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解決編
30.
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妊婦さんや女性に対しての胸クソ表現があります。
●●●
(side 切藤蓮)
中野が目撃して語った内容は、霊泉家の関与を確信させるものだった。
俺がここに到着する前に親父が入手した情報と併せると、事件の経緯が見えて来る。
美優は『自分の実家だから融通は効くし、悪阻も軽いし』との理由で、妊娠してからも店に出ていたらしい。
今日は夕方にカットを終えて、客を見送ってからその忘れ物に気付いたそうだ。
『お父さん、山田さんがスマホ忘れてるから届けて来るね!』
娘の体調を心配した父親は自分が行くと申し出たが、彼にはこの後もまだ予約が入っていた。
『近いから大丈夫だってば。ついでにコンビニ寄って来る。』
渋る父親に苦笑しながら、美優は自分の財布とスマホを持って家を出た。
その馴染み客は近所に住んでいて、道の途中で追い付けると考えたんだろう。
誤算だったのは、身体の変化に伴って、美優の歩くスピードが自覚しているより遅くなっていた事。
そんな訳で途中で追い付くには至らず、家まで訪ねる事になってしまったようだ。
その家こそが、事件現場である階段の上に位置する日本家屋。
『美優ちゃん、忘れ物を届けてくれた後は直ぐに家を出ましたけど…何かあったんですか?』
訪れた警察に戸惑いながら応じた、客でありこの家の女主人は、確かに美優からスマホを受け取っていた。
任意で確認した門の防犯カメラには、一人で出て行く姿も映っていたらしい。
よって犯行が行われたのは、そのすぐ後ーー。
この場合疑われるのは、その家主が霊泉と繋がっているケースだ。
態と忘れ物をして、あの一本道に美優を誘い込めれば犯行はやりやすくなる。
ただし、これには弱点がある。
『薄汚い胎』と言ってる辺りから、当然霊泉家は美優の妊娠を知っている訳だ。
それなら、実父がいるあの店で妊婦の美優が自ら出てくる可能性が決して高くない事は予想できる筈。
こんな一か八か狙いの計画で他人と繋がりを持つのは、霊泉家にとっても危険が強い。
尤も、家主が霊泉家と懇意にしているなら話は変わって来るが…。
「その線は薄そうだ。家主は霊泉家の政敵である山田先生の姪だそうから。」
あの家、やたらデカイと思ってたけど政治家の親戚だったのかよ。
「協力を持ちかけるなら事前調査はするだろう。敵陣営の親族と分かれば手を引く筈だ。」
そうすると現場があそこだったのは偶然…むしろ、敵陣営に関係のある場所だとは知らなかった可能性が出てくる。
チャンスを狙っていたら、偶々美優が人のいない道で一人になった、と。
「つまり、美優は見張られてたって事か。」
俺の言葉に、親父が苦い顔で頷く。
翔は婚約の段階で、美優に霊泉家の事を明かしていたらしい。
だから『1人で出歩かないようにして欲しい』と言う願いを聞き入れて守っていた。
翔の方も、自分が仕事で家に帰れない時は友人を呼んだり、実家に帰らせたりして美優が1人にならないように気を付けていて。
だけど、護衛までは付けていなかった。
ここ数年目立った動きも干渉も無くなっていた霊泉家を警戒しすぎる事が、美優の心身の負担になるのを避けたかったからだ。
勿論、完全に油断していた訳じゃない。
でも『最大限の警戒』まではしていなかった。
俺達でさえそうなんだから、霊泉家と関わった事がない美優が今回『10分程度の距離』を1人で出掛けた事に全く落ち度は無いと言える。
どう考えても、切藤家の失態だーー。
視線の先に、全く同じ後悔を背負っているであろう親父の姿が映る。
その後ろに控える笹森さんも、横にいる中野もーー
って、ちょっと待て。
内容に集中しすぎて、コイツがいるのを忘れてた。
「オイ、今聞いた事全部忘れろ。」
青い顔の中野は「えぇ⁉︎それは無理…」なんて言ってるが、冗談じゃなく忘れるべきだ。
大体、どうしてコイツをここに連れて来た?
