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魔法の契約

第17話 収納魔法の可能性

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「――師匠、落ち着いた?」
「ふうっ……すまんな、儂とした事が取り乱した」
「クゥ~ンッ」


山小屋に引き返したクロウはナイとビャクを中に招き入れ、お茶を飲んで心を落ち着かせる。先ほどは怒鳴ってしまったが、冷静になった所でナイの話を聞く。


「ナイ、さっきの言葉はどういう意味だ?同じ魔術痕を刻んで欲しいなど何を考えている?」
「えっとね、修行してて気づいたんだけど……もしかして魔術痕が一つだと魔法も一つしか生み出せないんじゃないの?」
「……なるほど、そこに気付いたか」


これまでの修業でナイは色々と試してきたが、どれだけ頑張ってもの魔法を同時に発現する事ができなかった。魔術痕からどれだけの魔力を引き出しても「黒渦《ゲート》」は一つしか作り出せない事に気が付く。


「いくら魔力を増やしても黒渦を増やす事ができなかったから、もしかして俺の魔術痕が一つだけしかないのが原因かと思って……」
「……その通りだ。基本的には魔術痕から生み出せる魔法は一つ限りだ。どれだけ魔力を持ち合わせていようと、二つの魔法を一つの魔術痕から生み出す事はできない」
「あ、やっぱりそうだったんだ……良かった、俺の修業が足りないのかと思ってた」


クロウの話を聞いてナイは安堵した。一方でクロウはナイが二つ目の魔術痕を欲しがった理由を知って不思議に思う。


「なるほど、魔法の数を増やしたかったから魔術痕を刻んで欲しいのか。だが、どうして収納魔法にそこまで拘る?今のお前の魔力なら強力な攻撃魔法が扱える別の属性の魔術痕も刻む事ができるんだぞ?」
「え?そうなの?う~ん……」
「一応は説明しておくが、同じ属性の魔術痕を複数刻む魔術師は少ないぞ」
「え、そうなの?」


ナイの希望通りに同系統の魔術痕を刻んだ場合、同じ魔法を複数同時に展開できる。しかし、普通の魔術師はそんな真似はしない。

理由としては魔術痕を刻む位置が原因であり、大抵の場合は両手に魔術痕を刻む事が多い。両手以外の箇所だと魔法を発現しても敵を狙いにくく、普段から使い慣れている利き手に自分の得意とする属性の魔術痕を刻むのが常識である。また、手に魔術痕を刻む場合は「掌」と「甲」の部分にそれぞれの魔術痕を刻めるため、両手を合わせても合計で四つの魔術痕しか刻む事ができない。

クロウの場合は両手に四つ、その他の箇所に三つの魔術痕を刻んでいる。それぞれが別属性の魔術痕であり、彼は七つの属性の魔法を使い分ける事ができる。だが、ナイの場合は右手に闇属性の魔術痕を既に刻んでおり、その状態でさらに魔術痕を刻むとなると不便が出てくる。


「ちなみにお前は何処に魔術痕を刻むつもりだった?」
「左手だよ。両手で黒渦を扱えるようになりたいと思ってたんだけど……」
「よりにもよって手か……」


ナイの話を聞いてクロウはため息を吐き出し、利き手に魔術痕をまた刻みたいと言い出さなかった事だけは安心する。しかし、クロウとしてはナイの提案を簡単には賛成できない。


「ナイ、落ち着いて聞け。確かにお前の収納魔法を生かした戦術は見事だ。運が良かったとはいえ、あの赤毛熊を倒せるほどだからな」
「うん、俺もっと収納魔法を磨きたいんだ」
「その気持ちは立派だが、なにも闇属性の魔法に拘る必要はないだろう。お前が望むなら火属性でも雷属性でも……何だったら他のどんな属性の攻撃魔法を教えられるぞ?わざわざ攻撃に不向きな収納魔法に拘る理由はないだろう」


