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真章 〈終末の使者編〉
六種族同盟結成
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――基本的には一年に一度行われるかどうかと言われていた世界会議だが、ここ最近は頻繁に行われており、今回の議題は森人族と人間の関係が大きく揺らめく重大な会議だった。今までにないほどに重苦しい雰囲気であり、まずは人間側の代表であるアルトが口を開く。
「レフィーア殿……今回のそちらの森人族の影の行動、どう説明してくれるのですか?」
「……それは」
「知らない、というのは無しだよね~被害者も出てるし~」
「ミズナ、あまり口を挟むな。これは国家間、いや種族間に関わる話だ」
「は~いっ」
珍しくアルトの質問に対してレフィーアは言葉を濁し、そんな彼女に意外にもミズナが口を出す。すぐにダンゾウが彼女を注意するが、レフィーアは言い逃れは出来ないと判断したのか、溜息を吐きながら語り始める。
「今回の件、どうやら我等の種族の長老会が結託して行ったようだ……」
「どういう意味ですか? まさか、責任逃れをしようというわけでは……」
「……違う」
いつもならばアルトに対して「ふざけるな」などと暴言を吐く場面だが、どうやら自分の立場が悪いことは理解しているのか、冷静に対処して今回の事態に陥った経緯を説明する。
「……長老たちの中には、私よりも長生きしている者が1人いる。その方は決して表の世界には姿を出さず、存在も秘匿している。我等はあの方を大長老と呼んでいる」
「大長老……?」
「そんな人物がいたとは……」
「でも、それって証拠がないよね~」
レフィーアの言葉に代表達も「大長老」という存在は初めて知ったのか、ミズナはさり気なく毒舌を吐く。彼女の言葉にレフィーアは睨み付けるが、実際に証拠を提示できない以上は何も言えない。
「……大長老は私の祖母だ。つまり、先々代の代表という事でもある」
「なんと……」
「まだご存命だったのか⁉」
この数百年の間は森人族の代表はレフィーアが勤めているが、彼女のさらに先代の代表である父親が生きている事は知っていたが、その前の世代の代表が生きている事は初耳であり、時代的に考えても魔王討伐大戦の時代の種族代表を務めていた事になる。
「祖母は我等森人族にとっては人生の師に等しい御方だ……だからこそ、今回の件も何か大きな理由があったからこそ行ったと信じている……」
「それは詭弁でしょう‼ 貴方の影の部隊のせいで、我等がどれほどの被害を被ったと考えている‼」
珍しくアルトは激昂し、レフィーアに怒りの言葉を叩き付ける。彼のいつもとは違う態度に代表達は少しだけ動揺し、それほどまでに今回の事態は見逃せないほどに被害が大きい。
――闘技場に無断で忍び込もうとした森人族の影を調べた結果、彼等は既に何度も闘技場の侵入を試みており、その際に兵士の一部が連れ去れられて消息不明、その兵士の家族から帰らない父親や夫や息子を心配して今でも待ち続けているという。
それだけではなく、今回の件で森人族の影が行った騒動によって100人近くの民衆が危険にさらされ、いくら「洗脳」されていたからと言っても自国の民が危険に晒され、さらにはアルトにとっては親友と言っても過言ではないレノとジャンヌを傷つけた事が許せなかった。
レノの場合はやっと再会できた義弟たちと止む無く交戦し、その内の1人は死亡してしまい、心に深い傷を負ってしまう。今では表面上はいつも通りに振る舞っているが、時折だが意識が呆けている場面も見かけ、完全には立ち直れていない。その一方でジャンヌの方も森人族の影が仕込んだ毒針によって聖導教会に入院をしており、現在の王国は聖剣の所有者という大きな戦力を失ってしまっている。
