貧弱の英雄

忌み子と呼ばれた少年

第35話 ホブゴブリン

「うわっ！？」
「グギィッ！！」
「グギギッ！！」


石斧が衝突した際の衝撃で木陰に隠れていたナイは声を上げてしまい、その声と姿を確認したホブゴブリン達は敵意を剥き出しにした。ナイは慌てて背中の籠を地面に投げ捨てると、ホブゴブリン達と向かい合う。

ここで不用意に逃げ出せばホブゴブリンに追いつかれ、殺される可能性が高い。それならば一か八か戦うしかないと判断したナイは腰の短剣を引き抜くと、逆手に持ち帰る。


「グギィイッ！！」
「くっ……！？」


真っ先にホブゴブリンの１体が動き出すと、ナイへ向けて両腕を伸ばす。先ほど石斧を投げた個体の方が襲い掛かってきた事が幸いし、咄嗟にナイは「迎撃」を発動させて反撃行動へ移ろうとした。


「このぉっ！！」
「グギャッ！？」
「グギィッ！？」


飛び掛かってきたホブゴブリンに対してナイは体勢を低くして逆に相手の脇腹に向けて刃を振りかざす。ホブゴブリンとナイがすれ違う形となり、次の瞬間にホブゴブリンの腹部に血飛沫が上がった。

脇腹を切りつけられたホブゴブリンは体勢を崩しかけるが、すぐに傷口を抑え込んでどうにか踏み止まる。一方でナイは急所へ攻撃をしかけたつもりだが、ホブゴブリンの身体が予想以上に硬くて攻撃を振り切れなかった事に焦りを抱く。


(か、硬い……仕留めきれなかった！？)


今までは迎撃を発動した時は相手に致命傷を与えてきたが、今回の敵は肌が硬く、アルが仕上げた短剣でさえも仕留められなかった。攻撃を仕掛けたナイの方が腕が震えてしまい、刃の部分が少し欠けてしまう。

ホブゴブリンは通常種のゴブリンとは比べ物にならない皮膚の硬さを誇り、脇腹から血を流しながらも攻撃を受けたホブゴブリンは怒りの表情を浮かべる。一方でもう一体のホブゴブリンは警戒したように鳴き声を放つ。


「グギィッ！！ギギィッ！！」
「グギギッ……！！」


仲間を落ち着かせるようにもう一体のホブゴブリンが鳴き声を上げると、その声を聞いた途端に目を血走らせて今にもナイに襲い掛かりそうだった方のホブゴブリンは動きを止める。


(ま、まずい……相手から仕掛けてくれないと迎撃が発動できない！？)


ホブゴブリン達に前後を囲まれたナイは冷や汗を流し、先ほど攻撃を仕掛けたホブゴブリンが怒りに身を任せてナイに仕掛けてきたら反撃の好機もあった。だが、もう一体のホブゴブリンが落ち着かせた事で状況は一変する。

二体のホブゴブリンに囲まれたナイはじりじりと距離を詰められ、このままでは捕まってしまう。相手が明確な攻撃の意思を抱いて攻撃を仕掛けなければナイは迎撃を発動でできず、何もしなければ捕まって殺されてしまう。


(どうすればいい！？何か方法は……いや、これだ！！)


ナイはこの状況を打破する方法を考えていると、ここで自分の懐に隠している物に気付く。ナイは迷う暇もなく懐から小さな壺を取り出すと、それを冷静に仲間を止めたホブゴブリンに目掛けて中身を振りまく。


「喰らえっ！！」
「グギャアアッ！？」
「グギィッ！？」


壺の中身は緑色の粉末が入っており、それを浴びたホブゴブリンは目に粉末が入って悲鳴を上げる。この粉末の正体は傷薬代わりにナイが用意した「薬草の粉末」であり、その粉末が目に入ったホブゴブリンは悲鳴を上げ顔面を覆い込む。

仲間が得体のしれない攻撃を受けたと判断したのか、先に攻撃を受けたホブゴブリンは怒りの表情を抱いてナイへと襲い掛かろうとした。その攻撃に対し、今度こそナイは仕留めるために「迎撃」を発動させた。


「グギィイイッ！！」
「やああっ！！」


正面から突っ込んできたホブゴブリンに対してナイは短剣を両手で構え、一か八か胸元に目掛けて突き出す。ホブゴブリンが振り払った右腕を回避しながらナイは両手で掴んだ短剣を突き刺し、次の瞬間には鈍い音が鳴り響く。


「ガハァッ……！？」
「うぐぅっ……！？」


ホブゴブリンは口元から血を流し、一方でナイは両腕に衝撃が伝わり、呻き声を漏らしながら地面に膝を着く。一方で胸元を突き刺されたホブゴブリンの方は口元から血を流しながら胸を抑え込み、やがて白目を剥いて倒れ込んだ。

ナイは倒れたホブゴブリンに視線を向け、自分の両腕を確認する。衝突の際に両腕に罅が入ったようだが、それでも倒す事に成功した。ナイの力だけではホブゴブリンに短剣を突き刺す事は難しかったが、相手が勢いよく飛び込んできた事が幸いした。


(た、倒した……それに最後の感触、もしかしてだけど……？)


短剣を突き刺した瞬間、ナイはホブゴブリンの内部に硬い物を感じ取った。どうにかホブゴブリンを倒す事に成功して安堵しかける。しかし、すぐに背後から聞こえてきた声に彼は顔を青ざめた。


「グギギギッ……！！」
「うあっ……！？」


背後を振り返ると、そこには涙を流しながらも仁王立ちするホブゴブリンが存在し、先ほどの目潰しから回復したホブゴブリンは仲間の死体を見て怒りの咆哮を放つ。