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冒険者の試験

第33話 黒虎の方針

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「黒虎は他の冒険者ギルドと違って冒険者を縛るような規則は少ない。冒険者を自由に行動させる方針で成り立っている」
「自由……」
「勿論、何でも自由にできるわけじゃない。仕事を引き受けるにはちゃんとした条件もあるし、自分で選ぶ以上は失敗した場合は自己責任になる。それでも他のギルドよりも自由に動ける分だけ冒険者は生き生きしている」


ネコミンに言われてレノは冒険者達を見渡すと、確かにレノが今まで訪れた事があるギルドの冒険者と比べると彼等の表情は明るかった。他の街のギルドで冒険者を見かけた時は殆どの人間が疲れた表情を浮かべていたが、黒虎の冒険者は全員が生き生きとしていた。

他のギルドと違って自分で仕事を選択できるだけ冒険者の心の負担は少なく、冒険者を自由に行動させる事を生業としているからこそ黒虎が最も多くの人間が集まるらしい。


「ここ以上に自由に仕事ができるギルドはない。氷雨や金色よりも人が多いのは黒虎が冒険者にとっては良い環境だから」
「なるほど」
「だからレノも黒虎に入ればいい。そうすればお姉さんが手取り足取り教えてあげる」
「う、う~ん……」


ネコミンはレノを自分と同じく黒虎の冒険者に成る事を勧め、それに対してレノは思い悩む。確かに黒虎は冒険者にとっては過ごしやすい環境だとは分かるが、いくらなんでも他のギルドを回らずに入る事はできない。


「そうだ。ネコミンもここの冒険者なら仕事を引き受けられるんだよね?なら、実際に仕事を引き受けている所を見せてくれる?」
「別にいいけど……どんな仕事を引き受けてほしいの?」
「えっと……」


レノは掲示板の前に移動して依頼書の内容を確認し、ネコミンの実力を考慮して彼女ならばすぐに達成できそうな仕事を選ぶ。


「これならどうかな?」
「迷い猫の捜索……確かに私はこういう依頼は得意」


掲示板に張り出されている依頼書の中からレノは一枚選ぶと、ネコミンは内容を確認して納得した。依頼人は王都に暮らす一般人であり、家に帰ってこない猫の捜索を記されていた。この手の仕事はネコミンも得意としているが、彼女は依頼書を見て首を振る。


「でも、この依頼は引き受けられない。条件として銅級~鉄級の冒険者限定になってる」
「あれ、本当だ……他の仕事も階級が提示されてるんだ」
「そう、だから本当に何でもかんでも仕事を引き受けられるわけじゃない」


全ての依頼書には引き受けられる冒険者の条件が記されており、レノが目にした依頼書は銀級であるネコミンは引き受けられなかった。自分で仕事を選択できるといっても条件に見合わない仕事は引き受けられず、彼女は別の掲示板を指差す。


「ここに張り出されている掲示板は銅級と鉄級の冒険者しか引き受けられない。銀級以上の冒険者はあっちの掲示板に張り出されている依頼書しか引き受けられない」
「なるほど……階級によって別々の掲示板が用意されてるのか」


黒虎には三つの掲示板が存在し、一つ目の掲示板は「銅級」と「鉄級」二つ目の掲示板は「銀級」最後の掲示板には「金級」の冒険者の依頼書が張り出されていた。この中で依頼の数が多いのは一つ目の掲示板であり、階級が上がるごとに依頼書の数は減っていく。


「今日の所は私が引き受けられる依頼はこれだけしかない」
「うわ、これだけしかないのか……」


銀級専用の掲示板には依頼書は十数枚しか張り出されておらず、最初にレノが見つけた掲示板の10分の1程度しかない。但し、そもそも銀級冒険者自体も少ないため、ネコミンによれば仕事に困る事はないらしい。