俺に説明するだけなら、親父からでも良かった筈なのに。
そんな疑問は、直ぐに解決した。
「中野君は、犯人に顔を見られたかもしれない。」
親父の口から語られたのは、霊泉家が中野の口を封じにかかる可能性があると言う最悪の内容だった。
「相手が誰なのか知った方が、彼自身に危機感を持って貰えると思ったんだ。」
「だからって…!」
どう考えても危険だろうが。
「蓮、既に我々は彼を巻き込んでしまっている。
安全が保証されるまで、こちらの庇護下にいて貰わないとならないんだから。」
それは、中野の自由が保証がされないと言う事でもある。
「暫くは大学にも行かせてあげられないかもしれない。彼が納得していない状態で強行すれば『軟禁生活』だ。お前の友人にそんな事させたくない。」
だから、彼には全てを話す必要があると思う。
そう言う親父の考えは分かるが、言葉で表せない苛立ちが募る。
中野啓太は、いつだって正しく真っ当な道を歩いて来た…そしてこれからも歩いて行く筈の人間だ。
霊泉家みたいなクズに関わるべきじゃない。
「なぁ、切藤。」
呼ばれて視線を上げると、中野は覚悟のある目で俺を見ていた。
「俺、最初は大袈裟だなと思ったんだ。
でも、事態が深刻なのはお前のお父さんとの話しで何となく分かってた。だから、納得できるようにして欲しいって頼んだんだ。」
そしたら、思った以上に大物の名前が出てきて驚いた、と続ける。
「俺は守ってもらわないといけない。そう素直に思えたよ。言っておくけど、あの場所を通りかかった事を後悔なんかしてないからな。そりゃあ、大学行けないのは困るけど…俺が救えた命があったんだから、それには変えられないだろ?」
しかも、2人分だぜ?
そんな風に笑う中野の姿が晴に重なって、だからこそ巻き込みたくないと思う。
だって、コイツは晴のーー。
「それに…多分だけど、晴人はこの事知らないんだよな?」
今この瞬間思い描いていた相手の名前を出されて、僅かに瞳が揺れた。
それに確信を得たのか、中野はハッキリした口調で告げる。
「それなら、尚更俺は知るべきだ。もし晴人を守る必要があるなら、俺の協力は絶対だろ。」
疑問系ではなく断言した言い方に、反論する事はできない。
確かにその通りだったから。
久しぶりに霊泉家の名前を聞いた時から、纏わりついていた不安。
それは、晴が奴等の毒牙にかかる危険性。
今までは『子供が産めない』と言う点で、奴等は晴の存在を気にも留めなかった。
だけど、これからはどうなる?
このままか、それとも…。
どちらにしろ、信用できる協力者は多い方がいい。
「蓮、中野君に全てを話していいな?」
押し黙った俺を見て、父親が確認を取って来る。
「…分かった。」
こうして、中野に霊泉家と俺達家族の因縁が知られる事になった。
その歴史、奴等の残虐性、それに対抗する勢力。
それから、遥が俺の『相手』だと思われている事。
全てを聞いた中野は『とても信じられない』と言う顔をしながらも、何とか咀嚼したらしい。
「納得はできないけど、そんな一族がいるんだって理解はできました。」
「納得できる奴なんていねぇから安心しろ。」
俺の言葉に親父が苦笑する。
「とにかく、奴等に常識を当て嵌めて考えてはいけない。一族の為なら、何だってする。
それを分かってくれれば大丈夫だ。」
しっかり頷いた中野に微笑むと、親父は直ぐに表情をを引き締める。
そして、部屋の全員を見回した。
「それでは、作戦会議と行こうか。」
まずは、どうして突然霊泉家が動いたのか。
そもそも霊泉家は、次期当主を俺、翔、もう1人の孫(名前は知らない)の3人の中から選ぼうとしていた。
特にターゲットにされていたのは俺だったから、奴等の目が晴に向かないように遥と結託していた訳だ。
その一方で、翔への干渉はかなり薄くなっていた。
理由は恐らく、翔が某国立大学に進学しなかった事とモデルのバイトを始めた事。
