貧弱の英雄

カタナヅキ

文字の大きさ
上 下
73 / 1,110
忌み子と呼ばれた少年

第73話 習得「隠密」「無音歩行」

しおりを挟む
――赤毛熊から逃れる際、ナイが新しく覚えたのは「隠密」と「無音歩行」と呼ばれる技能だった。この二つの技能を組み合わせたお陰でナイは赤毛熊に存在を勘付かれる事もなく、場所を移動する事が出来た。


――――――――――――

・隠密――気配を限りなく消し去り、存在感を薄くさせる

・無音歩行――足音を鳴らさずに歩くことができる

――――――――――――


水晶の破片に表示されたステータス画面の項目に隠密と無音歩行の能力が記載されており、この二つの能力のお陰でナイは命拾いした。


(隠密と無音歩行……まさか、こんなに上手く行くとは思わなかったけど、この二つは狩猟の時にも役立ちそうだな)


気配を頼りにナイを探っていた赤毛熊だったが、ナイが「隠密」を発動した事で気配を消し去り、更に「無音歩行」のお陰で足音を立てずに移動して逃げる事に成功した。

無音歩行の優れた点は程度ならば足音を鳴らさずに移動できるという点であり、そのお陰で赤毛熊の聴覚さえも欺いて逃げ切る事に成功した。今回はこの二つの能力のお陰でナイは助かった。


(いや、喜んでる場合じゃないな。この森に赤毛熊が乗り込むなんて……早くここから離れた方が良い)


山よりも森の方が比較的に安全だと思われたが、あのような化物が現れるとなると話は別であり、急いでナイは川の上流へと向かう。滝の裏の洞窟に隠れているはずのビャクも心配ではあるが、自分自身も赤毛熊に見つからない様に注意しなければならない。

急ぎ足でナイは赤毛熊に見つかる前に移動しようとしたが、この時にナイは自分が何か忘れているのではないかと踏み止まる。


(何だ……嫌な予感がする)


ナイはこのまま滝に向かう事に躊躇うが、遠くから聞こえてきた赤毛熊の鳴き声を耳にして仕方なく移動を行う。何か重要な事を忘れているように思うが、今は一刻も早く逃げ出すのが先だった――





――川の上流へ向けてナイは走り続け、途中で何度か休憩を挟みながらも遂に滝が視界に見える場所まで辿り着く。ここまでは赤毛熊が追いかけてくる様子はなく、遂に目的地に辿り着いた事にナイは安心した。


「はあっ、はあっ……やっと着いた。ビャクは無事かな……」
「ウォオオンッ!!」


滝の裏の洞窟へ早速向かおうとした時、近くから狼の鳴き声を耳にしたナイは驚いて振り返ると、そこにはナイの元に近付いてくるビャクの姿が存在した。どうやら餌を求めて川に泳いでいる魚を捕まえていたらしく、口元に魚を加えながらもナイの元に駆けつける。


「フガフガッ……」
「ビャク!!無事で良かった……とりあえず、その魚は飲み込もうか」
「ワフッ……」


ナイの言葉に従ってビャクは口元に加えていた魚を食すと、改めて嬉しそうに尻尾を振りながらナイへとじゃれつく。別れていた時間はせいぜい一日程度だが、ビャクはナイが来てくれた事に嬉しそうだった。

どうやら川で魚を取っている所を見る限りはビャクも滝の裏の洞窟の中で暮らす事に慣れたらしく、その様子を見てナイは安心する。だが、あまり喜んでばかりはいられずにビャクに注意を行う。


「ビャク、これからは外に出る時は気を付けるんだぞ。とんでもない化物がこの森に住み着いたんだ」
「ウォンッ?」
「赤毛熊という魔獣なんだけどね、全身が赤色の毛皮に覆われた熊なんだ。もしもそいつを見かけたら、戦わずに逃げるんだぞ」
「クゥ~ンッ……」


ビャクはナイの言葉を聞いて頷き、その反応を見てナイは安心する。ビャクの安全と新しい住処に適応している彼を見てもう大丈夫だと判断したナイは急いで引き返し、他の人間にも赤毛熊の存在を知らせようとした。


「じゃあ、ビャク。今日はもう帰るけど、また明日もここへ来るからね。その時はお前の好きな肉も持ってくるから……」
「ウォンッ?」
「ごめんね、今日はゆっくりしていられないんだ。急いで外へ行かないと……」
「クゥ~ンッ……」


ナイがもう行ってしまう事に寂しさを覚えたビャクは彼の服の裾に噛みついて引き留めようとするが、ビャクはそんな彼の頭を撫でながら語り掛ける。


「大丈夫、明日はずっと一緒にいるから……さあ、お前も今日は洞窟に戻って大人しくしてるんだぞ」
「ウォンッ……」


命令されたビャクは渋々とナイから離れ、寂しそうな表情を浮かべながら洞窟へと向かう。その彼の姿にナイは罪悪感を抱くが、一刻も早く赤毛熊が山から下りた事を他の人間に知らせる必要があった。

普段からこの森に訪れるのはナイとアルぐらいだが、森の食材を求めて時折他の村人も訪れる事はある。だが、もしも赤毛熊がこの森に縄張りを移したとあれば大変な事になる。


(すぐに村に戻らないと……)


ビャクの安全を確認したナイは急いで村へ戻ろうと移動を再開した。その様子をビャクは遠目で見つめ、やがて何かを決心したようにビャクは目つきを鋭くさせる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

