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王都の異変
過去編 最強の冒険者
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――シャドウが闇ギルドの長から暗殺依頼を引き受けてから翌日、冒険者ギルドでは黄金冒険者である「リョフ」と、当時はまだ現役の冒険者であったギガンがギルドの訓練場で戦っていた。
「うおおおっ!!」
「ふんっ!!」
訓練場に激しい金属音が鳴り響き、幾度も地面に衝撃が走った。石畳製の試合場の上で闘拳を装備した若かりし頃のギガンと、それに向かい合う白髪の男性が存在した。この男こそが当時最強の冒険者と言われた「リョフ」である。
リョフの年齢は30代半ばであり、純粋な人間ではあるが髪の毛は白髪だった。昔、事故に遭遇した時に髪の毛が白く染まり、そのせいで彼は「白獅子」の異名を誇る。
このギガンとリョフこそが当時の冒険者ギルドの代表格であり、ギガンの方が先輩に当たる。ギガンはリョフに対して全力の拳を放つ。
「喰らえっ!!」
「……その程度か?」
「うおっ!?」
全力で放った拳にも関わらず、リョフは手にしていた「方天画戟」で正面から弾き返す。全ての種族の中でも筋力に秀でているはずの巨人族、その巨人族の中でも猛者の部類に入るギガンの攻撃をリョフは正面から弾き返した。
「す、すげぇっ!?あの攻撃を弾くなんて……」
「流石はリョフさんだ!!」
「馬鹿野郎、ギガンさんだってこれからだ!!」
二人の試合を観戦していた冒険者達は騒ぎ出し、訓練とは思えない程の気迫で戦う二人に目が離せない。やがてギガンは真の本気を発揮させる。
「ぐおおおっ!!」
「……鬼人化か、面白い。全力で来い」
ギガンは雄たけびを上げると、彼の身体中の血管が浮き上がり、皮膚が赤みを帯びていく。ギガンは魔操術を習得しており、人間で言う所の強化術を発揮させた。巨人族の場合は強化術を発動させると鬼のような風貌に変化するため、別名として「鬼人化」と呼ばれている。
全力を解放したギガンはリョフに対して両手の拳を重ね合わせ、同時に突き出す。その攻撃に対してリョフは正面から受け止めた。
「がああああっ!!」
「ぐふぅっ!?」
「う、受け止めた!?」
「馬鹿な、死んじまうぞ!!」
避ける事も出来たはずなのにリョフはギガンの全力の一撃を正面から受け止め、石畳製の試合場の端まで追い込まれる。しかし、リョフは目を見開き、自身も強化術を発動させて真の力を解放した。
「ぐがぁああああっ!!」
「うおっ……!?」
「と、止めた!?」
「馬鹿な……に、人間じゃない……!!」
リョフはギガン以上の気迫を放ち、彼の攻撃を押し留めた。その光景を見ていた他の者達は唖然とするしかなく、遂にリョフはギガンの両拳を弾き返す。
「ぬんっ!!」
「ぐあっ!?」
「終わりだぁっ!!」
両腕を弾かれたギガンは隙を見せてしまい、リョフは方天画戟を振りかざす。しかし、直後に背後から何かが近付いてくる事に気付いたリョフは反射的に方天画戟を振り払う。
金属音が鳴り響き、リョフは後方から投げ込まれた武器の正体が「鉄槌」だと気付く。彼は武器が投げられた咆哮を睨みつけると、そこには若かりし頃のハマーンが立っていた。この時の彼はまだ黄金冒険者ではなく、胸元には白銀級のバッジを取り付けていた。
「ハマーン……貴様、何の真似だ?」
「何の真似、とはおかしなことを言うのう。お主、儂が止めておらんかったらギガンを殺すつもりだったな」
「それの何が……!!」
ハマーンの言葉にリョフは言い返そうとしたが、ここで周囲の冒険者の異変に気付く。先ほどまで騒いでいた冒険者達だが、今のリョフを見る表情は恐怖に染まっていた。
「もうお主は傭兵ではない……いい加減に馴染まぬか」
「くっ……!!」
「リョフ……」
リョフは何も言い返せず、彼は試合場を降りると観戦していた冒険者達は慌てて道を開く。その後姿をギガンとハマーンは見送り、やがてハマーンはため息を吐き出す。