「ま、待て‼今回の事態は我等とて不測の事だったのだ‼それに操られた影によると彼等もあの魔王を名乗る悪魔の「洗脳」を受けていたというではないか‼」
「確かにそれは事実です。私の配下からも話は聞いている。だが、闘技場の件についてはどういう事です?どうして我等の間で決めた決まり事を破ってまで影が侵入を試みたのですか‼」
闘人都市の闘技場の閉鎖については各種族が会議の元で取り決めた事であり、当然ながら森人族側も賛成した。あの場所が二度も魔王リーリスが現れた事は彼等も薄々疑っており、闘技場自体に何か大きな秘密があるのではないかと勘繰っていた。
だからこそ、魔王との交戦中に闘技場は厳重に封鎖を行い、外部からの侵入者が入り込めない様に施したのだが、よりにもよって封鎖に協力したはずの森人族がどうして侵入を試みたのか。
「先ほどの話によれば大長老という御方が緑影という存在を動かしたように聞こえましたが、一体何故、王国の領土内である闘人都市の闘技場に忍び込もうとしたのかをはっきりと説明してほしい‼」
「それは僕も同感だね。六種族が……いや、あの時は魔人族と人魚族との連絡は途絶えていたが、ともかく僕たち同士で取り決めた決まり事を破った理由を教えてほしい」
「魔王が討伐された後も、あの場所はしばらくの間は封鎖する事が決めたはずだ……何故、そのような愚かな真似をした」
「俺はその時にはいなかったが……聞いているだけでも色々と問題があるのではないか?」
「信用を失うような真似だしね~」
「ぐっ……」
各種族の代表から問い詰められ、この場では明らかに森人族側が不利であり、彼女がどうして森人族の影が闘技場に侵入しようとした理由を伝えない限り、収まる雰囲気ではない。
「……言えぬ」
彼女は苦痛の表情を浮かべながらも質問の拒否を示し、そんな彼女の答えに代表達が眉を顰め、何人かが責任追及の言葉を口にしようとした時、
「そうですか……ならばいいでしょう。この話はここで終わらせます」
「え?」
「おい? 一体何を言って……」
意外なことにアルトがあっさりと退いたことで他の種族代表達も呆気にとられ、一体彼が何を考えているのかと視線を向けると、アルトは一枚の羊皮紙を取り出して差し出す。
「ですが、その代わりと言っては何ですが……この署名に貴女の名を書き込んでほしい」
「き、貴様……まだこんな物を‼」
レフィーアの前に差し出されたのは、以前にも彼女に署名を願った「六種族同盟」の契約書であり、彼女はいつも通りに怒鳴り声を上げようとしたが、周囲の雰囲気が変化したことに気が付く。
「なるほど……そういう事か」
「あっさりと引いたから驚いたが、なかなか悪くない提案じゃないか」
「うむ……悪くはないな」
「早く書きなよ~」
「き、貴様等……何を言って」
「レフィーア殿」
アルトは差し出した羊皮紙を指差し、彼女が訝しみながら視線を向けると、そこには驚くべきことに森人族を除く全ての代表達の名前が記されており、咄嗟にレフィーアはライオネルに視線を向ける。
「貴様‼代理の分際で一体何を……‼」
「ああ、言い忘れていたが……俺はつい先日に魔人族の代表として正式に選ばれた」
「なっ……⁉」
ライオネルは先のリバイアサン戦以降、正式に彼を魔人族代表として選定された。他種族の中でも最も名前が知れ渡っており、魔人族の中でも知勇に優れた猛者として崇められていた彼は数多くの魔人族に慕われ、実際に彼はあの魔王討伐大戦の時には1人だけ参加しておらず、魔王の洗脳から逃れていた。
それに彼は魔人族の立場をもう一度取り戻すために奮闘し、先のリバイアサン戦では海王石という重要な代物を差し出したことで他の種族からの信頼も取り戻し、代表になるには他種族の代表の内の「二人以上」が承認した場合のみに種族代表として選ばれるという条件を果たし、見事に魔人族の座に就いたのだ。
