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プロローグ

第7話 ナイの過去

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――数時間後、夜通し山の中を歩き続けて疲労困憊のナイは山小屋に辿り着いた。既に夜明けを迎えてしまい、山小屋の中でクロウは呑気に食事を終えていた。


「ようやく帰ってきたか。随分と遅かったな……お前の分の朝飯まで食い終わったぞ」
「はあっ、はあっ……」
「言い返す気力もないか……仕方のない奴だ」


山小屋に入った途端に緊張の糸が切れたナイは倒れ込み、そんな彼にクロウは壺に入った水を浴びせる。


「ほれ、さっさと起きろ!!」
「ぷはぁっ!?な、何すんだよ!?」


冷たい水を浴びせられたナイは意識を取り戻すと、クロウは外に出るように促す。一晩中山を歩き続けて体力は限界を迎えていたが、そんな彼にお構いなしにクロウは外へ放り出す。


「儂の言い付けを忘れたのか?夕暮れまでに帰ってこいと言ったはずだ。約束通りに今日からはお前は外で寝ろ!!」
「そ、そんな……」
「男のくせに泣き言を抜かすな!!それでも儂の弟子か!?」
「うっ……分かったよ」


約束した時刻に戻れなかったのは事実であり、ナイを山小屋に入れる事をクロウは許されなかった。彼が小屋から出ていくと、クロウは貸していたペンダントの返却を求める。


「ペンダントは預からせてもらうぞ」
「えっ!?でも、これがないと魔物に……」
「阿呆、そのペンダントはただ光るだけの紛い物だ」
「ええっ!?」


クロウが貸し出したペンダントは「魔除け」の効果などなく、暗闇を照らすだけの道具である事が判明する。だから一角兎やゴブリンの魔物にナイが襲われたのは必然であり、本物の魔除けのペンダントならばどんな魔物でも寄せ付けるはずがない。。ナイは嘘を吐いていたクロウに憤慨する。


「師匠!!いくら何でも嘘はないでしょ!?こいつのせいで俺がどんな目に遭ったか……」
「たわけっ!!このペンダントのお陰でお前は帰ってこれたんだろうがっ!!」
「そ、それは……」


ナイはクロウの言葉に言い返せず、ペンダントの灯りが無ければ暗い夜道を歩く事もままならなかった。クロウはペンダントを受け取ると、本物の魔除けのペンダントを投げ渡す。


「そいつを返してやる。それがあれば今度こそ魔物に襲われる事はないだろう」
「ほ、本当に?」
「ふん、儂が信じられないのならさっさと返せ」
「やだよ!!そもそもこれは爺ちゃんのだよ!!」
「阿保か!!それも元々は儂のだ!!」


クロウに渡したペンダントは元々はナイの祖父が所有していた代物だが、実際の所はクロウがナイの祖父に貸していただけに過ぎない。

改めて受け取ったペンダントをナイは首にかけると、不意に違和感を抱いた。ペンダントから強い魔力を感じ取り、その魔力がクロウが発する魔力と同じ物だと察する。


(今なら分かる……爺ちゃんの魔力の凄さが)


今回の一件でナイは「魔力感知」の技術が磨かれ、自分以外の生物の魔力を感知できるようになった。そして今までは意識してこなかったが、クロウが発する魔力を感じて戦慄する。

ナイの魔力のの魔力をクロウは発しており、この魔力を感じ取るだけで大抵の魔物は怯えて逃げてしまう。今までクロウが傍にいる時に山の魔物を見かけなかった理由、それはクロウの魔力を恐れた魔物が近付こうとしなかったからだと判明した。


(こんなに凄い魔力を発してたのに俺は全然気付かなかったのか……我ながら信じられないな)


これまでのナイは自分の魔力を感じ取る事しかできず、一緒に暮らしていたクロウがとんでもない魔力を常日頃から発していた事に気づかなかったのにショックを受ける。だが、ナイの様子を見てクロウは笑みを浮かべる。


「ようやく魔力感知の使い道を理解したようだな」
「え?」
「今までのお前は自分が覚えた技術を生かし切れていなかった。大方、自分の魔力だけを感じ取る事しかできなかったんだろう?」
「うっ……そうかも」


クロウに指摘されたナイは何も言い返せず、彼の言う通りに「魔力感知」も「肉体強化」も完璧に使いこなせてはいなかった。魔力感知は自分以外の生物の魔力も感じ取れる事、肉体強化は身体能力を上昇させる方法以外にも、自然治癒力を高める事で怪我を治せる事を初めて知った。

