薬の製造法は判明しており、これさえあれば毒で無理やりに従えさせられている白面の暗殺者や彼等に捕まって協力を強要されている人間は解放される。だが、そんな事をシンが許すはずはなく、イーシャンは悔し気な表情を浮かべた。


「畜生……何が人の命を救えなくて何が医者だ」
「……それなら、抗ってみますか?」
「何だと……?」
「どうぞ、出てきてください」


イシの言葉を聞いてイリアは医療室の扉に話しかけると、そこから思いもよらぬ人物が姿を現し、イシは度肝を抜く。


「あ、あんたが……どうしてここに!?」


目の前に現れた人物にイシは戸惑いを隠せず、そんな彼に対して現れた人物はゆっくりと口を開く――
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