物語のようにはいかない

わらびもち
恋愛
 転生したら「お前を愛することはない」と夫に向かって言ってしまった『妻』だった。  そう、言われる方ではなく『言う』方。  しかも言ってしまってから一年は経過している。  そして案の定、夫婦関係はもうキンキンに冷え切っていた。  え? これ、どうやって関係を修復したらいいの?  いや、そもそも修復可能なの?   発言直後ならまだしも、一年も経っているのに今更仲直りとか無理じゃない?  せめて失言『前』に転生していればよかったのに!  自分が言われた側なら、初夜でこんな阿呆な事を言う相手と夫婦関係を続けるなど無理だ。諦めて夫に離婚を申し出たのだが、彼は婚姻継続を望んだ。  夫が望むならと婚姻継続を受け入れたレイチェル。これから少しずつでも仲を改善出来たらいいなと希望を持つのだが、現実はそう上手くいかなかった……。

かわいそうな旦那様‥

みるみる
恋愛
侯爵令嬢リリアのもとに、公爵家の長男テオから婚約の申し込みがありました。ですが、テオはある未亡人に惚れ込んでいて、まだ若くて性的魅力のかけらもないリリアには、本当は全く異性として興味を持っていなかったのです。 そんなテオに、リリアはある提案をしました。 「‥白い結婚のまま、三年後に私と離縁して下さい。」 テオはその提案を承諾しました。 そんな二人の結婚生活は‥‥。 ※題名の「かわいそうな旦那様」については、客観的に見ていると、この旦那のどこが?となると思いますが、主人公の旦那に対する皮肉的な意味も込めて、あえてこの題名にしました。 ※小説家になろうにも投稿中 ※本編完結しましたが、補足したい話がある為番外編を少しだけ投稿しますm(_ _)m

少年売買契約

眠りん
BL
 殺人現場を目撃した事により、誘拐されて闇市場で売られてしまった少年。  闇オークションで買われた先で「お前は道具だ」と言われてから自我をなくし、道具なのだと自分に言い聞かせた。  性の道具となり、人としての尊厳を奪われた少年に救いの手を差し伸べるのは──。 表紙:右京 梓様 ※胸糞要素がありますがハッピーエンドです。

友達の妹が、入浴してる。

つきのはい
恋愛
 「交換してみない?」  冴えない高校生の藤堂夏弥は、親友のオシャレでモテまくり同級生、鈴川洋平にバカげた話を持ちかけられる。  それは、お互い現在同居中の妹達、藤堂秋乃と鈴川美咲を交換して生活しようというものだった。  鈴川美咲は、美男子の洋平に勝るとも劣らない美少女なのだけれど、男子に嫌悪感を示し、夏弥とも形式的な会話しかしなかった。  冴えない男子と冷めがちな女子の距離感が、二人暮らしのなかで徐々に変わっていく。  そんなラブコメディです。

【完結】王子妃になりたくないと願ったら純潔を散らされました

ユユ
恋愛
毎夜天使が私を犯す。 それは王家から婚約の打診があったときから 始まった。 体の弱い父を領地で支えながら暮らす母。 2人は私の異変に気付くこともない。 こんなこと誰にも言えない。 彼の支配から逃れなくてはならないのに 侯爵家のキングは私を放さない。 * 作り話です

傍若無人な姉の代わりに働かされていた妹、辺境領地に左遷されたと思ったら待っていたのは王子様でした!? ~無自覚天才錬金術師の辺境街づくり~

日之影ソラ
恋愛
【新作連載スタート!!】 https://ncode.syosetu.com/n1741iq/ https://www.alphapolis.co.jp/novel/516811515/430858199 【小説家になろうで先行公開中】 https://ncode.syosetu.com/n0091ip/ 働かずパーティーに参加したり、男と遊んでばかりいる姉の代わりに宮廷で錬金術師として働き続けていた妹のルミナ。両親も、姉も、婚約者すら頼れない。一人で孤独に耐えながら、日夜働いていた彼女に対して、婚約者から突然の婚約破棄と、辺境への転属を告げられる。 地位も婚約者も失ってさぞ悲しむと期待した彼らが見たのは、あっさりと受け入れて荷造りを始めるルミナの姿で……?

別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが

リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!? ※ご都合主義展開 ※全7話  

兄を溺愛する母に捨てられたので私は家族を捨てる事にします!

ユウ
恋愛
幼い頃から兄を溺愛する母。 自由奔放で独身貴族を貫いていた兄がようやく結婚を決めた。 しかし、兄の結婚で全てが崩壊する事になった。 「今すぐこの邸から出て行ってくれる?遺産相続も放棄して」 「は?」 母の我儘に振り回され同居し世話をして来たのに理不尽な理由で邸から追い出されることになったマリーは自分勝手な母に愛想が尽きた。 「もう縁を切ろう」 「マリー」 家族は夫だけだと思い領地を離れることにしたそんな中。 義母から同居を願い出られることになり、マリー達は義母の元に身を寄せることになった。 対するマリーの母は念願の新生活と思いきや、思ったように進まず新たな嫁はびっくり箱のような人物で生活にも支障が起きた事でマリーを呼び戻そうとするも。 「無理ですわ。王都から領地まで遠すぎます」 都合の良い時だけ利用する母に愛情はない。 「お兄様にお任せします」 実母よりも大事にしてくれる義母と夫を優先しすることにしたのだった。

処理中です...