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魔法の契約

第16話 魔力拡張

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――三か月前からナイは収納魔法を実戦で生かす方法を考え、様々な修行を行ってきた。大量の小石を連射したり、黒渦の拡大化を行ったり、色々な修行を試す。

特に一番辛かった修行は異空間の修行だった。毎日欠かさず魔力の限界まで異空間に物体を取り込み、少しずつ取り込める量を増やしていく。


「うっ……まるで元の人間に戻った気分だ」


最初の頃は100キロ程度の重量しか取り込めなかったナイだが、訓練と狩猟の時間帯以外は異空間に常に限界まで物体を取り込んだまま日常生活を過ごす。

収納魔法は異空間に取り込んだ物体の分だけ魔力が削られるため、訓練と狩猟以外の時間はナイは魔法どころか肉体強化の技術さえも扱えず、慣れるまでの間は色々と苦労させられた。だが、苦労の甲斐あって少量ずつではあるが異空間に取り込める重量が増えていく。


「よし、今日はもう少し取り込めそうだな」


明確な変化が起きたのは修行を開始してから一週間ほど経過した頃であり、重量制限のが一気に伸びていく。幸いな事に山の中ならいくらでも石や岩などの重量物があるため、それらを利用して異空間に取り込む重量を増やす。

三か月が経過する頃には最初の頃と比べて10倍以上の重量を異空間に取り込めるようになり、物体を取り除けば魔力量は格段に増していた。現在のナイは1トン近くの岩と大量の小石を異空間に取り込んでも問題なく行動できるようになっていた――





――話を聞き終えたクロウは信じられない表情を浮かべ、そんな彼の顔を見てナイは自分がまずい事をしでかしたのかと不安を抱く。


「お、お前……まさか毎日そんな事をやっていたのか!?」
「そ、そうだけど……何か問題あった?」
「あ、呆れてものも言えん」


ナイの修業法を聞いたクロウは深々と溜息を吐き出し、まさか自分の弟子が知らず知らずのうちにとんでもない修行をしていた事に心の底から呆れてしまう。

本人は気付いていないがナイが行った修行は「魔力拡張」と呼ばれる古来から魔術師の間に伝わる鍛錬法だった。魔術師が自らの魔力を増加させる一番の修業であり、内容は魔力を限界まで消耗させ、自然に回復するまで待つという単純な方法だった。



――魔法や魔術(この場合は魔力を扱う技術を意味する)を利用して体内の魔力を限界近くまで消耗した場合、完全回復した時に魔力の容量がわずかに伸びる。この修行法は年齢が若い人間ほど効果が高く、この世界に召喚されたばかりの頃のクロウも同じような修行を毎日行わされた。

だが、魔力を限界まで使い切るという行為は危険を伴い、下手をしたら命を落としかねない危険な修行である。実際に限界を見誤って魔力を完全に失って死んだ魔術師は数知れず、現代では誰も実践しない危険な修行法だった。

昔と違って現在では魔力を増やす方法は他にもいくつか発見されており、ナイのように魔力を限界まで消耗して魔力を伸ばすやり方で修行する魔術師は滅多にいなくなった。クロウが修行させられた時はまだ他の方法が確立されていなかったので彼も命懸けで修行させられたが、ナイの場合は自らの意思で修行に励んでいた事にクロウは呆れながらも感心する。


(こいつ、自分がとんでもない事をやらかしているのに全く理解しとらんな……だが、この短期間で魔力を伸ばしたのは事実。そこだけは認めてやるか)


ナイが行った収納魔法を利用した「魔力拡張」の修業は功を奏し、ほんの三か月でナイは10倍以上の魔力を見に付けた。もしもナイが収納魔法以外の魔法を覚えていた場合、こんなにも短期間で魔力を伸ばす事はなかっただろう。


(収納魔法は異空間に物体を取り込んだ分だけ魔力が削られる。その間は普通の人間と同様に魔力も使えないはずだ。だが、逆に言えば魔力を少しでも扱えると気付いたら魔力を伸ばす余地ができた事に気づけるのかもしれんな……)


修業の間、ナイの体調が悪かったのは魔力の限界まで利用している証であり、逆に調子が戻れば体内の魔力が増加している事を意味する。異空間を圧迫しながら魔力を確実に伸ばし、三か月で魔力の増幅に成功した。

偶然にもナイは魔力拡張の最適の修業法を見出し、この調子で修行を続ければさらに魔力が伸びる可能性もある。それを知るとクロウはナイに今の修業の危険性は隠した方がいいのではないかと考えた。


(こいつは天才なのか馬鹿なのかよく分からんな……だが、ただの収納魔法でこんな化物を倒せるとはな)


クロウは改めてナイが倒した赤毛熊に視線を向けた。この魔物の正式名称は「赤毛熊《ブラッドベア》」と呼ばれ、野生動物の熊よりも恐ろしい魔物であり、その強さは山に暮らす魔物の中でも白狼種を除けば一、二を誇る。

赤毛熊ほどの危険種をクロウが倒せるようになったのは20代前半であり、弟子のナイは16才を迎える前に赤毛熊の討伐を成し遂げた。しかも彼は強力な攻撃魔法を使わず、本来は戦闘に向いていない収納魔法で倒した事は素直に褒めるしかない。


「……ナイ、強くなったな」
「え?師匠、何か言った?」
「クゥ~ンッ♪」


珍しくクロウが褒めたにも関わらず、ナイはじゃれついてくるビャクの相手をして気付かなかった。そんな彼にクロウは苦笑いを浮かべ、とりあえずはビャクの今後を話し合う。


「さっきも言ったが儂はそいつの面倒を見るつもりはないぞ。お前一人の手で育て上げろ」
「うん、分かってる。犬の調教は得意だから任せて」
「だから犬じゃなくて狼だと……まあいい、それよりも明日が何の日か覚えているのか?」
「明日?えっと……何だっけ?」
「本当に分からんのか?明日はお前の誕生日だぞ」
「誕生日!?もうそんな時期なの!?」


ナイはクロウの言葉を聞いて明日が自分の「16才」の誕生日である事を知る。自分の誕生日を忘れていた事にクロウから呆れられるが、ずっと山の中で過ごしていたせいでナイは日付も把握できず、忘れていたのも無理はない。


「誕生日の祝いに何か好きな物をやろう。何が欲しい?何だったら儂の究極魔法を教えてやらんでも……」
「魔法……そうだ!!師匠、実は頼みたいことがあるんだ!!」
「ウォンッ?」


魔法という単語を聞いてナイはクロウの両肩を掴み、興奮した様子で詰め寄る。弟子の豹変ぶりにクロウは戸惑いながらも話を伺う。


「な、何だ急に!?儂に何をしてほしいんだ!?」
「魔法だよ!!新しい魔法を覚えたいんだ!!」
「おお、やはりそうか!!それでどんな魔法を……」


ナイの方から魔法を学びたがる姿にクロウは喜び、彼が次にどの魔法を求めてくるのか期待した。だが、ナイの返答はクロウの予想の斜め上を行く。


「収納魔法だよ!!」
「はっ!?」
「今度はこっちの手に魔術痕を刻んでよ!!」


目元を煌めかせながらナイは今度は「左手」を向け、あろうことか右手に刻んだ魔術痕と同じ物を刻むように頼み込む。ナイの言葉にクロウは愕然としたが、しばらくすると顔を真っ赤に備えて怒鳴りつける。


「あ、阿保かぁあああっ!!」
「えっ!?」
「キャインッ!?」


山の中にクロウの絶叫が響き渡り、そんな彼にナイとビャクは顔を見合わせて戸惑う――
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