「伝説の傭兵と謳われ、最強の武人……何時しか相手は人だけでは満足せず、魔物と戦うために冒険者になった男、か」
「何だ、それは?」
「最近の奴の噂じゃよ。それよりもお主、無事か?」
「……拳が砕けたな」
ハマーンの問いかけにギガンは首を振り、彼の両手は闘拳が粉々に破壊され、拳の方は完全に砕けていた。それを見たハマーンは驚愕の表情を浮かべ、一方でギガンは悟る。
「最近は無茶をし過ぎたからな……何時の日かこうなる事は分かっていた。それでも、最強の武人と決着を付けられるのであればと思って挑んだが……結局は届かなかったか」
「お主……すまん、儂のせいだ。お前の力に耐えられる武器を用意していれば……」
「謙遜するな、破壊されたとはいえ、この闘拳があったからこそ俺はここまでこれた。後悔はない……後悔はないんだ」
自分に言い聞かせる様に呟くギガンに対し、ハマーンは何とも言えない表情を浮かべた。そしてこの日を境にギガンは正式に冒険者を引退した――
――リョフは元々は王国の北の地方の生まれだった。獣人国と王国の領地の境に存在する村で生まれ、彼の父親は村長を務めていた。
二つの国の境目に存在した頃から村には両国の軍隊が訪れ、ここは自分達の国の領地だと言い張り、税金を要求してくる。貧しい村なので両国からの税金など到底支払えず、かといって一方の国に税金を納めるともう一方の国に敵視される。
村を捨てて別の地方に暮らすように主張する人間もいたが、それでも村長はこの村に留まる事を決断する。彼の提案に従えぬ者は村を出ていくが、村長の息子であるリョフは父親の言う通りに従う。
『父上はどうしてここを離れられないのですか?』
『それはな、この村は儂等の故郷であり、そして儂等の先祖が勝ち取った領地だからじゃ』
父親の話によるとリョフの先祖はかつて国の将軍だったらしく、この地は戦の功績で得た領地だという。しかし、将軍だった先祖はある時に戦に敗れ、その子孫が領地を受け継いだが、家は没落してしまう。
結局は現在のリョフの家の人間は平民の位だが、父親は先祖が守り抜いたこの地を離れる事は出来ないと告げた。そんな父親の話を聞いてリョフは正直に言えば落胆した。
『顔も見た事がない死んだ人間の名誉のために父上はこの場所を守る?意味が分からない……』
リョフは父親の言う事が理解できず、先祖がどれほど偉大な存在だろうが、死んでしまえばそこで終わりである。父親は亡くなった先祖の栄誉に縋りついているようにしか見えず、リョフは決意した。
『俺は違う、力も、名誉も、栄光も……自分の手で掴み取って見せる』
他人の力を借りず、リョフは何時の日か自分の力のみであらゆる物を掴み取る事を誓う。そして彼はその夢を叶える力を持っていた。生まれた時からリョフは武人の才能に恵まれていた。
幼い時からリョフは同世代の子供と比べても体格も力も大きく、人間でありながら15才を迎えた時には既に身長は父親を越して村一番の怪力を誇る。そして成人すると彼は旅に出る。
『俺は父とは違う……この手で全てを掴む』
家族を残し、リョフは王都へ向かう。彼は偉大な先祖を越えるため、この国の大将軍になるべく旅に出た――
――しかし、現実はそんなに甘くなかった。王都に辿り着いたリョフは持ち前の力を見せつけ、兵士に昇格を果たす。だが、彼は偉そうに指示を出す上の人間に反発する。
『貴様!!上官の命令を無視するとは何事だ!?』
『……何故、お前のように威張り散らすだけの弱い人間の言う事を聞かなければならない?』
『な、何だと!!貴様、上官になんて口を!!』
『お、おい!!止めろよ、何してんだよお前!?』
「申し訳ありません!!こいつは田舎から来たばかりで常識を知らなくて……」
兵士になったリョフは運がない事に貴族出身というだけで大した功績もないのに将軍に成り上がった男の配下になった。リョフからすれば意味が分からず、どうして自分よりも圧倒的に弱くて無能な人間の指示に従わなければならないのかと理解できなかった。
『俺は貴様の命令など聞かんぞ』