幸運な事に、そのどちらも霊泉家はお気に召さなかったらしい。
危険はほぼ去ったと判断した翔が美優付き合い始めたのはこの頃。
それでも霊泉家を警戒して、芸能人ばりにガードの固い交際をしていた。
会うのは専ら翔のマンションで、外出は殆ど無し。
この時の翔は人気モデルだったから、美優には強火ファンから守るためだと説明していたらしい。
そして都合がいい事に、翔が大学院に上がるタイミングでもう1人の孫が某国立大学に合格した。
より優秀な遺伝子を欲しがる霊泉家にとって、それより下の大学院へ通う翔は完全に『用済み』となったらしい。
『当主争い』が、この時中3だった俺ともう1人の孫の一騎打ちへ変貌したのを堺に、翔への干渉は一切なくなった。
『当主としての栄誉を逃した』のを思い知らせたかったのか、分かりやすい位ハッキリと。
そこでようやく、人目を避けず美優と一般的な交際ができるようになった訳だ。
因みに言い訳が必要なくなった為、モデルもこの時に辞めている。
某国立大に入学した孫は優秀らしく、徐々に俺への干渉も減って行った。
そして、俺が翔と同じ大学に受かった辺りから、パタリと音沙汰が無くなる。
理由は言わずもがなで、ようやく俺も『使えない』と判断されたらしい。
次期当主に内定したソイツは、俺が大学に入学する時4年生になる。
卒業すれば正式にその座に就くだろう。
それまでの1年間、油断はできないが、それでも脅威は去ったと言って良かった。
晴との同棲の話がスムーズに進んだのは、こんな背景があったりする。
そして、その恩恵は翔にもあった。
俺が狙われる心配も無くなり、晴れて美優にプロポーズしたらしい。
霊泉家の事を明かして、今まで隠していた謝罪と共に受け入れて貰えたのがGW頃。
それでも念の為、霊泉家の次期当主が卒業する3月まで入籍は待つつもりだったらしい。
それが早まったのは、病気で入院する美優の祖母の状態が芳しく無いからだった。
早く結婚の報告をしたい美優の希望に沿う形になったが、早く夫婦になりたいのは翔も同じで。
ここまで来たらもう全部前倒しでも!と言う流れで妊活を始めると、アッサリ懐妊。
総合的に判断して先月、1月に籍を入れた訳だ。
暫くは緊張状態だったが、霊泉家からのリアクションは一切無し。
完全に平穏が訪れたんだと、喜んでいた矢先。
何故、突然霊泉家が動いたのか意味が分からない。
「それについては、今さっき情報が入って来た。
どうやら…次期当主が卒業できなくなったらしい。」
「は?主席卒業間違い無しって話しだったろ。」
「ああ、間違いなくそうだったんだが…目前の今になって退学したそうだ。」
「…は?」
「1週間前の話しらしく、霊泉家は全力を上げてこの醜聞を隠そうとしている。」
だから、今の今まで情報が回って来なかったのか。
「…ッふざけんなよ、何で今になって…。」
もう少しで全部上手く行く筈だっただろうが。
「…何を思っての行動か知らないが、霊泉家を…とりわけ当主の丈一郎を怒らせたのは確かだ。
そんな事をすれば一生幽閉されるか…下手したら殺される事も分かっているだろうに。」
「自分の孫を、殺すんですか?」
驚愕する中野に、親父は迷いなく頷く。
「霊泉家の名前に泥を塗ったんだ。奴等の価値基準からすれば大罪人だよ。」
そして、深く息を吐く。
「繋がりのある政治家や有力者を招く、当主のお披露目会の日にちはもう決まっていた。今更取りやめなんて事になれば、面目は丸潰れだ。
…だから、急遽新たな当主を据える事にしたんだろう。」
最上位が駄目なら、その次の者を。
そしてーー
「今回のような万が一に備えて、スペアをつくる事も考えている筈だ。」
つまり、俺と翔を引っ張り出す気だと言う事。
「それで、とっくに存在を抹消してた『使えない』奴等を調べてみりゃ、片方は結婚して子供まで出来てた、と。」
美優の腹はまだ余り目立たないが、奴等が何日も見張っていたなら妊娠に気付くのは容易かっただろう。
