上 下
174 / 2,083
剣鬼 闘技祭準備編

紹介状

しおりを挟む
「どうしてドルトン商会の代表選手の貴方がここに……何か御用ですか?」
「まあ、用事と言えば用事だけど……叔母様から俺の事を聞いてないの?」
「……何の話でしょうか?」


ルナ(レナ)の言葉にジャンヌは不審そうに眉を顰め、やはり彼女はレナの正体に気付いておらず、マリアから知らされていないらしい。レナはここで自分の正体を晒すべきなのか考えたが、事情を説明するにしても場所が悪い。


「ちょっと悪いけど、急いでいるんだ。叔母さ……マリアさんに用事があるから」
「マリア様に……どのような御用でしょうか?それなら私が取り次ぎましょうか?」
「何か警戒してない?俺、君に何かしたっけ?」
「そんな事はありませんが……」


妙に突っかかるジャンヌの態度にレナは疑問を抱き、この姿の時の彼は特に彼女とは接点はないはずだが、ジャンヌは明らかに警戒心を示していた。レナ本人は知らない事だが、彼女は同じギルドに所属する「ロウガ」からレナ(性格にはルナ)が「剣鬼」である事を知らされており、剣鬼の称号を得た人間の危険性はロウガから教えられていた。

ドルトン商会と氷雨のギルドは友好関係を築いているが、それでも剣鬼であるレナ(ルナ)を警戒するようにロウガから釘を差されており、ジャンヌは警戒心を緩めずにレナと向かい合う。そんな彼女にレナはどのように誤魔化して中に入ろうかと考えていると、ジャンヌの所持している剣が変化している事を思い出す。


「ねえ、それって剣なの?斧にも見えるけど……」
「えっ……この剣の事が気になるのですか?」
「そりゃまあ……変わった形しているから」


レナの言葉にジャンヌは自分が背負っている二振りの剣に視線を向け、以前に黒虎のギルドで装備していた長剣とは異なり、現在の彼女は「剣」と「斧」を組み合わせたような剣を身に着けていた。デザインは刀身の先端部が斧のように変形しており、相当な重量を感じさせそうな武器だった。


「それが剣なの?前の時は二つの長剣を持ってなかったっけ?」
「前の時?」
「あ、いや……一か月ぐらい前は別の武器を持っていたところを見かけたから」
「なるほど、そういう事ですか」


ジャンヌはレナの言葉に一応は納得し、彼女は背中の剣を引き抜くと、自慢するように語り掛ける。


「この剣はマリア様に紹介された鍛冶師の方に特注で作ってもらった剣です。私は旋斧と名付けています」
「旋斧?」
「この剣はオリハルコンとミスリルの合金で作り出された剣です。私がA級冒険者として昇格した際、マリア様がお祝いに紹介してくれた鍛冶師の方に頼んで作って貰いました」
「それ……戦えるの?かなり使いにくそうだけど……」
「むっ、その言葉は心外ですね。この旋斧のお陰で私は剣聖の位置にまで上り詰めたのです」


彼女の語る「旋斧」という双剣は外見から見た限りでは相当な重量があるのは間違いなく、しかも刀身部分が特殊なせいなのか鞘の類も装着出来ず、剥き出しのまま背中に背負っていた。


「鞘も付けずに装備するのは危ないよ?」
「問題ありません。この剣の刃は潰れているので触れても切れる事はありません」
「いや、それは剣としてどうなの?」


レナは旋斧に視線を向けると確かにジャンヌの言葉通りに刃が意図的に丸みを帯びており、普通の剣の刃のように鋭利ではない。切れ味ではなく、打撃に特化した武器なのかと不思議に思うが、刀身の表面に魔術痕が刻まれている事に気付く。


「言っておきますがこの旋斧は伝説の聖剣にも劣らない程の硬度と耐久力を誇ります。お疑いとあればこの場で証明してもよろしいですよ?」
「証明って……どうやって?」
「無論、試合を行うのです。正直に言えば貴方とは一度戦ってみたいとは思っていました」
「ええっ……急いでるんだけど」


ジャンヌの言葉にレナは面倒そうに頭を掻くが、彼女は先回りしてギルドの扉の前に移動し、両手に剣を構えた状態で向かい合う。


「申し訳ありませんが私も氷雨の冒険者として怪しい人物を通す事は出来ません」
「怪しいって……一応は俺はドルトン商会の代表の剣士だよ?」
「ですがこの一か月の間、貴方が何処でどのように行動していたのかは誰も知りません。そもそもマリアさんに用事があるのならば事前にアポは取っているのですか?マリア様の客人なら必ずアポを取っているはずです」
「アポって……この世界にもそんなシステムがあったのか」
「そもそもドルトン商会の使いの方は必ずフェリス様からの紹介状を持参しています。紹介状を持っているのならば私がマリア様との面会の手続きを行いますが、お持ちですか?」
「紹介状か……確かに持ってきてないね」
「それならば申し訳ありませんがマリア様と会わせる事は出来ません。お引き取りを願います」


紹介状がなければマリアと会わせられないと頑なに語るジャンヌに対し、レナは今更ながらに自分の叔母がどれほど偉い人物なのかを思い知らされ、この様子ではルナの格好を辞めて普通の姿に戻らなければギルドの中に入れなさそうだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

3歳で捨てられた件

玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。 それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。 キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。

断罪されているのは私の妻なんですが?

すずまる
恋愛
 仕事の都合もあり王家のパーティーに遅れて会場入りすると何やら第一王子殿下が群衆の中の1人を指差し叫んでいた。 「貴様の様に地味なくせに身分とプライドだけは高い女は王太子である俺の婚約者に相応しくない!俺にはこのジャスミンの様に可憐で美しい女性こそが似合うのだ!しかも貴様はジャスミンの美貌に嫉妬して彼女を虐めていたと聞いている!貴様との婚約などこの場で破棄してくれるわ!」  ん?第一王子殿下に婚約者なんていたか?  そう思い指さされていた女性を見ると⋯⋯? *-=-*-=-*-=-*-=-* 本編は1話完結です‪(꒪ㅂ꒪)‬ …が、設定ゆるゆる過ぎたと反省したのでちょっと色付けを鋭意執筆中(; ̄∀ ̄)スミマセン

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。