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序章 狩人の孫

第9話 不穏

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「ふん!!何が狩猟の手伝いだ!!どうせ仕事の手伝いなんて言って山にある美味しい果物や山菜でも独り占めにしてるんだろ!?」
「何でそうなるんだよ……だいたいお前等、山に登って痛い目にあったことを忘れてるのか?誰のお陰でオークから逃げられたと思ってるんだ?」
「うっ……」
「そ、それは……」


過去にレノは子供達と一緒に山に登った際、自分が囮となってオークを引き寄せて他の子供達を逃がしたことを話すと、子供達もばつが悪そうな表情を浮かべる。もしもレノが居なければ子供達はオークに殺されていたかもしれない。しかし、事の発端を引き起こしたゴーマンだけは言い返す。


「この野郎!!僕よりも年下の癖に生意気だぞ!?」
「うわっ!?何すんだ!?」


ゴーマンはレノよりも一才年上で体格も大きかった。自分に対して生意気な態度を取るレノにゴーマンは殴りつけようとしたが、それに対してレノはあることを思いつく。


(こいつを殴ると村長に言いふらすかもしれない。でも黙って殴られるほどお人好しじゃないんだよ!!)


拳を振りかざしてきたゴーマンに対してレノは敢えて避けずに顔面で受けた。すると何故か殴った張本人のゴーマンが拳を抑えて泣き叫ぶ。


「いったぁあああっ!?」
『えっ!?』


子供達は自分で殴りつけておきながら悲鳴をあげるゴーマンに呆気にとられ、一方で顔面を殴られたレノは鼻頭を抑える。彼自身は特に怪我はしておらず、衝撃は受けたが傷一つ付いてない。


「いてててっ!?ほ、骨が折れた!?」
「だ、大丈夫か!?」
「おい、ゴーマン君に何したんだ!?」
「何もしてないよ。こいつが勝手に殴りつけてきたのをお前等は見てただろ?」


ゴーマンの姿を見て子供達はレノが何かしたのかと疑うが、目の前で殴られる場面を見ていたので彼等はレノが怪しい動きをしていないことは承知済みだった。


――実際の所はレノは殴られる寸前に顔面に魔力を集中させて強化術を発動させていた。魔力で皮膚と筋肉を強化させていたお陰でゴーマンの拳を受けても傷一つなく、むしろ殴りかかってきたゴーマンの方が怪我を負う。


今のレノならば強化術を発動すれば肉体を鉄のように硬くすることも可能のため、ゴーマンは鉄の塊に自分から殴り掛かったに等しい。結局はゴーマンは泣きながら子供達に連れられて帰る羽目になった。


「こ、この野郎……親父に言いつけてやる!!お前等を村から追い出してやるからな!?」
「やってみろよ。自分から殴り掛かって怪我したなんて恥ずかしいこと言えるのか?だいたい俺と爺ちゃんを追い出したら誰が狩猟するんだ?もう二度と美味しい肉を食べられなくなるぞ!!」
「そ、それは困るよ!!肉が食べられないなんてあんまりだ!!」
「ゴーマン君!!ここは抑えて……ほら、早く帰ろう!!」
「くぅうっ……こ、このことは忘れないからな!!」
「いいからさっさと帰れ!!」


他の子供に連れられてゴーマンは立ち去ると、レノはため息を吐きながら彼等を見送る。面倒な相手に絡まれてしまったと思いながらも今回の一件でレノは強化術を使用しても前と比べて肉体の負担が減っていることに気が付く。


(殴られても全然痛くなかった。それに仕事した後で結構疲れてたけど平気だ……毎日鍛えていたお陰だな)


真面目に仕事を毎日取り組んでいたお陰でレノの体力は大幅に増しており、今ならば強化術や再生術を発動しても昔のように簡単に倒れることはないと確信した。ゴーマンに殴られたのは癪だったが、そのお陰で自分の成長を実感できたことは感謝した。