「霊泉家は焦った筈だ。当主のスペアになり得る存在に、他所者の血が混ざった子供が生まれるなんてあってはならない。」
霊泉家は自分達の血を濃くする為に近親相姦を繰り返して来た一族だ。
陽子の血が混ざった俺や翔が生きていられたのは、親父が霊泉家を出て当主にはなり得ない存在だったからだ。
そして、『混ざり者』とは言え能力の高さから『霊泉家の血』が濃いと判断されたから。
「だから、奴等はこう結論付けた。
母親諸共、お腹の子供も殺してしまえ、とーー。」
そして美優を尾行して、隙を突いて階段から突き落とした。
「奴等にとって女性は『子供を産む道具』だ。それを壊すことができれば…翔が優秀な血を求めて霊泉家の誘いに乗ると考えたんだろう。」
「…一体、人の事を…命を…なんだと…!」
万感の思いを込めた中野の呟きが部屋に響く。
重い沈黙の後、親父が少しだけ空気を緩めた。
「だけど、中野君のお陰で奴等の思惑は失敗した。美優ちゃんはここで保護するし、お腹の子供も絶対に助ける。」
そして言葉を切ると、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「この失敗で、奴等はさらに焦っている筈だ。…蓮。」
何を言いたいのかは、痛い程に分かる。
「次はお前に揺さぶりを掛けてくる筈だ。」
奴等の注意はまず遥に向くだろう。
そしてーー
俺の1番の弱点を、突いて来るに違いない。
●●●
ラストに向かってスパート掛けたいのに仕事が忙しくなってきたぁ😭
●●●
(side 切藤蓮)
中野が目撃して語った内容は、霊泉家の関与を確信させるものだった。
俺がここに到着する前に親父が入手した情報と併せると、事件の経緯が見えて来る。
美優は『自分の実家だから融通は効くし、悪阻も軽いし』との理由で、妊娠してからも店に出ていたらしい。
今日は夕方にカットを終えて、客を見送ってからその忘れ物に気付いたそうだ。
『お父さん、山田さんがスマホ忘れてるから届けて来るね!』
娘の体調を心配した父親は自分が行くと申し出たが、彼にはこの後もまだ予約が入っていた。
『近いから大丈夫だってば。ついでにコンビニ寄って来る。』
渋る父親に苦笑しながら、美優は自分の財布とスマホを持って家を出た。
その馴染み客は近所に住んでいて、道の途中で追い付けると考えたんだろう。
誤算だったのは、身体の変化に伴って、美優の歩くスピードが自覚しているより遅くなっていた事。
そんな訳で途中で追い付くには至らず、家まで訪ねる事になってしまったようだ。
その家こそが、事件現場である階段の上に位置する日本家屋。
『美優ちゃん、忘れ物を届けてくれた後は直ぐに家を出ましたけど…何かあったんですか?』
訪れた警察に戸惑いながら応じた、客でありこの家の女主人は、確かに美優からスマホを受け取っていた。
任意で確認した門の防犯カメラには、一人で出て行く姿も映っていたらしい。
よって犯行が行われたのは、そのすぐ後ーー。
この場合疑われるのは、その家主が霊泉と繋がっているケースだ。
態と忘れ物をして、あの一本道に美優を誘い込めれば犯行はやりやすくなる。
ただし、これには弱点がある。
『薄汚い胎』と言ってる辺りから、当然霊泉家は美優の妊娠を知っている訳だ。
それなら、実父がいるあの店で妊婦の美優が自ら出てくる可能性が決して高くない事は予想できる筈。
こんな一か八か狙いの計画で他人と繋がりを持つのは、霊泉家にとっても危険が強い。
尤も、家主が霊泉家と懇意にしているなら話は変わって来るが…。
「その線は薄そうだ。家主は霊泉家の政敵である山田先生の姪だそうから。」
あの家、やたらデカイと思ってたけど政治家の親戚だったのかよ。
「協力を持ちかけるなら事前調査はするだろう。敵陣営の親族と分かれば手を引く筈だ。」
そうすると現場があそこだったのは偶然…むしろ、敵陣営に関係のある場所だとは知らなかった可能性が出てくる。