「即ち、この契約書に書かれた俺の名は有効という事だ。後はお前が名前を書きこめば、歴史上で初の六種族同盟が結成される」
「ほ、本気なのかお前たち‼ 我らが一体、どれほどの犠牲を払って戦い続けたと思って……‼」
「そんな事を言っている場合じゃないだろう」
レフィーアの言葉に獣王が口を挟み、隣にいるダンゾウも頷く。それだけでなく他の三人もレフィーアに視線を向け、自分以外の全員がこの六種族同盟に賛成しているという事実にレフィーアはよろめく。
「ふ、ふざけるな……こんな、こんな事で……1000年以上もの我等の競い合いが終いというのか‼」
「競い合いではない、ただの争いだ」
「僕たちはもう、戦いを望んでなんかいない」
「皆で平和に暮らすのが一番だよ~」
怒鳴り散らす彼女に対して、他の代表達は至って冷静に答え、彼等の誰一人、これ以上の種族間の戦争を望んでいなかった。
「森人族の代表よ、もういいだろう。我等の同胞を解放したらどうだ」
「な、何を言って……」
「戦争を競い合いという言葉で片付ける君には賛成できない」
「確かに我らはあまりにも長い間を争い続けた。その事実は変わらないし、戦争によって数多くの者達を犠牲にしてきた」
「そうだ‼ だからこそ、死んでいった者達の犠牲を無駄にしないためにも、我らは戦い続けて……‼」
「馬鹿者が!!そんな事に何の意味がある‼」
ドォオンッ‼
ライオネルが机に拳を叩き付けて立ち上がり、真っ直ぐとレフィーアを睨み付ける。
「戦争によって何の罪もない女子供、いや男だろうが関係ない。いったい、どれほどの命が犠牲になったと思っている⁉ 貴様の言っている事は引くに引けなくなったからと、無理やり自分に言い聞かせて我儘を言い続ける子供にしか思えん‼」
「何だと……⁉」
「確かに我等が種族は1000年前に大罪を犯した‼魔王などという存在に従い、他の種族たちを蹂躙するという愚行を行った‼しかし、その後の末路はどうなったか知っているだろう⁉支配していた者達に反旗を翻され、ついには大陸から離れた故郷にまで追い詰められ、逃げきれなかった者や、その子孫は今でも奴隷のように扱われる‼」
実際に魔人族はハーフエルフ同様に忌み嫌われており、あの聖導教会ですら魔人族を悪の化身として扱っていた時期もあり、一度は世界征服を果たした彼等ではあるが、指導者である魔王が消えた途端、その勢力は激減する。残されたのは支配されていた者達の憎しみだけだった。
今のレフィーアの思想の先には魔人族と同じ未来が待っており、それを断固阻止するためにもライオネルは彼女に語り掛ける。
「もういいだろう……お前だって一度や二度は考えたはずだ。自分たちの行為(おこない)が、本当に正しいのかと考えた事もあるだろう?」
「黙れ小僧が‼貴様に何が分かる‼たかだか、数十年程度しか生きていないガキが知った風な口を叩くな‼」
レフィーアは真っ向から怒鳴り返し、彼女は眼の前の羊皮紙を振り払おうとしたが、寸前でアルトが掌を押し付けて羊皮紙を机の上に固定する。
「森人族の代表よ……貴女が戦争を続けるというのならば、我等は一丸となって貴女を止める」
「な、何だと……⁉」
「今回の闘技場の件は流石に見過ごせないからね……これ以上、駄々をこねるようなら僕たちは森人族が人間側に攻撃したと判断し、君たちの援助を打ち切る」
「私達も同意~」
「俺もだ」
この世界の全ての森人族は決して自給自足だけで生活しているわけではなく、中には他種族からの援助で生活が成り立っている者も当然ながら数多く存在する。
