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序章 狩人の孫

第20話 詠唱魔法と無詠唱

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「フガァッ……!?」
「あ、しまった……やりすぎたか」
「ウォオンッ!!」


至近距離から爆炎を喰らったボアは横転し、事切れたのか動かなくなった。レノは困った様子で右手を見つめた。


「ちょっと威力が強すぎたか……」


先ほどので生み出した火球と比べ、詠唱して生み出した火球は威力が上だった。無詠唱の場合は音を立てずに火球を作り出せるという利点があるが、その一方で威力に関しては詠唱した時と比べて格段に落ちてしまう。

魔法は詠唱を口にしなければ本来の威力を発揮できず、無詠唱の場合はせいぜい本来の半分程度の効果しか引き出せない。だが、無詠唱でもゴブリン程度の弱い魔物なら倒せるほどの威力はある。


「無詠唱は便利だけど、流石にこんなデカブツは一発で倒せないか」
「ウォオンッ!!」
「うわ、急に騒ぐなよ!?そんなに腹が減ってたのか?」


ボアの死骸の前でぶつぶつと呟くレノにビャクは吠える。どうやらお腹が減っているらしく、黒焦げと化したボアに涎を垂らす。


「クゥ~ンッ」
「そんなつぶらな瞳で見るなよ……分かったよ。もうこいつは好きに食え、どうせこんな黒焦げじゃ素材も回収できないし」
「ウォンッ♪」


主人の許可を得たビャクは嬉しそうにボアの死骸に喰らいつき、凄い勢いで食べ始めた。その様子を見てレノはため息を吐き出し、自分の右手に視線を向ける。


(俺、強くなってるのかな。確かに前よりは魔法を使いこなせるようになったとは思うけど……)


2年前と比べればレノは「ファイアボール」の魔法を使いこなしており、今では武器無しでも危険な魔物を倒せるぐらいには強くなった。しかし、このまま山に暮らしても魔術師として成長できるのか不安を抱く。

祖父が死んでからはレノは魔法を教えてくれる人間がいなくなり、このまま山で暮らし続けても立派な魔術師にはなれない気がした。しかし、自分が魔術師であることは祖父から隠すように言われているので悩んでしまう。


(他の魔術師にも会ってみたいけど、爺ちゃんの言葉が気になるな……どうして魔術師であることを隠さないといけないんだ?)


アルは何があろうとレノが魔術師であることは他の人間に知られてはいけないと注意した。その理由を教えてくれる前に彼は死んでしまい、律儀にレノは彼が死んだ後も自分が魔法を使えることは誰にも話していなかった。

村の人間もレノが魔術師であることは知らず、彼はあくまでも狩人だと思われていた。一人前の魔術師を目指したいのに祖父との約束で魔術師であることを明かせないのでレノは思い悩む。


(爺ちゃん、何で死んじゃったんだよ……俺、どうすればいいんだ)


死んだ祖父との約束を守り続けると立派な魔術師になるという夢を諦めねばならず、折角手に入れた魔法の力も無駄になってしまう。毎日の修業で魔法の腕を磨けば磨く程に葛藤する。


「はあっ……とりあえず、帰るか」
「ガツガツッ……」
「美味しそうに食べやがって……お前は呑気だな」


人が悩んでいる時に隣でボアの死骸に喰らいつくビャクにレノは恨めしそうな表情を浮かべるが、ビャクは不意に何かに気付いたように振り返る。


「ウォンッ!?」
「うおっ!?急にどうした?」
「グルルルッ……!!」


ビャクの反応を見てレノは不思議に思って振り返ると、遠くの方から近付いてくる足音が聞えてきた。嫌な予感を覚えたレノは右手を構えると、木々を薙ぎ倒しながら近付いてくる巨大な生物を目撃した。


「フゴォオオオッ!!」
「なぁっ!?」
「ウォオオンッ!!」


現れたのはレノ達が倒したボアよりもさらに一回りは大きい巨大猪であり、しかも巨大な牙を生やしていた。レノはボアの特徴を思い出し、雄のボアは雌よりも長くて鋭い牙を生やしている。そしてレノ達が仕留めたボアは牙が短く、そのことからある結論に至る。


(こいつら番だったのか!?)