『ふ、ふざけやがって……ならば貴様の首、叩き斬って……!!』
『やれるものならやってみろ!!』
『ひいっ!?』
将軍の男は一括されただけで腰を抜かし、小便を漏らす。そのあまりの情けない姿にリョフは殺す気もうせてしまい、彼は失望した。仮にも将軍という立場に就く男がこの程度の存在なのかと嘆く。
父親からの話では国を守る将軍は立派で偉い人間にしかなれないと幼少の頃から聞かされていた。しかし、実際に相対した将軍はリョフが思っていたよりも弱く、そして愚かな男だった。
(こんな男が将軍だと……この国はそこまで腐っていたか)
自分が憧れさえも抱いていた将軍という存在にリョフは落胆し、その日を境に彼は兵士の職を辞めて王都を出ていく。しかし、この時に彼が出会っているのが将軍の中でも無能な人間でなければ彼の運命は変わっていたかもしれない――
――次にリョフが職に就いたのは傭兵だった。腕っ節に自信があるリョフは傭兵として活躍し、戦場に赴いて勝ち続けた。この時に彼は技術も磨き、20才を迎える頃には彼は傭兵の間でも有名な存在になった。
『リョフ、やっぱりお前は最高だな!!』
『明日も頼むぜ、兄弟!!』
『ああ、任せろ……』
気付いたらリョフは他の人間と接するようになり、他の傭兵からも慕われる。戦場において強い人間ほど頼れる存在はおらず、リョフは裏表のない性格もあってか彼は意外と人気があった。
兵士として暮らしていた頃よりもリョフは充実した生活を送り、信用できる傭兵の仲間や戦う度に自分は強くなる事を実感し、彼の人生も幸福の時間を過ごす。しかし、傭兵として生きていてから五年ほど経過した頃、彼の元に悲報が届く。
『た、大変だリョフ!!お前、確か北の方にある村に住んでいたんだよな!?』
『あ、ああ……それがどうした?』
『俺が世話している傭兵が偶然、お前の村の近くに寄った時、お前の村がどんな場所なのか見に行こうとしたらしいんだが……その村、大分前に盗賊に襲われて村人全員が死んでいたそうだぞ』
『な、何だと!?』
傭兵仲間の言葉にリョフは信じられず、彼は村を出てから定期的に連絡を取っていた。村には家族が残っており、自分の夢のために村を出たとはいえ、リョフは家族と縁を切ったつもりはない。
だが一年ほど前から村との連絡が途絶えており、リョウフも少し気になっていたが傭兵としての仕事が忙しくなり、村に戻る暇もなかった。傭兵仲間から話を聞いたリョフは自分の村へと急いで帰る。
――結果から言えば村は滅ぼされており、そこには人間は一人も暮らしていなかった。村の中には大量の墓標が並べられており、その中にはリョフの家族の墓もあった。
調べたところ、今から一年ほど前に盗賊に村は襲われて村人全員が殺されたという。しかも村を襲ったのがただの盗賊ではなく、獣人族で構成された盗賊だと判明した。
この村は最近は王国に税金を抑め、獣人国に税を納める事を辞めていた。その話を聞いたリョフは盗賊がここへ訪れたのは偶然ではなく、獣人国の仕業だと判断する。しかし、明確な証拠がない以上は王国も何も手を打てず、この村は放棄される。
『父上、母上……何故だ、何故死んでしまった』
流石のリョフも家族の死は嘆き悲しみ、村を滅ぼした盗賊を探し出して復讐を考えた。だが、既に一年前の出来事であり、盗賊はもう獣人国に引き返して追う手がかりはない。
『俺は……俺はぁっ!!』
この村を出る時、リョフはこの国一番の将軍となって栄光も名誉も権力も掴むと誓った。だが、実際の彼は傭兵として暮らしていくことに満足し、手に入れたのは「武力」だけだった。その事実にリョフは嘆き、何一つとして彼は自分の目的を果たしていない事に気付く。
『いや、違う……俺はまだ、諦めない!!父よ、母よ、友よ……天上から見ていろ!!俺は必ず、この武力《ちから》で夢を掴む!!』
今一度にリョフは自分の目的を思い出し、そして死んでいった人間に誓う。必ずや自分はこの村を出る時に掲げた目的を果たすため、彼は傭兵を辞めた――
