貧弱の英雄

カタナヅキ

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旋斧の秘密

第313話 少年の話

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「はい、先日に当主様がお客様を連れてきました。ナイという名前の少年です」
「少年……?」


少年という言葉にリーナは引っかかり、まさかとは思うが父親が招待した相手が例の少年ではないかと思う。そんな彼女にロウは話を続けた。


「その少年は一見すると普通の少年のようにしか見えませんでした。しかし、当主の話によるとその少年がミノタウロスを討伐したというのです」
「ミノタウロス!?それって例の噂の……!?」
「やはり御存じでしたか。当主様はミノタウロスを倒されたという少年にお礼をするために呼び出しました。最も兵士達は勝手な勘違いで少年に対して無礼な態度で連れ出したようですが……後に私の方で折檻しておきました」
「そ、そうなんだ……」


リーナはロウの折檻という言葉を聞いて身体を振るえさせ、彼の折檻の恐ろしさは彼女自身も良く知っている。子供の頃、リーナは父親に悪戯を仕掛けた時にロウに叱られ、その時に彼からを受けた。

いくら相手が自分の仕える主人の娘とはいえ、悪さを行ったリーナをロウは簡単には許さず、父親であるアッシュの許可を得て彼女がもう二度と他人に迷惑を掛けない様に厳しく躾けた。そのせいでリーナはロウに頭が上がらず、彼の言葉を聞いて顔色を青くする。


「まあ、兵士達の方はどうでもいいのですが……公爵様はお客人として迎え入れました」
「そ、それで?お父さんはその子に何をしたの?」
「最初の内は料理を振舞ったり、お詫びの品として少年の望んだ物を用意されていましたが、武人の血が騒いだのでしょう。当主様は急に腕相撲を申し込みました」
「腕相撲?」


客として呼び出しておきながら急に腕相撲を申し込まれた事に少年《ナイ》は戸惑った様子だったが、すぐに勝負を受け入れてくれた。その後、ナイとアッシュの行った腕相撲は凄まじい戦いだった事をロウは語る。


「当主様とナイ様の腕相撲勝負は白熱した試合でございました。追い込んだと思ったら、次の瞬間には逆に追い込まれていたり、正に一進一退の攻防でした」
「そ、そうなんだ……でも、お父さんと張り合うなんて凄いね」


アッシュの強さは娘のリーナがよく知っており、純粋な腕力でもアッシュに勝てる人間など王都中を探してもそうはいない。だが、一年ほど前にミイナがアッシュと腕相撲を行った時はアッシュが勝利した。

少なくとも王国騎士の間でもアッシュと渡り合える怪力の持ち主はミイナぐらいしか存在せず、その少年は父親と互角に渡り合った時点でリーナは驚かされた。しかし、更に続けて聞いた言葉にリーナは驚愕した。


「勝負は終盤を迎えると、当主様は真の力を発揮されました」
「えっ!?お父さん、本気になっちゃったの!?」
「はい、当主様もあと一歩というところまで追い詰めたのですが、唐突にナイ殿も雰囲気が変わると、形勢は逆転しました」
「しかも負けちゃったの!?」


リーナはアッシュが本気を出した事、それでも尚、少年に負けたという事に動揺を隠せず、ロウもアッシュが負けた時は信じられなかったという。


「あの時の事は今でも鮮明に思い出せます。当主様は間違いなく、本気で戦われていました。しかし、それでも少年の方が勝っていたのです」
「し、信じられない……あのお父さんが負けるなんて」
「ですが、事実でございます。あれ以来、当主様は鍛錬の時間を倍に増やしております。そのせいで書類作業が滞っているのですが……その辺はリーナ様から注意して貰えますか?」
「あ、うん……分かった、一応は怒っておくね」


ロウの話を聞いてリーナは増々にナイという少年に興味を抱き、自分の父親が腕相撲とはいえ、他の人間に負けたなど信じられなかった。


「ナイ君か……ちょっと会ってみたいな、何処に居るのか知ってる?」
「それは……難しいと思われます。実は現在、ナイ様はアルト王子の屋敷に住んでおります」
「えっ!?アルト君!?」


ここでまさかアルトの名前が出てくるとは思わなかったリーナは焦りの声をあげるが、ロウはナイがアルトの屋敷に世話になるまでの経緯を話す。


「――という事でナイ様は現在はアルト王子様の屋敷に世話になっておられます。白猫亭なる宿屋の再建が終えるまでの間、アルト王子様の所で働くようです」
「え、ええ~……その話、もっと早く知りたかったよ」


アルトの元にナイが世話になっていると聞いたリーナは頭を抑え、その話をもう少し早く知っていれば自分がアルトの護衛役を引き受けたのにと思う。

既にリーナは依頼を断った形であり、今からでも戻ってギガンに相談するべきか考えたが、一度断った手前、再度依頼を引き受けたいと申し出るのは気が引けた。
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