人間側は交易都市として生活には欠かせない「火属性の魔石」人魚族は同じく生活水などに利用する「水属性の魔石」巨人族は肉類や魚介類、獣人族側は米や作物などの「食料品」魔人族はあまり産出する物品は少ないが、彼等は完全に自給自足で生活しているため他種族の援助を必要としない。
仮に魔人族を除く四種族の援助を断ち切られた場合、一部の森人族の生活も困窮に追い込まれ、当然ながら内部で反乱が生じかねない。森人族も果物や野菜などの産出は行っているが、仮にこの同盟を拒否すればそれらの輸入も拒否され、貴重な収入が得られなくなるだろう。
無論、他の種族もそれ相応の不利益を背負うが、それでも森人族側が圧倒的に不利であり、先の闘技場の件も相まって、レフィーアは過酷な選択を迫られる。
「……私が署名したところで、きっと他の者達が私をこの場から引きずり落とし、新たな代表を決めるだろう。その時はこんな契約書など、何の意味もなさない」
「分かっています。その時はもう一度新しい代表を説得するまでです」
「……後悔はしないのか? お前たちとて、死んだ仲間達に託された想いを無駄にしてまで、この同盟に納得しているのか」
レフィーアの言葉に対し、代表達は顔を見合わせ、
「君の言いたいことは分かる。だが、もう時代は変わったんだ」
「今の我々は争い合う余裕などない。先の魔王や伝説獣などといった驚異的な存在が次々と襲い掛かり、我々同士が協力しなければ今後、今まで以上の問題が出現した時に対処などできるはずがない」
「私は争い事より、皆でのんびり仲良く暮らしたいな~」
「ふっ……その通りだな」
「森人族の代表……いや、レフィーア殿。私達の決意は変わりません」
「そう、か……」
全員の答えを聞き遂げると、レフィーアは数秒ほど黙り込み、やがて机の上に置かれた羽ペンを取ると、震える指でゆっくりと羊皮紙に自分の名前を書き込み、
「……終わった」
それは文字を書き終えた意味での言葉なのか、それとも別の意味を込めての言葉なのかは分からないが、レフィーアの目の前に差し出された契約書に彼女の名前が記される。
――1000年以上に渡る種族間同士の戦争が、遂に終焉を迎えた。
「レフィーア殿……今回のそちらの森人族の影の行動、どう説明してくれるのですか?」
「……それは」
「知らない、というのは無しだよね~被害者も出てるし~」
「ミズナ、あまり口を挟むな。これは国家間、いや種族間に関わる話だ」
「は~いっ」
珍しくアルトの質問に対してレフィーアは言葉を濁し、そんな彼女に意外にもミズナが口を出す。すぐにダンゾウが彼女を注意するが、レフィーアは言い逃れは出来ないと判断したのか、溜息を吐きながら語り始める。
「今回の件、どうやら我等の種族の長老会が結託して行ったようだ……」
「どういう意味ですか? まさか、責任逃れをしようというわけでは……」
「……違う」
いつもならばアルトに対して「ふざけるな」などと暴言を吐く場面だが、どうやら自分の立場が悪いことは理解しているのか、冷静に対処して今回の事態に陥った経緯を説明する。
「……長老たちの中には、私よりも長生きしている者が1人いる。その方は決して表の世界には姿を出さず、存在も秘匿している。我等はあの方を大長老と呼んでいる」
「大長老……?」
「そんな人物がいたとは……」
「でも、それって証拠がないよね~」
レフィーアの言葉に代表達も「大長老」という存在は初めて知ったのか、ミズナはさり気なく毒舌を吐く。彼女の言葉にレフィーアは睨み付けるが、実際に証拠を提示できない以上は何も言えない。
「……大長老は私の祖母だ。つまり、先々代の代表という事でもある」
「なんと……」
「まだご存命だったのか⁉」