――傭兵生活で培った技術を生かし、次にリョフが目指したのは冒険者だった。当時は魔物は少なく、滅多に遭遇できる存在ではない。冒険者の数も今よりもずっと少なく、傭兵と比べたら儲かる仕事ではないと認識されていた。
そんな冒険者稼業にリョフが付いたのは魔物という普通の人間よりも圧倒的な力を誇る存在に挑めるからだった。リョフは自分の力が人を越えた存在として捉えられていた魔物にどれだけ通じるのかと試したく、強大な魔物を倒した時、彼は自分が人を越えた存在になり得ると思った。
『俺に残されたのはこの武力《ちから》のみ……ならば、何処まで通じるか試すのも悪くはない』
傭兵として培った力を利用し、リョフは冒険者として活動して自分の武力が何処まで魔物に通じるのか試したく思った。そして彼は危険地に赴き、あらゆる魔物を倒す。
冒険者としてリョフは各地に存在する魔物の生息地に赴き、魔物を倒し続けてきた。これまでは傭兵として人間ばかりだったが、魔物との戦闘は対人戦以上の緊張感を抱く。
『ブモォオオオッ!!』
『ぐうっ……これが、魔物か!!面白い!!』
ミノタウロスと初めて対峙した時、リョフは戦場でも味わったことない恐怖を抱く。圧倒的な力を持つ存在に初めて出会い、彼は恐れた。しかし、同時に歓喜する。
『ぐおおおっ!!』
『ガハァッ……!?』
激戦の末、リョフは身体中が血塗れになりながらもミノタウロスの角を力ずくで引き剥がす。止めを刺す。死闘を乗り越えてリョフは強くなり、更に強い魔物を求めた。
魔物を倒す度にリョフは身体に怪我を負い、時には死にかけた。しかし、死闘を繰り返す度に彼はより強くなり、遂には冒険者の最高階級である黄金冒険者に成り上がる。
『あれがリョフ……』
『伝説の武人と謳われる男か……』
『凄い迫力だ……』
何時の間にかリョフは他の人間から畏敬の念を抱かれる。この時にリョフは当初の目的だった「名誉」を手にした。しかし、彼は満足せず、リョフは更なる強さを求め続けた。
だが、魔物を相手に倒し続けている内にリョフは強くなったが、ある時期を境に彼は気づく。それは自分の力が高まる感覚を感じられなくなり、彼は自分の「限界」を知った。今までは自分が何処までも強くなれると信じて生きてきた。しかし、どんな魔物と戦っても、人間と戦っても、彼は苦戦する事すらなくなり、自分が強くなり過ぎた事に気付く。
『馬鹿な……俺はもう、強くなれないのか……!?』
王都へと戻ったリョフは当時の冒険者ギルドが確認していた魔物の中で最も危険な存在として恐れられていた魔物を倒した時、彼は自分が強くなる感覚を感じなかった。彼はこの時、既に自分のレベルが高すぎてどれほど魔物を倒して経験値を得てもレベルが上がらなくなった事を悟る。
「うおおおっ!!」
「ふんっ!!」
訓練場に激しい金属音が鳴り響き、幾度も地面に衝撃が走った。石畳製の試合場の上で闘拳を装備した若かりし頃のギガンと、それに向かい合う白髪の男性が存在した。この男こそが当時最強の冒険者と言われた「リョフ」である。
リョフの年齢は30代半ばであり、純粋な人間ではあるが髪の毛は白髪だった。昔、事故に遭遇した時に髪の毛が白く染まり、そのせいで彼は「白獅子」の異名を誇る。
このギガンとリョフこそが当時の冒険者ギルドの代表格であり、ギガンの方が先輩に当たる。ギガンはリョフに対して全力の拳を放つ。
「喰らえっ!!」
「……その程度か?」
「うおっ!?」
全力で放った拳にも関わらず、リョフは手にしていた「方天画戟」で正面から弾き返す。全ての種族の中でも筋力に秀でているはずの巨人族、その巨人族の中でも猛者の部類に入るギガンの攻撃をリョフは正面から弾き返した。
「す、すげぇっ!?あの攻撃を弾くなんて……」
「流石はリョフさんだ!!」
「馬鹿野郎、ギガンさんだってこれからだ!!」
二人の試合を観戦していた冒険者達は騒ぎ出し、訓練とは思えない程の気迫で戦う二人に目が離せない。やがてギガンは真の本気を発揮させる。
「ぐおおおっ!!」
「……鬼人化か、面白い。全力で来い」