チャンスを狙っていたら、偶々美優が人のいない道で一人になった、と。
「つまり、美優は見張られてたって事か。」
俺の言葉に、親父が苦い顔で頷く。
翔は婚約の段階で、美優に霊泉家の事を明かしていたらしい。
だから『1人で出歩かないようにして欲しい』と言う願いを聞き入れて守っていた。
翔の方も、自分が仕事で家に帰れない時は友人を呼んだり、実家に帰らせたりして美優が1人にならないように気を付けていて。
だけど、護衛までは付けていなかった。
ここ数年目立った動きも干渉も無くなっていた霊泉家を警戒しすぎる事が、美優の心身の負担になるのを避けたかったからだ。
勿論、完全に油断していた訳じゃない。
でも『最大限の警戒』まではしていなかった。
俺達でさえそうなんだから、霊泉家と関わった事がない美優が今回『10分程度の距離』を1人で出掛けた事に全く落ち度は無いと言える。
どう考えても、切藤家の失態だーー。
視線の先に、全く同じ後悔を背負っているであろう親父の姿が映る。
その後ろに控える笹森さんも、横にいる中野もーー
って、ちょっと待て。
内容に集中しすぎて、コイツがいるのを忘れてた。
「オイ、今聞いた事全部忘れろ。」
青い顔の中野は「えぇ⁉︎それは無理…」なんて言ってるが、冗談じゃなく忘れるべきだ。
大体、どうしてコイツをここに連れて来た?
俺に説明するだけなら、親父からでも良かった筈なのに。
そんな疑問は、直ぐに解決した。
「中野君は、犯人に顔を見られたかもしれない。」
親父の口から語られたのは、霊泉家が中野の口を封じにかかる可能性があると言う最悪の内容だった。
「相手が誰なのか知った方が、彼自身に危機感を持って貰えると思ったんだ。」
「だからって…!」
どう考えても危険だろうが。
「蓮、既に我々は彼を巻き込んでしまっている。
安全が保証されるまで、こちらの庇護下にいて貰わないとならないんだから。」
それは、中野の自由が保証がされないと言う事でもある。
「暫くは大学にも行かせてあげられないかもしれない。彼が納得していない状態で強行すれば『軟禁生活』だ。お前の友人にそんな事させたくない。」
だから、彼には全てを話す必要があると思う。
そう言う親父の考えは分かるが、言葉で表せない苛立ちが募る。
中野啓太は、いつだって正しく真っ当な道を歩いて来た…そしてこれからも歩いて行く筈の人間だ。
霊泉家みたいなクズに関わるべきじゃない。
「なぁ、切藤。」
呼ばれて視線を上げると、中野は覚悟のある目で俺を見ていた。
「俺、最初は大袈裟だなと思ったんだ。
でも、事態が深刻なのはお前のお父さんとの話しで何となく分かってた。だから、納得できるようにして欲しいって頼んだんだ。」
そしたら、思った以上に大物の名前が出てきて驚いた、と続ける。
「俺は守ってもらわないといけない。そう素直に思えたよ。言っておくけど、あの場所を通りかかった事を後悔なんかしてないからな。そりゃあ、大学行けないのは困るけど…俺が救えた命があったんだから、それには変えられないだろ?」
しかも、2人分だぜ?
そんな風に笑う中野の姿が晴に重なって、だからこそ巻き込みたくないと思う。
だって、コイツは晴のーー。
「それに…多分だけど、晴人はこの事知らないんだよな?」
今この瞬間思い描いていた相手の名前を出されて、僅かに瞳が揺れた。
それに確信を得たのか、中野はハッキリした口調で告げる。
「それなら、尚更俺は知るべきだ。もし晴人を守る必要があるなら、俺の協力は絶対だろ。」
疑問系ではなく断言した言い方に、反論する事はできない。
確かにその通りだったから。
久しぶりに霊泉家の名前を聞いた時から、纏わりついていた不安。
それは、晴が奴等の毒牙にかかる危険性。
今までは『子供が産めない』と言う点で、奴等は晴の存在を気にも留めなかった。
だけど、これからはどうなる?