赤毛熊の討伐方法を聞いた時はクロウはナイの戦略には感心した。まさか収納魔法を攻撃に利用するなど夢にも思わず、その点はナイの機転の良さに見事だと褒めざるを得ない。しかし、今回勝てたのは運の要素が大きい事を指摘する。

仮にナイが最初から別の属性の攻撃魔法を覚えていた場合、わざわざ危険を冒さなくても赤毛熊を倒せた可能性もある。攻撃性能が高い火属性や雷属性の魔法ならばナイの魔力量ならば連続して撃ちこめるため、危機を侵さずに赤毛熊を倒せた。

だが、ナイの魔力量が大幅に増えた原因はそもそも収納魔法のお陰である。だから収納魔法を覚えていないナイが他の属性の攻撃魔法を覚えていたとしても、今ほどの魔力を手に入れていたか分からない。


「確かに他の魔法も気にはなるけど……俺はまだ収納魔法を使いこなせていない気がするんだ」
「使いこなすも何も……この魔法は異空間に荷物を預けるだけの魔法だぞ?」
「誰がそれを決めたの?」
「誰がって……」
「俺はこの魔法が生活に役立つだけの魔法とは思えないよ。実際、赤毛熊を倒したり、俺の魔力が増えたのは収納魔法のお陰でしょ?」


クロウはナイの言葉に衝撃を受け、言われてみれば収納魔法が攻撃魔法に向いていない根拠などなかった。ナイは猛練習の末に異空間に取り込んだ物体を高速射出できるようになり、そんな真似ができるなどクロウは知りもしなかった。

収納魔法は攻撃には利用できないなどただのに過ぎず、クロウを含めて大半の魔術師は収納魔法は攻撃には利用できないと考えていた。しかし、実際には使い方によっては子供のナイでも魔物を倒せる攻撃を繰り出せる「応用性」の高い魔法だった。


(言われてみれば確かに儂は収納魔法の事を理解しておらんかったな……収納魔法を利用すれば魔力拡張の修業もできる事も、練習すれば物体を素早く射出できる事も初めて知った)


この世の全ての魔法を覚えたクロウだが、よりにもよって日常生活でも多様する収納魔法の性質を理解していなかった事に衝撃を受ける。自分も気づかなかった収納魔法の新しい可能性を見出したナイにクロウは心底感心する。


「ナイ、お前は儂の想像以上に凄い奴かもしれんな」
「え?急にどうしたの……なんか怖いんだけど」
「全く、人が素直に褒めてやったと言うのに……」
「クォオッ……」


珍しく褒められた事にナイは不気味がり、そんな彼の態度にクロウはため息を漏らす。その一方でビャクは暇そうに床に寝そべり、そんな彼の頭を撫でながらナイはクロウに改めて頼む。


「師匠、俺に魔術痕を刻んでよ!!黒渦をもっと出せるようになれば色々な使い道があると思うんだ!!」
「……前にも言ったと思うが、魔術痕は一度刻めば二度と消す事はできん。別の魔術痕に書き換える事はできんのだぞ?」
「それでもいいよ!!俺はもっと収納魔法を極めたいんだ!!」


左手に魔術痕を刻む場合、ナイは両手に刻める魔術痕は残り二つとなる。一応は他の身体の箇所に魔術痕を刻めることができるが、わざわざ魔法が使いやすい両手に同じ属性の魔術痕を刻む人間など滅多にいない。しかし、ナイの熱意に押されてクロウはため息を吐き出す。


「仕方ない奴だ……いいだろう、力を貸してやる」
「本当に!?」
「ああ、だが新しい魔術痕を刻む必要はない。儂の手でお前の魔術痕を改造してやろう」
「か、改造!?やっぱりエッチな事をするつもり!?」
「するかっ!!」
「ウォンッ!?」


自分の右手を抑えるナイにクロウは怒鳴りつけ、そんな彼の大声に昼寝していたビャクは目を覚ます――





※主人公が女の子だったら大変でした(笑)
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