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最終章 前編 〈王都編〉

一刀両断

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「よくある話ですよ。力を過信した冒険者が仲間を巻き込み、自滅する事など……ただ、私の場合は仲間だけを失ってしまった。いや、犠牲にしたんです」
「カイさん……」
「おっと、話が逸れましたね。竜種の経験石が必要との事でしたね。すぐにお持ちしましょう」


カイは自嘲気味な笑みを浮かべながら金庫の中に保管している竜種の経験石を用意するために立去ろうとしたが、そんな彼の肩をレナは掴み、先ほど自分を救ってくれた時に使用した剣技の事を尋ねる。


「待ってください、カイさんがさっき使用した剣技……あれは何処で覚えたんですか?」
「……それはどういう意味でしょうか?」
「あの時、魔物を倒した時に感じました。カイさんも「剣鬼」だったんですね」


剣鬼という単語を耳にしたカイはレナに振り返り、やがて観念したように溜息を吐き出すと、両目に手を近づけてコンタクトレンズを外す。そして茶色の瞳だと思われていたカイの両目がレナと同様に赤色の瞳である事が判明した。カイが自分と同じ剣鬼である事を確認すると、レナは肩を離して向かい合う。


「やっぱり……カイさんも剣鬼だったんですね」
「ええ、その通りです……私はかつて友を殺めてこの領域に至りました」


剣士として職業を極めれば入手できる「剣聖」とは異なり、最愛の人間を自分の手で殺さなければ「剣鬼」には至れない。かつてレナが剣鬼として完全に覚醒したのは自分の育て親同然のアリアを倒したときに目覚めた。カイの場合は友人の剣士を殺したときに手に入れたらしく、悲しみの表情を浮かべながら自分が剣鬼に至った経緯を話す。


「私が火竜に戦いを挑む前、幼馴染の剣士と戦場で再会しました。当時の私は傭兵紛いの仕事をしていた時に敵の中に友を発見し、お互いに覚悟を決めて戦いました」
「その時に剣鬼に?」
「ええ、私達は日が暮れるまで戦い続け、結果的には私が彼を殺しました。剣士として生きる以上、お互いに戦場で遭遇すれば容赦はしない、それが彼との約束でした。だから後悔はしていません、それが彼との約束でしたから……」
「なら、あの剣技はやっぱり剣鬼の戦技なんですね」


カイが使用した「一刀両断」という戦技はレナにも覚えがあり、自分が剣鬼の力を完全に覚醒した状態の時にのみ発動できる「鬼刃」と酷似していた。だからこそレナはカイの正体が剣鬼であると見抜いたのだが、レナと違ってカイは剣鬼になった事を後悔していた。


「剣鬼に至った私はこの力を使い、様々な敵を屠りました。相手を殺せば殺す程、自分の力を証明できるようで嬉しかった……いつしか狂気に囚われた私は仲間の制止を振り払い、この世界の生態系の頂点と言われる竜種に挑み、自分の力を世間に知らしめようとした結果……今の状況に至ります」
「…………」
「レナさん、貴方を最初に見たときに私は貴方が剣鬼である事を見抜き、私の悲願を頼みました。そして見事に貴方は私の願いを叶えてくれた……貴方は私の恩人なんです」


初対面のカイがレナに大迷宮に存在するというエクスカリバーの回収を頼んだ理由はレナが「剣鬼」であると確信し、その力ならば若かりし頃の自分でも果たせなかった夢を叶えるのではないかと考え、レナに願いを託したという。

結果としてはレナは見事にカイの悲願である「エクスカリバー」の回収に成功し、彼の元へ持ち込む。あの時にカイはレナのお陰で初めて夢を叶い、大きな恩を感じていた。だからこそレナの願いならば火竜の経験石を差し出す事も構わない。


「話が長くなりましたね。では、すぐに経験石をお持ちしましょう」
「カイさん、その前にお願いがあります」
「お願い?なんでしょうか?」
「俺に……貴方の剣を見せてください」


