上 下
224 / 2,083
剣鬼 闘技祭準備編

王妃とレナ

しおりを挟む
「よくも武器も無しでそこまでの啖呵を切ったな……楽に死ねると思うなよ」
「……武器がない私が弱いと思っているの?」
「笑わせるな。剣を失った剣士など、誰が恐れる?」


青年は笑みを浮かべながら長剣を引き抜き、シズネに刃を構える。周囲の側近や兵士も抜刀し、彼女が逃れられないように取り囲む。王妃を身を守る為に集められた精鋭が揃えられており、下手に接近して彼女から武器を奪われないように警戒する。


(……流石に不味いわね)


シズネは周囲を取り囲む側近に視線を向け、予想以上に不味い状況に冷や汗を流す。雪月花さえ手元に存在すれば切り抜けられたかもしれないが、既に彼女の愛剣は王妃が握りしめており、今更取り返す事は出来ない。武器を奪う事が出来ればどうにか出来るかも知れないが、それは相手側も承知しているので迂闊に近づこうとはせず、徐々に距離を縮めながらもシズネの様子を伺う。


(やっぱり、嘘でも依頼を引き受けておくべきだったかしら。いえ、この女は油断ならないわ)


冷静に考えれば嘘でも王妃に従っていればこのような状況に至らなかったのではないかと考えてしまうが、仮に引き受けたとしても王妃が簡単に見逃してくれるとは思えず、何らかの方法でシズネが命令に逆らえないように仕向けるだろう。


(ここを切り抜けられれば私は皆の元に戻れる……また、一緒に旅をできる)


傭兵として過ごしていた時期にも彼女には親しい人間は存在した。しかし、傭兵稼業は非常に命の危機に遭遇する事が多く、実際に彼女が良好な関係を結んだ人間の大半は既に死亡している。冒険者稼業も決して安全な職業とは言えないが、傭兵稼業の方が仕事中の死亡率が高い。

そんな過酷な傭兵稼業を続けてきた彼女だからこそ、ほんの二か月程度の間とはいえ、冒険者のレナ達と活動していた時は非常に新鮮な気持ちを味わえた。頼りになる仲間は傭兵時代から存在したが、自分が戦う相手が魔物だけという環境も彼女には嬉しかった。傭兵時代は常に彼女の戦う相手は人間に限られており、時には相手を殺さなければならない状況にも陥る。

当然だが相手を殺さなければ生き残れない環境に追い込まれれば彼女は人を殺した。唯一の救いがあるとすれば彼女が殺してきた相手は全員が悪人であり、一般人に手を掛けた事はない。それでも人の命を奪うという行為に彼女は慣れず、人を殺した日は眠れぬ夜を過ごした。そんな彼女だからこそ、無暗に人の命を奪う事はない冒険者を羨ましいと思っていた。


(もう私は人を殺したくない……でも、殺されるわけにはいかない)


シズネは表情を一変させ、今だけは傭兵時代の自分に戻り、彼等を殺してでも生き残る道を選ぶ。まずは周囲の状況を把握し、誰を相手に狙うかを考え、脱出する手段を考えようとした時、不意に彼女の後方に存在した少年が動く。


「シズネ」
「……えっ?」


少年に声を掛けられたシズネは呆気にとられ、聞き覚えのある声音に彼女は戸惑い、ゆっくりと振り返る。そこには腰に差していた長剣を差しだす少年の姿があり、その場にいた全員が目を見開く。


「早く受け取ってよ」
「え、あっ……」
「な、何をしているフヨ!?気は確かかっ!!」
「お前、自分が何をしているのか理解しているのか!!」


敵に武器を渡す少年の姿に他の人間が騒ぎ出すが、フヨと呼ばれた少年は気にもせずにシズネに剣を差し出し、彼女が受け取るのを待つ。シズネは戸惑いながらも剣を受け取り、少年に視線を向ける。


「貴方……どうしてここに」
「ちょっと心配だったからね。迎えに来たよ」
「……あははははっ!!なるほど、そういう事だったのね!!」
「さ、サクラ様?」


フヨの行動に玉座に座り込んでいたサクラが笑い声をあげ、彼女の反応に他の人間が戸惑うが、サクラは面白そうにフヨに話しかける。


「レミアがあっさりと手渡したと思ったら、最初から入れ替わっていたのね。本物はどうしたのかしら?まだ生きていると嬉しいのだけど……」
「今頃は屯所の檻の中だよ。ここまで来るのに苦労したよ」
「な、何者だ!!貴様、フヨではないな!!」


王妃とフヨの会話にやっと他の人間も状況を理解し、フヨの正体が偽物である事に気付く。全員の目の前でフヨに変装した少年は顔に両手を近づけると顔面に張り付かせていたスライムを引き剥がし、正体を現す。


「ふうっ……流石に声を出すとバレると思って黙っていたけど、案外皆は気付かないもんだね」
「ぷるぷるっ」
「……レナ?」


スラミンを顔に張り付かせ、フヨという名前の少年の顔に変装していた「レナ」は空間魔法を発動させ、退魔刀を取り出す。シズネを含め、王妃を除く部屋中の人間全員が呆気に取られた表情を浮かべる中、レナはスラミンを服の中に避難させて王妃と向かい合う。


「一応は自己紹介しておこうかな……初めまして王妃様、レナと申します」
「……なら私も一応は挨拶するべきかしら?初めまして……レナ」



――遂にレナは自分を追い詰めた元凶である王妃と向かい合い、二人は正面からお互いを見つめる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

ここは私の邸です。そろそろ出て行ってくれます?

藍川みいな
恋愛
「マリッサ、すまないが婚約は破棄させてもらう。俺は、運命の人を見つけたんだ!」 9年間婚約していた、デリオル様に婚約を破棄されました。運命の人とは、私の義妹のロクサーヌのようです。 そもそもデリオル様に好意を持っていないので、婚約破棄はかまいませんが、あなたには莫大な慰謝料を請求させていただきますし、借金の全額返済もしていただきます。それに、あなたが選んだロクサーヌは、令嬢ではありません。 幼い頃に両親を亡くした私は、8歳で侯爵になった。この国では、爵位を継いだ者には18歳まで後見人が必要で、ロクサーヌの父で私の叔父ドナルドが後見人として侯爵代理になった。 叔父は私を冷遇し、自分が侯爵のように振る舞って来ましたが、もうすぐ私は18歳。全てを返していただきます! 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

夫から国外追放を言い渡されました

杉本凪咲
恋愛
夫は冷淡に私を国外追放に処した。 どうやら、私が使用人をいじめたことが原因らしい。 抵抗虚しく兵士によって連れていかれてしまう私。 そんな私に、被害者である使用人は笑いかけていた……

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。