どうやら山に迷い込んだ2匹のボアは夫婦だったらしく、レノとビャクが仕留めたのは雌のボアだった。雄のボアは倒れている雌のボアを確認すると、酷く興奮した様子で咆哮をあげる。



――フゴォオオオッ!!



山の中にボアの鳴き声が響き渡り、木々に留まっていた鳥達が一斉に逃げ出す。赤毛熊並の巨体に雌のボアよりも長くて鋭い牙を生やしたボアを見てレノは冷や汗を流し、流石のビャクも後退る。

雌のボアもレノが倒してきたボアよりも大きかったが、雄のボアは更に一回りはある体躯だった。これほどまでの巨大な猪は見たことがなく、レノはビャクに声をかけた。


「散らばれっ!!」
「ウォンッ!!」
「フガァッ!?」


ビャクとレノは左右に分かれて逃げ出すと、雄のボアはどちらを追うべきか一瞬悩む。だが、すぐに狼よりも足が遅い人間のレノを狙って後を追いかける。


「フゴォオオオッ!!」
「うわっ!?こいつ、マジか!?」


普通の猪ならば森に生えている木々を掻い潜りながら移動を行うが、雄のボアは持ち前の体躯と怪力を生かして木々を薙ぎ倒しながら突進する。圧倒的な突進力で障害物を破壊しながら追いかけるボアにレノは冷や汗を流す。

もしかしたら力だけならば赤毛熊をも上回るかもしれず、追いつかれたら確実に押し潰されるか鋭い牙を貫かれて死ぬ。レノは強化術を発動させて全速力で逃げるが、ボアとの距離は徐々に縮まっていく。


(まずい!?こいつデカいくせに早い!!このままじゃ追いつかれる!?)


山での生活でレノは身体が鍛えられたとはいえ、全力で追いかけて来るボアを振り切るのは不可能だと判断した。戦う以外に選択肢はないと判断したレノは走りながらも右手に魔力を集中させた。


「はっ、はっ……これでも喰らえっ!!」
「フゴォッ!?」


無詠唱で火球を作り出したレノは走りながらボアの顔面に目掛けて火球を投げつけ、狙い通りにボアの顔面に火球を衝突させた。並のボアならば爆炎を受ければ怯むはずだが、ボアは黒煙を振り払って後を追いかけてきた。


「フゴォオオオッ!!」
「嘘だろおい!?」


自分の火球を喰らっても全く効いていない様子のボアにレノは驚きを隠せず、赤毛熊並の耐久力を誇るボアに焦りを抱く。無詠唱で駄目ならば今度は詠唱して攻撃を仕掛けようとした。


「くそっ!!ファイアボール……うわっ!?」
「フガァッ!!」


呪文を口にして魔法を発動しようとしたレノだったが、走っている最中で魔法を唱えようとすると強化術が切れそうになって慌てて魔法を中止する。

は呪文を唱えることで魔法の最大限発揮させることができるが、無詠唱と比べて魔力の消費量が大きい。それ故に強化術で身体能力を限界まで引き出せている状態で発動しようとすると、体内の魔力が乱れて上手く動けなくなってしまう。但し、ならば発動に時間が掛かって威力も劣化してしまう代わりに魔力消費量が少なく、強化術を発動した状態でも問題なく扱える。


(くそっ!!こいつの動きが一瞬でも止まれば反撃できるのに……何かないか!?)


全速力で走りながらレノは無詠唱でもう一度だけ火球を生み出し、前方に生えている大木に突っ込む。一か八かの賭けに出たレノは大木に目掛けて跳躍した。


「おらぁああっ!!」
「フゴォッ!?」


大木に目掛けてレノは右手を繰り出すと、火球が衝突して爆発を引き起こす。それを利用してレノは自分の身体を後方へと吹き飛ばし、ボアの頭上を跳び越えた。ボアは慌てて止まろうとしたが、レノが火球を衝突させた大木が傾き、ボアの元に倒れ込む。


「フガァアアアッ!?」
「あいたぁっ!?」


ボアは倒木に巻き込まれ、爆発で吹き飛んだレノは地面に倒れ込む。火球の爆発を利用して窮地を脱するだけではなく、大木を破壊することでボアを押し潰すことに成功した。
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