ではあったがクロウの「試練《テスト》」のお陰でナイは成長した。もしも今回の一件がなければナイは魔力感知も肉体強化の技術の真の使い道を知らずに過ごしていただろう。


「試練は失敗したようだが、色々と学ぶべき物はあっただろう」
「師匠……」
「だが、約束は約束だ。夕暮れまでに戻ってこなかった以上は当分の間は山小屋で寝泊まりする事は許さん。しばらくの間は野宿してろ」
「うへぇっ……」


約束を守れなかった以上はナイを山小屋に残すわけにはいかず、魔除けのペンダントを渡す代わりにクロウは外で過ごすように命じる。しかし、彼は事前に用意していた地図を渡す。


「これもやろう」
「これって……地図?」
「そうだ。山小屋の代わりに寝泊まりできそうな場所を記してある。当分の間はそこで生活しろ」


クロウに渡された地図を見てナイは疑問を抱き、とりあえずは彼の言う通りに従う――





――地図を頼りにナイが辿り着いた場所は、大分前に「魔力感知」の修業を行っていた滝だった。修行していた時は気付かなかったが、滝の裏側には洞窟が存在し、大きな熊でも住めるだけの広さがあった。


「なるほど……滝で入口が隠れているから動物や魔物に見つかる恐れもないか。ここなら安心して休めそうだ」


洞窟の中にはクロウが事前に用意してくれたと思われる毛布やランタンが置かれており、何だかんだでナイのために安全に寝泊まりできる場所を用意してくれたらしい。

一先ずは山小屋から持って帰ってきた自分の荷物を整理し、当分の間はクロウとは離れて生活する事になる。クロウが渡してくれたランタンに火を灯すと、洞窟の中で毛布に包まりながらナイは身体を休める。


「はあっ、ようやく休める……」


山小屋よりも過酷な環境だが、村に居た頃に倉庫で閉じ込められていた時よりはマシだった。叔父に倉庫で閉じ込められた時のナイは碌に食事も水もありつけず、友達に助けてもらわなければ今頃は死んでいたかもしれない。


「村の皆は元気にしてるかな……」


ナイは村を逃げ出した際、世話になった村人達と別れの挨拶は済ましている。祖父が亡くなった後も村の人間は優しくしてくれたが、新しい村長となった叔父が居る限りはナイはもう村に戻れない。

この山に初めてきたばかりの頃、天涯孤独の身となったナイは自暴自棄になっていた。村から逃げ出した後、ナイにはいく当てもなく、祖父の知り合いだった魔術師のクロウを思い出して山に訪れた。彼が自分を助けてくれる保証などなく、もしも見つからなかったら命を絶とうとさえ思っていた。



だが、奇跡的にナイはクロウの山小屋に辿り着いた。何度も山の中で魔物と遭遇して逃げ回ったが、何故か魔物はナイを襲い掛かる事はなかった。後に分かったのだが、祖父の形見として持ち出していたペンダントにはクロウの魔力が込められ、強力な魔除けの効果があったからである。

クロウのペンダントのお陰でナイは彼の元に辿り着き、最初はどうやって話を切り出そうか悩んだが、彼の正体が魔術師である事を祖父から聞いていたため、興味を抱いたナイは魔法を教えてほしいと伝えた。しかし、理由は分からないがクロウの逆鱗に触れたらしく、彼の魔法の力で山の外に追い出されてしまう。

転移魔法で山の外に追い出された後、ナイはクロウの魔法に感動した。生まれて初めて魔法の力を体験し、同時にクロウが本物の魔術師だった事に感動した。だからこそ彼のような魔術師に本気でなりたいと思ったナイは再び山を登って彼の元に向かう。

二度目に山小屋に辿り着いた時、ナイの体力と意識は限界を迎えていた。どうして魔術師になりたいのかというクロウの問いかけに対し、ナイが「何となく」と答えたのは意識が朦朧として適当な返事をしただけだが、正確に言えばクロウと出会った頃のナイは生きる目標が失って自暴自棄になっていた。



――たった一人の家族だった祖父を失い、生まれ育った村から逃げ出したナイには変える場所などなかった。全てを失ったナイは自分の命すらも軽んじ、魔物が巣食う危険な山に足を踏み入れた。クロウと出会う前のナイは自分が死んでも構わないと本気で考えていた。



だが、クロウから「転移魔法」で山の外に飛ばされた時、初めて魔法の力を体験したナイは生きる目標を見つけた。それはクロウのように自分も魔法を使えるようになりたいと思い、もう一度危険を覚悟で山を登った。


「爺ちゃん、皆……俺、絶対に魔術師になってみせるよ」


洞窟の中でナイは必ず魔術師になる事を心の中で誓い、明日に備えて眠りについた――
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