この数百年の間は森人族の代表はレフィーアが勤めているが、彼女のさらに先代の代表である父親が生きている事は知っていたが、その前の世代の代表が生きている事は初耳であり、時代的に考えても魔王討伐大戦の時代の種族代表を務めていた事になる。
「祖母は我等森人族にとっては人生の師に等しい御方だ……だからこそ、今回の件も何か大きな理由があったからこそ行ったと信じている……」
「それは詭弁でしょう‼ 貴方の影の部隊のせいで、我等がどれほどの被害を被ったと考えている‼」
珍しくアルトは激昂し、レフィーアに怒りの言葉を叩き付ける。彼のいつもとは違う態度に代表達は少しだけ動揺し、それほどまでに今回の事態は見逃せないほどに被害が大きい。
――闘技場に無断で忍び込もうとした森人族の影を調べた結果、彼等は既に何度も闘技場の侵入を試みており、その際に兵士の一部が連れ去れられて消息不明、その兵士の家族から帰らない父親や夫や息子を心配して今でも待ち続けているという。
それだけではなく、今回の件で森人族の影が行った騒動によって100人近くの民衆が危険にさらされ、いくら「洗脳」されていたからと言っても自国の民が危険に晒され、さらにはアルトにとっては親友と言っても過言ではないレノとジャンヌを傷つけた事が許せなかった。
レノの場合はやっと再会できた義弟たちと止む無く交戦し、その内の1人は死亡してしまい、心に深い傷を負ってしまう。今では表面上はいつも通りに振る舞っているが、時折だが意識が呆けている場面も見かけ、完全には立ち直れていない。その一方でジャンヌの方も森人族の影が仕込んだ毒針によって聖導教会に入院をしており、現在の王国は聖剣の所有者という大きな戦力を失ってしまっている。
「ま、待て‼今回の事態は我等とて不測の事だったのだ‼それに操られた影によると彼等もあの魔王を名乗る悪魔の「洗脳」を受けていたというではないか‼」
「確かにそれは事実です。私の配下からも話は聞いている。だが、闘技場の件についてはどういう事です?どうして我等の間で決めた決まり事を破ってまで影が侵入を試みたのですか‼」
闘人都市の闘技場の閉鎖については各種族が会議の元で取り決めた事であり、当然ながら森人族側も賛成した。あの場所が二度も魔王リーリスが現れた事は彼等も薄々疑っており、闘技場自体に何か大きな秘密があるのではないかと勘繰っていた。
だからこそ、魔王との交戦中に闘技場は厳重に封鎖を行い、外部からの侵入者が入り込めない様に施したのだが、よりにもよって封鎖に協力したはずの森人族がどうして侵入を試みたのか。
「先ほどの話によれば大長老という御方が緑影という存在を動かしたように聞こえましたが、一体何故、王国の領土内である闘人都市の闘技場に忍び込もうとしたのかをはっきりと説明してほしい‼」
「それは僕も同感だね。六種族が……いや、あの時は魔人族と人魚族との連絡は途絶えていたが、ともかく僕たち同士で取り決めた決まり事を破った理由を教えてほしい」
「魔王が討伐された後も、あの場所はしばらくの間は封鎖する事が決めたはずだ……何故、そのような愚かな真似をした」
「俺はその時にはいなかったが……聞いているだけでも色々と問題があるのではないか?」
「信用を失うような真似だしね~」
「ぐっ……」
各種族の代表から問い詰められ、この場では明らかに森人族側が不利であり、彼女がどうして森人族の影が闘技場に侵入しようとした理由を伝えない限り、収まる雰囲気ではない。
「……言えぬ」
彼女は苦痛の表情を浮かべながらも質問の拒否を示し、そんな彼女の答えに代表達が眉を顰め、何人かが責任追及の言葉を口にしようとした時、
「そうですか……ならばいいでしょう。この話はここで終わらせます」
「え?」
「おい? 一体何を言って……」
意外なことにアルトがあっさりと退いたことで他の種族代表達も呆気にとられ、一体彼が何を考えているのかと視線を向けると、アルトは一枚の羊皮紙を取り出して差し出す。
