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入学試験編

第46話 火球の魔導士

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「頭を下げろ!!」
「は、はい!?」
「ブフゥッ!?」


森の奥から聞こえてきた声に従ってハルナは頭を下げると、再び森の奥から飛来した火球がミノタウロスへと迫る。先ほどは火球を破壊したせいで爆発を受けたミノタウロスは咄嗟に足を止めて身構えるが、火球はミノタウロスの横を通り過ぎて地面に衝突する。

最初から火球を放った人物の狙いはミノタウロス本体ではなく、川原の地面に当てることで爆発を引き起こす。爆発の際に吹き飛んだ小石がミノタウロスの巨体に襲い掛かり、ミノタウロスの前方を走っていたハルナだけは被害を免れた。ミノタウロスが巨体であったことが幸いして飛んできた石は全て受けてくれた。


「ブモォオッ……!?」
「わわっ!?」
「こっちだ!!」


思いもよらぬ攻撃を受けたミノタウロスは片膝を地面に付き、その間にハルナは距離を取った。そして森の奥から少年が現れると、それを見てハルナは思い出す。


(思い出した!!この子、あの時の……)


最初に試験を受ける際にハルナは少年の姿も見覚えがあり、名前は知らないが一緒に試験を受けにきた子供で間違いなかった。少年は右手に魔術痕を照らしながらハルナを背中に隠す。


「大丈夫!?」
「あ、ありがとう……君は?」
「俺の名前はレノ、君と同じ魔術師だよ」
「レノ、君……?」



――少年の正体はレノだった。一か月ほど前にレノは故郷を離れ、王都に辿り着いた。村の皆から分けて貰った路銀で旅をしてきたが、その間に15才の誕生日を迎えた。



王都の魔法学園に入学するためにレノは試験を受けており、この森の中でレノは脱出方法を探して彷徨っていた。その途中で他の子供が襲われている姿を見て手助けを行い、今も窮地に陥ったハルナを救う。


(ここまでの旅でも色々な魔物を見てきたけど……こいつは規格外だな)


一か月前に自分が倒したホブゴブリンが可愛く見える程の化物ミノタウロスを見てレノは冷や汗が止まらず、一方でミノタウロスの方もいきなり現れて自分の獲物を横取りした彼に怒りを抱く。


「ブモォオオオッ!!」
「ひうっ!?」
「君は隠れてて!!」


ミノタウロスの咆哮を聞いただけでハルナは震え、その様子を見てレノは彼女に隠れるように促す。本当ならば安全な場所まで逃げて欲しいが、この森には多数の魔獣が生息しているので目に入る場所に居て貰わないと安心はできない。

言われた通りにハルナは大きな樹木の後ろに隠れると、彼女を避難させたレノはミノタウロスと向かい合う。ミノタウロスは二度もレノの火球の爆発を受けながらも傷を負っていなかった。


「フウッ、フウッ……!!」
「化物め……ファイアボール!!」
「えっ!?」


詠唱を行って右手に火球を作り出したレノを見てハルナは驚く。殆どの魔術師は魔法を扱う際は杖を用いるのだが、何故かレノは杖の類を所持しておらず、自分の身体に刻まれた魔術痕から魔法を発動させたことに動揺する。


(あの子、杖無しで魔法を使うの!?)


魔物使いであるハルナも杖は扱わないが、彼女の場合は直に魔物と触れなければ契約魔法を発動できないからこそ杖を持たないだけである。だが、子供でも魔術師ならば杖を扱って魔法を使用するのが一般的であり、だから杖無しで魔法を発動させたレノに驚く。

右手に火球を作り出したレノはミノタウロスとの距離を見計らい、勢いよく地面に踏み込んで投擲した。ホブゴブリンとの戦闘以来から身体を鍛え直したレノの放つ火球は凄まじい移動速度でミノタウロスに迫る。


「おらぁっ!!」
「ブモォッ!?」


投げ放たれた火球に対してミノタウロスは直撃を避けるために斧の刃を盾代わりに構える。再び火球が衝突すると爆発が生じてミノタウロスは後方に押し込まれるが、今度は吹き飛ばされることはなく耐え切った。