ギガンは雄たけびを上げると、彼の身体中の血管が浮き上がり、皮膚が赤みを帯びていく。ギガンは魔操術を習得しており、人間で言う所の強化術を発揮させた。巨人族の場合は強化術を発動させると鬼のような風貌に変化するため、別名として「鬼人化」と呼ばれている。
全力を解放したギガンはリョフに対して両手の拳を重ね合わせ、同時に突き出す。その攻撃に対してリョフは正面から受け止めた。
「がああああっ!!」
「ぐふぅっ!?」
「う、受け止めた!?」
「馬鹿な、死んじまうぞ!!」
避ける事も出来たはずなのにリョフはギガンの全力の一撃を正面から受け止め、石畳製の試合場の端まで追い込まれる。しかし、リョフは目を見開き、自身も強化術を発動させて真の力を解放した。
「ぐがぁああああっ!!」
「うおっ……!?」
「と、止めた!?」
「馬鹿な……に、人間じゃない……!!」
リョフはギガン以上の気迫を放ち、彼の攻撃を押し留めた。その光景を見ていた他の者達は唖然とするしかなく、遂にリョフはギガンの両拳を弾き返す。
「ぬんっ!!」
「ぐあっ!?」
「終わりだぁっ!!」
両腕を弾かれたギガンは隙を見せてしまい、リョフは方天画戟を振りかざす。しかし、直後に背後から何かが近付いてくる事に気付いたリョフは反射的に方天画戟を振り払う。
金属音が鳴り響き、リョフは後方から投げ込まれた武器の正体が「鉄槌」だと気付く。彼は武器が投げられた咆哮を睨みつけると、そこには若かりし頃のハマーンが立っていた。この時の彼はまだ黄金冒険者ではなく、胸元には白銀級のバッジを取り付けていた。
「ハマーン……貴様、何の真似だ?」
「何の真似、とはおかしなことを言うのう。お主、儂が止めておらんかったらギガンを殺すつもりだったな」
「それの何が……!!」
ハマーンの言葉にリョフは言い返そうとしたが、ここで周囲の冒険者の異変に気付く。先ほどまで騒いでいた冒険者達だが、今のリョフを見る表情は恐怖に染まっていた。
「もうお主は傭兵ではない……いい加減に馴染まぬか」
「くっ……!!」
「リョフ……」
リョフは何も言い返せず、彼は試合場を降りると観戦していた冒険者達は慌てて道を開く。その後姿をギガンとハマーンは見送り、やがてハマーンはため息を吐き出す。
「伝説の傭兵と謳われ、最強の武人……何時しか相手は人だけでは満足せず、魔物と戦うために冒険者になった男、か」
「何だ、それは?」
「最近の奴の噂じゃよ。それよりもお主、無事か?」
「……拳が砕けたな」
ハマーンの問いかけにギガンは首を振り、彼の両手は闘拳が粉々に破壊され、拳の方は完全に砕けていた。それを見たハマーンは驚愕の表情を浮かべ、一方でギガンは悟る。
「最近は無茶をし過ぎたからな……何時の日かこうなる事は分かっていた。それでも、最強の武人と決着を付けられるのであればと思って挑んだが……結局は届かなかったか」
「お主……すまん、儂のせいだ。お前の力に耐えられる武器を用意していれば……」
「謙遜するな、破壊されたとはいえ、この闘拳があったからこそ俺はここまでこれた。後悔はない……後悔はないんだ」
自分に言い聞かせる様に呟くギガンに対し、ハマーンは何とも言えない表情を浮かべた。そしてこの日を境にギガンは正式に冒険者を引退した――
――リョフは元々は王国の北の地方の生まれだった。獣人国と王国の領地の境に存在する村で生まれ、彼の父親は村長を務めていた。
二つの国の境目に存在した頃から村には両国の軍隊が訪れ、ここは自分達の国の領地だと言い張り、税金を要求してくる。貧しい村なので両国からの税金など到底支払えず、かといって一方の国に税金を納めるともう一方の国に敵視される。
村を捨てて別の地方に暮らすように主張する人間もいたが、それでも村長はこの村に留まる事を決断する。彼の提案に従えぬ者は村を出ていくが、村長の息子であるリョフは父親の言う通りに従う。
『父上はどうしてここを離れられないのですか?』
『それはな、この村は儂等の故郷であり、そして儂等の先祖が勝ち取った領地だからじゃ』