「ですが、その代わりと言っては何ですが……この署名に貴女の名を書き込んでほしい」
「き、貴様……まだこんな物を‼」
レフィーアの前に差し出されたのは、以前にも彼女に署名を願った「六種族同盟」の契約書であり、彼女はいつも通りに怒鳴り声を上げようとしたが、周囲の雰囲気が変化したことに気が付く。
「なるほど……そういう事か」
「あっさりと引いたから驚いたが、なかなか悪くない提案じゃないか」
「うむ……悪くはないな」
「早く書きなよ~」
「き、貴様等……何を言って」
「レフィーア殿」
アルトは差し出した羊皮紙を指差し、彼女が訝しみながら視線を向けると、そこには驚くべきことに森人族を除く全ての代表達の名前が記されており、咄嗟にレフィーアはライオネルに視線を向ける。
「貴様‼代理の分際で一体何を……‼」
「ああ、言い忘れていたが……俺はつい先日に魔人族の代表として正式に選ばれた」
「なっ……⁉」
ライオネルは先のリバイアサン戦以降、正式に彼を魔人族代表として選定された。他種族の中でも最も名前が知れ渡っており、魔人族の中でも知勇に優れた猛者として崇められていた彼は数多くの魔人族に慕われ、実際に彼はあの魔王討伐大戦の時には1人だけ参加しておらず、魔王の洗脳から逃れていた。
それに彼は魔人族の立場をもう一度取り戻すために奮闘し、先のリバイアサン戦では海王石という重要な代物を差し出したことで他の種族からの信頼も取り戻し、代表になるには他種族の代表の内の「二人以上」が承認した場合のみに種族代表として選ばれるという条件を果たし、見事に魔人族の座に就いたのだ。
「即ち、この契約書に書かれた俺の名は有効という事だ。後はお前が名前を書きこめば、歴史上で初の六種族同盟が結成される」
「ほ、本気なのかお前たち‼ 我らが一体、どれほどの犠牲を払って戦い続けたと思って……‼」
「そんな事を言っている場合じゃないだろう」
レフィーアの言葉に獣王が口を挟み、隣にいるダンゾウも頷く。それだけでなく他の三人もレフィーアに視線を向け、自分以外の全員がこの六種族同盟に賛成しているという事実にレフィーアはよろめく。
「ふ、ふざけるな……こんな、こんな事で……1000年以上もの我等の競い合いが終いというのか‼」
「競い合いではない、ただの争いだ」
「僕たちはもう、戦いを望んでなんかいない」
「皆で平和に暮らすのが一番だよ~」
怒鳴り散らす彼女に対して、他の代表達は至って冷静に答え、彼等の誰一人、これ以上の種族間の戦争を望んでいなかった。
「森人族の代表よ、もういいだろう。我等の同胞を解放したらどうだ」
「な、何を言って……」
「戦争を競い合いという言葉で片付ける君には賛成できない」
「確かに我らはあまりにも長い間を争い続けた。その事実は変わらないし、戦争によって数多くの者達を犠牲にしてきた」
「そうだ‼ だからこそ、死んでいった者達の犠牲を無駄にしないためにも、我らは戦い続けて……‼」
「馬鹿者が!!そんな事に何の意味がある‼」
ドォオンッ‼
ライオネルが机に拳を叩き付けて立ち上がり、真っ直ぐとレフィーアを睨み付ける。
「戦争によって何の罪もない女子供、いや男だろうが関係ない。いったい、どれほどの命が犠牲になったと思っている⁉ 貴様の言っている事は引くに引けなくなったからと、無理やり自分に言い聞かせて我儘を言い続ける子供にしか思えん‼」
「何だと……⁉」
「確かに我等が種族は1000年前に大罪を犯した‼魔王などという存在に従い、他の種族たちを蹂躙するという愚行を行った‼しかし、その後の末路はどうなったか知っているだろう⁉支配していた者達に反旗を翻され、ついには大陸から離れた故郷にまで追い詰められ、逃げきれなかった者や、その子孫は今でも奴隷のように扱われる‼」