このままか、それとも…。
どちらにしろ、信用できる協力者は多い方がいい。
「蓮、中野君に全てを話していいな?」
押し黙った俺を見て、父親が確認を取って来る。
「…分かった。」
こうして、中野に霊泉家と俺達家族の因縁が知られる事になった。
その歴史、奴等の残虐性、それに対抗する勢力。
それから、遥が俺の『相手』だと思われている事。
全てを聞いた中野は『とても信じられない』と言う顔をしながらも、何とか咀嚼したらしい。
「納得はできないけど、そんな一族がいるんだって理解はできました。」
「納得できる奴なんていねぇから安心しろ。」
俺の言葉に親父が苦笑する。
「とにかく、奴等に常識を当て嵌めて考えてはいけない。一族の為なら、何だってする。
それを分かってくれれば大丈夫だ。」
しっかり頷いた中野に微笑むと、親父は直ぐに表情をを引き締める。
そして、部屋の全員を見回した。
「それでは、作戦会議と行こうか。」
まずは、どうして突然霊泉家が動いたのか。
そもそも霊泉家は、次期当主を俺、翔、もう1人の孫(名前は知らない)の3人の中から選ぼうとしていた。
特にターゲットにされていたのは俺だったから、奴等の目が晴に向かないように遥と結託していた訳だ。
その一方で、翔への干渉はかなり薄くなっていた。
理由は恐らく、翔が某国立大学に進学しなかった事とモデルのバイトを始めた事。
幸運な事に、そのどちらも霊泉家はお気に召さなかったらしい。
危険はほぼ去ったと判断した翔が美優付き合い始めたのはこの頃。
それでも霊泉家を警戒して、芸能人ばりにガードの固い交際をしていた。
会うのは専ら翔のマンションで、外出は殆ど無し。
この時の翔は人気モデルだったから、美優には強火ファンから守るためだと説明していたらしい。
そして都合がいい事に、翔が大学院に上がるタイミングでもう1人の孫が某国立大学に合格した。
より優秀な遺伝子を欲しがる霊泉家にとって、それより下の大学院へ通う翔は完全に『用済み』となったらしい。
『当主争い』が、この時中3だった俺ともう1人の孫の一騎打ちへ変貌したのを堺に、翔への干渉は一切なくなった。
『当主としての栄誉を逃した』のを思い知らせたかったのか、分かりやすい位ハッキリと。
そこでようやく、人目を避けず美優と一般的な交際ができるようになった訳だ。
因みに言い訳が必要なくなった為、モデルもこの時に辞めている。
某国立大に入学した孫は優秀らしく、徐々に俺への干渉も減って行った。
そして、俺が翔と同じ大学に受かった辺りから、パタリと音沙汰が無くなる。
理由は言わずもがなで、ようやく俺も『使えない』と判断されたらしい。
次期当主に内定したソイツは、俺が大学に入学する時4年生になる。
卒業すれば正式にその座に就くだろう。
それまでの1年間、油断はできないが、それでも脅威は去ったと言って良かった。
晴との同棲の話がスムーズに進んだのは、こんな背景があったりする。
そして、その恩恵は翔にもあった。
俺が狙われる心配も無くなり、晴れて美優にプロポーズしたらしい。
霊泉家の事を明かして、今まで隠していた謝罪と共に受け入れて貰えたのがGW頃。
それでも念の為、霊泉家の次期当主が卒業する3月まで入籍は待つつもりだったらしい。
それが早まったのは、病気で入院する美優の祖母の状態が芳しく無いからだった。
早く結婚の報告をしたい美優の希望に沿う形になったが、早く夫婦になりたいのは翔も同じで。
ここまで来たらもう全部前倒しでも!と言う流れで妊活を始めると、アッサリ懐妊。
総合的に判断して先月、1月に籍を入れた訳だ。
暫くは緊張状態だったが、霊泉家からのリアクションは一切無し。
完全に平穏が訪れたんだと、喜んでいた矢先。
何故、突然霊泉家が動いたのか意味が分からない。
「それについては、今さっき情報が入って来た。
どうやら…次期当主が卒業できなくなったらしい。」
「は?主席卒業間違い無しって話しだったろ。」
「ああ、間違いなくそうだったんだが…目前の今になって退学したそうだ。」
「…は?」
「1週間前の話しらしく、霊泉家は全力を上げてこの醜聞を隠そうとしている。」
だから、今の今まで情報が回って来なかったのか。
「…ッふざけんなよ、何で今になって…。」