「次に山に入る機会があれば兎ぐらい狩って来てやるか……」


ゴーマンは大の肉好きなので山の動物を狩って来れば機嫌が直るだろうと考えながら家に戻った――





――その日の晩、レノはアルが帰ってくるのを待ったが何故か戻ってこなかった。いつもは夜を迎える前に帰ってくるはずのアルが戻ってこないことに心配し、夜遅くまで起きていたが一向に帰ってくる気配がない。


「爺ちゃん……何してんだよ。いつも俺には早く帰るように言ってたくせに」


深夜を迎えてもアルが戻ってこないことにレノは不安を抱き、落ち着いていられなかった。山まで迎えに行くべきか考えたが、夜を迎えたら絶対に山に入るなと小さい頃から言い聞かせられていた。

しかし、何時まで経っても戻ってこないアルを心配し、約束を破ることになるがレノは山に探しに行く事にした。もしかしたら山の中で怪我をして帰れなくなっている可能性もあり、急いで準備を行う。


「無事でいてくれよ……爺ちゃん!!」


水と食料を袋に詰めてレノは武器として短剣とボーガンを持ち出す。このボーガンはアルが子供のレノでも動物を狩れるように作った武器だった。準備を整えたレノは急いで山へ向かう――





――同時刻、山の中でアルは洞窟の中に身を潜めていた。この洞窟は以前にレノがオークから逃げる時に隠れていた場所であり、アルは酷く疲れた様子で座り込んでいた。


「まさかこの山に奴等が現れるとはな……」


アルは頭から血を流しており、片足も負傷していた。彼はいつも通りに山で狩猟を行おうとした結果、思いもよらぬ存在と遭遇してしまう。魔法を使ってどうにかここまで逃げてきたが、いずれアルに怪我を負わせた存在が血の臭いを辿って追いかけて来る。

老齢のアルは若い頃と比べて魔法の力も衰えており、もしもこれ以上の魔法を使用すれば死んでしまうかもしれない。それでも孫が待っている家に帰るために彼は諦めるわけにはいかなかった。


「あの程度の連中に怪我を負わされるとは儂も老いたな……」


アルに怪我を負わせたのはオークよりも力は弱いが狡猾な生き物であり、厄介なことに群れで攻撃を仕掛けてくる。1匹や2匹だけが相手ならばどうにかできるが、今回の相手は10匹以上は存在した。


「ここもいつまで隠れられることやら……」


洞窟の中でアルは身を隠して身体を休ませることしかできず、せめて夜が明けるまでは見つからないことを祈る。しかし、そんなアルの願いは通じず洞窟の外から複数の足音が鳴り響く――





――レノは強化術を発動して山の中を掻け登っていた。身体に大きな負担を掛けない程度に筋力を強化させる。そのお陰でレノは子供離れした身体能力を発揮してあっという間に山の中腹まで登ってきた。


「はあっ、はあっ……爺ちゃん!!何処にいるんだよ!!」


大声で呼びかけながら森の中を移動し、アルが居た痕跡を探す。山に入ってからレノは嫌な予感を抱いており、無我夢中に走り回って名前を呼びかける。しかし、彼の声を聞きつけて現れたのは因縁の相手だった。


「ギュイイッ!!」
「うわっ!?」


茂みの中から一角兎が飛び出してレノに目掛けて突っ込んできた。咄嗟にレノは身体を反らして回避するが、一角兎は飛び込んだ先に存在した樹木に突っ込む。相変わらず額の角は鋭く硬く、鉄の槍のように樹皮を抉り取る。


「ギュイイッ!!」
「お前……まだ生きてたのか」


どうやらレノを襲った一角兎はかつて角を破壊されたのと同一個体だと判明し、どうやら一年の間に新しい角に生え変わったらしい。レノはこんな時に自分に襲い掛かってきた一角兎に苛立ちを抱く。


「お前の相手をしている暇はないんだ!!とっとと退け!!」
「ギュイッ!?」


激しい怒りを露わにして怒鳴り散らすレノに一角兎は怯んだが、かつて角を折られたことを思い出して怒りのあまりに突進してきた。
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