レナの言葉にしばらくのあいだは沈黙が訪れ、カイは自分が何を言われたのか理解するのに時間を要したが、至って真面目にレナはカイの剣技を見せるように懇願する。


「お願いします、どうか貴方の剣技をもう一度だけ見せてください」
「それは……私の一刀両断の事を言っているのですか?」
「はい、あの技を俺に教えて欲しいんです」


老齢のカイが一撃で魔物の群れを撃退した剣技をレナは忘れられず、どうしても今度はしっかりとカイの剣技をこの目で見たかった。だが、頼まれたカイは困ったように溜息を吐き出し、自分の痩せ細った腕を見せつける。


「ご覧ください、この枯れ木のように細い腕を……今の私は残念ながらレナさんが想像するような剣技を扱えないのです。もう何十年も戦線から離れ、今では余生を静かに過ごす人生を送っているのです。そんな私に何を期待しているのですか?」
「一瞬だけど、カイさんの剣技を見ました……あれほど凄い剛剣は見た事がありません。それこそ剣聖の人達でも真似できない剣技でした」
「そう見えたのはレナさんの意識が朦朧としていただけですよ」
「そんな事はありません!!どうかもう一度だけ見せてください……諦められないんです!!」


懇願しながらレナはカイの肩を掴み、レナの必死な表情を見てカイは何か事情があると察すると、溜息を吐きながら窓の外を指差す。


「分かりました……そこまで言うのならばもう一度だけ見せてあげましょう。但し、見せるのは一度だけです」
「はい、お願いします!!」


カイは壁に飾られている「刀牙」に視線を向け、意を決したように持ち上げる。老体でありながらカイは大剣を片手で持ち上げると、折れた刃を見て笑みを浮かべる。まさか自分がもう一度この剣を使う日が訪れるとは考えた事もなく、レナを連れて家の外へ出る。

街中で剣技を見せるわけにはいかないのでカイは家の庭に移動すると、大剣を構えて真剣な表情を浮かべる。周囲には障害物となる物は存在せず、あくまでも剣技を見せるだけなのでレナに対して剣の刃が届かない距離まで移動すると、向かい合うように構えた。


「この位置ならばレナさんには私の剣は当たりません。では、行きますよ」
「っ……!!」


自分の正面にたったカイに対してレナは冷や汗を流し、先ほどまでと雰囲気が一変して猛獣を想像させる気迫を感じ取る。カイは大剣を上段に構えると、瞼を閉じて精神を集中させるように動かない。


(間違いない、やっぱりこれは俺と同じ力だ……)


カイから放たれる威圧だけで身体がすくみそうになるのを抑えながらレナは同じ剣鬼であるカイの力を感じ取る。剣鬼としての力を完全に覚醒させたとき、刃は自然と紅色に染まり、万物を切り裂く最強の刃と化す。



「――剣技、一刀両断!!」



遂にカイが目を見額た瞬間、紅に染まった大剣の刃が振り下ろされ、刃の射程範囲外に存在するにも関わらずにレナは横に回避すると、地面に衝撃波が迸る。何もない空間に素振りを行っただけにもかかわらず、カイの前方から数メートル先の地面には一筋の亀裂が広がり、その威力はレナの「鬼刃」と同等かそれ以上の威力は存在した。


「ぶはぁっ!!はあっ……はっ、ふううっ……」
「だ、大丈夫ですか!?」
「さ、流石に老体には応えますが……これが今の私の限界です」


剣を振り下ろしただけでカイは全身の力が抜けたように膝を突き、慌ててレナが駆け寄って抱き上げる。どうやら今の一撃で根こそぎの体力を消耗したらしく、苦笑いを浮かべながら大剣を地面に下ろす。


「……今のを見てレナさんは何か感じましたか?」
「……多分、ですけど。何かを掴めたと思います」
「それなら良かった……」


レナの返答を聞いてカイは満足したように頷き、カイを抱き上げながらレナは家の中に戻った――
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