実際に魔人族はハーフエルフ同様に忌み嫌われており、あの聖導教会ですら魔人族を悪の化身として扱っていた時期もあり、一度は世界征服を果たした彼等ではあるが、指導者である魔王が消えた途端、その勢力は激減する。残されたのは支配されていた者達の憎しみだけだった。
今のレフィーアの思想の先には魔人族と同じ未来が待っており、それを断固阻止するためにもライオネルは彼女に語り掛ける。
「もういいだろう……お前だって一度や二度は考えたはずだ。自分たちの行為(おこない)が、本当に正しいのかと考えた事もあるだろう?」
「黙れ小僧が‼貴様に何が分かる‼たかだか、数十年程度しか生きていないガキが知った風な口を叩くな‼」
レフィーアは真っ向から怒鳴り返し、彼女は眼の前の羊皮紙を振り払おうとしたが、寸前でアルトが掌を押し付けて羊皮紙を机の上に固定する。
「森人族の代表よ……貴女が戦争を続けるというのならば、我等は一丸となって貴女を止める」
「な、何だと……⁉」
「今回の闘技場の件は流石に見過ごせないからね……これ以上、駄々をこねるようなら僕たちは森人族が人間側に攻撃したと判断し、君たちの援助を打ち切る」
「私達も同意~」
「俺もだ」
この世界の全ての森人族は決して自給自足だけで生活しているわけではなく、中には他種族からの援助で生活が成り立っている者も当然ながら数多く存在する。
人間側は交易都市として生活には欠かせない「火属性の魔石」人魚族は同じく生活水などに利用する「水属性の魔石」巨人族は肉類や魚介類、獣人族側は米や作物などの「食料品」魔人族はあまり産出する物品は少ないが、彼等は完全に自給自足で生活しているため他種族の援助を必要としない。
仮に魔人族を除く四種族の援助を断ち切られた場合、一部の森人族の生活も困窮に追い込まれ、当然ながら内部で反乱が生じかねない。森人族も果物や野菜などの産出は行っているが、仮にこの同盟を拒否すればそれらの輸入も拒否され、貴重な収入が得られなくなるだろう。
無論、他の種族もそれ相応の不利益を背負うが、それでも森人族側が圧倒的に不利であり、先の闘技場の件も相まって、レフィーアは過酷な選択を迫られる。
「……私が署名したところで、きっと他の者達が私をこの場から引きずり落とし、新たな代表を決めるだろう。その時はこんな契約書など、何の意味もなさない」
「分かっています。その時はもう一度新しい代表を説得するまでです」
「……後悔はしないのか? お前たちとて、死んだ仲間達に託された想いを無駄にしてまで、この同盟に納得しているのか」
レフィーアの言葉に対し、代表達は顔を見合わせ、
「君の言いたいことは分かる。だが、もう時代は変わったんだ」
「今の我々は争い合う余裕などない。先の魔王や伝説獣などといった驚異的な存在が次々と襲い掛かり、我々同士が協力しなければ今後、今まで以上の問題が出現した時に対処などできるはずがない」
「私は争い事より、皆でのんびり仲良く暮らしたいな~」
「ふっ……その通りだな」
「森人族の代表……いや、レフィーア殿。私達の決意は変わりません」
「そう、か……」
全員の答えを聞き遂げると、レフィーアは数秒ほど黙り込み、やがて机の上に置かれた羽ペンを取ると、震える指でゆっくりと羊皮紙に自分の名前を書き込み、
「……終わった」
それは文字を書き終えた意味での言葉なのか、それとも別の意味を込めての言葉なのかは分からないが、レフィーアの目の前に差し出された契約書に彼女の名前が記される。
――1000年以上に渡る種族間同士の戦争が、遂に終焉を迎えた。
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