父親の話によるとリョフの先祖はかつて国の将軍だったらしく、この地は戦の功績で得た領地だという。しかし、将軍だった先祖はある時に戦に敗れ、その子孫が領地を受け継いだが、家は没落してしまう。
結局は現在のリョフの家の人間は平民の位だが、父親は先祖が守り抜いたこの地を離れる事は出来ないと告げた。そんな父親の話を聞いてリョフは正直に言えば落胆した。
『顔も見た事がない死んだ人間の名誉のために父上はこの場所を守る?意味が分からない……』
リョフは父親の言う事が理解できず、先祖がどれほど偉大な存在だろうが、死んでしまえばそこで終わりである。父親は亡くなった先祖の栄誉に縋りついているようにしか見えず、リョフは決意した。
『俺は違う、力も、名誉も、栄光も……自分の手で掴み取って見せる』
他人の力を借りず、リョフは何時の日か自分の力のみであらゆる物を掴み取る事を誓う。そして彼はその夢を叶える力を持っていた。生まれた時からリョフは武人の才能に恵まれていた。
幼い時からリョフは同世代の子供と比べても体格も力も大きく、人間でありながら15才を迎えた時には既に身長は父親を越して村一番の怪力を誇る。そして成人すると彼は旅に出る。
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『貴様!!上官の命令を無視するとは何事だ!?』
『……何故、お前のように威張り散らすだけの弱い人間の言う事を聞かなければならない?』
『な、何だと!!貴様、上官になんて口を!!』
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『やれるものならやってみろ!!』
『ひいっ!?』
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(こんな男が将軍だと……この国はそこまで腐っていたか)
自分が憧れさえも抱いていた将軍という存在にリョフは落胆し、その日を境に彼は兵士の職を辞めて王都を出ていく。しかし、この時に彼が出会っているのが将軍の中でも無能な人間でなければ彼の運命は変わっていたかもしれない――
――次にリョフが職に就いたのは傭兵だった。腕っ節に自信があるリョフは傭兵として活躍し、戦場に赴いて勝ち続けた。この時に彼は技術も磨き、20才を迎える頃には彼は傭兵の間でも有名な存在になった。
『リョフ、やっぱりお前は最高だな!!』
『明日も頼むぜ、兄弟!!』
『ああ、任せろ……』
気付いたらリョフは他の人間と接するようになり、他の傭兵からも慕われる。戦場において強い人間ほど頼れる存在はおらず、リョフは裏表のない性格もあってか彼は意外と人気があった。
兵士として暮らしていた頃よりもリョフは充実した生活を送り、信用できる傭兵の仲間や戦う度に自分は強くなる事を実感し、彼の人生も幸福の時間を過ごす。しかし、傭兵として生きていてから五年ほど経過した頃、彼の元に悲報が届く。
『た、大変だリョフ!!お前、確か北の方にある村に住んでいたんだよな!?』
『あ、ああ……それがどうした?』
『俺が世話している傭兵が偶然、お前の村の近くに寄った時、お前の村がどんな場所なのか見に行こうとしたらしいんだが……その村、大分前に盗賊に襲われて村人全員が死んでいたそうだぞ』
『な、何だと!?』
傭兵仲間の言葉にリョフは信じられず、彼は村を出てから定期的に連絡を取っていた。村には家族が残っており、自分の夢のために村を出たとはいえ、リョフは家族と縁を切ったつもりはない。
だが一年ほど前から村との連絡が途絶えており、リョウフも少し気になっていたが傭兵としての仕事が忙しくなり、村に戻る暇もなかった。傭兵仲間から話を聞いたリョフは自分の村へと急いで帰る。
――結果から言えば村は滅ぼされており、そこには人間は一人も暮らしていなかった。村の中には大量の墓標が並べられており、その中にはリョフの家族の墓もあった。
調べたところ、今から一年ほど前に盗賊に村は襲われて村人全員が殺されたという。しかも村を襲ったのがただの盗賊ではなく、獣人族で構成された盗賊だと判明した。