もう少しで全部上手く行く筈だっただろうが。
「…何を思っての行動か知らないが、霊泉家を…とりわけ当主の丈一郎を怒らせたのは確かだ。
そんな事をすれば一生幽閉されるか…下手したら殺される事も分かっているだろうに。」
「自分の孫を、殺すんですか?」
驚愕する中野に、親父は迷いなく頷く。
「霊泉家の名前に泥を塗ったんだ。奴等の価値基準からすれば大罪人だよ。」
そして、深く息を吐く。
「繋がりのある政治家や有力者を招く、当主のお披露目会の日にちはもう決まっていた。今更取りやめなんて事になれば、面目は丸潰れだ。
…だから、急遽新たな当主を据える事にしたんだろう。」
最上位が駄目なら、その次の者を。
そしてーー
「今回のような万が一に備えて、スペアをつくる事も考えている筈だ。」
つまり、俺と翔を引っ張り出す気だと言う事。
「それで、とっくに存在を抹消してた『使えない』奴等を調べてみりゃ、片方は結婚して子供まで出来てた、と。」
美優の腹はまだ余り目立たないが、奴等が何日も見張っていたなら妊娠に気付くのは容易かっただろう。
「霊泉家は焦った筈だ。当主のスペアになり得る存在に、他所者の血が混ざった子供が生まれるなんてあってはならない。」
霊泉家は自分達の血を濃くする為に近親相姦を繰り返して来た一族だ。
陽子の血が混ざった俺や翔が生きていられたのは、親父が霊泉家を出て当主にはなり得ない存在だったからだ。
そして、『混ざり者』とは言え能力の高さから『霊泉家の血』が濃いと判断されたから。
「だから、奴等はこう結論付けた。
母親諸共、お腹の子供も殺してしまえ、とーー。」
そして美優を尾行して、隙を突いて階段から突き落とした。
「奴等にとって女性は『子供を産む道具』だ。それを壊すことができれば…翔が優秀な血を求めて霊泉家の誘いに乗ると考えたんだろう。」
「…一体、人の事を…命を…なんだと…!」
万感の思いを込めた中野の呟きが部屋に響く。
重い沈黙の後、親父が少しだけ空気を緩めた。
「だけど、中野君のお陰で奴等の思惑は失敗した。美優ちゃんはここで保護するし、お腹の子供も絶対に助ける。」
そして言葉を切ると、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「この失敗で、奴等はさらに焦っている筈だ。…蓮。」
何を言いたいのかは、痛い程に分かる。
「次はお前に揺さぶりを掛けてくる筈だ。」
奴等の注意はまず遥に向くだろう。
そしてーー
俺の1番の弱点を、突いて来るに違いない。
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ラストに向かってスパート掛けたいのに仕事が忙しくなってきたぁ😭
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<嚙み痕で愛を語るシリーズというシリーズで書いていきます/これはスピンオフのような話です>
僕の大好きな旦那様は後悔する
小町
BL
バッドエンドです!
攻めのことが大好きな受けと政略結婚だから、と割り切り受けの愛を迷惑と感じる攻めのもだもだと、最終的に受けが死ぬことによって段々と攻めが後悔してくるお話です!拙作ですがよろしくお願いします!!
暗い話にするはずが、コメディぽくなってしまいました、、、。
運命の番と別れる方法
ivy
BL
運命の番と一緒に暮らす大学生の三葉。
けれどその相手はだらしなくどうしょうもないクズ男。
浮気され、開き直る相手に三葉は別れを決意するが番ってしまった相手とどうすれば別れられるのか悩む。
そんな時にとんでもない事件が起こり・・。
浮気されてもそばにいたいと頑張ったけど限界でした
雨宮里玖
BL
大学の飲み会から帰宅したら、ルームシェアしている恋人の遠堂の部屋から聞こえる艶かしい声。これは浮気だと思ったが、遠堂に捨てられるまでは一緒にいたいと紀平はその行為に目をつぶる——。
遠堂(21)大学生。紀平と同級生。幼馴染。
紀平(20)大学生。
宮内(21)紀平の大学の同級生。
環 (22)遠堂のバイト先の友人。
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