「ブフゥッ……ブモォオッ!!」
「流石にこの程度じゃ倒せないか……なら、こいつはどうだ?」


火球を正面から防がれてもレノは動揺せず、今度は無詠唱で手元に火球を作り上げて駆け込む。


「うおおおっ!!」
「ええっ!?」


大声をあげながらレノはミノタウロスの元に駆け込み、その姿を見てハルナは動揺した。ミノタウロスの方もレノから接近してくるとは思わずに呆気に取られたが、即座に獲物の方から近付いてきたことに笑みを浮かべる。


「ブモォッ!!」
「引っかかった!!」


ミノタウロスは迫りくるレノに斧を振りかざした瞬間、急停止したレノは地面に向けて掌を伸ばす。手元に作り上げた小さな火球をミノタウロスに叩きつけても大した効果は期待できず、それならば奇策を用いてミノタウロスの意表を突く。

火球が川原の地面に衝突した瞬間、小規模の爆発を引き起こす。この際に複数の小石が吹き飛んで石礫の如くミノタウロスへと襲い掛かる。


「喰らえっ!!」
「ブモォッ!?」


斧を振りかざす体勢だったのでミノタウロスは石礫を防げず、無数の小石が当たって怯む。勿論この程度の攻撃でミノタウロスを倒せるとは思わず、レノの狙いは石礫を放つと同時に舞い上がった土煙に紛れることだった。


(今の内だ!!)


爆発の際に巻き上げたのは小石だけではなく、土砂を吹き飛ばすことで土煙を生み出す。その土煙に紛れながらレノはミノタウロスへ接近すると、今度は魔法を発動させようとする。


(これで止め――!?)


しかし、土煙に紛れ込んでミノタウロスに近付こうとした瞬間、煙の中からミノタウロスの丸太のような足が繰り出される。

レノの気配かあるいは足音で位置を特定したのか、どちらにしても居場所がバレていたレノはミノタウロスの膝蹴りを受けて吹き飛ぶ。


「ブモォオオッ!!」
「ぐはぁっ!?」
「えっ!?」


土煙の中からレノが吹き飛ぶ光景を見てハルナは驚愕し、彼女が隠れていた樹木にレノは叩きつけられた。あまりの衝撃に意識が飛びそうになるが、全身の激痛にレノは気絶することも許されない。


「がはぁっ……げほっ、げほっ!!」
「レ、レノ君!?大丈夫!?」
「うぐぅっ……」


倒れたレノをハルナは抱き上げようとしたが、その前にミノタウロスの咆哮が響き渡る。土煙を振り払いながらミノタウロスは辺りを見渡す。



――ブモォオオッ!!



ミノタウロスは自分が蹴り飛ばしたレノを探している様子を見てハルナは慌てて彼の身体を引きずって隠れる。樹木に身を潜めたハルナはレノの怪我の具合を確認し、とてもではないが叩ける状態ではなかった。


(どうしよう……私のせいでこんな酷い怪我をさせちゃった。な、何とかしなくちゃ!!)


酷い怪我を負ったレノを見てハルナは責任感を感じ、どうにかミノタウロスに見つからない方法を考える。しかし、ミノタウロスは鼻を鳴らして臭いを辿る。


「ブモォッ……!!」
「っ……!?」


鳴き声だけでミノタウロスが自分達の元に向かっていると察したハルナは両手で口を抑える。だが、いくら音を立てないように気を付けても臭いを辿ってミノタウロスが来るのは時間の問題だった。

怪我をしたレノは身動きすらできず、彼を背負って逃げようかとも考えたがそれではすぐに追いつかれてしまう。悩んだ末にハルナは覚悟を決める。


(私を助けようとしたせいでこんな酷い怪我をさせたんだ。なら、私一人で何とかしなくちゃっ!!)


助けてもらった恩を返すためにハルナは自分を犠牲にしてでもレノを逃がすことにした。覚悟を固めたハルナは隠れるのを辞めて樹木から飛び出す。
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