貧弱の英雄

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
580 / 1,110
王都の異変

第576話 表と裏の世界

しおりを挟む
「――待ち合わせの場所はここでござるが……」
「なるほど、いかにもあの婆さんが好みそうな場所だね」


廃墟と化した教会へテンとクノは辿り着くが、まだネズミの姿は見えなかった。テンは周囲を見渡し、人気がいないのを確認すると落ちている瓦礫の上に座り込む。


「ふむっ……妙な気配を感じるでござるな」
「あんたもかい……おい、出てきな」
『チュチュッ……』


廃墟に入った時点で二人とも奇妙な気配を感知しており、テンが声を掛けると瓦礫の隙間から灰鼠が出現する。それも一匹や二匹ではなく、数十匹の灰鼠があちこちから湧き出してきた。

普通の人間がいれば卒倒しそうな光景だが、テンは顔色一つも変えず、クノも無表情を保つ。やがて廃墟の柱の陰から目的の人物が姿を現す。


「……久しぶりだね、テン。こうして会うのは……20年ぶりぐらいかい?」
「さあね、もう覚えてもいないよ」
「つれない娘だね」


ネズミと顔を合わせたテンは彼女が幼少期の頃に自分を育てた相手だと知り、不機嫌そうな表情を浮かべた。その一方でネズミの方は小さな瓦礫に腰かけ、向かい合うように二人は座る。


「ネズミ、一つだけ聞かせな……あんた、どうしてあたしの前から姿を消した?盗賊の奴等から逃げた後、あんたを何度もあたしは探した。けど、見つからなかった……あの後に何があったんだい?」
「別に何もないさ。あたしは盗賊から逃げた後、外国まで足を運んでいたのさ。それで少し前にここへ戻って来た。それだけの話さ」
「嘘を吐くんじゃないよ。あんた、わざとあたしに見つからない様に暮らしてたんだね」
「どういう意味でござる?」


テンはネズミの話を聞いても全く信じず、彼女の真意は別にあると見抜いていた。クノがその理由を問うと、テンはネズミが姿を消した理由を見抜いていた事を告げた。


「盗賊共から逃げた後、ずっとあたしは不思議に思っていたんだ。勘のいいあんたがあんな盗賊なんかに簡単に捕まるはずがない。ましてや自分を囮にしてあたしだけを逃がすなんてね……あんたはあたしを捨てたんだろう?」
「す、捨てた!?」
「……そうさ、あたしは足手まといのあんたを見限った。それだけの話さ」


テンの言葉にネズミは否定せず、その場で彼女はパイプを取り出して口元に運ぶ。そんな彼女に対してクノは動揺するが、テンは至って冷静に話を続ける。


「嘘だね、確かにあの時のあたしが足手まといだったのは本当だろうけどね。だからといってわざと盗賊に捕まってあたしだけを逃がすふりなんて回りくどい真似をするぐらいなら、そこいらの貴族や商人にでもあたしを売り払えば良いはずだ」
「人を売るなんて簡単な事じゃないんだよ。この国では人身売買は禁止されているしね」


ネズミはテンの言葉を聞いても全く動揺せず、あくまでも彼女を見捨てたと言い張る。しかし、テンは気づいていた。ネズミは自分から離れた本当の理由、それは自分のためである事を――





――時は遡り、テンは盗賊から捕まった後に警備兵に助けを求めた。しかし、ネズミは当時は悪党として名前を知られ、そんな彼女に育てられたテンも警備兵に顔を知られていた。結局はテンは警備兵に捕まった。

その後、一応は警備兵はテンの伝えた盗賊の隠れ家へと向かうと、既に盗賊とネズミは姿を消していた。残されたテンは警備兵の元で保護され、この後に彼女は聖女騎士団のジャンヌと巡り合う。

盗賊であるネズミの仲間として捉えられたテンだったが、ジャンヌは彼女の存在を知るとテンを引き取る。その後、テンが犯した罪は全てネズミの指示であるため、彼女本人の意志ではないという理由で正式に釈放される。

幼い子供を拾い上げて自分の命令を聞かせる悪党としてネズミは指名手配され、現在もそれは解けていない。だが、一方でテンの仲間として悪事を働いていたテンは幼いながらに悪党に利用されていた不憫な子として同情を集め、罪を免除される結果となった。




「あんたは警備兵と裏で取引して、自分一人が罪を背負ってあたしを表の世界で生かそうとしてたんだろう?王妃様がこっそり調べて教えてくれたよ……けど、あの時のあたしはまだ子供で王妃様が励ますために嘘を吐いたと思ってたけど、まさか本当の話だったとはね」
「ちっ……余計な事を」
「ではネズミ殿は……本当にテン殿の事を愛していたのでござるな?」
「止してくれよ、気持ち悪い……昔の話さ、まだ悪党になり切れていなかった頃の話さ」


ネズミはテンを助けるために芝居を行い、結果的にはテンは王妃ジャンヌと出会えた。ジャンヌはテンをネズミの代わりに立派に育て上げ、今では聖女騎士団の団長を務める程に立派な人物になった。

しかし、その代わりにテンの罪を被ったネズミは指名手配された悪党として生きていき、もう表の世界には戻れなくなった。今は裏の世界で情報屋として生きてきた事を伝える。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

物語のようにはいかない

わらびもち
恋愛
 転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。  そう、言われる方ではなく『言う』方。  しかも言ってしまってから一年は経過している。  そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。  え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?  いや、そもそも修復可能なの?   発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?  せめて失言『前』に転生していればよかったのに!  自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。  夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。

かわいそうな旦那様‥

みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。 そんなテオに、リリアはある提案をしました。 「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」 テオはその提案を承諾しました。 そんな二人の結婚生活は‥‥。 ※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。 ※小説家になろうにも投稿中 ※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m

少年売買契約

眠りん
BL
 殺人現場を目撃した事により、誘拐されて闇市場で売られてしまった少年。  闇オークションで買われた先で「お前は道具だ」と言われてから自我をなくし、道具なのだと自分に言い聞かせた。  性の道具となり、人としての尊厳を奪われた少年に救いの手を差し伸べるのは──。 表紙:右京 梓様 ※胸糞要素がありますがハッピーエンドです。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

処理中です...