貧弱の英雄

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
655 / 1,110
王都の異変

第644話 陽動

しおりを挟む
「突けぇっ!!」
『はああっ!!』


コボルト亜種を取り囲んでいた女騎士は全員が槍を装備しており、取り囲んだ状態でコボルト亜種に突きを放つ。周囲を囲まれたコボルト亜種の逃げ場は上空しか存在せず、コボルト亜種は跳躍する。


「ウガァッ!!」
「今だ、撃てっ!!」


上空へ跳んだコボルト亜種に対して事前に弓を構えていた騎士達が矢を放ち、逃げ場がない空中のコボルト亜種を狙い撃ちする。見事に連携の取れた動き放たれた矢はコボルト亜種に的中すると思われた。

しかし、空中に浮上したコボルト亜種は四方八方から放たれた矢に対して身体を回転させると、鋭い爪で矢を叩き落す。そのコボルト亜種の動作を見てナイは驚き、リンは目つきを鋭くさせる。


「なっ!?馬鹿なっ……」
「あの攻撃を防ぐなんて……」
「取り乱すな!!陣形を崩すな!!」


空中に浮かんだ状態で攻撃を弾いたコボルト亜種に対して騎士達は戸惑うが、すぐにリンが注意すると彼女達は冷静になり、改めて地上に着地したコボルト亜種と向かい合う。

コボルト亜種は地上に降りた途端に四つん這いとなり、女騎士達を睨みつける。通常のコボルトならば攻撃された時点で激高して襲い掛かりそうだが、コボルト亜種は冷静に騎士達の様子を伺い、無暗に動かない。


(何だこいつ……!?)


ナイはコボルト亜種の様子を見て違和感を抱き、リンも彼と同様にコボルト亜種の行動に不審に思う。先ほどからコボルト亜種は攻撃を仕掛ける事もせず、回避と防御に専念して攻撃を仕掛ける様子もない。


(どうして逃げないんだ?戦う気があるのなら襲い掛かってもおかしくはないのに……)


騎士達とコボルト亜種は向かい合った状態で動かず、膠着状態へと陥る。何故かコボルト亜種は自分から襲い掛かろうとはせず、逃げる様子もない。その事に銀狼騎士団の団員達も不気味に思い、ここでリンは暴風に手を伸ばす。


「退け、私が仕留める」
「ふ、副団長……」
「下がれ、巻き込まれるぞ!!」


リンが白馬を降りて前に出ると、他の者達は慌てて距離を開き、改めてリンはコボルト亜種と向かい合う。コボルト亜種はリンを前にした瞬間、即座に逃げ出そうとした。


「ガアッ……!!」
「――逃さん!!」


しかし、逃げ出そうとしたコボルト亜種に対してリンは居合の状態から刃を放ち、暴風の力を発揮して風の斬撃を飛ばす。コボルト亜種の背中に向けて放たれた風の斬撃は見事に的中して血飛沫が舞う。


「ウガァッ……!?」
「や、やった!!」
「流石は副団長!!」
「一撃で仕留めるなんて!!」


コボルト亜種は呆気なく倒れ込み、しばらくは身体を痙攣させていたが、事切れたのか完全に動かなくなった。その様子を見て団員は歓喜の声を上げるが、当のリンは眉をしかめ、あまりにも手応えがなさ過ぎた。

確かにリンの暴風が生み出す風の斬撃ならばある程度の距離まで近づけばコボルト亜種を一撃で仕留める事は容易い。しかし、コボルト亜種の反応速度ならば彼女の攻撃を避ける事もできたはずだった。それなのに無防備に背中を向けて逃げ出そうとしたコボルト亜種にリンは違和感を抱き、死骸を調べる。


「こいつはいったい……!?」
「副団長?」
「どうかされたのですか?」


リンは死骸に近付いて確認を行うと、黒色の毛皮に隠れて分からなかったが、額の部分に「魔法陣」のような物が刻まれていた。それを確認したリンは即座にコボルト亜種が何者かに操られていた事を知り、誰かがコボルト亜種を操って銀狼騎士団をこの噴水広場まで誘導したのだ。

即座にリンは周囲を見渡し、この場所へ誘った者達が待ち構えているのかと身構えると、周囲の建物の屋根の上から仮面を身に付けた男達が現れ、彼等の手には筒が握りしめられていた。


「敵襲だ!!警戒態勢に入れ!!」
「「「っ!?」」」


リンの言葉を聞いた団員達は即座に反応し、周囲の建物に待ち構えていた謎の仮面の男達に武器を構える。しかし、仮面で顔を隠した男達は手にしていた筒を放り込んだ瞬間、筒から煙が噴き出す。


「きゃっ!?」
「こ、これは……目眩まし!?」
「げほげほっ!?」
「ギャインッ!?」
「ビャク!?」


男達が放った筒から煙が放出されて広場に蔓延する。団員とビャクもナイも巻き込まれ、リンは咄嗟に暴風を利用して煙を吹き飛ばそうとしたが、地上から彼女に近付く影が存在した。


「シャアッ!!」
「ちぃっ!?」


煙の中から現れたのは両手に鉤爪を装着した小男であり、仮面で顔を覆い隠したその男はリンに向けて鉤爪を放つ。その攻撃に対してリンは手にしていた刀で鉤爪を弾き返すと、男は煙の中に身を隠す。

周囲が煙に巻き込まれた事で状況を把握できず、リンは暴風を手にした状態で警戒を行う。耳を澄ませるとあちこちから金属音が鳴り響き、どうやら他の団員も襲われている事が伺る。


「な、何だお前達は!?」
「あぐっ!?」
「このぉっ!!」


団員達の激高した声や悲鳴が混じり、それを把握したリンはどうやら最初から敵の狙いが自分達だと判断し、敵に嵌められた事に彼女は怒りを抱く。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

物語のようにはいかない

わらびもち
恋愛
 転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。  そう、言われる方ではなく『言う』方。  しかも言ってしまってから一年は経過している。  そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。  え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?  いや、そもそも修復可能なの?   発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?  せめて失言『前』に転生していればよかったのに!  自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。  夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。

かわいそうな旦那様‥

みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。 そんなテオに、リリアはある提案をしました。 「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」 テオはその提案を承諾しました。 そんな二人の結婚生活は‥‥。 ※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。 ※小説家になろうにも投稿中 ※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m

少年売買契約

眠りん
BL
 殺人現場を目撃した事により、誘拐されて闇市場で売られてしまった少年。  闇オークションで買われた先で「お前は道具だ」と言われてから自我をなくし、道具なのだと自分に言い聞かせた。  性の道具となり、人としての尊厳を奪われた少年に救いの手を差し伸べるのは──。 表紙:右京 梓様 ※胸糞要素がありますがハッピーエンドです。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

処理中です...