「掲示板に依頼書が張り出されてなくても受付嬢に頼めば仕事を引き受ける事もできる。だから仕事に困る事は滅多にない」
「なるほど……あれ?白金級冒険者の掲示板はないの?」
「白金級は特別だから掲示板に依頼書が張り出される事はない。仕事の全てをギルドが指定する決まりになっているから白金級冒険者の場合は自由に仕事を受ける事はできない。その代わりにギルドから色々と支援を受けている」
「へえ、そうだったのか……」


白金級冒険者は自分の意思で仕事を引き受ける事はできず、所属しているギルドの許可が下りた仕事でなければ引き受けられない。その代わりに白金級冒険者は冒険者ギルドから様々な支援を受けられるので生活に困る事はない。


「私ができる仕事の中ですぐに終わりそうなのは……これだけ」
「これは……ボアの討伐?」


銀級専用の掲示板の中からネコミンは一枚の依頼書を剥ぎ取り、それをレノに見せつけた。内容は「ボア」と呼ばれる猪型の魔獣の討伐が記されていた。


「ボアは山岳地帯に生息する魔物だけど、餌が不足すると縄張りを捨てて別の地域に移動する事がある。この依頼書によると王都から少し離れた場所に流れている川でボアを発見したみたい」
「ボアか……厄介な魔物だな」
「レノはボアを知っているの?」
「前に祖母ちゃんと一緒に山に登った時に襲われた事があった。その時は祖母ちゃんが魔法で返り討ちにしたけど……」


レノはボアと呼ばれる魔獣を知っており、子供の頃に祖母と山菜を取りに山に登った時に襲われた事を思い出す――





――季節は秋を迎えたばかりで山菜の採取のためにマリアはレノを連れて山に訪れた。本格的に冬が訪れる前に食料を集めて備える必要があり、レノも連れて彼女は山で採れる食べ物を集めていた。

だが、二人は山の中で巨大な猪と遭遇した。通常の猪よりも二回りは体格が大きく、しかも普通の猪と違って生えている牙がまるで槍の刃先のように尖っていた。最初に遭遇したのはレノであり、山の中で彼は茸を取っていると草むらの中から急に現れた。


『フゴォオオオッ!!』
『う、うわぁあああっ!?』


いきなり出現した猪のような魔獣にレノは悲鳴をあげ、必死に逃げる事しかできなかった。獲物を発見したボアはレノを狙って突進し、その途中で何本もの樹木を体当たりで破壊した。


『フゴォオオッ!!』
『はあっ、はあっ……あうっ!?』


逃げる途中でレノは転んでしまい、一気にボアは距離を縮めた。このままではレノがボアに踏み潰されかけた時、駆けつけてきたマリアがボアに目掛けて杖を構える。


『うちの孫に手を出すんじゃないよ!!』
『フギャッ!?』
『わあっ!?』


マリアが杖を構えた途端に凄まじい突風が発生し、それによってボアの巨体は吹き飛ぶ。レノは慌ててマリアの元に駆けつけると、彼女は杖を構えたままボアを睨みつけた。


『ば、婆ちゃん……倒しちゃったの?』
『いや……』
『……フゴォッ!?』


魔法の力で倒したと思われたボアだったが、すぐに目を見開いて逃げ出してしまった。マリアには敵わないと判断したボアは山中を駆け下りて姿を消す――





――昔の出来事を思い出したレノは自分の祖母であるマリアでさえもボアを仕留めきれなかった事を思い出す。あの時はマリアはレノを助けるために咄嗟に魔法を放ったに過ぎず、本気でボアを倒すつもりはなかったのだろうが、それでも彼女の魔法を受けてボアは生き延びていた。

マリアが魔法を使う場面はレノも何度か目にした事はあるが、彼女が獲物を仕留めきれなかったのはこの時が最初で最後だった。結局の所はレノ達を襲ったボアは二度と二人の前には現れなかったが、レノは自分の祖母の魔法を受けても生き延びた魔物だと知って緊張感を抱く。



※明日から二話投稿になります
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