この村は最近は王国に税金を抑め、獣人国に税を納める事を辞めていた。その話を聞いたリョフは盗賊がここへ訪れたのは偶然ではなく、獣人国の仕業だと判断する。しかし、明確な証拠がない以上は王国も何も手を打てず、この村は放棄される。
『父上、母上……何故だ、何故死んでしまった』
流石のリョフも家族の死は嘆き悲しみ、村を滅ぼした盗賊を探し出して復讐を考えた。だが、既に一年前の出来事であり、盗賊はもう獣人国に引き返して追う手がかりはない。
『俺は……俺はぁっ!!』
この村を出る時、リョフはこの国一番の将軍となって栄光も名誉も権力も掴むと誓った。だが、実際の彼は傭兵として暮らしていくことに満足し、手に入れたのは「武力」だけだった。その事実にリョフは嘆き、何一つとして彼は自分の目的を果たしていない事に気付く。
『いや、違う……俺はまだ、諦めない!!父よ、母よ、友よ……天上から見ていろ!!俺は必ず、この武力《ちから》で夢を掴む!!』
今一度にリョフは自分の目的を思い出し、そして死んでいった人間に誓う。必ずや自分はこの村を出る時に掲げた目的を果たすため、彼は傭兵を辞めた――
――傭兵生活で培った技術を生かし、次にリョフが目指したのは冒険者だった。当時は魔物は少なく、滅多に遭遇できる存在ではない。冒険者の数も今よりもずっと少なく、傭兵と比べたら儲かる仕事ではないと認識されていた。
そんな冒険者稼業にリョフが付いたのは魔物という普通の人間よりも圧倒的な力を誇る存在に挑めるからだった。リョフは自分の力が人を越えた存在として捉えられていた魔物にどれだけ通じるのかと試したく、強大な魔物を倒した時、彼は自分が人を越えた存在になり得ると思った。
『俺に残されたのはこの武力《ちから》のみ……ならば、何処まで通じるか試すのも悪くはない』
傭兵として培った力を利用し、リョフは冒険者として活動して自分の武力が何処まで魔物に通じるのか試したく思った。そして彼は危険地に赴き、あらゆる魔物を倒す。
冒険者としてリョフは各地に存在する魔物の生息地に赴き、魔物を倒し続けてきた。これまでは傭兵として人間ばかりだったが、魔物との戦闘は対人戦以上の緊張感を抱く。
『ブモォオオオッ!!』
『ぐうっ……これが、魔物か!!面白い!!』
ミノタウロスと初めて対峙した時、リョフは戦場でも味わったことない恐怖を抱く。圧倒的な力を持つ存在に初めて出会い、彼は恐れた。しかし、同時に歓喜する。
『ぐおおおっ!!』
『ガハァッ……!?』
激戦の末、リョフは身体中が血塗れになりながらもミノタウロスの角を力ずくで引き剥がす。止めを刺す。死闘を乗り越えてリョフは強くなり、更に強い魔物を求めた。
魔物を倒す度にリョフは身体に怪我を負い、時には死にかけた。しかし、死闘を繰り返す度に彼はより強くなり、遂には冒険者の最高階級である黄金冒険者に成り上がる。
『あれがリョフ……』
『伝説の武人と謳われる男か……』
『凄い迫力だ……』
何時の間にかリョフは他の人間から畏敬の念を抱かれる。この時にリョフは当初の目的だった「名誉」を手にした。しかし、彼は満足せず、リョフは更なる強さを求め続けた。
だが、魔物を相手に倒し続けている内にリョフは強くなったが、ある時期を境に彼は気づく。それは自分の力が高まる感覚を感じられなくなり、彼は自分の「限界」を知った。今までは自分が何処までも強くなれると信じて生きてきた。しかし、どんな魔物と戦っても、人間と戦っても、彼は苦戦する事すらなくなり、自分が強くなり過ぎた事に気付く。
『馬鹿な……俺はもう、強くなれないのか……!?』
王都へと戻ったリョフは当時の冒険者ギルドが確認していた魔物の中で最も危険な存在として恐れられていた魔物を倒した時、彼は自分が強くなる感覚を感じなかった。彼はこの時、既に自分のレベルが高すぎてどれほど魔物を倒して経験値を得てもレベルが上がらなくなった事を悟る。
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