貧弱の英雄

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
499 / 1,110
ゴブリンキングの脅威

第486話 運命に抗う

しおりを挟む
『ナイ、貴方だけは行かせません……もう私は誰も死なせたくないのです』
『ヨウ先生……』
『グルルルッ……!!』
『えっ……ビャク?どうしたの?』


この時にビャクは唸り声をあげ、街の外から聞こえてくる巨人の鳴き声を聞いた時から様子がおかしかった。何時にないほどの怒気を滲ませ、その気迫に他の者は戸惑う。



――ナイでさえもビャクの怒りは理解できないが、実を言えばビャクはこの巨人の鳴き声には聞き覚えがあった。かつて自分が家族と暮らしていた時、この声の主と遭遇して彼は両親を殺された。



両親の仇が街の外に現れた事にビャクは勘付き、今にも駆け出しそうな様子だった。それを見たナイはビャクを落ち着かせようと手を伸ばす。


『ビャク……』
『クゥンッ……』


主人であるナイの言葉にビャクは反応し、彼は悔しそうな表情を浮かべていた。仇が近くに居る事に気付き、彼は今にも駆け出して仇を討ちたいと思っている。その姿を見たナイはかつて赤毛熊にアルを殺されたばかりの頃の自分の姿と重ねる。

アルが死んだ後、ナイは仇を討つために狂ったように岩石を叩き壊す訓練を行い、疲れた時は川で顔を洗い流した。その時に水面に映った自分の顔は怒りと憎しみで歪んでいた事を思い出し、現在のビャクもそうであった。


『ビャク……お前も、そうだったのか』
『ウォオオオンッ!!』


ビャクは咆哮を放ち、その声は怒りを感じさせたが、同時に悲しみの声にも聞こえた。ここでナイがビャクを止めても無駄であると悟り、そしてこのまま彼を一人で行かせるわけにはいかない。


(ゴマンも……こんな気持ちだったのかな)


ナイは赤毛熊を倒しに夜に村を出ようとした時、ゴマンと遭遇した。その時は彼に反魔の盾を渡され、ゴマンは自分が付いていっても役に立てない事を知っていて家宝である盾を貸してくれたのだ。

反魔の盾を目にしたナイはビャクに視線を向け、ここで彼を止める事はできない。だが、彼だけを行かせたらまた自分は後悔する事になると確信を抱く。まだ声だけしか確認していないが、火竜やゴーレムキングと相対した時のように本能が危険を知らせる。


『どうやら我々も戻らねばならぬな……』
『ええ、そうですわね。ですけど、ナイ君は……』
『……ここへ残った方が良いだろう』
『えっ!?そんな……』
『ヒイロ……ナイを死なせるわけにはいかない』


ヨウの予知夢を聞かされた他の者達はナイをこの場へと残し、自分達だけが戦いに向かおうとする。ヒイロは戦力的に考えてもナイが居た方が心強いのだが、彼が死ぬ未来を見えたヨウの話を聞かされては連れて行くわけには行かない。

だが、ナイはビャクを前にして考える。本当に自分がここへ残るべきか、このままビャクと他の者に行かせていいのか、そして考えた末にある事を思い出す。


『ヨウ先生……確認したいことがあるんですけど、いいですか?』
『えっ?』


ナイはヨウへと振り返り、彼女からある事を尋ねる。その質問に対してヨウは戸惑いながらも頷き、ナイを引き留めようとした。


『行ってはなりません、貴方を行かせてもしも死んでしまったら私は……』
『ヨウ先生、その予知夢は悪夢なんかじゃありません』
『えっ……?』
『先生が見る夢は正夢になるかもしれない……けど、それが本当に悪夢かどうかを決めるのは先生じゃない。きっと、僕なんです』
『ナイ……貴方は何を行って……!?』


ヨウはナイの言葉の意味を理解できなかったが、ナイはビャクに視線を向けると彼は意図を察したように態勢を屈め、ナイは背中に乗り込む。そして彼はヨウへ向けて言い放つ。


『ありがとうございます、先生!!夢の事を教えてくれて……これで俺は!!』
『えっ……!?』
『ナイさん!?駄目ですわ、貴方はここへ残って……』
『この場所は、俺の大切な人が暮らす街です!!それを滅ぼそうとする存在を許せません!!』
『ナイ!?駄目だ、止まれっ!!これは命令だぞ!?』


他の人間の制止を振り切ってナイはビャクを走らせ、その姿を見た者達は慌てて引き留めようとした。しかし、本気で移動を行う白狼種に速度で勝る存在はここにはおらず、そのまま二人は街中を駆け抜けた。

走り去るナイの姿を見てヨウは必死に手を伸ばして声を上げようとした。だが、最後に言い残したナイの言葉は彼女の胸に響き、どうしても「行くな」という言葉が出せなかった。その代わりにヨウは別の言葉を無意識に発していた。


『――生きて……戻ってきなさい!!』
『はいっ!!』
『ウォオオオンッ!!』


別れ際のヨウの言葉にナイは元気よく返事を返し、そして誰よりも早くに街の外へ飛び出して巨人と相対した――
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

物語のようにはいかない

わらびもち
恋愛
 転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。  そう、言われる方ではなく『言う』方。  しかも言ってしまってから一年は経過している。  そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。  え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?  いや、そもそも修復可能なの?   発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?  せめて失言『前』に転生していればよかったのに!  自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。  夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。

かわいそうな旦那様‥

みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。 そんなテオに、リリアはある提案をしました。 「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」 テオはその提案を承諾しました。 そんな二人の結婚生活は‥‥。 ※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。 ※小説家になろうにも投稿中 ※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m

少年売買契約

眠りん
BL
 殺人現場を目撃した事により、誘拐されて闇市場で売られてしまった少年。  闇オークションで買われた先で「お前は道具だ」と言われてから自我をなくし、道具なのだと自分に言い聞かせた。  性の道具となり、人としての尊厳を奪われた少年に救いの手を差し伸べるのは──。 表紙:右京 梓様 ※胸糞要素がありますがハッピーエンドです。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

処理中です...