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剣鬼 闘技祭準備編

王妃とレナ

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「よくも武器も無しでそこまでの啖呵を切ったな……楽に死ねると思うなよ」
「……武器がない私が弱いと思っているの?」
「笑わせるな。剣を失った剣士など、誰が恐れる?」


青年は笑みを浮かべながら長剣を引き抜き、シズネに刃を構える。周囲の側近や兵士も抜刀し、彼女が逃れられないように取り囲む。王妃を身を守る為に集められた精鋭が揃えられており、下手に接近して彼女から武器を奪われないように警戒する。


(……流石に不味いわね)


シズネは周囲を取り囲む側近に視線を向け、予想以上に不味い状況に冷や汗を流す。雪月花さえ手元に存在すれば切り抜けられたかもしれないが、既に彼女の愛剣は王妃が握りしめており、今更取り返す事は出来ない。武器を奪う事が出来ればどうにか出来るかも知れないが、それは相手側も承知しているので迂闊に近づこうとはせず、徐々に距離を縮めながらもシズネの様子を伺う。


(やっぱり、嘘でも依頼を引き受けておくべきだったかしら。いえ、この女は油断ならないわ)


冷静に考えれば嘘でも王妃に従っていればこのような状況に至らなかったのではないかと考えてしまうが、仮に引き受けたとしても王妃が簡単に見逃してくれるとは思えず、何らかの方法でシズネが命令に逆らえないように仕向けるだろう。


(ここを切り抜けられれば私は皆の元に戻れる……また、一緒に旅をできる)


傭兵として過ごしていた時期にも彼女には親しい人間は存在した。しかし、傭兵稼業は非常に命の危機に遭遇する事が多く、実際に彼女が良好な関係を結んだ人間の大半は既に死亡している。冒険者稼業も決して安全な職業とは言えないが、傭兵稼業の方が仕事中の死亡率が高い。

そんな過酷な傭兵稼業を続けてきた彼女だからこそ、ほんの二か月程度の間とはいえ、冒険者のレナ達と活動していた時は非常に新鮮な気持ちを味わえた。頼りになる仲間は傭兵時代から存在したが、自分が戦う相手が魔物だけという環境も彼女には嬉しかった。傭兵時代は常に彼女の戦う相手は人間に限られており、時には相手を殺さなければならない状況にも陥る。

当然だが相手を殺さなければ生き残れない環境に追い込まれれば彼女は人を殺した。唯一の救いがあるとすれば彼女が殺してきた相手は全員が悪人であり、一般人に手を掛けた事はない。それでも人の命を奪うという行為に彼女は慣れず、人を殺した日は眠れぬ夜を過ごした。そんな彼女だからこそ、無暗に人の命を奪う事はない冒険者を羨ましいと思っていた。


(もう私は人を殺したくない……でも、殺されるわけにはいかない)


シズネは表情を一変させ、今だけは傭兵時代の自分に戻り、彼等を殺してでも生き残る道を選ぶ。まずは周囲の状況を把握し、誰を相手に狙うかを考え、脱出する手段を考えようとした時、不意に彼女の後方に存在した少年が動く。


「シズネ」
「……えっ?」


少年に声を掛けられたシズネは呆気にとられ、聞き覚えのある声音に彼女は戸惑い、ゆっくりと振り返る。そこには腰に差していた長剣を差しだす少年の姿があり、その場にいた全員が目を見開く。


「早く受け取ってよ」
「え、あっ……」
「な、何をしているフヨ!?気は確かかっ!!」
「お前、自分が何をしているのか理解しているのか!!」


敵に武器を渡す少年の姿に他の人間が騒ぎ出すが、フヨと呼ばれた少年は気にもせずにシズネに剣を差し出し、彼女が受け取るのを待つ。シズネは戸惑いながらも剣を受け取り、少年に視線を向ける。


「貴方……どうしてここに」
「ちょっと心配だったからね。迎えに来たよ」
「……あははははっ!!なるほど、そういう事だったのね!!」
「さ、サクラ様?」


フヨの行動に玉座に座り込んでいたサクラが笑い声をあげ、彼女の反応に他の人間が戸惑うが、サクラは面白そうにフヨに話しかける。


「レミアがあっさりと手渡したと思ったら、最初から入れ替わっていたのね。本物はどうしたのかしら?まだ生きていると嬉しいのだけど……」
「今頃は屯所の檻の中だよ。ここまで来るのに苦労したよ」
「な、何者だ!!貴様、フヨではないな!!」


王妃とフヨの会話にやっと他の人間も状況を理解し、フヨの正体が偽物である事に気付く。全員の目の前でフヨに変装した少年は顔に両手を近づけると顔面に張り付かせていたスライムを引き剥がし、正体を現す。


「ふうっ……流石に声を出すとバレると思って黙っていたけど、案外皆は気付かないもんだね」
「ぷるぷるっ」
「……レナ?」


スラミンを顔に張り付かせ、フヨという名前の少年の顔に変装していた「レナ」は空間魔法を発動させ、退魔刀を取り出す。シズネを含め、王妃を除く部屋中の人間全員が呆気に取られた表情を浮かべる中、レナはスラミンを服の中に避難させて王妃と向かい合う。


「一応は自己紹介しておこうかな……初めまして王妃様、レナと申します」
「……なら私も一応は挨拶するべきかしら?初めまして……レナ」



――遂にレナは自分を追い詰めた元凶である王妃と向かい合い、二人は正面からお互いを見つめる。
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